「ゆーくん、力を貸して!」
「最大の力を、最高の速度で──」
二つの影が荒野を駆ける。
蒼い影と白い影。
それはお互いのマナの色であり、修行ではあれど全力で殺す気概を持って行われている証明となるもの。
「プチニティリムーバー!」
「最善のタイミング……!」
インスパイアによって強化された隼也の一撃も、
そうとわかった瞬間に、半ば無意識で隼也はすでに大剣を握る両の手から左手を離してその掌に収まる程度の小さな魔法陣を展開する。
「オーラフォトンシュートッ!」
その小さな魔法陣から放たれたのはバスケットボール大の圧縮された精霊光の球体。
かつて「礼賛」を持っていた男と戦った時に見た、マナを収束させて放つオーラカノンを神剣魔法として再現した一撃。
空気を裂いて迫る超至近距離からの弾丸にユーフォリアは慌てることなく、片手になったことで鍔迫り合いの均衡が崩れたことを利用して、その弾丸に向けて隼也の持つ「平衡」を叩きつけるような軌道で力を込めて「悠久」を押した。
「っ……!」
『ぬぅ……!』
結果、「平衡」はその弾丸を防ぐ盾となる。
敵を穿つための銃弾が、己の不利を招く。
戦場では良くあることだが、未だ戦いに慣れていない隼也では一瞬意識の空白が生まれる。
対応が遅れる。
ユーフォリアの斬撃が、隼也の胴体を切り裂く軌道で、大剣という武器の関係上難しい取り回しでは追いつかないほどに疾く振るわれた。
「え、ええっ!?」
それを認識するよりも速く、それを受け入れてしまえば己の
威力は高くない。
急速に練り上げられた分だけではユーフォリアにダメージを与えることは不可能だ。
けれど、口から魔法を放つという神剣使いの常識では考えられない方法で放たれたその熱線に、ユーフォリアはその威力を鑑みることをせずに、防御のための運動をとってしまう。
作られたのは
十分にマナを練られた一撃では瞬間的に蒸発させられてしまうような盾でも、今この一撃に関してだけでいうなら確実に防げる。
ジュウ、と音を立てて盾の表面から蒸発した水が水蒸気と化して、そして白い煙を上げた。
「むぅ……怒りました! ゆーくん!」
愛らしく頬を膨らませた少女が、飛び退いて神剣の柄の部分をくるりと数回回転させて掲げる。
その背後に、双子龍型神獣であるゆーくんこと「青の存在、光の求め」が出現し、口元にマナを収束させていく。
「灰は灰に、塵は塵に、声は事象の地平に消えて……!」
ユーフォリアの両親の力を受け継いだ神獣は隼也に向けて殺意を向ける。
この戦いは修行の一環であって、殺してはならないとわかっていながらも、両親の力だけではなく感情も乗っているのではないかと思うほど、隼也に向けて「お前ちょっとユーフィーに懐かれすぎやしないかゴラァ!!」という想いを乗せていた。
「うぇっ!? ああ、もう……! こっちもやるぞ!!」
その殺意に少し怯えながらも神剣を地面に突き刺すと、隼也の背後にも神獣が現れる。
白と黒の対照的なコントラストが印象的な二頭のドラゴン。
ユーフォリアの神獣である「二体の、東洋の伝承に出てくる龍」とは真逆に、「一体の西洋の竜に、二つの頭がついている」という神獣が、隼也の神獣だった。
名前はユーフォリアが名付けて曰く「こーくん」。
最初に出現させた時に名付けるにあたり、隼也がまともな名前を思いつかないからと「へーちゃん」「いーくん」「うーちゃん」などのいくつものユーフォリア発案の名前の中から選んだ名前。
なお、最初の数日はこーくんも抗議したが、ユーフォリアの笑顔に毒気を抜かれ、名前を呼ばれることに不満を示すたびに落ち込む姿を見て諦めたらしい。
今となっては、できる限り名前を呼ばないことを条件に「しょうがない」的な雰囲気を醸し出しながら隼也の力になっていた。
「声は遠くに、我らの怒りは世界すらも焼き尽くす……!」
二属性を持つ神獣たちが、同時に口からブレスを吐き出す。
「ダストトゥダスト!」
「オーラフォトンブレス!」
ユーフォリアの神獣が放つマナを一時的に消失させるブレスと、隼也の神獣が放つ精霊光の咆哮がぶつかり合う。
隼也はダストトゥダストの恐ろしさをすでに知っている。
けれど、それもブレスであるが故に神獣の肺活量という限度があり、マナを消失させるブレスも消失させるマナの量が多ければ多いほど、先に進む速度は落ちる、ということも知っている。
だからこそ、精霊光……マナが強化されたその粒子によるブレスを削るのは時間がかかり、結果として隼也の肉体に届くまでにブレスの大半は消え去った。
「っ……!」
「うぅ……」
けれど、だからと言って全てを相殺できたわけではない。
わずかに届いた分は確実に隼也の肉体から
ユーフォリアも、ブレスの余波によってマナを失っている。
ならば後の違いは、互いの気合と根性、そしてこの技によるマナの喪失への慣れで決まり──
「あたしの勝ちです!」
我慢強く、芯もあり、この技の担い手であるが故にこれ以上ないほどにマナの喪失の感覚に慣れているユーフォリアが先に動いて、剣を突き付けようとしながら叫ぶ。
「いや、まだだ……!」
