「おはよう、ユーフィー」
「おはよーございます、おにーさん!」
目を覚ます。「日常」の能力でついた眠りから覚めたところ、目の前にはユーフィーの顔が。けれどそれもいつものことなので特に慌てることはなく、ユーフィー曰くおはようのキスを済ませて起き上がる。
すでにリアンの気配はない。あいつの言葉を信じるなら俺たちが目覚めた時点で昨日は終わっているのだろう。あいつにも用事があると言っていたのだから、そっちに向かったということだろうし。俺たちが心休まる時を過ごせるのが目的らしかったので、リラックスした上にアムとの距離が縮まった昨日は、目的を達成できたと言っていいはずだ。
「って、アムは?」
そうだ。口にして気がついた。アムの姿が見えない。神獣が中にいる気配はないので外にいるはずだが。
そう考えていると襖が開く音。振り向かなくてもアムだと気配とマナでわかる。かくして、振り向くとそこにはアムが立っていて。なぜかその手には水を持っていた。
「ああ、起きましたか」
アムは目覚めたタイミングで、自分が目覚めたということがそろそろ夢世界の終了ということだと理解したらしく、起きた俺たちのために水を取りに行ってくれていた、ということがこちらに伝わってくる。そのまま微笑む姿は、元が美人なこともあって一枚の絵画のようで、一瞬見惚れてしまっていた。
「むー!」
しかしそのことはすぐに抱きしめていたユーフィーにもわかったようで、「あたしに構ってください」と目で訴えかけてきている。それにはいはいと言って、昨日のように喉を撫でる。ユーフィーを甘やかすのはもはや日課とも言えるので、とてもスムーズに行える。今日は話のネタとして、「日常」の能力でどんな夢を見たのかの内容を聞くこともできるから特にすることがなくて外に出る、なんてことにはならないだろう。
「そんなことになってたんですか……」
ユーフィーに俺が入っていた夢の内容を話すと、神妙そうな顔でつぶやいている。
「そんなことになってたんだよ」
俺も、それに返す。話した内容といえば今現界しているアムについて話した、ということ。少なくとも今ここにいるアムは時間樹エト・カ・リファからの旅立ちとともに消失するということ。
「まあ、そういうことなので、もうしばらくは私も一緒にいますけど。それが終われば存分にいちゃついていいですよ」
俺の隣に座っているアムはユーフィーの顔を覗き込んでそんなことを言う。「節度を持ちなさいっ!」といちゃつくのを毎度のごとく途中で邪魔はされるが、そんなこともこの時間樹を出ればなくなるのだと知って悲しそうなユーフィーを茶化して、笑わせようとしているのだろうか。エターナルとなったことで”渡り”を行えば誰の記憶にも残らない、という意味では『時間樹を出ることで仲間と永遠の別れをする』というのは珍しいことではないけれど、それは別に悲しくないわけではないから。
「でも……」
「それに」
ユーフィーが何か言おうとするところにアムが重ねて、その言葉を続けさせない。
「この時間樹のルール内で顕現しているから、この時間樹のルールが届かないところに行ったら体を保てませんけど。隼也が頑張って、この時間樹のルールを再現することに成功すれば……」
「……また、会えるんですね?」
「ええ。というより、まだこの時間樹を出る時期が決まってないのに、今から悲しむのは時間の無駄ですよ」
「むぅ……無駄って何ですか。アムさんと一緒にいられなくなるのは、その、おにーさんと色々とするのを邪魔されるのは嫌ですけど、それでもいられなくなるのは悲しいんですよっ」
「無駄ですよ。まだまだ……と言ってもいいのかはわかりませんが、まだこの時間樹を出るまでには時間はあるわけですから、その間に色々と思い出作りをすればいいじゃないですか」
「そう、ですね……」
「そういえば、ユーフィーの見た夢ってどんな感じだったんだ?」
俺が夢の中でアムと話した内容を語ってしまったことが原因で微妙な空気になってしまったので、俺の手でこの空気を変えるために、ユーフィーが見た夢の話を聞くことにした。……これで俺がいない状況が幸せな日常として顕現していたら死にたくなるのである意味諸刃の剣ではないかと思うのだが、そんなことはないと信じて、聞いてみた。
「あたしの見た夢ですか? えっとですね……」
ユーフィーが見たという夢の内容を聞いたところ、どうやら両親に認めてもらって俺と二人で両親の住んでいる家の近くに住むことらしい。
『無理でしょうね』
