聖なるかな 〜鞘を求めて〜   作:ぴんころ

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第十三話:ぺっ、覚醒とか……

「そうですね。まずは話をするのなら自己紹介からしましょうか、御堂隼也さん」

 

「あ、はい……」

 

 隼也の最愛の少女(ユーフォリア)によく似た見た目の少女は、柔らかな微笑みをその顔に湛えながら隼也に話しかける。隼也は、ユーフォリアの存在が念頭にあるためにその存在のお淑やかさに困惑を隠せない。

 ならばその見た目は偽物だ、と断じるのかといえば、この姿こそが目の前にいる彼女の本当の姿なのだという妙な確信も湧いていてそれすらできない。

 

「私は■■■■■■。『■■』の担い手です」

 

「え……?」

 

 肝心な部分は、全てノイズによって掻き消されて隼也の耳には届かない。

 困惑したような隼也に、けれどその少女も困ったような表情になる。どうやら、少女にもこの事態は想定外だったようだ。

 

「仕方ありません。……これが通るかはわかりませんが、私のことはアムとでも呼んでください」

 

 あ、通りました、とクスクス笑う少女。清純な色っぽさとでも言うべき、相反する二つが一つになったような雰囲気を出すアムと言う少女は、隼也に向けてふわりと微笑む。

 

「うーん、まずは何から話しましょうか?」

 

 小首を傾げる姿に、ユーフォリアのそれとは違う愛らしさを感じてどきりとするが、隼也は聞かなければならないことがたくさんありすぎて、まずはどれから聞けばいいのかわからない。

 

「……ならまずは、あなたが何者なのか教えてください。どうして俺のことを知っているのか……どうして俺があなたのことを夢で見るのか……どうしてユーフィーとそっくりな姿をしているのか!」

 

 言葉にするたびに、その瞳に焦燥が映りだす。言葉として認識するたびに、それが異常なことなのだと理解する。故に、己が何者かに蝕まれているのではないかという不安が、焦りとなって飛び出した。

 

「……私が何者なのか、それを語るにはちょっと長い時間が必要となりそうなので簡潔に結論だけ言いますけど──」

 

 ──私はあなたです。

 

 その言葉の直後、わずかに沈黙が訪れる。俯いた隼也の表情はアムには見通せず、けれど何を思っているのかは理解できて、言葉を待つ。

 

「ふざけてるのか……?」

 

 ポツリと呟かれた言葉には感情が乗っておらず冷たい。

 

「いいえ」

 

 けれど戸惑うことなく、アムは隼也の言葉に否定を返す。

 

「貴方も、暁絶が言っていた言葉を覚えているはずです。『転生体』という言葉を」

 

「それがどうかしたのかよ……」

 

「私は、貴方の前世ということです」

 

「…………は?」

 

 再度の沈黙。けれど今度は、ふざけた返答に対する怒りを抑えて問答の体をなすためのものではなく、純粋に言っている言葉の意味がわからないために発生したもの。

 

「なに、言って……」

 

 隼也からすればわけのわからない言葉。けれどアムからすればそれは真実であり、その言の葉に一切の虚偽は混じっていない。

 

「貴方がユーフォリアと出会った最初期から彼女といて安心していたのも、(前世)絡みです」

 

「それって、つまり……」

 

 ユーフォリア相手に抱いた感情は全てアムが理由なのか、と切迫した表情で言う隼也。彼女を相手に最愛と感じるのも、全て前世とはいえ他人の情動であるかもしれないという今が、彼に恐怖を与えていた。

 

「いいえ。私のそれは『一緒にいて心地いい』と思う程度。そこからの互いに向ける感情に関しては一切関わっていませんよ」

 

「そう、か……」

 

「ふふっ」

 

「何か……?」

 

 ホッとする隼也に、小さく笑うアム。それがなんとなく気にかかって、隼也はむすっとしながらも尋ねる。

 

「いえ、ただ、見た目的には私をコピーした相手が私の転生体にこうも好意を寄せられている状況そのものがなんだかおかしくて」

 

「コピー?」

 

「ええ。先ほども言ったでしょう? 私は貴方の前世で、彼女に対する第一印象に関しても私絡みだと。彼女の前世には私も関係があるんですよ」

 

