朝起きて畑耕して朝飯食って畑耕して昼飯食って畑耕して夕飯食って寝る日常ってどう思います?
「農家ですね」
そうだよね、俺もそう思う。俺って農家なんだよ。
「そうなんですか」
ど田舎に生まれてさ、村から出ることも無く、大した娯楽も無く、一生を生きるために生きるみたいなそういう生活ですよ。
「平坦な人生ですね」
そうだよね、そう思ってもらえるように言ったからね。まあでも事情があって、娯楽が無いど田舎でも退屈するってことはあんまり無かったわけです。
「農家なのに?」
農家を馬鹿にするんじゃねえ!
どの種が良いとか、土が痩せ始めてるとか、そろそろ雨の時期とか、そういうの色々考えるのはそれなりに楽しいんだぞ!体も勝手に鍛えられるしな!
「それ本当に楽しいの?」
受験とか就職とか考えなくて良いのってぶっちゃけ楽だわ。訳わからんモンスターとか居るのだけが玉に瑕だけど。
「何言ってるんですか」
いやいや独り言だよ。
そんなことよりもなんだけどさ。
「何ですか?」
ーーここから解放してもらったりとか出来ないっすかね?
「ダメです」
と゛う゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛! !
「うるさい」
俺はただの農家だってさっきから言ってるのにどうしてこんな……
「ただの農家はあんなに生き生きと強盗をしないからです」
それは普段やらないことをやったから楽しくなっちゃって……じゃなくてしょうがなかったんだよ!
「ともかく、あなたには暫くそこに入っていて貰います」
ははっ冗談だろ?こんなに楽しく会話できたんだからきっと俺の言ってることも伝わるっしょ?
「そもそも私にはあなたを牢から出す義理も無ければ権利もありません、あなたを牢に入れる権利がないのと同様にね。私はたまたまその場に居合わせたのである程度状況を把握していたということで聴取しにきただけですよ」
え、マジ?俺マジでここから出られないの?え?ちょっ、ちょっと待て、おい…………え?
そして誰もいなくなった。
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英雄伝説 第一章 最後の希望
世を闇が覆い、赤雷が荒野を蹂躙し、街を軍勢が呑み込む。
恐怖と畏怖の狭間に押し込められた感情は行き場を失った。
終焉の鐘の音が鳴り響く。
神の手はすでに砕かれた。
絶望の断崖から足を踏み外すが先か、はたまた後ろから押されるが先か?
否、世界が一色に染まる事はない。
残されたのは一握りの鉄。
注がれるは希望という名の熱量。
軌跡が形を作り、奇跡が中を満たす。
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「ーーそして唯一の、人に造られたその聖剣で魔王は討ち倒されて世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし」
丸太に腰掛け、老いと若いの中間あたりの疲れ顔をした村長が語り口を終えると、それまで芝の上で静かにしていた子供たちが堪え切れないとばかりに立ち上がる。ワイワイと村長の足元に集まり、興奮のままにあるかも分からぬ続きをせがむ。短く刈りそろえられた髪を、少し照れ笑いのような表情を浮かべながら撫で付ける村長は、まあまあと子供達を押し留める言葉を吐いた。
そんな中で俺は一人、また別の理由で動けずにいた。お伽話を聞いている途中から、湧き上がってきた強烈な衝撃が脳髄を揺らしていたのだ。歓喜とも恐怖ともつかぬ興奮は肌を粟立たせ、脳の奥から生じる痛みで眼には雫が溜まる。朧だった衝撃の正体は段々としっかりした形を取り始め、これまでの奇妙な出来事への納得をもたらした。
自我も芽生えてばかり、乳離れして初めて食べる固形食。席につき、食卓に並べられたーーとは言っても粗末なものではあるがーー朝食を目の前にして過去の俺はこう言った。
ーーいただきます。
歯も生え始めたばかりでその通りに発音していたかと言われると不明ではある。しかし自分としてはそう言っていたつもりであった、と今は断言できる。
匙を手に取り、粥を掬って、口一杯に入れようとした俺を止めたのは卓の向かいから聞こえてきた言葉だった。
「その……今のはどういう意味?」
両親は顔を見合わせてからその意味を問うてきた。舌足らずかつ歯のほぼ無い赤子が、何某か明確な意味を持つ(ように聞こえる)言葉を吐いたのだからそれも仕方あるまい。
一方もちゃもちゃと歯の無い口を動かして粥を咀嚼する幼い俺は二人が何を言っているのかが理解出来なかった。
