己がために   作:粗茶Returnees

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6話 夏至祭

 

 フレニーカに誘われていた夏至祭の日が来た。夏祭りみたいなもんだって思っていたから、てっきり日が傾き始めてかなって思ってたんだが、真っ昼間どころか朝からやってる。どうやら夏至祭は朝っぱらから街全体で盛り上がる行事らしい。こういのってヨーロッパの方じゃ珍しくないんだっけな。クリスマスマーケットとか昼間からやってるって聞いたことがあるぞ。

 

『ジークさん。私たちも行きましょう』

「わかったー。フレニーカは先に出て外で待っててくれるか? すぐに行くから」

『わかりました。お待ちしてますね』

「ごめんなー」 

 

 やることがあるのだよ。大事な用事(部屋の掃除)が。部屋というか屋根裏だけども。荷物もほとんどないし、そんな広くないからすぐに掃除も済ませられる。あ、ついでに換気(・・)もしておきたいな。夏至祭から戻ってきた時に閉めときゃいいだろ。一応トラップも仕掛けとくし。

 

「よっ!」

 

 屋根裏部屋の天井(屋根)を押し上げる。そこから下に飛び降りて、着地の反動を使ってロンダートからの後転からのスワン。綺麗に着地してゆっくりと体をまっすぐに伸ばす。両手の指先までビシッと。これは高得点ものだ! 技の難度は低めだけどな!

 

「……何をされてるんですか?」

「飛び降りた衝撃を使ってちょっと遊んでた」

「あの窓はなんですか? なかったはずですが……」

「あー、ご主人に頼んで作らせてもらったんだよ。窓がないのは不憫だろ? 今日はついでに換気しておこうかと思ってな」

「最初に出会った頃の印象が薄れるのですが……」

「俺はわりとこういう人間だけどな」

 

 そりゃ最初からぶっ飛んだところを見せるわけがないだろ。これ以上ぶっ飛んだ言動もないから、そこは安心してもらいたいけども。フレニーカの髪をわざと乱雑に撫でて誤魔化してると、フレニーカの服装がいつもより気合が入ってるのに気づく。ただの祭りのはずなのだが、もしかして俺は服装を間違えたんだろうか。正装なんて持ってないけど。とりあえずフレニーカの服装の講評をしないといけないな。

 

「ジークさん? あまり見られると気恥ずかしいのですが……」

「あーごめん。いやな? フレニーカの服装がいつもより気合入ってるなって思って。俺も服装整えてた方がよかったか?」

「い、いえ。私がこれを着たかっただけですので」

「そうなのか? ならよかったけど、……うん。似合ってるよ」

「っ! ありがとうございます!」

 

 控えめなフレニーカにしては珍しくフリルが入ったスカートにしてる。まぁそのフリルもまた控えめなんだが、むしろそれがフレニーカらしいし、実際似合ってて魅力を引き立ててる。こんな妹が欲しかったものだ。……シェスキ家にいるから実質フレニーカは義妹になるのか? よし、勝手にそう思っておこう。

 

「夏至祭って出店以外何があるんだ?」

「催し物もありますよ。有志による出し物もありますが、人気なのはやはり剣術披露会ですね」

「剣術披露会? あー、貴族がやるのか」

「いえ。この夏至祭はどちらかと言えば庶民的なものなので、貴族の方はほとんど出席されません。なので、剣術を修めてる方がやります。これも有志ではあるのですが──」

 

 有志の剣術披露ねー。それって見てて面白いんだろうか。剣に触れる機会さえ無い人たちからすれば面白いんだろうけど、俺はたぶんイマイチなんだろうな。剣ならアインクラッドで幾らでも見たし、何より俺は刀が好きだ。剣より断然刀だ。ALOも刀で戦ってたしな。GGOだけは別。あれは銃が楽しかった。キリトみたいに剣でも楽しめたが、刀じゃないからそこまでだった。

 そんなわけで俺はその披露会に然程興味がない。まぁ、出る人の腕前がどんなのかは見てみたくはあるけどな。それに、どう見てもフレニーカがそれを楽しみにしてる。今も去年がどうだったとか、どの家の人がどうとか話してるし。もしかしてフレニーカは剣術バカなの? それはお兄さん複雑だよ。ぜひとも純粋に楽しんでいるだけの少女であってくれ。

 

「ま、出る人の剣術を拝んでみるかね」

「はい! ぜひとも!」

「ところでフレニーカは剣術が好きなのか?」

「へ? いえ、私もいずれ修めることになってますが、凄いなって楽しんでるだけですよ」

よかった

「?」

 

