──疲れた。
言葉にならない言葉が漏れた。フィールドを展開していたオーラフォトンを消失させ、決戦場を隔離していた壁を、内から外へと食い破ろうとしていたそれが消えたことが決戦の終わりだと理解したのか、その壁が消失していく。
今回の戦いでは一切のダメージを負っていない。エターナルと神剣使いという差があるから当然といってもいいと思う結果だ。
「最初から私怨で始めたんだし、最後も私怨で締めるのが筋だよなぁ」
──やられたら倍返しでやり返す。
そんな言葉が、最後の瞬間俺の中に降りて来ていた。あのまま殺してしまえばそこで終わり。それ以上の苦しみなど与えることもできずに終わってしまい、また別のジルオル転生者とその被害者が生まれることになる。そう思うと、単純に殺してしまうのもどうかと疑問が湧いて来て、結果としてエタニティリムーバーによる世界追放に処したのだ。
学園から落とされて一人元の世界に帰る手段を探す羽目になったらしい俺と、時間樹から追放されて一人元の時間樹に戻る手段を探す世刻。倍程度ではすみそうにはない報復にはなったが、他の学園生徒を巻き込んだぶんの怒りということにでもしておこう。
それにしても、だいぶすっきりした。
気力的には充実していて、けれどマナの消費によって気怠い体で、戦いが終わったにも関わらず戦闘態勢を解除することはしない。旅団の男勢は「男同士の決着」とかなんとか。納得してくれたけれど、女性陣……それも特に世刻のことを好いていた人物たちは納得せずに殺しに来そうだ。あるいは絶望して生きる気力をなくすか。前者だった時のことを考えて構えておく。
「って……あれ?」
けれど、障壁が消えた先にいたのは時深さんだけで、他には誰もいなかった。一体どういうことなのか。それがわからずについつい疑問の声が漏れたけれど。そんな俺の姿を認めて、結果を理解した時深さんはけれど神妙な顔。
「貴方の勝利に終わったのですね」
「はい。世刻にはとりあえず世界の外に追放されてもらいました」
そう言って、俺が行ったことの説明をした。さすがに俺がエタニティリムーバーを使ったことには驚いたのか驚愕に目を見開いていたが、それでもどうにか納得してくれたらしい。
「そういえば、どうして今は誰もここにいないんですか……?」
戦ってる最中は記憶がうつらうつら消えていっても、目の前の世刻が憎いやつなのだということは、ユーフィーも加わった話し合いで世刻が俺の憎いやつだという会話をしていたので問題はないだろう、と二人で話し合ったが、それが終わった後になると「俺がどうしてここにいるのか」などの記憶が、いつ、どのタイミングで、どれくらいの内容が消えるのかわからない。だからいてくれるものだと思っていたが……
「ユーフォリアたちは、今『出雲』を襲ってきた南天神の怨霊と戦ってくれています。目的はジルオル……だったのですけれど」
「今、俺が倒しちゃった……っていうか世界から追い出しちゃいましたからね。もしかしたら二度と戻ってこれないかもしれません」
説明を受けたが苦笑いしか返せない。そんな俺には取り合わず行きますよ、と南天神との戦いに連れて行こうとする時深さん。仕方ないことだろう。ジルオルをこの時間樹から追放したのは俺なのだから、そのぶん、本来なら彼に対処させるはずだった案件、しかも世話になった『出雲』が襲われているのなら俺がやるのは当然なのだ。……まあ、ジルオル憎しなら当人以外巻き込むなという気持ちもないではないが。
「それにしても……」
走りながら時深さんは何か、昔、あるいは大切な人を思い出すかのように言い始めた。時々、自分が今どうして走っているのか、どこに向かって走っていけばいいのか、なぜこんなに体を気怠く感じるのか忘れてしまう俺に、それらの答えを教えながら、何かを思い出している。
俺も、ついでに今の自分の状態を確かめてみる。世刻と戦った時の記憶はないが、内側のアムは俺が「■■」と「■■」を形成して使ったと言っているので、おそらくは俺の覚えている時よりも侵食は一気に進んでいるのだろう。……俺に伝えられたノイズ混じりの音声が、俺の予想通りであればの話だが。
──一気に進んだな。
心臓に意識を向けて確かめた結果に、思わず心の中でそう漏らしてしまう。『人間』としての俺の中核はそこだろうと思っているだけなのだが、言葉に表現できない感覚ではあっても、大体の侵食度合いがなぜかそれでわかってしまうのだから都合がいい。
そこで感じ取れたのは、今のところ一割程度が人間から永遠神剣に置換されている、ということ。これまでは「悠久」などの上位神剣をポンポン……と言えるほど多数ではないが、それでも幾度か形成しても三パーセント程度だったから、一度の形成で七パーセント近くが侵食されたとみると、やはりアムの使っていた神剣とアムを殺した神剣の力というものの強大さがよくわかる。
