俺は今、フレニーカのベッドの上でフレニーカと向き合って正座している。どうかしたのかと言われればそうなのだが、事に至ったわけではない。そんなこと俺がするわけがないからな。昨日の夜はたくさん涙を流したフレニーカをあやすように側にいてやり、気づいたらフレニーカと同じベッドで寝てただけだ。
「フレニーカ。困ったことになったな」
「そうですね」
「あ、二人とも起きたんだ。おはよう〜。もうすぐ
そう、もうすぐ昼になるのだ。つまり寝過ぎた。俺とフレニーカは長いこと寝すぎたのだ。同室の子には是非とも起こしてもらいたかったのだが、『二人が仲良く気持ちよさそうに寝てたから』とのことで放置してたらしい。彼女なりの優しさなのだろう。
それに、フレニーカが悩んでいたことも彼女は当然知っている。それから解放され、もう思い悩む必要もなくなったフレニーカを気遣って寝かせてくれてたのだ。文句は言えまい。
だが困った事態が起きているのだ。正確にはもう起きた。
「キリト先輩とユージオ先輩はもう連行されちゃったよ」
「やっぱり……ロニエとティーゼに謝らなきゃ。……私のせいでお二人が……」
「だからフレニーカのせいじゃないってば。それ以上自分を責めるな。いいな?」
「ですが……」
「ですがじゃない。ま、そのロニエとティーゼって子にも会っておきたいが、……その前にご飯だな」
「はぅっ!」
可愛らしい腹の音がフレニーカから聞こえ、フレニーカの友達──カナンと顔を合わせて苦笑する。顔を真っ赤にしたフレニーカに軽く叩かれたところで俺はベッドから降り、体を伸ばす。体も脳もフレッシュに起き、部屋から出る。フレニーカが着替えるからな。
「フレニーカとはどういったお関係なんですか? 婚約者様とか?」
「残念ながらカナンの期待とは全然違うぞ。俺は食い倒れで野垂れ死にそうになってたところをフレニーカに助けられて、行く宛もなかったから居候させてもらってるんだよ」
「フレニーカって人が良すぎですね」
「俺もそう思う」
「お待たせしました……。二人ともどうかされました?」
「「いや別に」」
「?」
制服に着替えて出てきたフレニーカは小首を傾げ、俺達は話を誤魔化す。食堂へと案内してもらっているときにふと思った。俺って一発で簡単に部外者だってバレるよな。この学院の制服なんて持ってないし、学院の教員でないことも明白だ。二人と一緒にいるから、他の生徒からは話しかけられないはず。だが教員は別だろう。生徒の安全を考えれば、不法侵入した部外者など追い出すしかない。
「私がその時先生に説明しますが……」
「それでも厳しいだろうなー。……ま、なるようになるか。それよりご飯食べよ」
「ジークさんって大物ね」
「あ、あはは」
褒められてるわけじゃないよな。どう考えても褒められてないよな。別に気にしないけども。それより食堂の従業員さん。明らかに今までいなかった人物がここにいるんだけど、当然のように飯くれちゃうのね。それが天職なのかもしれないけどさ。
席についてこの学校でのフレニーカの話をカナンから聞いていると、食堂に入ってくる生徒の中で気になる二人がいた。明らかに他の子たちと違う。具体的にはあの二人はだいぶ気が沈んでいる。もしかしてあの二人がそうなのか。
「ロニエ、ティーゼ……」
「やっぱあの二人がそうなのか?」
「はい。キリト上級修剣士とユージオ上級修剣士の傍付きの生徒で、私のお友達です」
「なるほど。ちょっとあの二人にもこっち来てもらうか」
「わかりました。私が呼んできますね」
カナンが呼びに行ってくれて、ロニエとティーゼがこっちに一度視線を向けてからカナンと話す。その後カナンが戻ってきて、二人は食事を取りに行く。どうやらその後にこっちに来てくれるらしい。あの様子からして辛いはずなのに、申し訳ないね。
キリトや俺ほどじゃないけど、黒系統の髪をしているのがキリトの傍付きのロニエ・アラベル。赤い髪をしている子がユージオって人の傍付きのティーゼ・シュトリーネン。どちらも六等爵家の子なんだとか。
「俺はジーク。シェスキ家に転がり込んでる居候だ」
