隼也が気がつくと、そこは宇宙としか表現できない場所だった。
(なんだ、ここ……?)
宇宙としか表現できない、というだけで、実際のところは宇宙でもなんでもない。
ただ、周囲は漆黒の内側に煌めく星があり、そして何より、巨大な枝葉がこの空間に存在することを、隼也の瞳は捉えていた。だからこそ、宇宙に似た何かであって、実際の名称を今の彼が口にすることは不可能。
(え……あ……え……? まっず……!)
何を感じ取ったのか踠き始める隼也。けれどふわふわと、無重力の空間なのかその動きは大した意味を持たない。
(俺が解けてく! 意識も体も、何か別の、よくわからない何かになって死んじまう!)
少しずつ、少しずつ、隼也の視界の中では己の肉体が黄金の霧になって解けていくのが見えた。
意識も、徐々に薄れていくのがわかる。
彼にとってこれは、理不尽なまでに絶対的な死だった。
(死んで、たまるか……! 死んで、こんなところで死んで……!)
だから、彼はもがく。
だから、彼はこの状況に追い込んだ望たちを恨んだ。
死を厭い、遠ざけんとする彼の行動は、けれど特に奇跡を起こすこともなく、そのまま御堂隼也を黄金の霧へと還し、それで彼の物語は終わり。
(──求めるか)
……そのはずだった。
(え……?)
最初、その声を隼也は幻聴だと思った。こんな謎の空間に、誰かがやってくることなどあり得ない、と。
けれど
(汝、死を遠ざけ、己の命を手繰り寄せることを求めるか)
その声は繰り返し問いかけてくる。
(この声……一体どこから……?)
己の命が危ないと感じていたのにも関わらず、はっきりと頭に響くその声に、これまでにない謎の体験の連続に、いい加減頭がいっぱいになっていた隼也は、つい自分の状況すら忘れてその声の持ち主を探す。
(ここだ。……我は汝の眼前にある)
その言葉とともに彼の出現するは、刀身の半分が純白、もう半分が漆黒の重厚な大剣。
(剣……?)
(然り。我は永遠神剣第四位『平衡』。我が願いを叶えるため、汝が願いを叶えるため。諸共に願いを叶えるために汝に契約を持ちかける者なり)
(契約ったって……)
(我が望むは、かつて我と同質であった神剣の破壊。それによる我の回帰。対価として、汝にこの場を生き抜く力を与え、汝が元の世界に帰るための力をも与えよう)
死にたくないのであろう、と試すようにして隼也に問いかける「平衡」。
それはまるで悪魔との契約。「平衡と同質の永遠神剣」という言葉が何を示すのか隼也にはわからなかったが、「契約を持ちかける剣」と同質であるということは、己と同じようにしてそれらの剣と契約している何者かと殺しあう可能性すらある。
けれど、そうだとしても彼が生き残るにはこの剣と契約するほかなく、契約することで何が起こるのか今このタイミングではわかっていないながらも隼也は覚悟を決めた。
(わかった……! あんたと契約する! どうすればいい!?)
(我を握れ)
簡潔に言われたことではあったが、今の、もがいてももがいても何もできない彼にとってはどうしようもない言葉であった。
それでも
(ぐんぎぎぎぎぎぎ!!)
何も目的がないまま闇雲に腕を動かすのではなく、『剣を握る』という目的が存在する動きは、この空間での動き方に適応しないままながらも、少しずつ「平衡」に近づいていく。
(よしっ……!)
そしてついに、その柄を掴んだ。
(これにて契約は成った)
(なん、だ、これ……! 頭、割れそ……!)
掴んだ途端、隼也の頭の中に大量の情報が──永遠神剣の契約者としての基本情報が流れ込んでくる。
無理矢理に脳内にインストールされる知識は不快というレベルではなく、強引すぎるそれにはまさしく「頭が割れそう」という表現がぴったりだった。
(契約者よ。このまま一番近くの世界に落ちるぞ)
(ちょ、まっ……)
頭痛をこらえる隼也の言葉は聞き届けられず、強大な引力によって最も近くの枝葉に近づいていく。
与えられた知識から、この枝葉の一つ一つが世界なのだと理解していたが、自分がこの程度では何もダメージを受けない存在になったことは理解していたが、それはそれとして強大な葉に突撃することへの恐怖が消えるわけでもない。
音として響くことはなく、けれど悲鳴は確かにそこに存在して。その音源たる隼也は、この宇宙のような空間から消えるのだった。
ちゅどん、と地面を揺らすとても大きな音と、クレーターと共に世界に侵入する隼也。
「ってて……いきなり何すんだバカ剣」
『まさかと思うが、バカ剣とは我のことか?』
「お前以外に誰がいるんだよ、バカ剣」
けれど、その中心にいる隼也は、己の持つ剣に話しかけている余裕すら見せて、それとは逆に体にはしていてもおかしくない怪我の数々は存在すら見当たらない。
森の広場ともいうべき場所に落ちた彼は、周囲を見渡しながら悪態をつく。
「くそッ! 世刻の奴。絶対ぶっ殺す」
この剣と契約することになったのは望たちが原因だと。根拠もないままに断言して怒りを見せる。
『契約者よ。その世刻なる人物を殺すのはいいが、今はそれは置いておけ』
「あ? どういう……っ!」
永遠神剣と契約したことで得た、これまでとは比較することすら馬鹿らしいほどの気配、あるいは何かしらの五感に刺激を与えるものに対する感知能力で、「平衡」が言おうとしたことに気がつく。
『気がついたか、ミニオンだ』
「ミニオン……? ……学園を襲った奴らのことか」
目の前に現れたことで、学園にやってきた存在の総称を知る。
隼也の指が震える。永遠神剣と契約したからと言って、いきなり戦えるわけがない。ましてや、ついさっきまで自分を殺そうとしていた存在だ。そんな簡単に恐怖を拭えるはずがない。
『案ずるな』
「平衡……?」
『このような雑兵。我と契約した以上は取るに足りん。汝の心の赴くままに我を振るうだけで十分に殲滅可能であろうよ』
「そうか……そうなのか……だったら!」
剣を正眼に構える。永遠神剣が駆動するための燃料とも言える存在、マナが周囲に可視化できるほどに集まりだす。
「一気に撃破する!」
そう叫び、ミニオンに向けて飛び出した。
現れたミニオンは隼也の目視の叶う範囲では十体。周囲からはその気配はせず、一方向から来たことがわかりやすい。
なので、それを理解して隼也がとった行動は、戦闘を何も知らない人間としては、自分が負けることはないと知っている人間としてはおかしくないであろう、戦闘を知る人間からすれば無謀としか言いようがない突撃だった。
「死ねぇっ!」
けれどそれも、第四位の神剣使いとたかが
濃密なマナを纏った剣は、赤いミニオンのダブルセイバー型の神剣による防御の上から真っ二つに切り裂き、黄金の、マナの霧へと変化を開始する。
(これなら……!)
