空には幾億もの星が煌めいている。見渡す限りの宇宙。そうとしか表現できない空間に、御堂隼也はいた。それらは
「■■■■、もしもの時のためにあなたにこれを託しておきます」
鈴の音を鳴らしたような、可憐な声。
それが、彼の口から漏れる。
いいや、違う。
この声は彼のものではなく、この夢の登場人物である誰かの声だ。
その証拠に、彼の意識が宿った体は自由に動かない。声も出ない。
ただ、この体の持ち主──おそらくは少女──の視点で、夢を見ているだけ。
差し出された小さな手には、その掌には収まりきらないほどの巨大な、剣に似た形状の、何か。
それが、目の前に立つ赤毛の少年に差し出されている。
少年の名前は確かに呼ばれたはずなのに、ノイズがかかったかのように聞き取れない。
「わかった。もしもの時は──」
隼也の急速に意識が遠のいていく。
会話は続いている。
けれどもう、その内容を聞き取ることはできない。
「よかった。これで安心して──」
けれど、隼也の中には、少女が持っているのであろう安堵がじんわりと残っていた。
どこか、胸が暖かくなる気持ち。
隼也が現実に生きる中で一度も得たことがない、「後を託せる者がいる」という事実から来る、失敗を恐れる必要が消えたことによる安堵だった。
「では、私は行きます。これ以上、■位をのさばらせておくわけには──」
それが、夢の終わりだった。
急速に離れる意識は、もはや彼ら彼女らが何を話しているのか、いやそもそも会話をしているのかどうかすらわからなくなるほどに。
そして、次の瞬間、意識が真っ白になった。
現実に隼也の意識が戻ってくると、そこら中から話し声が聞こえてくる。
目を動かすと、周囲には友人と集まって会話をしているクラスメイトたちがいる。
そんな彼らは隼也に目を向けることはなく、そして隼也も彼らに対して特別話しかけることもない。
「……俺、女装癖なんてないはずなんだけどなぁ」
そんな言葉が、昼休みの教室で、誰の耳に止まることもなく消え去った。
月曜日。それは誰もが厭うであろう曜日。理由は様々だが、最も多い理由としては「一週間の始まり」だから。
そしてそれを、隼也は少し違う意味合いで使っていた。
「望ちゃんの、馬鹿ァァァァ!!」
「グハァッ!?」
「おうおう、今日はまたよく飛んでるな」
「最高記録更新じゃない?」
(こいつら馬鹿じゃねぇの……人が殴り飛ばされてるってのに)
叫ぶ少女──永峰希美によって殴り飛ばされた少年──世刻望を見てそんな感想を喋っているクラスメイトに対して冷たい目を向ける。
だからと言って、彼は望を擁護するようなことも、ましてや倒れた望に手を差し伸べることもしない。
理由は単純。彼は望が嫌いだからだ。
「ん? 望はまたやってるのか」
「ああ、暁か。おう、今度は寝ぼけて抱きついた挙句、起きて最初の一言が”なんだ、希美か”だったからな」
「そりゃ、キレるな」
教室に入ってきた男、暁絶が望の友人である森信助と話をしている。
ここにもう一人、生徒会長たる斑鳩沙月が加わり、望、希美、絶、沙月のいつもの四人組ができることは知っているが、隼也はそれが──正確には望を中心とした四人組が嫌いだ。
まるでありふれたライトノベルか何かのようだ。そんなことを考えてしまうくらいには、現実味が存在しない。
彼もライトノベルは好きだが、だからと言って自分の住まう現実までそうなって欲しいとは思っていない。
だって、ライトノベルは設定を作る作者がいる。この現実がライトノベルのようになったら、
だから、彼はその
自分の人生から消えてくれ、と。自分に関わりのないところでやってくれ、と。心の底から思っていた。
けれど
「しゅ、隼也……助け……」
現実は残酷で、世刻望と御堂隼也は親同士が知り合いの、いわゆる幼馴染と呼ばれる間柄で、小中は別の学校で過ごしていたにも関わらず、高校に入ってからはよくよく声をかけられていた。
「自業自得だろ」
だから、彼はバッサリと切る。親しい間柄にはならない。この高校生活が終わればそれでおしまいだと。
「理由がわからないならわかるまで考えろ。他の連中も言ってるけど、お前が殴られる理由はお前にあるんだ」
その言葉に、どうにか意識を保っていた望が気絶し、また教室内が騒がしくなる。
近くで倒れられていると面倒だが、かと言って自分で起こす気にもならないので不機嫌なままの希美の方を向いて
「お前が気絶させたんだから、お前が責任持って面倒みろ」
もはや慣れ親しんだ日常として過ごすそれは、今日も何事もなく過ぎていく。
これで誰か美少女が転校してくるような事態になればそれこそラノベか何かだな、とどうでもいい思考をしながらも、望が回収されるのを見届ける。
そんなものが、隼也の嫌う今の日常だった。
空が、暗く染まる。……隼也が望まなかった非日常が始まる。
放課後の、学園祭の準備。望とその周囲が嫌いであるとはいえ、高校二年生の学園祭という一生に一度しかないものを楽しむために、学校で準備をしていた彼は、空が黒く染まるのを見た。
大量の犬が空から降ってくる。それらは地面に、校庭に着いた途端、どろっと溶けて人型の、美しい少女のような何かとなる。
それらが牙を剥き、校庭に存在する生徒たちに襲いかかる。
「逃げろーーーーッ! そいつらは危険だッ!!」
その望の声は、廊下を歩いていた隼也にも届いた。
切羽詰まった声。これまでにないほどに焦りを含んだその声は、望を嫌う隼也をしてその声に従わないといけない、と思うほどに鬼気迫っていた。
(何があったんだ……?)