「ジークさん。その説明の仕方だと印象悪いと思うんですけど、わざとですか?」
「だって事実だしさ」
「そうですけど……」
「まぁ俺のことよりさ、君たちの先輩の話を聞かせてくれないか? 意図的に《禁忌目録》を破るような人じゃないだろうし、よっぽどのことがあったんだろ?」
口調は努めて穏やかにするが、はっきり言って今の俺はちょっと焦ってる。キリトのことだから早々にくたばることもないはずだが、この世界の最高戦力が集まる場所に連行されているのだ。最悪の場合を避けられるように俺も行動しないといけない。だから、まずは根本的な情報収集だ。地雷を踏み抜いてしまったようなんだけどな。
ロニエとティーゼは目を伏せ、体を震わせ、目に涙を浮かべながらも話してくれた。初対面の得体のしれない人間が相手なのにな。それもひとえにフレニーカの人望なのだろう。フレニーカが信頼されているから、フレニーカが信頼してくれている俺のことも信じてくれるのだろう。
そうして聞いた話で、頭の中でいろいろと繋がった。俺が殴って気絶させたウンベールがなぜ片腕だったのか、先日何があったのか。その詳細を知ることができたのだから。連れて行った整合騎士とやらの特徴は分からなかったけどな。その一件のことを話し終えたところで二人の限界がきたから、それ以上を聞き出すことはできなかった。
「ありがとう二人とも。辛かったよな? ごめんな」
「いえ……おやくに、たてたなら……」
「うん。おかげ様でやることが決まった。今からのことを──」
「あなたの行く場所などありません。この場で拘束させてもらいますよ」
「ん?」
「アズリカさん!?」
横を見れば、年上の女性が立っていた。どうやらアズリカという人らしいのだが、この人もなかなか実力があるらしい。完全に警戒を解いていたとはいえ、俺が気づかなったのだから。……いかんな、感覚が鈍っている。取り戻しておかないともしもの時に足手まといにしかならん。
「どうやって忍び込んだのかは知りませんが、立派な罪です。大人しく拘束されてもらえるとこちらとしても楽なのですが」
「……俺はセントラル=カセドラルに行く必要ができた。キリトが人界の中心にいる以上俺もそこに向かわないといけない」
「……キリト上級修剣士とあなたにどのような関係が?」
「
「は、はい」
フレニーカから剣を受け取り、俺は席を立つ。アズリカさんは警戒を強めるが、俺は敵対心なんて抱いていないから軽い調子で肩をすくめる。周囲を見渡し、巻き込みそうな子がいたら離れるように忠告する。アズリカさんにも一度離れてもらう。抜刀してそれを眺めてから構えを取る。
俺が
「"アインクラッド流剣術"……でも、なんで?」
「ジーク……さん……?」
「……あなたは何者ですか?」
納刀して剣をフレニーカに返すも、フレニーカが寂しそうに、不安そうに瞳を揺らす。俺はそんなフレニーカに優しく笑いかけ、背中に手を回してそっと引き寄せる。弱々しく服を握られ、頭を預けられる。軽く頭を撫でてから周りに目を向ける。どうやら一番近くにいた人たちは今のを知ってるらしいな。
「俺は特別な人間でもないですよ? キリトと同郷ってだけです」
「キリト先輩と? それはつまりユージオ先輩とも同じってことですか?」
「ん? いや違う違う。俺もキリトも、そのユージオって人と同じ場所で生まれ育ってない。……細かい話を今するわけにもいかないけどな」
「ジーク、さん」
「どうした? フレニーカ」
キリトやユージオの人望なのか何なのか。俺が技を見せただけである程度の信頼を得られたようだ。アズリカさんも多少は警戒を解いてくれている。そんな中、腕の中にいるフレニーカに呼ばれ視線を下に向ける。先程よりもさらに不安そうになっているフレニーカが瞳を揺らしながらこちらを見ていた。
「ジークさんは……遠くに……」
「大丈夫だよフレニーカ。俺のことをよく知ってるだろ? そのまんまの人間だ。破天荒なことをして、馬鹿なことしてる人間だ。フレニーカの知らない事実も確かにあるが、人物像はフレニーカが知ってるとおりだ。遠くになんて行かない。必ずな」
「……はい」