そして、その事実が隼也の中に自信を生み出す。
(これなら、戦える!)
今の自分なら、問題なく敵を殺せるのだ、と。
殺した時には罪悪感でも出るかと思ったが、それよりも先に「自分の日常を破壊した一因を自分の手で抹消できる」ということに暗い喜びが前面に出て来たことで、特にそんな感情が心を満たすことはない。
「殺してやる……! 俺をこんな殺し合いに巻き込んだんだ、きっちりお前らの望み通り殺してやるよ!」
まるで紙か何かを切るように簡単に斬り裂けるミニオンたち。それらを殺し、そして死体すら残さないミニオンに殺しをしている実感は薄い。
「落ちろぉっ!」
魔法陣が浮かぶ。そこから発現するは重力の暴力。圧縮された重力というわけのわからない代物が、ミニオンに向かって高速で飛んでいき、標的たる一体だけではなく、周囲のミニオン全てを圧搾していく。
「『ブラックホール』!」
球体に引き寄せられ圧搾されたのは八体。一体だけ効果範囲から逃れ、その個体はやって来た方向へと去っていく。
「逃すかっ!」
隼也は走って追いかけるも、現代の都会に住まい、そこで育った子供としては森の中での移動法など知ることはなく、木々すらもうまく利用して逃げ続けるミニオン相手に引き離されないようにするので精一杯。
(契約者よ)
(なんだ!?)
(このまま先に進めば、あるいはこやつらの主と戦う可能性もある。そうなれば今の汝では勝ち目はないぞ)
(それは……そうかもしれないけど! ……でも、このまま逃したら俺の情報を相手が得るかもしれない。今だけは奇襲ができるんだ!)
(……ふむ。そこまで考えているならいい)
実際のところ、パッと思いついただけで、最初はこいつらを生み出した永遠神剣の持ち主の存在すら考えていなかった。
だが、こうして口にしてみるとある程度は自分でも筋が通っているように思ったので、「平衡」も認めているんだしそれでいいかと進んでいた。
「あれって……村……!?」
走っているとミニオンが行く先、森を抜けたところに村を発見し、そしてその村の中にミニオンが大量にいることと村人がミニオンに怯えていることを確認した。
(多分、あのミニオンたちもこいつの仲間……! だったらここであの村に恩を売って拠点を作るか……!?)
そこまで考えて、さらに加速する。恩を売るのであれば誰かが殺されるよりは早く止めないと「恩を売る」という行為としてはどうかと思ったのだ。
永遠神剣と契約したとはいえ戦闘者としてはひよっこ。確実性を高めるのであれば一体一体おびき寄せて殺害することであって、敵のど真ん中に飛び込むことではない。
けれど、この世界で衣食住全てが足りていないこともあって、それらを得られる可能性を逃すわけにもいかない。
だから、飛び込んで──
倒すのにかかった時間は、そこまで長くはなかった。
一体につき数秒あれば強引に防御ごと斬り伏せることが可能であったし、敵の攻撃に関してはミニオン程度では「平衡」が展開している防御を抜けて傷をつけることが不可能とわかってからは、一切防御を考えずに戦うことができたために、都合四十体ほどの敵を倒すのに、むしろかかった時間としては敵の前まで行くことがった。
「だ、大丈夫ですか……?」
かけた声は、疲れだけではない理由でどもっていた。
一般人を殺すことなど余裕なミニオンに大量に囲まれていた、という事実は一般人であるこの村の人間からすれば恐怖の対象であり、そう言った視線を向けられることもこれまでなかった一般人の隼也としては少しばかり辛いものがあり、平時と同様に話すことに失敗してしまった。
「え、ええ……」
そして、それに応える村人たちも恐怖のせいで詰まってしまう。結果として、会話がなかなか前に進まない。
結果として、話がまとまるまでに時間が必要になった。
村としてはボディーガードが欲しい。隼也としてはこの世界にいる間の衣食住の保証……拠点が欲しい。
いつまでこの世界にいるのかわからないが、それまでは近くのミニオンを殺害する、という契約が、そこに結ばれた。