なんとなく、ユーフィーと剣道場でイチャコラしながら修行をしていると、校舎に戻ってから微妙に生暖かい目で見られることが増えた。
右腕に抱きついているユーフィーを見ても、彼女もなぜそんな目で見られるのか理解していないらしい。
確かに、ここで修行をしたことで「ムカつくやつらの本拠地」というだけの場所から、俺個人の話でユーフィーはどう思っているのか知らないが、「修行場」という側面を得たことで、少しばかり気が緩んでいる気がしないでもないが、それでもこんな視線を向けられるいわれはない。
一応、時間の差し込みで疲れはとっているが、精神的な疲労は未だ取れていないし、ついでに言うなら差し込みにマナを使用したことで消耗しているので、仮眠でもとって休みたい。なのでこの生暖かい視線がうざいということを、頭を撫でるように要求して来たユーフィーを抱き寄せながら撫でて、さらにそのまま歩幅を合わせて歩きながらも話し合っていた。
「にしてもあいつらなんで俺らのことをあんな視線で見てるんだ……」
「なんか居心地悪いですよねー」
仮眠室にたどり着いて横になると、ユーフィーがいつものようにその横に来て同じ布団の中に入る。
「まあ、明日になればさすがにどうにかなってるだろ」
「ですよね」
そんな会話をしながら眠るが、この時の俺たちは甘かったというほかなかった。
「おい……」
隼也は正直、今こいつらを殺していないことに関しては我慢強いと自分を褒め称えたくなっていた。
『頼む、御堂! どうやったらあんなに可愛い子と仲良くなれるんだ、教えてくれっ!』
切羽詰まったような男子生徒たち。
出会いがないことを悲しんでいるようで、昨日のユーフォリアとの一幕を見て、元の世界からモテていた望とは違い、たった一人相手とはいえあそこまでのいちゃつきっぷりを別の世界に来た途端に見せている隼也にその秘訣を聞きたいらしい。
「俺たちも出会いが欲しいんだ……っ!」
「お前なら……異世界に来たことでモテ始めたお前ならっ!」
「きっと、俺たちの思いもわかってくれるだろっ!」
「いや、そもそもお前ら誰だよ」
隼也が覚えていない元クラスメイトだけではなく、一年三年も地味に亡者のごとくすがりついている。
鏖殺するかと悩んだが、それを実行したらしたであとで神剣使いがうるさいことは隼也にも容易に想像がついた。
ちなみに、ユーフォリアはユーフォリアで、女子に連れ去られて色々と話を聞かれているわけだが、今の隼也がそんなことを知るわけがない。
「ってかここどこだ……?」
『おいっ……流石にそれは冗談だろ!?』
冗談ではない。
今の隼也はユーフォリアと共にいる時間を中心としていて、つい先日の弓の術技を継承した影響で知識の濁流が発生していることもあり、やはりユーフォリアといる時間以外が断続的になり、さらには『ユーフォリアと共に行動している時間』以外はすぐに記憶から消える。
なので、隼也はこの一瞬で、『こいつらのせいでユーフィーと引き離されたと思ったら、泣いているこいつらに周囲を取り囲まれていた』という状態になっていたのだ。
「おいおい……いくらあの子との出会いを離したくないからってそんな嘘はダメだぜ?」
「そうだぜ、ソウルブラザー? さあ、キリキリと吐くんだ」
「俺たち『
「いや、知らねえよ。気色悪いから肩組むな。誰が兄弟だ。そしてなんだその同盟は」
無論、記憶を失ったことを知ってはいても、ユーフォリアとともに行動をしていないと現在進行形で記憶を失い続けることなど知らない物部学園の生徒からすれば、ただの言い逃れにしか聞こえないようで。
肩を組もうとしては投げられ、足にすがりついては蹴り飛ばされ、端的に言って亡者の群れとしか思えない様相が繰り広げられていた。
「なあ……頼むよう……俺たちにも出会いを……出会いを……」
「もうこれ以上世刻がモテ続けるのを見るだけっていうのは……」
「昔みたいに斑鳩先輩がのぞみんをからかうだけだったならまだしも……」
「ナーヤちゃんにお兄ちゃんって呼ばれたい……」
「ええい、気味が悪いぞ貴様らぁ!」
今、確かにオーラフォトンが集まった。
一瞬、本気で後先考えずに殺すつもりになっていた。
しかしどうにか思い直して、ため息を隼也は吐く。
「はぁ……わかった。教えればいいんだろ」
『おお……!』
男子生徒たちの顔に希望が満ちる。
それを見て、絶望に叩き落としたくなったので、どうにかしてユーフォリアとの出会いまでを思い出そうとする。
少なくとも、そこに至るまではまともではなかったような覚えがあるので、それを語れば多分十分なのだろうと隼也は思うが、やはりユーフォリアとの出会いの前のことなのではっきりと思い出すことはできない。
『なら、私が語りましょうか? 私は中から見てたので全部覚えてますし』
(お、本当か。なら頼む)
入れ替わる。
隼也の意識が内へ、アムの意識が外へ。
外から見れば一瞬目を閉じただけだが、それだけで大規模な変化が発生する。
「私がユーフォリアとここまで仲良くなるに至った経緯でしたね?」
「ん……?」
「あれ……?」
「なんだか喋り方が……」
「出会った時点でもう今の状況と大差なかったと思いますけど……」