隣にいるアムはにこにこと笑いを崩さずに念話で断言してきた。ポーカーフェイスというやつだろうか。……それにしてもそこまで断言できる理由なんてあるのか? アムは以前、ユーフィーという存在……生まれながらのエターナルであることを聞いて驚いていたことがあったけど、その両親については名前を聞いても知らなかったようだし、ユーフィーの両親とは知り合いではないだろうけど。
『時深さんに聞きました。以前、ローガスが娘さんをくださいと言った時に最大攻撃を同時に放とうとしたらしいですよ?』
いや、ローガスって誰…………ああ、あの人か。アムが永遠神剣を渡していた人。
『ええ。その時に父親の方は完全にブチ切れていたらしく、母親は「私とユーフィーのことになると見境がなくなる」と言っていたらしいです』
時深さんは何で知ってるんだ……
俺の中で、時深さんが「おしとやかな美人さん」から「ユーフィーの両親の私生活を盗撮盗聴している可能性のあるやばい人」になりかけている。知らなきゃよかったそんなこと。
『何でそうなるんですか。ローガスがその時のことを楽しそうに語っていたらしいですよ』
恥ずかしそうにしながらもその時の夢を語り続けるユーフィーを見ながら、時深さん相手に盗聴盗撮という考えがまず一番に来た自分が恥ずかしくなって、けれど『ユーフィーの夢が無理だろう』という会話から始まった内容なのでバレるわけには行かず、全力で顔に出ないようにし続ける。
でも、そうなると俺が娘さんをくださいをしに行く時にもそうなるということだろうか。それなら今のうちから対策を立てておく必要がある。俺の使える永遠神剣の中からユーフィーの両親と契約している永遠神剣に対策を取れる永遠神剣を探す。
「聖賢」は、契約者がその知識に接続して最善の行動を引き出すことで大きな力を発揮する神剣。その力を封殺するとなると契約している
「永遠」に関してはおそらく「永■」の力を引き出してくることでどうにかなるはずだ。そっちが上位の力を持っているはずだし。ただ神剣の持つ元々の能力値が「永遠」は高いので、そこには注意する必要があるか。
「どうかしたんですか?」
「うぉっ!?」
ユーフィーの声が、耳元で聞こえた。見れば俺の膝の上に座っていたユーフィーが心配を含んだ瞳を俺の顔の横にまで持って来ている。アムがいる方とは逆。ぴったりと寄り添う瓜二つの二人の少女の片方は面白そうなものを見ている表情で、片方は心配を見せている。なんとなく「今の日常」という感じがしてクスリと笑った。その感情がダイレクトに伝わるアムと、全く伝わらないユーフィーがやはり対照的な反応をする。
好いてくれている女の子とは言葉を交わして心を伝える必要があって、そうではない女の子とは言葉を交わさずに心が伝わる。
「いや、特になにかあったわけじゃないよ。ただ、その夢を叶えるんだったら、いずれはユーフィーのご両親にも挨拶に行かないといけないよなって思っただけ」
「あ……えへへ……」
アムの話を聞く限り、ユーフィーはローガスが「娘さんを僕にください」って言った時にその言葉の意味をわからずに、父親が暴走していたことにだけ慌てていたらしいけれど。どうやら今回に関しては「夢を叶える」……つまりは「ユーフィーと一緒に暮らす」ために両親に挨拶しに行くと聞いて喜んでいるようだ。
「うん、まあ、お義父さんを倒す用意をしないといけないし。準備は早いに越したことはないかなって」
「なんで戦うことになってるんですかぁっ!?」
「娘を嫁にやることを平然と認める父親はいないんだよ、ユーフィー。だから、戦うことになる可能性はそこまで低くないかなって思ってる」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
アムはクスクスと笑っている。彼女の中から、見たこともないユーフィーの父親と俺が時間樹を破壊しながら戦って「娘さんをください!」「やらんっ!」って叫びながら戦っているイメージが伝わってくる。
「あの、その、できる限りパパやママとは戦わないようにお願いしても……」
「ああ、うん。それぐらいはわかってるよ。別に戦いたいわけじゃないから。……難しいとは思うけど」
そこまで言ったところでアムと会話をし始めたユーフィーを横目にこれからのことを考える。
目標が一つ増えた。今日の会話はそれだけのこと。ユーフィーの父親に認めてもらうことが新しい目標。イスタを倒すというこの時間樹における目的を果たした後の方針。たったそれだけのことではあるけれど、何か一つぐらいは目標があった方がいいだろう。見つかってよかった。