 首を傾げるフレニーカに何でもないと言って、出店へと話を変える。ケバブっぽいのがあるな。手始めにそこに行ってみるとしよう。フレニーカはこういうがっつく系のは遠慮するらしい。俺一人だけ買って、ケバブもどきを味わう。普通に美味いから飲み込んではさらに齧り付く。俺がそうやって食べていると、フレニーカがそわそわし始めた。目線をチラチラとこちらに向けてるということは、そういうことなんだろう。

 

「食べてみるか?」

「い、いえ! 私は先程いらないと言ったので……、それにそれはジークさんのものですから」

「そんなの気にするなよ。やっぱり食べたくなったから食べる。そんな理由でいいじゃないか。ほら、食べていいから」

 

 俺が差し出したのを見て、食べ物と俺の顔を交互に見る。俺が食べていいと頷くと、フレニーカは遠慮気味に齧りついた。口を小さく開いて齧り付くとか、なんだこの可愛い小動物は。ぜひとも仲良くなりたい。あ、もう同居してたわ。

 口を手で隠しながら咀嚼して飲み込んだフレニーカは目を輝かせた。どうやらお気にめしたらしい。俺はもう一度フレニーカに差し出し、フレニーカがまた食べる。これは完全に餌付けだな。そうやって楽しんだら他を見て回るとしよう。

 

「フレニーカが行きたいところあるか? 最初に俺が行きたいとこに行ったし、次はフレニーカの行きたいところに行こう」

「いいんですか? 少し歩くことになりますが」

「気にしないさ。夏至祭なんだ。お互いに楽しまないとな」

 

 フレニーカは気を回し過ぎだ。もっと自分を出してくれたほうが俺としても嬉しい。そんなわけでフレニーカの行きたい所へと足を運ぶ。結構人も混んできたからフレニーカとはぐれないように手を繋ぐ。この世界って携帯電話とかないからはぐれたら一大事なんだよな。

 そうして歩くこと10分弱ほど。大通りから少し外れた所へと到着する。ここがフレニーカが行きたかった場所らしい。花屋……じゃないな。この規模だと植物園か何かかだな。

 

「夏至祭の日だけ、この場所に東西南北全ての地方のお花が集まるんですよ。もちろん入場無料で、種類によっては購入も可能なんです」

「変えるのかよ。……なかなか大規模だな」

「えっと……やめときますか?」

 

 俺が足を止めて建物を仰ぎ見てたからか、フレニーカは俺が気に入らなかったと思ってしまったらしい。そんなことは一切ないんだけどな。俺はこういうとこわりと好きだし。動物園、植物園、水族館、美術館、博物館、こういったいろんなのを見れる場所にはむしろ入り浸るタイプだ。勘違いしたフレニーカに笑いかけながら頭をそっと撫でる。

 

「そんな顔すんなよ。規模に驚いてるだけだからさ。フレニーカ、中でいろんな花のこと教えてくれよ」

「ぁ……はい! お任せください!」

 

 フレニーカに手を引かれて建物の中へ。その植物ごとに管理方法が違うらしく、似た環境で育てるものは同じ部屋。そうじゃないものは違う部屋といった具合に細かく分けられてる。ま、基本的に地方ごとに分かれるんだけどな。

 フレニーカはこういうのに詳しいようで、名前や花言葉、花の色の種類に育て方まで教えてくれた。君は博士にでもなりたまえって言いたくなったが、本人曰くあくまで趣味の範囲らしい。それに、シェスキ家のひとり娘だから将来のことはすでに決まってしまっているらしい。なんとも面白くないシステムだが、俺がそれを壊しちゃいけないんだろうな。菊岡が言ってたのはこういうのを壊すなってことだろうし。

 

「すっかり昼食の時間も通り過ぎたな」

「うぅー、ごめんなさい。楽しくて……つい」

「謝らなくていいぞ。俺も聞いてて楽しかったし、フレニーカが笑顔をずっと見られたんだ。十分すぎる時間をもらった」

「はぅっ! お、お恥ずかしいです……」

 

 両手で顔を隠すフレニーカに苦笑しつつ、足を次の場所へと向ける。時間からして、昼食を取って剣術のを見に行くってことになるだろうしな。それに、この時間ともなれば順番も待たなくていい。すぐに店で注文もできるだろう。

