その日、『出雲』の一角は不穏な空気に包まれていた。
「お前は……っ!」
俺の目の前にいるのはイスタ。宙に浮かんでいる。けれどその瞳には以前のように意思が宿ってはいない。いや、それどころか以前の戦いで死んだ時のままだ。腕はちぎれかけて、体には大きな刀傷が。まともな人間のままならば確実に死んでいる様相に息を飲む。ユーフィーをかばうように立つ。今のユーフィーはすぐに戦える状態ではない。ついさっき「両親と戦わないように努力してほしい」と言われた時に「なんでもする」と言われたので、以前俺の体調が芳しくない時に着ていたメイド服を今回また着てもらったのだ。趣味で。
結果として戦いづらいその姿のままイスタと出会うことになってしまったし、先に奴を滅ぼしてから着てもらうべきだったと今更になって悔いてはいるが、そんなことを言っても現実が変わるわけでもない。彼女が戦闘態勢を整えるまでの数秒は左腕にマナを通せば即座に戦える俺が稼ぐ、どころか俺の敵なのだから俺が確実に殺さないといけない、と決意を固める。
死んだ状態の肉体を永遠神剣が動かして、そのまま持っていた永遠神剣や俺の「平衡」の欠片を砕いたことで完成した永遠神剣第三位「天造」、それがそのままイスタの死体に住み着いたのが今のイスタ。永遠神剣第三位「天造」の担い手、”天を造りし者”イスタの正体。
「彼の地にて、待つ』
「なんだと……?」
『我らが、決戦を行なった地」
いや、よく見ればイスタの肉体は半透明。ここにイスタの本体はいないのだろう。そして決戦を行なったという彼の地。つまり『枯れた世界』にいる、ということ。……イスタではなく「天造」が語ったということが不愉快ではあるが、それでも行かなければいけない。
「ユーフィー、時深さんに言いに行くぞ」
「あ、はいっ!」
「……先に着替えてからな」
「あ……えへ?」
ごまかすような照れ笑い。俺から言い出したこととはいえ、彼女も結構ノリノリで着用しているのが、今そのまま行こうとしたこと……その格好に疑問を持っていない現状から十分に読み取れた。ただ、まあ、見られたらどう行動するのかわかったものではないので、着替えてもらいたいものだ。
「それじゃ、アムさんと一緒に先に行っててください! あたしも着替えたらすぐに行きますので!」
俺とユーフィーの関係性が『互いに一緒にいることが当然と思っている』といううふんわりとしたものから、『恋人』という明確なものになってからユーフィーはちょくちょく、これまでは気にすることがなかった着替えなどの色々な部分で恥じらいというものを覚え始めていた。それはそれでかわいいなあと思うのだが、離れる時間が増えたのは少し悲しくて。けれどよくよく考えたら周囲から見ればこれまでの状況の方が謎だったわけだというのも理解できている。なので特に何も言わない。
「そういうことですか……」
あとで警備を強化しておかないといけませんね、と伝えた結果、時深さんがため息を吐きながらもこれからのことを考え始める。
「今回の一件が終わったら、俺もこの時間樹を出ようと思います」
そんな彼女の思考を止めるのは申し訳ないのだが、前々から決めていたことを伝える。俺が『出雲』に来たのは「ユーフィーに連れてこられた」というのが始まりだが、そこからエターナルとなって、イスタがエターナルになったということも聞いたために、その存在がこの時間樹にある間は出て行くこともできず、そして今、ついにイスタの居場所がわかった。これまではエターナルとしての戦い方やこれまでとは全く違う永遠神剣での戦い方を模索したりと色々していたが、それもついに終わりの時を迎えたわけだ。
「そうですか……前々からそう言ってましたものね」
「はい。ユーフィーと一緒に出て行くことにはなります。さすがにその後のことは決めてませんが」
「ユーフィーの両親に挨拶に行く」というのは目的の一つだが、だからと言ってこれまで得られた情報からして今のまま行っても即座に殺されるだけだということは理解できている。だからしばらくは修行をしないといけないだろう。……すでに記憶継承は終わっているから、知識の濁流によって記憶が流されることもないので「ユーフィーと一緒にいれば記憶の紛失を止められる」というのも使えない。
「出発はいつ?」
「明日にしようかと思ってます。今日のうちに食料とか色々と買い込んでおこうかと」
