目を覚ましたユーフィーへの問いかけで、ここがどういう理屈かははっきりとした。
「まだ俺が教えてもらったことのない、ユーフィーの過去のことを聞いてみたい」
その質問に対して彼女がショートしたことで、ここにいるユーフィーは本物ではなく、あくまで「俺が幸せと感じるであろう日常」を再現した時にこの偽りの空間に誕生した、そこの登場人物なのだということは理解できた。
それもそうだ。俺とユーフィーは別人で。一緒にいられるのは嬉しいことだとは言っても、その周囲の日常に関して、「自分たちの知る人たちが幸せでいてくれれば良いね」などと同じ意見だったとしても。「周囲の人間」に属する、「ユーフィーの両親」などを見たことがない俺の思い描く「幸せな日常空間」と、ユーフィーの思い描く「幸せな日常空間」がぴったりと重なるわけがない。「仲良く暮らしている」と一言で言っても、現実には存在しないような万年新婚夫婦が「夫婦で旅行に行っている」ことを「仲良く」と称するか、「家族で笑いあっている」のを仲良くと称するか。そう言った細かい部分で差異が出るために、俺とユーフィーは別々の夢にいるはずだ。
多分、俺の夢の中にユーフィーの両親は出てこない。その人たちのことを全く知らないから、たとえこの世界にその人たちが存在したとしても、なんやかんや理由をつけて俺と出会うことはないだろう。
「なら、やることは一つだ」
そう、ここには誰もいなくて、なおかつ「味方が展開した空間である」ということ。そして「今日だけ」という言葉からするに一日経てば、それでこの空間は終了する。それらの事実が、この空間でするべきことを決めさせてくれた。
「現実でできないようなことをしよう」
具体的には、「現実では相手の意思が介在するために多分断られるであろうこと」を。「日常」という制限がある以上は神剣使いとしての常識を逸脱した行動なんてできっこないだろうし。……いや、でもなんとなく自分の妄想の中に浸るのは……
「それで、何をするつもりなんですか?」
「え……? ああ、いや、お前がいてもおかしくはないか」
何かするべきか否かを悩む中、後ろからいつもよく聞く声が聞こえてきた。
声が聞こえてきたことには驚いたが、振り向いてみるとそこにいたのはいつも通りの姿……ではないが確実に
「それで、これがどういう状況なのかわかるか?」
「ええ、まあなんとなくですけど」
「ただ、これをどう説明するべきか……」
「? 説明がそんなに難しいのか……?」
アムが言語化して説明するのが難しいレベルとなると、俺にもどうすればいいのかわからない。年の功というやつでおそらくはアムの方が物知り……
「隼也?」
「あっ、はい。ごめんなさい」
繋がりがあるからか考えもすぐに読まれる。はあ、とため息をつくアムからはデリカシーがないのは仕方ないかという思いが伝わってくる。ついでに、今のこの世界がどういう
まず、
だが
「なんで『出雲』の外はこんな……こんな……」
わけのわからないことになっているのか。
『出雲』の外には何もかもが存在しない。歩いているといろんな場所ににたどり着けたのだが、それらも全ていろんな世界のそれが混じっている。結局のところ、今の俺を構成しているのは「ユーフィーと出会ってからの記憶だけ」ということがよくわかる代物。彼女との生活……それもおそらくは『出雲』に来てからまた戦い始めるまでのわずかながらも気が休まる期間こそが俺が心底から望んでいる日常ということがよくわかった。
「さあ、貴方の発想が貧困、というべきか。それとも記憶を失ったせいでまともな日常を思い出せないことを悲しむべきか。それについてはわかりませんが、とりあえず今日一日はこの何もない世界で私と二人きりということですので、よろしくお願いしますね?」
「ああ、うん、よろしく」
握手。よくよく考えてみればこの数日常にアムは顕現していたにも関わらず、俺は彼女とそこまで交流した覚えがない。内側に未だ彼女の本体があってそちらと会話すればいいとはいえ、外側に出ている彼女と連携を取るのであればそれは外側でしかできない。それができていればヴェンデッタさん相手にもまだ戦えたかもしれないのに。
「よしっ」
そこまで考えたところで今日の目標は決まった。この──想像した自分が言うのもなんだが──寂しい世界でやれることなどほとんどないので、今のうちにアムとやれることをやっておこう。
「なら、今日は一日デートといきますか」
「ええ、行くとしましょうか」
特に何もない空間ではあるけれど。
そんな心の声が重なる。俺がアムとの交流をしたいことを知られているために、特にデートという言葉を使っても動揺を誘えたりはしない。ユーフィーに聞かれたら絶対に怒られるやつだから、現実では絶対に言えない類の言葉ではあるけれど、俺とアムの間ではどういうことを言いたいのかわかるために、二人きりなら使える言葉。ただ、「お互いのことを、本人の口から知りたい」というだけの言葉。
