昔々、ある村に一人の男が彷徨いつきました。
その男は大層な力持ちだったそうで、木こりの切った大木を運んだり、遠く離れた都にいる医者を一晩で連れてきたりと村人にとって居なくてはならない大切な人でした。
気さくな性格をしているその男は子供たちにも大人気で、親に頼まれて子供たちの面倒を見たりもしていました。
平時は村はずれにある家の中で寝転んでいるので寝太郎などと呼ばれてもいました。彼曰く自身に名は無かったそうですが、そのあだ名を気に入って自らの名を寝太郎としました。
酒盛りの時などは輪の中心になって、尽きることのない御伽話を皆に聞かせるので話太郎と呼ばれました。彼はそのあだ名を気に入って酒盛りの時は自らを話太郎と名乗りました。
村人が思いつくありとあらゆる無茶振りに容易く応えるので、一時は現人神と崇められそうにもなりました。彼は慌ててそれだけはやめてくれと断り、自分は寝太郎で十分だと笑いました。
村人と彼はとても楽しく、とても幸せに生活を送っていました。
しかし、そんな彼の名が小さな片田舎で収まるはずもありません。一晩で都から田舎まで連れて行かれた医者が、都に帰ってその事を酒の席で声高に唱えたのです。最初は与太話として流されていましたが、やがて医者以外にもその事を話す者達が出て来ます。
話は都中に行き渡り、帝の耳にも届きました。帝の家臣が鬼の首魁を倒したその時期、子分だった鬼どもが各地に散らばり、悪さをしていました。そんな男がいるなら是非手下に加え、鬼退治をさせたい。そんな勅命を受け家臣達はその男がいるという村を目指しました。
家臣達が村の見える山の上に到着しました。家臣達は村を見下ろして驚きました。なんという事でしょう、村が燃えているではありませんか。火事で男が死んで帝の要望に応えられなくてはコトだと家臣達は急ぎました。
村人のものでしょうか、死体があちこちに転がっています。
そこにポツリと小さいにもかかわらず声が木霊します。
「誰だ」
「誰がやった」
声の方向に目をやると家臣達は燃え盛る炎の奥に立つ一つの影を見つけました。尚も影は言葉を続けます。
「貴様らか」
「やっと見つけた平穏を奪ったのは」
影は炎の中を歩いて近づいて来ました。
近づいて来た影は大男へと姿を変えました。その目からは涙が流れています。
陽炎纏うその益荒男に勘違いされては叶わぬと家臣達は用件を伝えます。
男は涙を流しながら独り言のように返答をします。
「聞いたことがある」
「酒呑のが帝の軍勢に斃されたと」
「あれもバカなやつだ」
「若い癖にヒトを侮るからそうなる」
「……まあいい」
「此奴らを弔わせてくれ」
家臣達はその男の手伝いをしました。
しかし急いでこの地に向かっていた家臣達は途中で疲れて寝てしまいます。次の日の朝、家臣達が目を覚ますとそれはそれは立派な墓が出来ていました。
男は墓の前にどっかと座り、酒を飲んでいました。家臣達がその周りに集まって来たので男は話し始めました。
「昔々、あるところにバカな鬼がいた。西へ行っては強きモノと戦い、東へ行っては強きモノと戦う。若さ故というやつだ、自らの命を賭けた遊びにのめり込んでいた。運の良いことに全ての戦いに勝ち続けたそのバカな鬼は最も強きモノになってしまっていた」
「そうなるとどうなるか、当然今度は行く先行く先で戦いをふっかけられるわけだ。最初のうちはそれで良かった、暇も潰せたわけだしな。しかし暫くすると飽きてくる。戦いをふっかけてくるのは良いが、まるで強さが釣り合っていない。強くなりすぎたわけだ」
「知ってるか?鬼ってのは強くなればなるほど角が大きくなるんだ。負けた時にはその相手に角を折られる。その鬼のツノは誰よりも太く、長く、そして折れていなかった。目立つ事この上なかったよ」
「雑魚が群がってくるのに飽きたその鬼はどうしたと思う?」
「その角を自分でへし折っちまったのさ」
「鬼の角が折れているということは負けた証、恥だ」
「それ以降雑魚どもが近寄ってくることは無くなったさ」
「そんな鬼だが今度はやることが無くなっちまった」
「戦いが暇つぶしだったんだから当たり前だわな」
「そんな鬼がやがて辿り着いたのがとある村だった」
「その村の人間は余所者の大男にも優しくしてくれた。老人は野菜を恵んでやり、子供は暇そうな大男に構ってやり、手持ち無沙汰な様子を見た男衆は仕事を与えた」
「その鬼は村の人間から全てを与えられていた」
「とても幸せだったよ」
「そしてある時、鬼の首魁がモノノフによって斃された」
「子分の鬼どもは新たなる旗頭を求めただろう」
「やがて行き着くのはかつて国中を荒らした最強の鬼の所だ」
「しかし目にするのは最強の鬼の腑抜けた姿」
「さぞ憤慨しただろうな」
「腑抜けた姿を目にした鬼どもはどうしたと思う?」
「村に火を放ったのさ」
「その気にさせられると思ったんだろうな」
「だが結果は違った」
そこで家臣達は嵐が吹き荒れていることに気付きました。そして酒によって酔っぱらった視界の中で立ち上がっている男を見ました。雷に照らされたその男の額には見たこともないほど大きな角が生えていました。
気絶してしまった家臣達を都の門の前に運んだ鬼は、雷光を纏うその拳で村の大地を割り、巨大な窪みを作りました。そしてその目から流れる涙と嵐により湖と化したその底に鬼は沈みました。
家臣達は目が覚めると都にいた事に驚き、帝にありのままを話しました。当然信じてもらうことは出来ず、家臣達は放逐されました。
そしてそれより先、都では「角の無い鬼」の話が酒の席で語られるようになりました。
起承転結はどこ行ったの?