今回の会談は、隼也に自分が変化してしまったことを否が応でも自覚させる結果となった。
特に倉橋時深という人物と接した結果としてわかったのは、隼也が短時間であったとしても他人との会話ができなくなってしまったということ。
「おにーさん……」
ユーフォリアの心配そうな目が隼也に刺さる。
まず、隼也は話し合いの開始時点、名前を呼ばれたタイミングで
確かに、先の服装を思い出した時点では自分の名字を呼ばれていた場面を思い出したはずなのに。たった数秒でで御堂隼也としての時間が忘却されている。
「大丈夫、今はちゃんとしてるだろ?」
「そうですけど……」
そしてもう一つ。隼也が会話をしていると十数分の間に、一人称と喋り方が途中で変化すること両の指では数えきれないほど。俺という一人称と少し不慣れな敬語から、私という一人称と柔らかな女性の話し方。
基本はこれまで通りなのだがふと気を抜くと出てくる女性のような人格。ユーフォリアが声をかけるたびに元の隼也の人格に戻るのだが。
「まあ、理由はわかってるし……」
「へ?」
どうすればいいのか悩んでいたユーフォリアが、その言葉を聞いてきょとんとした顔になる。
そんな表情も可愛いなぁと思いながら、隼也は説明をすることにした。
「……」
「えっと、ユーフィー……?」
己の前世たる少女、アムとの出会いとそこから継承に至ったこと。それによって合計十七年程度の己の人生、そのほとんどすべてに関わる記憶が消えたことと流れ込んできたアムの戦闘経験やその技術によって、今の隼也を構成しているものの過半数はアムの戦闘に関わる記憶。
そんな話をしたところ、ユーフォリアはむすっとし始めたので隼也としては戸惑うばかり。
「……なんか嫌です」
「何が?」
いきなりそんなことを言われても、隼也はそう返すしかない。
「今のおにーさんは、そのアムって人が頭の中のほとんどを占めてるわけなんですよね」
「えっ」
「なんかそれが嫌です」
「……そんなことはないぞ」
ぷいと顔を背けるユーフォリア。そんな彼女に苦笑して頭を撫でながらも隼也は言う。
「どうしてそう言えるんですか……?」
「いや、だって──」
重ねて言うが今の隼也を構成する記憶は、過半数がアムの戦闘経験。
だが、わずかに残っている隼也としての部分は『ユーフォリアとの記憶』であり、アムが関わらない隼也の素の部分ではユーフォリア以外との記憶は残っていない。
つまり、ある意味では今の隼也を占めているのはユーフォリアだけとも言える。
ユーフォリアに関連づけて思い出さない限りは隼也は己の目的、己が永遠神剣と契約した経緯、そしてこれまでの自分の人生の何もかもを思い出せないし、思い出したとしてもすぐにまた忘却してしまう。
「そ、そうなんですか……?」
それを最後の部分だけ除いて伝えると、恥ずかしそうにしながらもユーフォリアは隼也に尋ね、そしてそれに彼が頷いたことでえへへとはにかみながら笑う。
沈黙が、二人の間を満たす。その間がなんとなく嫌だったので、隼也はふと思い至ったことを尋ねることにした。
「……そういや、時深さんの話ってなんだったんだ?」
「時深さんのですか? ……ああ、そういえばおにーさんは意識が飛び飛びになってましたもんね」
じゃあ仕方ないです、と言いながらもどこか嬉しそうに、ユーフォリアはその内容を語り始める。
「簡単に言うと、おにーさんを送り返す準備はこっちでいつでもできるから、おにーさんがよければあたしの手伝いをして欲しいってことなんです」
「うん、それぐらいなら全く問題はないけど。……とりあえず、ユーフィーについていけばいいのか?」
「……どうなんでしょう?」
「……まあ、ユーフィーについてくさ。そもそもユーフィーの目的を俺はよくわかってないわけだし」
そんな話をしていたのが、数日前のこと。
「デート?」
「はいっ!」
名目としては「隼也の元の世界と似ているので、今のうちに戻った時のために『地球』という世界での生活を思い出しておこう」ということ。それを話すユーフォリアにとっては実際はただのデート。
「いつ行くんだ?」
少々食い気味に問いかけてしまったことを後悔しないわけではなかったが、それを気にすることなくユーフォリアはその日程を告げる。
「今日の午後からです」
「今日の午後」
「はい」
当たり前に考えて、デートをするとなると男女で違いはあるだろうが『準備をする』という一点に変わりはなく、そして隼也からすればそのデートをする相手は好きな女の子。仲のいい友達と一緒に出かける程度の格好では許されないのだ。
(……とは言っても服はないんだがな)
隼也の持っている服は、
つまり、学生服を着るほかない。
『ふふふ』
(……?……? ……!? いやいやいやいや! ちょっと待て! なんであんたが出てきたんだ!?)
その事実に思い至った隼也の脳内に、前世を名乗る少女アムが話しかける。
いきなりすぎる出来事に隼也はパニック。脳内では色々と愉快なことになっていた。
『それに関してはいいじゃないですか。デート、なんですよね?』
(そうだけど……)
なんとなく嫌な予感が隼也にはあった。
具体的には恋愛話になった時の女子のキャーキャー騒いでいるあれ。
『それでしたら、時深さんでしたか。彼女に裁縫道具を借りてくれば、私が貴方の体を使ってどうにかしますよ?』
(どうにかできんの?)