 生まれる前からお互いのことを知っていたって素敵じゃありません、と問いかけるアムに、言いたいことはわかるけど、と返す隼也。

 

「ですから、前世からの関係もありまして、私は彼女を残して先に逝きたくはないのです。……本当は、出てくるつもりはなかったんですが、都合のいいことに貴方が戦闘中に気絶してくれましたので」

 

「あ……そうだ! 今もイスタのやつが……!」

 

「ええ、ですから急ぎましょう。私が出て来たのは、貴方に私の培った戦闘技術の継承を行うため。……ですが、それを行えば貴方は死ぬかもしれません。私がかつて契約していた永遠神剣と契約できるだけの素質が、今世の貴方には存在しないのですから」

 

「別にいいさ。悔しいけど、今の俺じゃあいつに勝てないと思うし。ただ殺されるのを待つか、死ぬかもしれないけど生き残れる可能性もある方を取るか。後者を取るだけだ」

 

「……そうですか。ですが気をつけてください。貴方に継承する技術は『私が永遠神剣を用いて戦う』ためのもの。貴方の肉体では使いこなせない可能性もありますし、そして何より、当時とは武器が違います。参考程度に留めておいた方がいいですよ」

 

「わかった」

 

 言葉を紡いでいる最中、わずかに表情が曇ったが、それもすぐに消え失せて軽やかな足取りで、アムは隼也への距離を詰める。

 

「『■■』のことをよろしくお願いしますね」

 

 隼也の襟元を掴み、戸惑っている隙に強引に引き寄せて、その額に口づけをする。

 

「な、な、な……」

 

「それでは、いずれまた」

 

 別れは笑顔で。ただしアムだけ。隼也はいきなりの額へのキスに「な」を繰り返すだけのマシーンとなりながら、夢の内より帰還する。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『契約者よ』

 

 どうした。

 

『あれを砕けば、我もかつての我に還ることができるだろう』

 

 そっか。それなら、ようやくお前の目的は達成されるわけか。

 

『ああ、そうなれば後は契約通り、我は汝を元々の世界に返すだけだ』

 

 ああ、そうだな。そういえば最初はそんな感じのスタートだったな。最近は、ユーフィーも加わって楽しかったから忘れてたけど。

 

『うむ……それで、だな』

 

 なんだよ。

 

『契約者がもしも良ければ、だが。我が回帰した後も、契約を結んだままにしてみる気はないか?』

 

 いきなり、何を言い出すんだよ。

 

『汝と過ごす時間はなかなかに我にも楽しいものだったのでな。それもいいかと思っただけだ』

 

 ……ああ、それも悪くないかもな。

 

『……ならば、元の世界に帰るまでに決めておいてくれ』

 

 ああ、ちゃんと考えるよ。

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

 目を開くと周囲には土煙。俺の姿をイスタから覆い隠してくれている。けれどあいつがその気になれば俺の位置など把握も容易いはずだ。ってことは今はあいつは本気になっていないのか、それとも俺が死んだと思っているのか。

 

 あいつを倒すにはアムから継承した知識を使う必要がある。自分のもののように扱えるのかは不安だが、そこは彼女を信じるしかない。

 

 ……使い方はわかっている。これを使わなければどうなるかもわかっている。それでも使おうという気になれないのは、やはり彼女の言葉が、俺が死ぬかもしれないという言葉が心のどこかに楔として嵌ったからだ。

 戦闘における痛みにはもう慣れた。けれどこれは別種のものだ。戦場で切った張ったの殺し合いとは別ベクトルの死だ。斬り殺されるか、あるいは知識に頭が弾け飛ぶか、二つに一つ。斬られる痛みは知っているが、頭が弾け飛んで俺が俺でなくなる恐怖なんて味わったことがない。だから怖い。

 

 この肉体が壊れ果てるよりも先に、奴を殺しきれるか。そして何より、神剣魔法(リヴァイブ)による蘇生が通用しないであろう俺の死体をユーフィーに見られたりしないか。とても心配だった。

 

『契約者よ』

 

 けれど、使わないわけにはいかない。

 