『女の子っぽくなった…………っ!!』
ざわざわとしながら、少しずつ後ろに下がる男子生徒たち。
隼也は中から、アムがそのことに気がつかずに語り続けている光景を見ていた。
一方その頃、別の教室にて女子に囲まれたユーフォリアは。
「え、えっと……あたし、そろそろおにーさんのところに」
「そのおにーさんとの出会いを聞かせて欲しいなぁ……?」
手をわきわきとさせながらユーフォリアに迫る
それに微妙に怯えながら、ユーフォリアは隼也のところに戻ろうとする。
その怯える様が小動物のようで
さらなる欲望をたぎらせながらにじり寄っていた。
「た、大変だー!」
そこに、男子生徒が一人入り込んできた。
ユーフォリアからしたら救いの神が。
女子生徒たちからしたら、恋バナの邪魔をするゲス野郎が。
「何よ、今からユーフォリアちゃんに御堂と結ばれるまでのあれこれを聞こうとしてたのに」
なので女子生徒たちは不満を顔にあらわにして、その男子生徒を睨む。
睨まれた男子生徒は、ビビりながらも今の状況を伝える。
「そ、その御堂が……」
「おにーさんに何があったんですか!」
名前を出した瞬間、ユーフォリアは先ほどまでの小動物じみた姿から、一瞬で戦士としてのそれに変化する。
囲い込んでいた女子生徒たちを一筋の突風となって突破して襟元を掴んでガクガクと揺らしながら、彼女の両親が見たら唖然としそうなほどに殺気立っていた。
「あ、あいつがなんだか雰囲気変わって、それで女の子っぽい喋り方に……」
もはや聞いておきながら、途中で駆け出していた。
彼女の中では、アムが表に出てきた時と、アムから流れ込んできた知識のせいで一時的に隼也の人格が希薄になった場合の見分け方は「自分が話しかけた場合の返答」しか存在しない。
自分が話しかけても返答が女のものならばアムが外に出てきていて、隼也のものに戻った場合は隼也の人格が希薄になっている。
希薄になったまま放置したらどうなるのか、放置したことがなく、そしてこれからも放置するつもりがないユーフォリアにはわからないし、わかるつもりもない。
なので、走り出していた。
「おにーさん!」
見つけた、と思った直後には遠くから大きな声をかけていた。
ドン引きしている周囲の男子生徒を押しのけて目の前に立つと
「あら、ユーフィー」
女性の言葉が、男性の声で男性の口から放たれる。
「アムさん。説明されてないこの人たちの前にいきなり出てきたら驚かせるじゃないですかー」
それで、今回はアムが出てきただけだと理解してホッと一息。
苦言を呈する。
「でも、ユーフィーと出会う前のことは、もう隼也は覚えてませんし」
長い時間……とは言っても未だ一月も過ぎてはいないが、それでも常に共に過ごしているのだからある程度は仲良くなる。呼び捨て、愛称と言った部分はそれが理由で出てきて、確実に仲が深まったと聞いた二人は思っていた。
「えっと、あの、ユーフォリアちゃん……これはどういう……」
「おにーさんには女性人格も存在するってだけのことです」
ユーフォリアの中では、物部学園の生徒の株がどんどん急降下していく。
知らなかったとはいえ、隼也の自我が希薄になっていたかもしれないほどの時間を別々に拘束されていた、というのは、彼女の中ではマイナス点。
「おにーさんは、普段からある、記憶が抜けた男性人格。前世だっていう女性人格。あたしとしばらく離れてると起きる、前世から受け継いだ知識関係で記憶が剥がれていって、女性人格と男性人格が混じった状態の三つで構成されているんです」
後ろから追いかけてきた女子生徒に対しても少し不機嫌そうに。
「おにーさんから離れてるわけにはいかないから速く戻らせてって言ったのに……」
幼子が我儘を言うのとは違う、隼也の人格がどうなるのかの予想もつかないからこその人命第一の言葉。
さすがにそれに対して恋愛どうこうで聞くのは不謹慎だったかと、生徒たちが反省したところで。
「まあ、おにーさんがあたしといる時の記憶を失わないのは、あたしのことを大事にしてくれてるからなんですけどねー」
「ちょっ、ユーフィー!? さすがにいきなり抱きつくのはっ!」
気づけば、アムも隼也の人格に戻っていた。
ただ、戻ったタイミングがユーフォリアが抱きつこうとしたタイミングだったので、踏ん張る時間は得られなかったが。
『ほほう……』
きらん、と誰かの目が光った。
「ちょっとその辺りを詳しく」
「聞かせてもらいたいなぁ……?」
男女間でアイコンタクトが交わされ、二人がじゃれ合っている間に周囲を取り囲む。
永遠神剣の力を使えば難なく突破できるが、使わなければ厳しい包囲網に。
「具体的には御堂
「ユーフォリアちゃんがどんな風にしてその思いに答えた、いや、逆か? とりあえず恋人みたいな関係になった経緯とか」
ジリジリとにじり寄ってくるそいつらに気がついた二人はアイコンタクトすらとることなく神剣の力を解放して、天井を蹴ってその包囲網から抜け出した。
「あ、逃げたぞ! 追え!」
「全校放送を使え! 今この場にいない生徒たちの協力も仰ぐんだ!」
今、おそらく世界一無駄な鬼ごっこが始まった。
微妙に距離が開いたような、馬鹿話ができる程度には縮まったような