『できます』
隼也には、アムが脳内でドヤァとしているような様子すら再現された。
これは断っても色々と言ってきそうだな、と隼也は思った。
『その通りです。ここで満足させないとデートにも口出ししますよ』
(……斬新な脅迫だな。まあいいけど)
言う通りにしないと頭の中で騒ぎ立てるという脅迫に屈したのか、それともデートでまともな服装を着られるというメリットにつられたのか、許可を隼也は出す。
この後に起こるすったもんだを想像もしないで。
「ああ、時深さん」
「御堂さん……いえ、アムさん、でしたか? その肉体に知識を継承したことで表層に出てこられるようになった第二人格」
「ええ。この『私』はそっちではなく、知識を継承させた前世の方が今回表層に出ているのですがね」
隼也の肉体で女性のように喋るアム。
それに対して元から知っていたかのように驚くことなく対応する時深。
アムは『時深がアムの存在を知っている』ことに関しては驚いていないし、時深は『アムが驚かなかった』ことに関して驚いてはいない。
時深は未来視の使い手。ここで自分たちが会話をすることをすでに知っていて、そしてそこでアムという少女の存在を知ったために驚くことはない。
アムは元々は『■■』の担い手。で、あるがゆえに彼女はそこに納められるべき
「裁縫道具、ですよね?」
「ええ、こういう場合は話が早くて助かります」
ニコニコと女性同士の話を広げながらも、片方は別に性転換手術を受けたわけでもないので見た目男性というシュールな状態。
表層に出ていない、映画を見るような感覚でアムと時深の会話を聞いている隼也はユーフォリアに見られたら勘違いされそうだと思いながらも会話を聞き続ける。
「それにしても、言ってくれればこちらで服程度なら用意しますよ? 彼が貴女にはお世話になったそうですから」
「ああ、彼のことですか」
(彼……?)
『今世の貴方には関係のない相手ですから、気にしなくていいですよ。出会うことがあったら、その時にでも』
時深と話しながらもアムは隼也の疑問に答えてくれる。
「……そうですね。この世界の基本的な服装がどういうものなのか。それを知らずに作ろうというのはさすがに浅はかでした」
「でしたら、用意しますか?」
「一着だけお願いしても宜しいでしょうか? 作る参考にしますので」
女性同士の話し合いもまとまりつつあったところで、ふと時深が何かを思い出したようにああと声を漏らした。
「御堂さん」
「はい? ……あ、話せる」
『これに関しては私じゃなくて隼也さんが聞いた方がいいでしょうしね』
(サンキュ)
「この時間樹にいる間、ユーフォリアのことはよろしくお願いしますね」
「はい……!」
力強く頷く。それに関しては戸惑う理由は隼也の中に存在しない。
「それと」
クスリといたずらっぽく笑って。
隼也が抱いていたイメージ……楚々とした、見た目の年齢には不相応なまでの落ち着きが消えて見た目相応の少女然とした姿が垣間見えた。
「ユーフォリアのデート用の服。楽しみにしていてくださいね。今、この『出雲』に揃っている面々が皆で着せ替え人形にしながら選んでますので」
「……手加減してあげてください」
いろんな服装を着せられて目を回しているユーフォリアの姿を思い浮かべて、そうとしか口にすることはできなかった。
それから数時間後。
本来の『デート』ならば待ち合わせをしたりするのだろうが、ユーフォリアの『今のおにーさんを一人で待ち合わせ場所まで行かせるのは不安です!』という強硬なまでの主張により、今現在彼らがいる場所、『出雲』と呼ばれる組織から二人で一緒に出かけることになった。
そして今、隼也はシンプルにすぎる格好で
そこらへんを見渡せばポツポツと似たような格好の高校生は見られるだろうというような、休日の少年じみた格好。
ユーフォリアが着て来る服、というものがどれくらい気合が入っているかわからないが、絶対に釣り合わないと隼也は考えていた。
『問題ないですよ。ユーフォリアが着て来る服がどんなものだったとしても、あの子は元がいいですから。ですから貴方をどう着飾っても意味はないです。むしろ、あの子の可愛さを引き立てる意味合いでシンプルにしたんですよ』
(……それって自慢か?)
アムの姿形はユーフォリアとそっくりで、そしてその姿はユーフォリアの転生前とアムの関係性が深かったがゆえにそちらが選んだのだろうということを以前言っていたことを思い出しての発言。
『……そういうことになりますね』
アム当人も、全く考えていなかったけれど言われてみれば確かにそうだというような声を出す。
「それにしても……」
『まあ、ユーフォリアの服装を楽しみにしながら待ちましょう?』
「平衡」が砕け散った代わりに、アムという話し相手を得た隼也は、さすがに超越存在のような話し方をする「平衡」よりは話しやすく、けれど女性人格ということでその辺りの機微がわかっていない男子高校生としては辛い会話になることが多い。
こういう場合も、待たされる男の側に立つのではなく待たせているユーフォリアの側に立つのでなんとなく自分が辛抱強くないのが悪い気分になっていた。
「おにーさん! 待たせてごめんなさい!」
けれどそれも長くは保たず、十分もしないうちにユーフォリアがやって来る。
その声を聞いて、内心先ほどの時深の発言から察せられるユーフォリアの苦労への同情心を、デートなのだからと隠しながら振り向く。
「いや、大丈夫。全然待ってな……」
ユーフォリアの姿を目撃した瞬間、時間が止まったような気がした。