『……行くぞ!』

 

「ああ……!」

 

 だから、バカ剣が珍しく叫んだのに合わせて俺も気炎を吐いた。

 

 ──接続(アクセス)

 

 呟かれた死出の旅へ誘う言葉は短く、小さく。けれど確かな存在感を持って世界に溶けた。

 ありがたいことにイスタは俺が出てくるのを待っているのか、それとも土煙が晴れるのを待っているのか、とりあえず今は仕掛けてこないらしい。それなら、存分に俺が死に迫ることができる。

 

「────あ」

 

瞬間。

俺という人格を滅ぼすような知識の波濤が、知覚世界の全てを覆った。

 

「────あ、あ……」

 

 そうだ、波だ。

 俺という存在を押し流す知識(絶望)の津波だ。

 俺が奴を殺すことを成就させるに足る、知識(希望)の宝庫だ。

 

 足は踏ん張ることができず。

 肉体は水圧に潰され。

 生命は知識とともに洗い流されて行く。

 

「────……」

 

 もう自分が何者なのか、なんのためにこれに浸っているのかすらわからない。

 

俺は

倒せ

なんのために

──を倒せ

なにをねがって

イスタを倒せ

 

 消える。

 

 意思も、思想も、願いも、目的も、全てが溶け失せ、────を構成していたものが一つ一つ欠落して行く。

 両手も、両足も、首も、唇も、眼球も、全てが己の思考から切り離され、動きを止めてしまう。

 

 ──()は、どうしてここに。

 

 己の全てが消え失せ、誰かの思考に染め上げられ視界と意識が消滅して行く中で。

 

 遠くに、声が聞こえた。

 

『我が能力(ちから)は心の均衡を保つこと……! たとえわずかであろうとも、砕け散っていないものがあるのなら……!』

 

 わずかに、津波が滞った気がした。

 

『聞こえるか、契約者よ! 汝は勝手に死ぬことを許されていないのだろう! ユーフォリアの所有物となっているのだろうが!』

 

 大切な、誰かの名前が聞こえた(剣に、罅が入る音が聞こえた)

 

 ユーフォリア。そうだ、ユーフォリアだ。俺が、自分の名前を忘れたとしても絶対に忘れてはいけない相手の名前。ああ、そうだ。彼女のことを忘れるわけにはいかない。たとえ知識が俺を侵食することになったとしても彼女のことだけは忘れるわけにはいかないのだ。

 

 ■■■■はユーフォリアの所有物である。それだけ理解していればいい。俺の命は俺の自由に使い果たせるものではない。だからここでは死なない。奴を殺して帰るんだ。……どこに? 知ったことか。俺の帰る場所は彼女がいる場所だ。それがどこなのかはどうでもいい。

 

 津波に流されるだけの己の精神に喝を入れる。彼女の存在を己の芯に据えた。ただそれだけのことなのに、俺の全てはただ流されるだけの脆弱なそれから、強靭な何かに変貌したかのようにその知識を吸収し始める。

 

 意識が現実に戻ってくる。

 土煙に未だ己の身は隠されている。

 今の俺が先ほどまでの俺と違うことはまだ敵手には知られていない。

 だから、確実性を求めるのなら一撃で。

 そして、それ以降は俺の肉体の損傷からしてそもそも保たない。

 

 思考は冴えている。

 己が彼女から受け継いだ戦闘技術は把握している。

 ■を用いた戦闘法はその一切合切が使用不能。

 神剣魔法についても同様。ただし■■■■■■が独自に生み出したもののうち、■を用いないものに関してのみ、今現在の状態で使用可能。

 ■■■■■■の仲間であったものたちの武具を使用した場合の戦闘法の記録、再生、並びに模倣開始。大剣型に最も近い武装を用いての戦闘法をインストール。

 けれど注意せよ。それらの闘法を扱うということはすなわち術理を理解するということ。与えられた知識の沼(死地への道)へと自ら飛び込むことと同義である。

 

「────」

 

