作:goldMg

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こういうのも悪くない


地球平面論者が完全勝利した日

その日、地球平面論者は疑似科学に完全勝利した。

 

「世界はやはり平面だったのだ!地球が球体であるというのは、地球が平面であるという事が白日の元に晒される事で自らの利権が脅かされる事を危惧した者たちが流布したのだ。偽造映像などを用いて無知な者たちを洗脳し、世界の真理から遠ざけていたのだ!我々は遂に、巨大なる敵から真の世界を取り戻したのだ!」

高らかに笑い上げながら勝利宣言を唱えるのは、地球平面説を主導してきた田島平次だ。

彼はさらにこう続ける。

「天を見上げよ!神は偽りの世界の外殻を砕き、エデンをこの地に降臨させたもうたのだ!乾いた大地は潤され、汚れた空気は浄化される。紛い物の科学によって齎された洗脳が、遂に解ける時が来たのだ!」

誰もが天を見上げていた。人も、犬も、鳥も、知性持つ全存在が天を見上げていた。

そこには「天」があった。「空」でも「宇宙」でも無い。至ってシンプルに言語化するならば、「別の世界」が降ってきていた。

彼はいつまでも笑っていた。

 

最初に世界の異変に気づいたのは気象予報士だった。

始まりは雲の下降だった。極小の水滴が上昇気流による圧力と重力の釣り合う場所にあることで形成される雲は、形そのままに地表付近まで降りてきたのだ。気象観測に携わる者達は匙を投げるか嬉々として考察を続けるかの二者に分かれた。一般市民は、霧が濃いだの洗濯物が乾かないだのと不平を述べるにとどまった。

次いで異変に気付いたのは漁師だった。

昨日まで不漁だったのに、季節的にいるはずが無いのに、全ての漁師の網は引き裂けんばかりの量の魚で埋め尽くされた。

そうして段々と、誰もが気付き始めた。

なんだかおかしいぞ、と。理屈は分からないが、どうにもいつもと違う事が立て続けに起こっているぞ、と。

こうなると活発になるのが宗教団体というモノである。彼らは大通りで列を成し、揃ってこう述べるのだ。

これは奇跡だ。我々の信仰する神が、疲れ切った世界を救うために奇跡を施されたのだ。さあ、道行く人よ、選別の時が始まる。今ならばまだ間に合う、我々の友達になろう。

するとどうだ、先頭に立つ彼には後光が差しているでは無いか。いつもならば彼らの説法を一笑に伏すのみの通行人も思わず立ち止まる。多くの人がカメラを構え、それをネットに流す。

ドンドンと後光は強くなり、世界の幾つもの場所で光柱が立ち上るのが宇宙ステーションでも確認された。

光は永遠に続いた訳ではなく、段々と収束していった。光が完全に消えた後、光柱のあった場所に立っていた者達の行く末は2つに分かれた。

一つは灰となって風と共に崩れ去った者。そしてもう一つは特殊な能力を身につけた者。

能力を身に付けた者達が触れるとあらゆる病気が治り、石はパンに変わり、コップで掬った汚水はワインに変わった。

能力を得た者達を研究しようと様々な機関の人間が接触を試みる。しかし、決して出会う事ができなかった。接触しようとする度に地割れが道を断ち、大雨で道が冠水し、隕石が降り注ぐのだ。明らかに形而上の干渉がそこには働いていた。

これは堪らんと、国からのお触れで彼らへの過度な干渉は禁止された。そして彼らが二度の奇跡を悠々と超えていくので、人々は聖人と呼び始めた。カトリック教会は聖人の名を軽々しく使わないで欲しいと発表したものの、その呼称はほぼ定着した。

聖人を調べようとするものは決して辿り着けないが、聖人は苦しんでいる人の前に現れてその悩みを解決する為、富が少ない人程聖人について詳しいという通常の情報拡散の過程とは逆のことが起こった。