そんな会話をして、部屋を出る。この部屋も明日出るときに訪れるのが最後になるのだろう。理由がなければ以降『出雲』にお邪魔することもないだろうし、そのときにはこれまでの礼をしっかりとして、心残りがないようにしてから出発しないと。そう決意してから、今俺とユーフィーが使っている部屋に戻った。
「ただいまー」
そう言って襖を開こうとして、そこでふと思い出した。
──そういえばユーフィーは今着替え中なんだっけ。
けれど気づいたときにはもう遅く。襖が開くのは止められない。いや、別に着替え程度なら同じ部屋で何度も行われているのだから、そこまで気にする必要が今更あるのかと言われればその通りなのだが、だからと言ってユーフィーが恥じらっているのにそれを見てしまっていいとも思えない。だから開かれた直後、すぐに閉めようとして。
「…………」
そこで目撃した光景に一瞬、全ての考えが吹き飛んだ。
「…………何、やってんの?」
たっぷり十秒。それだけの時間ショートして、そして絞り出された一言がこれ。
「なんで、アムが、ユーフィーを、脱がそうと、してんの?」
そう、メイド服を脱ぎかけの半裸姿のユーフィー。それぐらいであれば別に俺がやってきたタイミングが悪かったと言い切れるのだが、そこに「アムが脱がそうとしている」という状況が追加されたことで混沌とし始めている。
「し、閉めてくださいぃっ!」
「あ、っと、わ、悪い!」
バタン、と後ろ手に閉める。そう後ろ手に。アムが脱がせようとしているという、自分の前世が実は同性愛者だった疑惑が出てきたことでパニック状態になっていたのか、出ればいいものを中に入った状態で閉めてしまう。ユーフィーは半脱ぎ状態のためにチラチラと見える肌を隠すためか、近くにあったシーツを使って体を隠してあうあう言いながら壊れている。なんというか、そういう行動をされると余計にこちらも意識してしまうのでやめてほしい。
「アム。なんで脱がそうとしてたんだ……?」
だから落ち着くためというか、あるいはユーフィーから目を背けるためか、とりあえずこの状況の首謀者であると思われるアムに話を聞くことにした。
「理由ですか? そんなのユーフィーと隼也のために決まってるじゃないですか」
「あれが……?」
「ええ。今のこれが、です」
うーうー言い始めた団子状態のユーフィーに目を向けて断言するアム。その堂々とした姿を見ているとまるで彼女が間違っていないかのように思えてきたので不思議だ。
「なんでそうなるの?」
「簡単ですよ」
ペイっとユーフィーが身につけていたシーツを取り除く。ああっと叫ぶユーフィーを無視していいですかとこちらを見つめる。
「まず、今のユーフィーは貴方と恋人になったことで色々とこれまでは平然とできていたことが改めて恥ずかしくなっている状況です」
それを当人の前で言うか。
そうは思っても話が円滑に進まないので今はとりあえず話を聞くために黙る。少なくとも、この部分だけではどういうことなのか全くわからない。理由がわからないと無意味に辱められたユーフィーが浮かばれない。この感情も伝わっているだろうけど、気にしないで話してくれるらしい。ありがたい。
「その結果、貴方に迷惑をかけているのではないかと相談されました。私を通じて隼也に伝わる危険性があるにも関わらず」
……なんか怒ってないかアム? 微妙に言葉に棘があるように感じるのだが。けれど、そんなことを考えている俺のことは無視して話を続ける。
「なので、そんなに迷惑をかけたと思うのなら何かしてあげればいいではないかと言ったわけです。そこに男性の欲望とか以前から色々と教えていた結果、こうなりました!」
サムズアップと良い笑顔。けれどそれで納得できるわけがない。
「いや、でもそれだとユーフィーが脱いでいたことの理由にはなっても、アムが脱がせた理由にはならないと思うんだけど」
というかまずは時深さんとの大事な話し合いで、後から行くと言ったくせにどうしてこのタイミングでそんなことをしているんだというツッコミを入れたくなるが。そこは後にしておこう。とりあえずアムが脱がせた理由だ。
「そこは簡単ですよ。隼也の性癖は私が一番わかっているから、どれぐらい脱がせれば一番良い塩梅なのかを教えていただけです。……まあ、ちゃんと準備が完成する前に来たから私が脱がせていた最中で、さらにはユーフィーの覚悟が決まる前だったからああして隠れているんですけど」
「アムゥッ!」
吠える。性癖を暴露されたことに対してはキレても良いはずだ。ちょっと最近初めて出会った時の神秘性が跡形もなくなっているんだけど。俺の前世フリーダムすぎない?
