ぶっちぎりで短いですね。
オリジナルでもあります。
そこには黒があった。
純粋な黒では無く、全てが混じり合っているゆえの黒。
液体でも無く気体でも無く、固体でも無い。
そう……喩えて言うなら泥が近いだろう。
世界は平たく、無限に広がり、そして何もなかった。ただ泥が横たわるのみの空虚で満たされた世界。
横たわる泥は凪いでいた。
動くことは無く、終焉まで静寂を保つかに思われた。
しかし何故か『泥』は立ち上がった。
立ち上がった『泥』はもの思うこともなくしばらくそうして立っていた。
ある時気が付いた。
ここはどこだろう。
周囲を見渡しても何も無い。
敢えて言うなら足元に自分と同じ色の何かがあるだけだ。
何かを確かめようとすると長いものが生えてきた。
それは腕だった。
しゃがんで泥に触れてみる。
サラサラと手から零れ落ちたり、いつまでも纏わり付いたりと一貫した性質を持たない何かがそこにはあった。
そうしてまたしばらく触っていると飽きたので、今度は別のことを考え始めた。
自分は誰だろう。
手を目の前に持ってきて見てみると、平たい楕円状の手であることが分かった。
泥を掬うのにはとても適している形だ。
唐突に顔が痒くなったので掻こうとしたけど、角が丸いし柔らかいので中々痒みが取れない。
焦れた『泥』は手に硬さを求めた。
すると『泥』の片側に硬くて薄い膜が現れた。
『泥』が再び顔を掻くと痒みが取れた。
満足した『泥』は自分が誰であるかなんてどうでも良くなっていた。
やることが無くなった『泥』は自分しかいない現状にナニカを抱き始めた。
その場を離れようとしたが泥に固定されているのでベシャリと倒れ臥してしまった。
泥濘の中に体が沈むと何かを感じた。
それは熱だった。
それは光だった。
それは重さだった。
何かが自らの内側で爆発した。そう感じるほどに多くのモノが自らの中で新たに生じた。
薄かったモノが濃くなり、先ほどのナニカをより強く感じた。
動きたい、そう念じると泥から強く引き上げられて宙に出る。
そのまま宙に浮き続ける。
もう泥とは繋がっていなかった。
それが何となくモヤッとして泥に降りる……落ちる……いや、堕ちるかもしれない。ともかく泥と再び接触した。
動きづらいので下半身を腕を模したものに変化させる。
それは脚だった。
形を整えて、動き出す。
『泥』は求めていた。
ナニカを求めていた。
何なのだろう。
焦げ付くような、身を震わせるような、様々な温度が自らの内を暴れている。
この温度は何なのだろう。
何がこの温度を生み出しているのだろう。
どうしたら止めれるのだろう。
我武者羅に脚を動かす。
ただ前へ、前へ、前へ。しかし果てなき前方には何も無い。
やがて前へ進むことに意義を感じられなくなり、脚を止める。
上を見上げると空白がある。
無限の透明は見ていて吸い込まれそうになった。
そうか、と合点を下ろす。
横がダメなら縦にすればいいんだ。
あの空白を埋めよう。
その場に腰を下ろした『泥』は理解していた、念じるだけではダメだと。
下の泥は自分の場所だが上の空白は自分の場所では無い。だから空白を埋めるには泥を泥で無くしなければならないんだ。それに、埋める物をあそこまで届けなければならない。
腕を伸ばしても届くけど、空白に入った時に自分とくっ付いていたら置いてくることはできない。
泥を一掬い、腕を振ってその泥を空白に放り投げる。
空白は無という記号を失った。
『泥』はとても美しいものを見た。
泥が空白に触れた瞬間白が弾け、赤に変わり、そして極彩色の光がその場を覆った。
『泥』は少しだけ温度が収まるのを感じた。
空白など最初から無かったかのように頭上は色で埋め尽くされている。
ずっと見上げていたくなった『泥』は不安定な足元に土台を作ることにした。
掬った泥を一箇所に集めて台とし、そこに腰を下ろした。
悠久の時を、頭上を見上げて過ごしたが、やがて色は収まり始めた。いや、収まったというよりは落ち着いたと言うべきだろうか。凄まじい速さでお互いを侵食し合っていた色調の活動は段々とゆっくりになっていった。
やがて手に纏わり付いた泥が落ちるのと同じくらいの速さにまで落ち着いた色の動きを見ていた『泥』はある事に思い当たった。
泥を空白に投げ込んだあの時、黒と無の色のみだった世界にあらゆる色が弾けた。空白にはそういう性質があるのかと思い込んでいた。
一つのことを思い出す。
この足元の黒い泥ーー自分が生まれ出てきたナニカーーこれに身体が沈んだ時、得体の知れない熱が自らの身を焼き尽くさんばかりに生じた。
この泥は、空白を埋め尽くしているあの色を全て内包しているのでは無いだろうか。
土台から降りて泥に脚をつける。泥を手のひらですくって土台にのせていく。
ある程度集めたら土台の上で泥をこねくり回す。粘度の高い泥へ変化させて、自らの形に似せる。出来たのはよく分からない形をしたものだった。それを一先ず色の中に投げ込む。
投げ込まれたものは蠢き、泡立った。
やはりかーー。
『泥』は同類を作れたのだ。
微動し続ける同類はやがて長い腕を無数に伸ばして色に突っ込んだ。
すると色は腕を伝って吸収され始めた。
無限にある色を吸い込み切る事など出来ない。しかし有限で良いのだ。有限だからこそ意味を持たせることが出来る。
やがて全ての色を内に取り込んだ被造物は強く、明るく輝きを放った。
ーー原初の神が誕生した。
神の放つ途轍も無い輝きは黒い泥をも照らし、その本質を晒け出させる。
全ての入り混じった黒、光なき世界で黒だった色たちの集合体はその本来の色を表出させた。
『泥』は神を見た。
神は『泥』を見た。
言葉無き『泥』は、言葉有りて現出した神の意志を聞く。
「感謝を捧げよう、父にして母なる大いなるあなたへ」
『泥』は神を見つめる。
言葉は分からずとも、神が自分に対して暖かい何かを放っていることは分かる。
そしてその事とは関係無く、生まれ出た神を見て自らの温度が収まるのを感じた。
「あなたのその空虚を満たす為にわたしはあなたの元を離れよう」
『泥』のいる場所には降りられない神はしかし『泥」の求めるものを理解していた。
『泥』は泥を掬って投げ寄越した。
神はその泥を使って宇宙を創り、星々を造り、『泥』が戯れに作るモノを模して動物を、『泥』を模して人を作った。
神が何かを作り上げるたびに『泥』は温かい温度を感じ、『泥』のそんな姿を見て神もまた満足する。
『泥』は今も何処かで新たな形を作り続けている。
やっぱ自由に書くと楽しい