ある新聞社が、聖人に救われた人へ取材したという内容を新聞に載せた。

それによると、やがて神が降臨して世界は浄化される為、善行を積まなければ彼らは裁かれてしまうかもしれないと恐れて奇跡を起こしているらしい。

それを読んだ平次は自らが体験した出来事を振り返った。

 

 

雲の下降など異常な事態を受けて、他の宗教と同様に地球平面説論者も集会を開いていた。

 

「やはり我々は間違っていなかったのだ!」

 

「ああ、やつらが球体説の根拠としている疑似科学は嘘っぱちであったと証明されたな」

 

口々に自らの正しさについて讃え合い、喜色に溢れた笑顔を見せる論者達。巨大な長机の上座にいる平次の周囲の幹部達もこれからの展望や大規模なデモンストレーションの計画について話している。浮き足立っている論者の様子を見て平次は

 

(愚物どもが……)

 

と心中で罵倒していた。

平次は平面説を心から信頼しており疑うということをしていない。だが、疑似科学者達を貶めようなどという気は微塵も無かった。彼らが間違っていることは明らかだが、彼らも彼らなりの正しさを信じて世界を認識しようとしている。それについてはどちらが上ということは無く、敬意を欠かさないようにしていた。

ゆえに、勝手に不安になってシンポジウムで疑似科学者を批判してボコボコに論破されてくる論者達を情け無く思っていたのだ。

問題なのは科学者そのものでは無く、裏から世界を操り、真実を捻じ曲げている権力者達だ。

世界の異常を受けて論者や幹部は盛り上がり、幹部からの連絡で招集を掛けることとなった。しかし、彼にとっては今まで凡人では認識出来なかった世界の本当の形が明らかになったというだけの話であった。

 

「つきましては凱旋門の前で大々的に勝利宣言をする事で、我々の正しさを世界に刻みつけましょう!」

 

幹部のうちの一人が話しかけてくる。

なんとも大袈裟な事だ。いずれはもっとわかりやすい形で世界は変革する。その時に勝利宣言をする事こそが最も大きなインパクトを衆生に与えられるというのに。

結局、その日の集会では皆が興奮しきっているために話は進まなかった。酒を持ち出して宴会が始まりそうだったので、いい加減に不快さが表情に溢れ出しそうだった平次はそれを抑えつけて帰宅することを告げた。

家に帰った平次はシャワーを浴びてサッパリすると、居間のソファーにどかっと座り込んでテレビをつけた。そこでは今もなお拡大し続ける、科学では説明のつかない事象についてのニュースがやっていた。

ある番組ではリポーターが海岸に来てそこに広がる光景をリポートしていた。

 

「見てください!今、私の足元にある砂浜で動いているのは、古生代に絶滅したとされている三葉虫でしょうか!?」

 

信じられない事に、現代では本来なら存在するはずのない過去の生物達が様々な場所で確認されていたのだ。

 

「ノアの方舟……か」

 

神が大津波を起こして地上を浄化した際、神の宣告を受けた1人の人間が方舟を作ることで、各生物達は浄化後の世界に降り立ち、再び繁栄を始めたという。

同様に過去の存在である様々な生物たちもどこかに隔離され、来るべき時が来たことで解き放たれたのだろうか。この汚れた世界に解き放たれてしまうとは何ともタイミングの悪い事だ。

思索に耽る平次がワインを呷って微睡に沈もうとした時、突然何かを感じた。

一瞬漏らしたかとビビったが、尿意は感じなかった。それよりも、まるで導かれるように外に出る。

脳内に声が響く。

 

『使徒達よ』

 

「誰だ……?」

 

『時は来た』

 

「どこだ……?」

 

不思議な声の出所を探して平次がキョロキョロとあたりを見回すが誰もいない。指向性のスピーカーによるモノかと勘繰っていると

 

『奇跡だ』

 

「………?」

 

『これが奇跡だ』

 

脳裏にイメージがいきなり現れる。

 

「なんだこれは……」

 