「アズリカさん。見逃してくれないですかね? 俺は動かないといけなくなった。あなた方には危害を加えないことを約束する。もちろん要求をのんでくれたら、ですけど」
「……次の『時告げの鐘』が鳴るまでに学院を出なさい。それまでの間に何があろうと私は見ていませんし、聞いてもいませんので」
「ありがとうございます」
優しい人だ。この人の立場上こういうことはしない方がいいんだろうけど、見逃してくれるというのだから。俺はそれをみすみす逃すわけにもいかないから、フレニーカたちに別れを告げて学院を後にした。もちろん塀をよじ登って。
目指すはあの馬鹿高い巨塔であるセントラル=カセドラル。この人界の守護者である整合騎士がいて、最高権力者である最高司祭がいる場所。これはなにやら燃える展開が待ち受けていそうだ。
「でもま、ここをどうやって忍び込むかなんだよな。……やっぱ夜しかないか」
やり方は《不朽の壁》を超えたときと同じやり方でいいだろう。そのためにも、絶好のポイントを見つけておかないといけない。夜までまだ時間もあるわけだしな。他にやることもないし、有効活用させてもらうとしよう。……そういや俺みたいに近くでジロジロ見る人は他にはいないな。
「離れておくのが吉か」
壁から離れ、人に紛れるように歩いていく。時間が有り余っているから、どこかでのんびりと紅茶でも飲むとしよう。急ぐと事を仕損じるって言うしな。だから優雅に待つしようじゃないか。たぶん気が遠くなるほどの怒涛の展開がこの後あるんだろうしな。ま、それはキリトにやらせるけども。俺は
そうやってのんびりしてるのが間違いだった。優雅だなんて似合わないことをするべきじゃなかった。学習しないなって自分でも思うが、わりと刹那主義なとこもあるから良しとしよう。
「って、今は良しじゃねぇや。さっさと入り込むとしよう」
昼寝してた。気づいたら夜だった。テラスで寝てたからなのか、店員は起こしてくれなかった。優しいね。その気遣いに感動するよコンチクショー。
周りを確認しながら走って壁まで近づき、鉤爪付きロープを引っ掛けて登る。この道具は先に用意してたからな。子どもたちが持っていかなくてよかったよ。寝てる間に計画がパーになりかけた。
「ロープはこっち側に置いとくとして、……なんだここ?」
いざ中に侵入してみれば、そこには薔薇園が広がっていた。薔薇園というか、薔薇の迷路だな。360度どこを見ても薔薇があるからこれは迷路だ。初めて来た奴は必ず迷子になるだろう。目印がなければな。
「あんな馬鹿でかい塔があるんだし、あれ目指しときゃなんとかなるだろ」
首が痛くなるぐらい高さがある白亜の塔。セントラル=カセドラル。この世界の秘密やら謎やらの解き明かしに興味もないし、キリトと合流できれば全てを話してくれるだろう。キリトってコミュ症のくせに解説大好きだからな。将来は探偵にでもなればいいんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら急ぎ足で向かっていると、何やら空気が引き締まっていることに気づいた。どうやら戦闘が起きているらしい。意識を切り替え、耳を集中させる。剣戟や銃声の音といった分かりやすい音は聞こえてこないが、戦闘音はある。場所は塔の入り口の近くってところだろうか。
「この時間、場所、戦闘……キリトのやつさては脱走でもしたな?」
──相変わらず面白いことをするじゃないか
無意識のうちに口角が上がる。懐かしいからな。この緊張感も、空気も、何もかもが。この世界に来て四年ほど過ごした。戦いなど一切起きないこの世界で。ALOやGGOであれば気まぐれにその辺で戦えた。しかしこの世界はそういうゲームじゃない。そもそもゲームですらない。何を目的としてるかは知らないが、菊岡たちが作った世界だ。
そんな世界でも戦闘がある。今実際に起きてる。これを喜ばずにいられるだろうか。戦闘狂ってわけでもないんだが、変化のない生活には辟易していたところだ。こんな楽しい展開を逃す手はない。
久々の
「──ッ! あれが飛竜か?」