向かうべき場所は思いつかず、結局俺が目覚めたいつもの部屋を模したあの部屋に戻ってきた。
「ってことは、こーくんは消えたわけじゃないのか」
「ええ。言ってしまえばただのストライキ。ユーフィーが名付けたこーくんっていう名前が嫌だったそうで、せっかく
話の内容は、神獣としてのアムの成り立ち。本来ならこーくんが存在する予定だった場所にいくら前世とはいえ、なぜアムが出てこられたのかという話から始まった。
「隼也がエターナルからわずかに上位の方向に外れた結果、神獣を顕現できるだけの力を得ました」
そこに至るまでのプロセスは俺自身わかっていないが、内側のアムはこーくんと話をしたからだろうか、どういう理屈かはわかっているらしい。神獣はその永遠神剣の象徴たる存在だと聞いたことがあったので「協奏」に入れ替わった時に、その名前を考慮した結果「俺の前世として知識を継承したり、といった面で最も融和できる」という存在であるアムが選ばれたのかと思ったりしたこともあったし、あるいは無理矢理にこーくんの居場所を奪った可能性も視野には入れていたのだが、これでようやくその謎が解けるらしい。
「その時に『守護神獣』を形成するための力は外に出てきましたが、それを構成する『こーくん』という形は与えられていない状態でした。そのままだと形を与えられなかった力が暴走すると思ったので、『私』という枠組みを守護神獣を作るための力の入れ物とした結果、今の『協奏』の守護神獣、『調律のアムフォンセ』はできているわけなんですよ」
アムの本名。エターナルとして外れた時に知ったけれど、それまで通り「アム」とだけ呼び続けてきた相手がついに自分から本名を口に出した。けれど彼女も「すでに俺が知っている」ということを知っているからこそ口に出したのだろう。俺たちの間には隠し事は無し、というよりはすでに隠し事はできないという状態にまで上がっていることを互いに理解しているのだから。
「……なるほど。ってことは今、アムは『こーくんを形作るために使われる予定だった力』の範囲内でしか力は振るえない、ってことなんだよな?」
「ええ。全盛期に比べれば遥かに弱くなっていますから、エターナルの上位層と戦うとなると心もとない程度の戦力です」
「更に言えば、基本的には神獣なんてシステムもこの時間樹限定だから、この時間樹から出たらアムはまた……」
「まあ、それに関しては仕方ないですよ。そもそも私の一生は一度終わっているんですから。こうしてまた外に出られる機会を得ている今、これ以上何か望む方がダメでしょう?」
アムの現状を言葉にしてみるとなんとも言い難い。要するに彼女の存在は期間限定なのだ。この時間樹を出るまでの間、先達として実際に外に出て何某かを俺に見せてくれる先達。しかも、彼女の戦い方は俺のそれの上位互換としか言いようのないものなのだから、ためにしかならない。だが、そんな彼女に対して俺が恩を返す手段はない。
「あとは今の私にできることなんて、エターナルとして長く生きた分の知恵とか、そういったものを貴方に教えたり、相談に乗ったりする程度ですけど、エターナルとしての知恵もヴェンデッタさんから教わったエターナルとしての戦い方が、私が生きていた頃とほとんど変わっていないことを考えたらそこまで役に立てる気がしませんし。あとは武芸の矯正程度ですかね」
今は夢の中だからか武器を顕現できないから何もできませんけどねと笑うアム。ユーフィーとはまた違う笑みを眺めながら、今日という日を過ごしていく。
普段から膝の上に座って俺に背中を預けてくるユーフィーとは違い、俺の隣に寄り添って色々と知識をくれるアムに、俺とアムの関係性で一番近しい言葉はなんなのだろう、とふと考えてみた。
「なんでしょうかね?」
その疑問はアムにも伝わる。師弟と呼ぶには何か違うような気もするし、なら一体何が一番合っているのか。そんなことを二人で話し合う。武術……というか神剣使いとしての俺の師匠というには、俺の私生活にまで乱入しすぎな気がする……
「隼也?」
おっと、これ以上は藪蛇か。そこで思考を中断する。……ああ、いや。でもなんとなく今のでわかったような気がした。俺には”それ”の記憶は残っていないから実際にはどうなのかわからないが
アムが、知識としては存在する母親のように感じたのだ。
その感情もしっかりとアムには伝わっている。こんなに大きな息子を持った覚えはないですけどね、なんて苦笑はしているが、その実心中では微妙に嬉しそうなことも見逃しはしない。
「いや、そこは見逃しなさい。もしくは気づいてないふりをしなさい」
怒られた。
まあ、そんな感じで。これまでにないほどアムとの距離を縮められた時間に感じた。リアンには感謝するしかない。
さらりと本名が出たアムさん。同人設定の方の人。ローガスに永遠神剣をあげた人。ユーフィーに似てる人。どれでも好きな呼び方を。