強烈なイメージは残像の様に網膜にまで影響を及ぼし、実際に見ているかの如き明瞭さで視界にそのイメージが浮かび上がる。

空には巨大な山が浮かび、周囲を巨大な生物が飛んでいるのが見える。奥には亀が鎮座し、その瞳に自らが映ったと何故か確信する。

天まで届く階段を護るのは羽持つ甲冑の騎士。階段には豪奢な扉があり、その前では数多の人間が平伏していた。

子供達が笑い合い、川で泳いでいる。子供達が笑い合い、パンを焼いている。子供達が笑い合い、殺し合っている。

尋常ならざる軍団が地獄の門を開け、太陽浴びる存在憎しと槍を掲げる。業火に焼かれる地獄の主は玉座に座り、その時を待っていた。

そして何も無い、無限の荒野に立ち尽くすのは

 

「俺……?」

 

『罰だ』

 

『審判の時が来るのだ』

 

気が付けばベッドに寝ていた。遮光カーテンの隙間から光が漏れている。カーテンを開けると日が昇っていた。

さっきまで外にいたはずなのに、もっと言うなら夜だったはずなのになぜ俺はベッドに……?

それにしても妙に通りが騒がしい。これまた何故か着ている寝巻きから普段着に着替えて外に出ると

 

「田山代表!光は!?」

 

「な、なんだなんだ……光?」

 

平面説論者達が大勢自宅の前に並んでいた。その中の顔馴染みの幹部が錯乱したかのように光に付いて尋ねてくる。通行人達は奇妙なものを見る視線を向け、関わり合いになりたく無いと思っているのが伝わってくる。

しかし、彼女は割と冷静な性質だと思っていたが、何を言っているんだ。

 

「落ち着いてくれ、光とは何だ?」

 

「あっ……すいません、興奮していました」

 

両肩に手を置いて落ち着かせる。精神的に疲弊している人間や焦っている人間には、言葉だけで無く身体的接触も合わせると効果的だ。

 

「大丈夫だ、それで光とは?」

 

「……まさかご存知無いのですか?」

 

さっき散々聞いたはずなんだが……興奮の度合いが測れるというものだ。

 

「光の定義の話をしているのか?」

 

「本当に存じ上げないのですね……少々お待ち下さい」

 

そう言ってポーチからスマホを取り出すと何やら操作し始める。手持ち無沙汰なので、論者達がこんなに集まった理由について少し思索を巡らせる。光という言葉について考えてみよう。当然ただの光の話をしているわけがないだろうし、最近の異常現象に関連しているはずだ。光という単語では抽象度が高過ぎるので、少し絞って考えてみよう。私が寝ていた夜に目立つ光と言えば星がある。それが極めて強大な光を放ったとかだろうか?いや、それは集まる理由として弱過ぎるな。

 

「これです、この動画を見てください」

 

「ん?動画を撮っていたのか」

 

それは宇宙ステーション内から捉えた映像だった。地表から光の柱が立ち登り、ステーション内では神に祈る声が聞こえる。全く意味が分からない。普通で無いのは分かるが、これがなんの意味を持つんだ?

 

「これがなんなんだ?」

 

そう聞くとまた操作を始め、今度はすぐさまスマホをこちらに再度見せる。

 

「これもご覧ください」

 

「うん……えらく長いな」

 

そこに写っているのは、大通りで行進を行う宗教団体だ。拡声器で何事か主張しており、この映像を撮っている人の様にスマホを向ける人々がチラホラといるのが分かる。ザワザワと騒がしいのに気付いた撮影者がカメラをその方向に向けると、先頭に立つ青年が光を背負っていた。段々と光が強くなり、やがて天まで伸びる光の柱になった。行列に参加している人々は徐に跪き、その光を拝んでいる。しばらく続いた光が収まるとそこには何も無く、青年が立っていた場所に灰が一塊あるのみだった。動画時間は8時間にも及び、ほとんどの時間は光の柱が立ち昇っているだけのものだったが、彼女が動画の要点を教えてくれたのでそこだけを見るとこんな感じであった。