ふと上空に気配があることに気づいた俺は、その存在に目を見開く。話には聞いていたのだが、実際に目にするのは初めてだ。そして、飛竜に乗れるのは整合騎士のみ。つまりあの飛竜の上には整合騎士がいる。
その飛竜が向いている方向は、今まさに俺が目指していた場所だ。その飛竜の背からいくつかの飛来物が放たれる。おそらくは矢なのだろうが、矢ってあんな感じになるもんだっけな。ここでファンタジーが出るのか。
「ま、ひとまずは急ぐとするか。キリトたちがどうしてるのかも見ないと分からないしな」
足音を極力鳴らさないように気をつけながら走る。いつまで続くのだろうかと思っていた薔薇園をようやく抜けたところで足を止める。薔薇園を抜けて開けた場所が先程戦闘があった場所なのだろう。キリトたちがいないことから、あそこに倒れているのがキリトたちに負けた整合騎士か。そしてその整合騎士を助けるべく近づいている赤い甲冑の騎士が先程の整合騎士。飛竜がいることだしな。
「ッ! 誰だ!」
「ヒュー、さすがは整合騎士。気づかれたか」
「何者だ。貴様も先程の咎人の仲間か?」
「仲間、ね。本当にそう思うのか? 仲間なら同行してる方が自然だろ? 一人だけこんなとこで別行動なんて非合理的だ。それはあなた程の騎士ならわかるだろ?」
見つかった以上俺は堂々と姿を現し、歩み寄って行く。赤色の整合騎士との距離が10m程になったところで足を止め、この状況をどうしたものかと脳をフル回転させて考える。戦うなど無謀すぎる。俺は手ぶらだ。そして相手は弓持ちで剣も持っている。不利すぎる、というか勝ち目がない。キリトはもう一人いたから白い騎士を倒せたのだろうが、俺は一人だ。自殺行為などするわけにはいかない。
「……ならば貴様の目的はなんだ。この場に入っている時点で処罰に値するなど承知のはず。正直答えよ、貴様の目的を。さもなくばこの《熾炎弓》で貴様を討つ」
「怖いね。ま、目的も隠すことでもないか」
「無駄口を叩くな。簡潔に述べよ」
「なら単刀直入に。
「! 貴様、なぜ騎士アリスのことを知っている!」
「なるほど。やっぱりアリスは騎士だったか」
「なっ! 私を憚ったな!」
教えてくれたのはあなただろうに。なんてことを言ったらあの構えてる矢が飛んでくるんだろうな。それはやめておくとしよう。今は戦闘に発展しないのが一番なのだから。アリスに会う前に死ぬわけにはいかない。キリトのサポートもしてないし。
それに、俺がアリスのことを確信してるわけないだろうに。もしかしたら、ぐらいに思ってただけだ。確定させる要素が無かったから確信を持てていたわけじゃないのだ。
「俺とアリスにどういう繋がりがあるのか。それはアリスに聞けば分かるだろう? この場で殺すのは止めてくれないか? 見ての通りこちらは丸腰。武器など一切無い。それに対してあなたは装備を整えている。殺すのはいつでもできるだろう?」
「そうだな。しかし貴様が信じるに値するわけではない。咎人のように闇の術式によって騎士アリスを惑わしかねない」
「そんなことをする気は無いが、なるほど。その騎士はそれで気絶してるのか」
キリトたちがそんな術式を使えるわけがない。しかしそんなことを反論するわけにはいかない。何故なら俺とキリトたちに縁がないということを先程言ったばかりだからだ。信じてくれてはいないだろうが、それも100%じゃない。ボロを出すわけには行かない。
そして俺はこんなところで止まる気などない。早速プラン変更だ。
──目の前の騎士に認めさせて堂々と中に入る
「俺のことを信じられないというのなら
「……私が貴様の話を聞く必要がどこにある?」
「不穏因子の管理。それだけだな。あなたは武器を使って戦えばいい。俺は素手で戦う。俺が素手であなたを殴れたら俺の勝ち。戦いの過程で俺が死んだらそれまでのこと。余興程度にどうだ?」
「聞く必要などないな。貴様はこの場で討つ」
「はぁー。頭固いなぁー。なら戦って理解させてやるよ。俺という人間を。
──ジークだ。純粋な己の力のみであなたに挑ませてもらおう」
「──我が名はデュソルバート・シンセシス・セブン。咎人の一人よ。この《熾炎弓》に焼かれるがいい」