 罅が入ったバカ剣を左手一本で構え、左腕を含めて叩き込めるだけマナを叩き込んでいく。今把握したのは突発的にでも使える武技のみ。

 すでに人間で言うところの死に体であるバカ剣にそんな無茶なことをさせれば(大量のマナを叩き込めば)砕けることは必定。

 故にここまで支えてくれたこともあってこのバカ剣に感謝を胸中で伝えると、気にするなと返事が返ってきた。

 

「装填数、九」

 

 全身に何かが駆動し始めた。剣を握った左の腕に、何も持たない右の腕を添えて何かをつかむように握りしめた。

 この技を放つためには極限の集中力とマナ操作が必要となる。今の俺がマナを注げるだけ注いでは確実にマナ操作をどこかでミスすることは必至。だが、マナの量を減らして技の威力を下げては元も子もないために、俺は自らの体を一箇所捨てることを決意する。

 

「──行こう、俺たちの最後の戦いだ」

 

『では、我らの演舞を見てもらおうか』

 

 バカ剣と行える最後の戦い。

 土煙が晴れる。イスタの姿を捉える。

 奴を殺す決意を整える。

 

 故に、これよりは敗北などありえない。

 今ここにいるのは「平衡」の担い手である俺ではなく、「■■」の担い手である■■■■■■だ。

 その絶技は、技だけであれば極地に到りかけている「煌舞」のイスタすらも凌駕し、この手に勝利をもたらすものだ。

 

「一刀」

 

 その一撃は俺が磨いた技術ではなく、誰か別の人間の持つ武威を示しながら放たれた。

 バカ剣が袈裟懸けの軌道でマナの暴威を纏いながら切り裂きにかかる。

 

「ぐ、うぅぅっぅぅ!」

 

 加速と鼓舞による強化を受けた状態の俺と同等の強大な一撃が、強化なしで放たれる。

 バカ剣の罅がさらに大きくなるが、すでに別れは済ませた以上頓着することはない。

 うめき声をあげながらその籠手で、踏み留まりながら耐えるイスタだが、それは悪手としか言いようがない。

 

「二刀」

 

 振るわれた左腕()から、そこに添えていた右腕を振り抜くことで魔法(刀身)が解き放たれる。

 

「三刀」

 

 籠手を弾いて延びきった左腕がバカ剣を手放して、そのまま背中()から魔法(刀身)が解き放たれる。

 

「四刀、五刀、六刀、七刀、八刀」

 

 右腕、右太腿、左太腿、両側頭部。

 口、指先、あらゆるところに魔法陣を描ける()の──アム()はそんなことをする必要がなかったために身につけていなかった──技巧と組み合わさることで全身を鞘として扱えるようになった、魔法を刀身とする九連撃。

 

「九刀」

 

 最後の鞘は、砕けかけていたバカ剣。引き抜いたオーラフォトンノヴァの圧力に耐えきれず砕け散ったその刀身を視認してわずかに哀悼の意を表しながらも、三から八までで傷つき動けぬイスタに向けて殺戮の嵐を解き放った。

 

「か、は……」

 

「これにて終幕。演舞、九刀連夜」

 

 アムはこの技に名前をつけていなかったらしい。己の持つ、鞘がわりになるもの。何かしらの空洞が存在するものから圧縮して剣状にした魔法を連続して放つその技に、バカ剣が最後に使う技を知った時に俺に伝えた名前をつけた。

 倒れ臥すイスタ。一の太刀を防ぐのに渾身の力を使ったことにより、バカ剣が死に近づいたが、その代償として奴は俺の二の太刀以降を防ぐことは能わず、八の連撃をその肉体全てに受け止めることになった。故に、これにて決着。

 同時に、俺の左腕も溜め込んでいたマナに肉体が耐えきれずに破裂する。痛みを感じることはない。もう、その痛みを感じることができる痛覚すら死んでいる。ただ少し、顔に張り付いた未だマナの塵になっていない肉片が視界を遮るのは邪魔だと思うだけだ。

 

「おにーさん!」

 

 遠くに、大切な少女の声が聞こえた気がした。それが鍵だったのか、俺の体に疲れが揺り戻してくる。もう、起きていることすら億劫だ。まぶたが重い。立っていられない。ふらりと倒れそうになって

 

「わわわ!」

 

 どこか、焦ったような少女の声を聞いて眠りについた。




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