 

「CGじゃ無いんだな?」

 

「はい、私たちも天に上る光の柱を目撃しました」

 

「それで「それだけじゃありません!」」

 

興奮して詰め寄る彼女に顔を顰めると、ゴホンと咳払いをしてから別の映像を示す。

 

「田山代表のご自宅からも確認されています」

 

「!」

 

なるほど、何となく合点が行ったような気がするぞ。

 

「心当たりが?」

 

「無いとは言わない」

 

周囲からざわめきが起こる。

 

「ではやはり田山代表も選ばれたのですね!」

 

選ばれた……あの風景はその選別とやらに関係が有るものなのか?主観時間だとそこまで長い時間ではなかったからよく分からないな。

 

「何に選ばれたんだ?」

 

「………?」

 

彼女は不思議そうに首を傾げる

 

「いや、何に選ばれたのか聞いたんだけど」

 

「あの光の中で何かあったのでは無いのですか?」

 

「あくまで夢の範疇の事として捉えていたけど……言われてみればイヤに鮮明に覚えているな」

 

その内容を話してまた騒がしくなったりと色々あったが、しばらく経ち、話題に上がることも少なくなるだろうと見積もっていた。しかし物事は中々想像通りにはいかないというか、むしろ逆方向に進んでいった。

 

曇天のある日のこと

 

「なんて事だ……」

 

朝刊の大見出しを読んで呟く。そこには『超能力者現る!?』と書いてあった。記事の内容を読んでみる。各地で奇跡だとしか思えない奇術を使う人間が現れ、まるで救世主のようにその地の問題を解決しはじめたとのことだった。今読んでいるのは宗教紙かと一瞬勘違いしたが、いつもの新聞だった。

詳細については述べられていないため分からなかったものの、あの夜に光に包まれた者達がソレなのでは無いかという事だった。疑似科学に異を唱える者としてそうした空想上の力を意識する事もあったが、いよいよ我々の提唱する世界はすぐそこまで来ているのだ。それ自体は喜ばしい事だが、心の隅にはメラメラと炎が鎮座していた。奇跡、あるいは超能力という言葉を目にした瞬間にどうしようも無い怒りが湧いてしまった。これは俺が目指す世界とは何ら関係の無い、極めて個人的な理由から生じている感情だ。そして突然手のひらから炎が生じた。

 

「奇跡か……」

 

あの夜以降、激しい感情に応じて様々な「奇跡」を行使する事ができるようになった(行使といっても制御できているわけでは無いが)。奇跡なんてものが本当にあったのならなぜあの時ーーそこまで考えて首を振る。深呼吸をする事で、今感じていたお門違いな感情を体から外に出す。そして落ち着くと同時に炎も消え失せた。

もしかしたらストレスが溜まっていたのかもしれない。習慣的に運動はしているからあまり溜め込んでいないと思っていたのだが中々精神というのは思い通りにいかない。

この「奇跡」については、平面説論者達には伝えていない。様々な情報媒体で光に選ばれた者達の情報は流れており、当然「奇跡」についてもその中にはある。恐らくーーというよりはほぼ確実に論者達も俺が「奇跡」を使えると思っているのだろう。

しかし不思議なことが一つある。頻繁に連絡が来るものと思っていたのだが全く無いのだ。穏やかに過ごせるならそれに越したことは無いからむしろ歓迎するところではあるが、彼らは中々に探究心が強い。是が非でも俺から情報を得たいのでは無いかと思っていた故に違和感を覚えているところである。

そして、陽光に気付いて窓から何気なく空を見上げた時だった。空を覆っていた雲が割れている。雲と雲の間から見えるのはーー

居ても立ってもいられず、外に出る。

 

「は、ははっ」

 

笑いが漏れる。凄まじい光景が広がっている。

 

「はははははっ!あははははははははっ!」

 

笑いが止まらない、何故ならーー

 

「世界が、変わる!」

 

平面の大地が、別世界が、巨大なる真実がそこにやってきていたから。

 

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