 できるだけ剣術披露の舞台に近くて開いてる店を探し、そこでフレニーカと遅めの昼食を食べる。ここに来るまでの間に前回も前々回もアリスが使っていた路地裏を少し確認したが、箱は見当たらなかった。夏至祭の日に出てこられないってことは、とんでもなくお固い家柄らしい。

 

「舞台はそっち進んでいったところだよな?」

「はい。すでに人も集まり始めてるようですが……」

「人気があるんだろ? それは仕方ないさ」

「ですが、それだと見えなくなってしまいます……」

「なるほど……。あっちの方向なら……」

 

 場所をちゃんと確認しないと一概には言えないが、出遅れてもなんとかなるかもしれないな。いや、なんとかしてやろう。あれだけ楽しみにしてたフレニーカのために張り切って特等席を確保してやる。

 そんなわけでステージへと歩いていき、人の多さとその視線の集まり方から場所を確定させる。それと同時に俺の考えがうまく行くことを確信し、フレニーカの手を引いて移動する。あの場所からじゃ結局フレニーカの身長では見れず、落ち込んでいたが、まだ諦めるには早いぞ。人の波を避けて歩いていき、ある場所へとたどり着く。

 

「……ジークさん、ここは?」

「知り合った人の家。ここからなら見れるだろ。てなわけでお邪魔しまーす」

「あらジークくんいらっしゃい。もしかして剣術披露会でも見るのかしら?」

「えぇそうですよ。ここから見させてもらっていいですか?」

「もちろんよ。ゆっくり見ていくといいわ。そちらのお嬢さんも」

 

 玄関の外で待っているフレニーカをお婆さんが中に通した。先に披露会が見えるポイントをフレニーカと確認し、あとは時間が来るまでお婆さんと話す。お爺さんはすでに他界してしまっているらしく、この家はお婆さんだけ。街を散策している時に出会い、お婆さんの荷物運びを手伝って仲良くなった。

 お茶まで出してもらい、三人で談笑していると『時告げの鐘』が鳴った。この世界に時計はなく、あの鐘が一時間ごとに鳴ることで時間を把握するのだ。そして、この鐘が鳴ったということは、剣術披露会が開始されるということだ。三人で二階へと上がり、大窓から剣術披露会の舞台を見下ろす。

 

「始まったみたいだな」

「はい! ジークさん、お婆様ありがとうございます!」

「いいのよー。私もフレニーカちゃんと話せて楽しかったから」

 

 俺としても、こうして笑顔を咲かせているフレニーカを見られたらそれで十分だ。それに俺からすれば恩しかないから、こうして少しでも返せたらなって思いもあるし。フレニーカに言ってもそんなのいいですよって言われるだけなんだが。

 それにしても、やっぱり実戦経験がないからだろうな。見世物としても剣技の域になっている。振り方や剣筋だけを見ると、たしかに鍛えているということは分かる。それも人によってマチマチだが、共通して言えるのは技の披露が見世物だということだな。盛り上がってるからこれは俺の胸の内に仕舞い込んでおくが。フレニーカも楽しんでるし。というかその理由が9割だ。フレニーカが楽しんでいるということが、俺が言葉を仕舞い込むという理由の9割なのだ!

 

「すごいですね」

「……そうだな。みんな鍛えてるんだな」

「そりゃあ披露する以上弱い振り方をできないものねー」

 

 見ていると中にはマシなやつもいるんだが、やっぱりそいつも俺からしたら微妙だった。まぁでも楽しめなかったわけじゃない。これはこれでこの街の……いや、この世界のことを知るには役立ったからな。

 この後のイベンド事で盛り上がるのは、最後の舞踏会らしい。完全に日が沈んでから行われるのだとか。お婆さんもよくお爺さんと踊っていたのだとか。息子さん夫婦は今年踊るんだってさ。参加自由らしいけど。俺とフレニーカはお婆さんに礼を言ってから家を後にし、一応帰路についている。

 

「舞踏会……」

「フレニーカもやるか? 時間からして怒られるだろうが」

「うっ、そうなんですよね……。ジークさん……その……」

「ん。一緒に怒られてやるよ」

「駄目ですよお二人とも」

「あれ? てっきり最後まで見守るのかと思ってましたよ。ロシェーヌさん」

 

 後ろから声をかけられ、振り向けばそこには使用人の一人であるロシェーヌさんがいた。わざわざ普段着てる服じゃなくて庶民に紛れられる服にしてたのか。真面目というか仕事熱心というか。それはともかくとして、どうやらフレニーカが舞踏会に参加するのは駄目らしい。時間が遅いからな。