「エタニティリムーバーを使うだなんて。あなたの前世……アムさんは『永遠』とも知り合いだったんですね」
「『永遠』、ですか?」
「ええ。永遠神剣第三位『永遠』。ユーフォリアの母親が契約している永遠神剣です」
いいや、違う。俺があの時使ったのは第三位の「永遠」なんてものじゃない。あれはもっと、ナルカナのような第一位神剣のそれすら越える力だ。永遠神剣■位「永■」は──
「っ……!」
そこで、頭痛により思考が中断される。確かに、「永遠」という永遠神剣の名前を聞いて、俺が形成した永遠神剣の名前を一瞬ノイズの塊から意味のある言葉にできそうだったのに。しかし、それに悔しがる暇などない。横合いからは時深さんが頭痛でわずかに足が止まった俺を見て、また記憶が吹っ飛んだと思ったのか、どういう状況下を手短に説明してくれた。
「いえ、大丈夫です。ちょっと頭痛がしただけですので」
「そうですか……」
戦えるのですか、戦えますと手短に言葉を交わすとやはり疾走は再開される。タイムアクセラレイトは今から戦うことと先ほどまで戦っていたことを考えると使用したいとは思わない。できる限り、この疾走時間でマナを全快にまで持っていきたいところだ。
そう思っても、距離は変わることはないし、疾走速度も落とすことはない。
どのタイミングで『出雲』に南天神が攻め込んできたのかは知らないが、
「見えた……っ!」
「一気に行きますよ……!」
時深さんから合わせなさいっと、ほとんど叫ぶようにして言われる。今このタイミングで合わせる技など一つしかない。マナを練り上げる。己の全身にそのマナを集中させながら、右手に向けていた意識を、「■■」のイメージから変化させる。今から使う技はそれでは扱いきれない。
『タイムアクセラレイトッ!』
敬うべき先達の一撃の模倣。それによって俺も時深さんと同様の加速した時間流の中に身を置いたが。
やはり、というべきか俺と時深さんでは時間の加速倍率が違う。この辺りは年季の差と、神剣の持ち主による
けれど、目前に見えた虚ろな視線を眼下に向ける踊り子風の露出の高い服を着た女性と、巨大な土偶のような兵器の速度は遥かに上回り、司令塔であろう彼女は己らのことを未だに観測できていない。
「あちらの女性をお願いします!」
言葉は、加速倍率の差で確と聞き取ることはできない。けれど多少は聞き取れる範囲。故に俺は加速して一直線に南天神であろう女性を切り裂きにかかり、時深さんはその間に土偶を三体切り裂き終えていた。よくよく見ると「時逆」だ。あれなら確かに切れないものはない。図体がでかくて破壊までにかかる時間が多いのが難点なら、一撃で必ず斬り裂ける武器を使えばいい。たったそれだけのことだ。
それを横目に見ながら、俺は南天神の腕を切り裂く。
「あんたがここを攻めて来た親玉か」
疑問の形を呈してはいるが、もはや確信しての言葉だと相手にもわかったようだ。それを理解しながらも目視すると、なんとなく後ろに見える靄のようなものが、この女性の体を操っているのは理解できたような気がする。
女性ごと殺すことに変わりないが。
俺は『正当性』という言葉を使って世刻を殺すことをよしとしたが、基本的には相手に正当性があろうが、こちらに正当性があろうが。目の前の相手を殺して解決するぐらいしかできることはない。それによくよく観察しなくても、これはすでに肉体が死んでいる。腹から流血した跡があって、その血がすでに乾いている。拭われたのではなく、抉り取られたような傷跡から流れた血が乾いているのならば、それはすでに肉体的には死んでいるようなものだろう。
──後ろの亡霊を消しとばさなきゃ意味がないってことか。
「ジルオル……ジルオルゥゥゥ!」
「人語すら介せないのかよ……」
面倒だが、右手をまた「■■」に変化させる。あるいは元々は人語を喋っていたのかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。俺に亡霊を、その亡霊が存在する原因の『
「エタニティリムーバー」
淡々と放つ一撃。それは南天神の肉体を消滅させながら、肉体にしがみついていた怨霊を、外に繋がる門から追放する。
「さて、あとは残った土偶を破壊するだけか」
さすがに疲れが半端ない気がするが、ここまで来て自分だけ帰りまーすなんて言えるはずがない。……正直に言って、あとでまたユーフィーからマナを分けてもらわないといけないとは思うが、これの後だとユーフィーも疲れ切っているかと思うとそれも言い出しづらくなりそうだ。
なので、とっとと撃破する。
ウィキ見ながら書いてたせいで今の今までエタニティリムーバーだって気付かずにエタニティーって書いてた。恥ずかしい。