「なんですか! 仕方ないでしょう!?」
「お、おおう……?」
逆ギレ、だろうか。母親っぽいと理解してから、なんだか地の部分、なのだろうか。これまでには見せてこなかった少女な部分が見えて来ているような気もする。完全に気を許したことの証拠、と考えて良いのだろうか。
「貴方達、最初からの距離感が異常なんですよ! そのせいで放置してたら絶対になかなか関係性が進まないでしょう! この時間樹を出たら延々となかなか進まない状況を見せられることになるであろう私のことも慮ってくださいよ!」
「そのために俺も知らない俺の性癖を暴露したのか、お前……」
せめて俺に先に確認を取れ。というか俺の性癖を真面目に俺が覚えていないのだけれど。そこらへん、元々がどうだったのか本当に気になるのであとで教えて欲しい。
『知りたいんだったらとっとと押し倒してしまいなさい』
押し倒したら絶対にわかるであろうアムがスタンバってるのに、素知らぬ顔で押し倒せるほど俺の心は鋼ではない。というかそうでなくてもこの時間樹を出たら常に内部からアムに見られ続けることになるのではないだろうか。ちょっと考えただけでも嫌になって来たぞ。
母親のように思っている相手に性癖を完全に知られているだけでも恥辱の極みだろうに、さらに好きな相手との状況を整えられるってもはや恥ずかしい程度では済まないのだが。
「というわけで私はしばらくの間時深さんのところに行って今のエターナル事情を聞いて来ます。だいたい三時間ぐらいで戻りますので、それぐらいで済ませておいてくださいね!」
そう言って、アムは部屋から出て行く。ついでに念話で三時間の間何もしてなかったら次の修行を十五倍で、などという地獄のような言葉を残して。
「……」
「……」
いきなり部屋に二人で残されても沈黙するしかない。特に、
「おにーさん……」
「お、おう、なんだ……?」
「その、あたしのせいで色々とおにーさんに迷惑をかけてるっていうのはわかってるつもりです。だ、だから! おにーさんが満足できるように、その、色々と……」
恥ずかしそうにしながらの言葉。シーツも持っていかれたせいで、はだけたメイド服と肢体を隠すものは存在しない。そんな状態のユーフィーは本当に可愛らしく、ロリコンでないであろう存在も皆ロリコンに落としてしまうのではないだろうかと思えるほどの破壊力を誇っている。
「えっと。ユーフィーは何をするのかわかってる……?」
「わ、わかんないです。その辺りはおにーさんに教えてもらえってアムさんが……」
男性の欲望とかは教えてたのにその辺りは教えていないのかあいつ。
そんなことを思っていると『そっちの方が隼也が色々と仕込めていいでしょう?』と念話がやってくる。なんで聞いてるんだ。絶対あいつ覗き見しているだろ。
「……明日からイスタを倒すために旅立つことになるから、そっちに支障が出ない範囲で色々とするけど、いい……?」
「……はいっ!」
頷くユーフィーの体に手を伸ばして……
R-18ではないので行為は脳内補完してね?
そしてこれとは別にR18で新しく永遠神剣シリーズの小説書き始めました(ダイマ)