だが、隼也は喪失した量という一点でユーフォリアよりも被害は小さく、結果としてユーフォリアの剣が彼女の勝利を完成させるよりも早く、その軌道に「平衡」が割り込んだ。
「まだまだ……!」
「……いえ、おにーさん。今回はここで終わりみたいです」
「え……?」
直後、アラームが鳴り響く。
『誰かに邪魔されない』ことを念頭に置いて、ユーフォリアが邪魔をする集団を確実に食い止めておける時間として設定した時間を過ぎたのだ。
この時間を過ぎると遠くない未来に確実に乱戦になるために、そうなった場合は諦めるように約束すらさせられた隼也の訓練は、いかにして格上であるイスタを、限られた時間内に殺しきるか、という一点にのみ収束している。
「……はぁ。今日も勝てなかったか」
「えへへ。あたしが勝ちました。……あとでちゃんとご褒美くださいね?」
「わかってるよ」
ご褒美。
本来なら何も関係ないユーフォリアにただ付き合ってもらうのもどうかと思ったので何か礼をしたいと言った隼也と、自分がやりたいからやってるんだと言って受け取らないユーフォリアの妥協点。
当人たちにもなぜそうなったかわからないが、結果として隼也にユーフォリアが勝利した場合は何か一つユーフォリアのお願いを聞くことになっていた。
ちなみに隼也は勝ったことがない。
「それにしても、まさかおにーさんが口から魔法を発射するなんて思いもしませんでした」
「俺もとっさだったからなぁ……もう一度やれと言われてもできる気がしない」
あの瞬間、隼也の中にあったのは『自分とは違う自分』という感覚と、『これはできる』という謎の確信。
まるで自分が自分でないものになったかのような一撃は、途中で隼也の意識がほぼない本能だけの状態から普段のものに戻ったことで『制御を間違えたら大変だ』という小心者的な理由が芽生えたために威力が大変しょっぱいものになった。
「今の状態だと勝てる見込みはどれくらいなのかね……」
「あたしは、その人にあったことはないからわからないです……」
ポツリと呟いた独り言に反応してごめんなさいと謝るユーフォリアに、隼也は別に問題ないと頭を撫でる。
隼也自身は、勝てるかどうかを気にしているような言葉を出したが、実際のところは今の所曲芸じみた動きはできてもその程度しか「以前にできなかったことをできるようになった」と言える部分がないことを理解している。
勝てる見込みは、そこまで高くはないだろうと本人は思っていた。
この、今現在隼也が存在する時間樹──分枝世界という枝葉が存在する以上は幹もあり、そして幹も含めての一本の木としてユーフォリアたちエターナルは時間樹と呼ぶ──には他の時間樹とは違い『
これにより基本的に神剣使いは『前世』を持ち、そしてその前世の力をいかに引き出せるのかによって戦闘能力が変わってくるのだが、隼也は今世で永遠神剣と契約した、この時間樹にて生まれた神剣使いの中では珍しい存在、そんなものを持ってはいない。
結果、彼らのように前世を思い出すことで急速に戦闘能力が上昇していく連中とは違って、一歩一歩緩やかに足を進めている現状である。
魔法に関しては、
最初から遠距離主体ならばともかく、武器が大剣であることも彼の成長の阻害に一役買っていた。
「うん。まあ、それに関してはどれだけ考えても本番にならないとわからないし考えても無駄か。……とりあえずはユーフィーへのご褒美だな」
「えへへ……何がいいかな……」
彼女がねだる内容は基本的にはちょっとしたお菓子を食べたい、という程度。それも、大体は二人で食べたいというもの。
けれど、今日の内容はだいぶ違った。
「あ、そうだ!」
「思いついたのか?」
「はいっ!」
恥ずかしいのか頬を染めて周囲を見渡すユーフォリア。
誰もいないことを確認してから、隼也の耳元に口を寄せようとして身長差によって失敗し、隼也が苦笑しながらも屈んで、結果として内緒話ができるようになった。
「おにーさんが欲しいです……」
「ん? 別にそれくらいならいいけど……」
あっさりとした返答だが、この二人の持つ情報には差があるためにこんなことになっている。
二人は、お互いがなくてはならない存在であるが、ユーフォリアは己がエターナルであるが故に、神剣使いではあっても人間でしかない隼也とは一生を共にできないことを知っている。
なので、ユーフォリア的には時間樹を出るまでの間だけでも自分のそばから離れないでいて欲しいという程度なのだが、隼也からしたら実際は年上であってもそれを知らないのでユーフォリアは年下の少女でしかなく、エターナルという『時間樹の外に出る”渡り”という行為によって時間樹内部の人間からは忘れ去られる』存在であることも知らないので、死んだら自分を構成していたマナをユーフォリアにあげるか、という少々重たいものになっていた。
……まあ、お互いがなくてはならない存在と本能的に認識しているので、これも重たいという自覚は二人ともないのだが。
「だったら、死んじゃダメですよ? おにーさんはもうあたしのものなんですから!」
「はいはい」
ユーフォリアの頭を撫でながら、二人は帰路につく。相棒のように、兄妹のように、恋人のように。