近くの窓から見てみると、そこでようやく隼也も放課後であったはずの空が暗く、そして校庭に存在する武器を持った人形のような何者かに気づいた。
「あれって……」
それが何者なのかはわからない。けれど、望の声の通りに、あれが危険な何かだということだけは隼也にもわかった。
だから、彼は逃げ出す。最悪なことに隼也がいたのは三階。このままだとあの少女たちが校舎内に侵入したら最後、逃げ場などなく殺される。それを理解して、彼は全力で階段を下り裏門から抜け出そうとした。
グラウンドに出ていた生徒たちがその少女たちに取り囲まれ、殺されそうになっていたが、今の彼にとっては知ったことではない。自分の命を投げ出してまで人を救えるほど、隼也はお人好しではない。
「!?」
ドゴォンと爆発音が校庭に轟く。あの武器を持った少女たちが何かしたのかと思ったが、剣、槍、その他殺傷性の高い武器を持っているのだから、わざわざあんな轟音を起こす必要性を感じない。結果として、その少女たちとは別の何かがやって来たのだと考えて、振り向いて見ると、果たしてそこには思った通り、少女たちとは違う存在が立っていた。
「斑鳩先輩!?」
ただ、彼が思っていたのとはずいぶん違う人ではあったが。
衣装も、普段のものとはずいぶん違う。物部学園の制服ではなく、純白のそれ。髪についた羽根飾りなどどういう理屈か動いている。
「皆、体育館に避難してッ! 奴らの相手は私がするわっ!」
普段、望たちとの会話で見せる気安い先輩としての姿でもなく、生徒会長として凛とした姿でもなく、一介の戦士としての姿を、この学園の誰一人として知らない姿を見せながら、沙月は叫んでいた。
その言葉に誰もが避難を開始する中、隼也は一人、動きを止めて悩んでいた。
(斑鳩先輩を信じていいのか?)
確かに今、斑鳩沙月はこの校舎にいる生徒を守るために全力で戦っている。
「彼女らに殺されたら困る」から助けているかもしれない。そうなると、実は「自分たちの手で殺害する」必要があるのかもしれない。一度その疑念を抱いてしまえば最後、全員を一箇所に集結させようとする、守りやすくするという点では何も間違っていないはずの行動すら怪しく思えて来た。
(このまま裏門から脱出しよう!)
幸いなことに、この学校を狙って来たのか、あるいはこの学校にいる何者かを狙っているのか。そのどちらかはわからずとも
「御堂!」
必死の形相にて走る彼に、二階を通った時にクラスメイトに名前を呼ばれたことなど些事でしかない。
彼がその程度で足の動きを止めることはなく──たとえ聞こえていたとしても足を止めたかは別として──そのまま下の階に降りていく。
走って、走って、走り抜いて──
「ようやく──」
裏門が見えてきた、と。そう呟いて、息を切らしながらも、これまでで最も長い裏門までの距離を走り抜いた彼は、ようやく速度をわずかに緩める。
「この、クソみたいな
そこまで口にして気がついた。
そう、これは悪夢のような現実。
そしてその悪夢側に関係ある人物として斑鳩沙月が存在した。
それはつまり──
「斑鳩だけじゃなくて、世刻たちもグルか……!」
確証など何もない。けれど、
けれど、今はどうしようもない。自分を簡単に殺せるような集団相手に、理不尽に巻き込んだ恨みがどれだけあったとしても、何の策もない状態で殴りに行くほど、隼也はバカではなかった。
「でも、これで──」
もう関係ないと外に出ようとして──
そこで、隼也の世界は崩壊した。
基本、原作とは別行動です