 

「ロシェーヌさんが駄目って言うことは、先に両親に言われてたってことですね?」

「そういうことです」

「ならフレニーカ。残念だけど今年は諦めよっか」

「えぇー」

「来年か再来年には許されるだろうから、その時には踊ろ。な?」

「……約束ですよ?」

「もちろん」

 

 フレニーカと約束を交して、俺はフレニーカをロシェーヌさんに任せる。少しやることがあるからって二人に伝えて、先に帰ってもらった。二人に手を振り、人混みで見えなくなったところで道の横にそれる。

 

「そんなわけだから、一緒に踊らないか? アリス(・・・)

 

 独り言にしてはなかなかに気持ち悪いものだが、これは独り言じゃない。アリスがいるという確信があって言ったことだ。そしてそれは当たっており、アリスが俺の前へと姿を現した。

 

「いつから気づいていたんですか?」

「披露会の時かな。俺はあれを熱中して見てたわけじゃないから、他のとこにも目を移してたってわけ。それよりいつ来たんだよ。一応確認したのに箱なかったぞ?」

「抜け出すのに手間取ったので」

 

 アリスとさっきの披露会の話をしながら舞踏会の場所へと足を運ぶ。もちろんアリスはまだ踊ることを了承してないんだけどな。どちらにせよ、どんなものかは見ておきたいし。それはともかく、アリスもさっきの披露会のはイマイチだったらしい。

 それはつまり──アリスが剣を振っている(・・・・・・・・・・・)ということだ。

 よっぽどいいとこのお嬢様か、あるいは別か。

 

「ジーク? 私の顔に何か付いてますか?」

「そうだな。綺麗な顔なら」

「そうですか。ちなみにお前は下卑た顔ですよ」

「酷いこと言うなよ! そんな顔じゃねぇだろ!」

 

 冗談です、と微笑むアリスに毒気を抜かれ、俺は押し黙ることにした。アリスに冗談を言われたのがたぶん初めてで、なんか許せてしまったから。そんなアリスは、思い出したように俺に紙袋を渡してきた。中を見ればそこにはアップルパイが入っていた。くれるということなんだな。

 

「……これってまだ食べられるやつか?」

「それは"ステイシアの窓"で見られるでしょう」

「なにそれ」

「お前はそんなことも知らずに三ヶ月過ごしたのですか!? 本当に馬鹿ですね! ステイシアの窓とは、万物の天命や優先度などを確認できるのです」

 

 なるほど。つまりはステータスウィンドウってわけだ。それをこの世界ではステイシアの窓と呼ぶらしい。ステータスウィンドウが窓ね。見えなくもないか。ちなみに体力のことを天命と呼ぶらい。そしてこのアップルパイの天命はまだ残っていて、食べられる。一口齧り、その味、食感、風味に心を奪われた。こんなに美味しいのは食べたことがなかったから新鮮だ。二つあったから、小腹をすかせて鳴らしたアリスにもう一つを上げた。

 アリスが食べ終わったところで、俺たちも舞踏会に行くとしよう。アリスにはまだ言ってないけども。

 

「……まさか、参加する気ですか?」

[しようぜ。せっかく来たんだしさ」

「はぁ、お前は仕方ないやつですね。私を引っ張ってくださいよ?」

「おう。なんとかしてやるさ」

 

 周りの人に合わせて俺もアリスと向き合う。お互いの片手を繋ぎ、指を絡ませ合う。反対の手をアリスの腰に回し、ゆっくりと足を動かしていく。大人はみんなできてるから、俺はその足運びを観察し、盗み、実践する。俺も初めてなのだが、飲み込みは早いのだ。アリスは苦戦してるけどな。

 

「アリス大丈夫か?」

「で、できるので、黙っていてください!」

「そんな固くなってちゃできないぜ? だから、もっと力を抜け」

「そんなこと言われましても……」

「わかった。アリス、俺に身を委ねろ」

「っ! はい」

 

 言い方を変えたらアリスの力が抜け、俺のリードに合わせて動いてくれてる。アリスは今体を動かしてもらってる、なんて思っているのだろうが、実際には全然違う。アリスは自分でちゃんと動けている。少し視線を落とせば重なり合う。その美しい青い瞳を見つめ、踊れていることを伝えた。驚いたように少し目を見開いたが、すぐに自慢気になり始めた。まだまだ子どもだなって言葉をしまい込み、俺たちは心ゆくまで踊り続けた。


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