無意識の動作と発言だった。
生まれる前から肉体に染み込んでいたその動作、もはや本能に近しい領域の、脳で無く魂にまで染み込んでいたその習慣がなんなのか、俺にすら理解できていなかった。
その場の3人が3人とも小首を傾げているという間の抜けた状況は、両親の気のせいということで片付いた。
飯を食べ終えた後になって、俺が話すことができるという事実に気付いた両親は阿鼻叫喚の騒ぎを起こしていたが。
またある時は夢を見ていたーーいや、夢を見ていると思っていた。
近代技術で建造された家が立ち並び、電信柱から電信柱へ電線が通る。側溝が整備され、自動車が道路を走る。
今ならそうと理解できる。少し考えればおかしいと分かるはずの事すら、奇妙な夢で済ませられてしまう純粋さがあの頃の幼少年(詰まるところ自分だが)にはあった。起きて少し経てば忘れてしまう、夢の特性というのもそれを助長していたのだろう。
しかし実際にはあれはただの夢では無くーーいつかのどこかで、誰かが見たモノの残り香。
しかしその残り香はあまりにも濃い匂いを有していた。隔たった世界を越え、こうしてふとした拍子にその残滓の全容を脳髄に励起させる程度には。
それを認識したがため、俺はその場から立ち上がることが出来なかったのだ。一瞬でそれらは流れ込んできた。まるで額の血管の中を無理やりに長虫が通ってくるような異物感を覚えながらじっとその激流を耐え忍んでいた。
脳の神経回路を焼き切らんばかりに流れ込む情報を堪える痛みで、滲んだ涙はそのまま流れ落ちていたかもしれない。
しかし、感情が痛みで押し流される事は無かった。情報が脳に染み込んでいくにつれ、思考の明晰度が格段に上がっていったのだ。痛みへの耐性というのも同時に飛躍的に上昇していき、精神が幼児であった事実は遥か過去のもののようになってしまった。文字通り自己認識すらひっくり返す衝撃は、元のままだったなら泣き叫んでいただろう。しかし一瞬にして形成された精神はこの事象を、人が誰しも一度は羨むファンタジーの世界に入り込んだという感動で以って受け止めた。
ーーいや、その感情はあるいは俺の感情ではなくて、その知識を持っていたダレカのファンタジーへの憧れに対する、共感の亜種に近いものだったのかもしれない。というのも知識はあまりにも偏っていて、誰か個人から抜き出したと言われてもなんらおかしくは無いものだったからだ。
この世に身を落としてからこれまで生きてきた記憶と、それを掻き分けるようにして浮き出てくる記録。しかし記録は記憶を引き裂いて混じり合う事はなく、あくまで寄り添うように、立場を譲るようにそこにあるのみ。
きっと、こうなることは決まっていたのだろう。
俺の魂に別の世界からの知識が流出したその時から俺の運命はねじ曲げられたのだろう、良いか悪いかは置いといてな。
俺を形成しているのはこの世界で生きている俺の方だ。例えどんな知識を得たとしてもその事実は変わらない。
それでもやはり大きな影響というのは存在して、ある意味では世界の根幹に近しい知識ですら雑多な知識と一緒くたに俺の貧弱な脳みそのカケラとして付け足される。あまりにも整合性があり、理論的で、反論の余地のないそれらは俺にこれまでと全く違う価値観と物の見方を齎した。
三つ子の魂百までということわざがある(らしい)が、幼く未熟で未完成な俺という性質を変化させるのに、それらの要素は十分どころか過分であった。
先程まで村長の話す英雄譚を聞いて爛々と目を輝かせていた無邪気な子供はもうそこにはいなかった。ギョロリと目を周囲に走らせ、自身の変化について訝しんでいる者はいないかという確認を始めた。話が終わったのに俯いて座り込んだままである俺を気にしたのは、村長だけだった。
「エスカル、大丈夫か?どこか痛いのか?」
「……ううん!大丈夫だよ!」
「そうか、どこか痛かったらちゃんと言うんだぞ?」
俺の頭にポンと軽く手を置いてから他の子供達の相手をし始める村長を見送り、改めて周囲を確認する。今いるのは村長の家の裏にある酒場の前の広場。地面に一本横たえられた丸太には先程まで村長が腰掛けていた。酒場を経営しているのは村長の奥さんであり、まだ昼間だが人も入っている。客は村長が子供達に話しているおとぎ話をbgmのようにしつつ、談笑を楽しんだりしていた。話が終わり、子供達の中には何処かへ駆けていく者もいれば、酒場に客として来ていた親に飲み物をせがんだりしている者もいる。俺はいきなり価値観が変わった落差でボーッとしていた。
どうすっかなー、家に帰ろっかなー、と一旦考えを整理するために家に帰るか悩んでいるとおかっぱの男の子が話しかけて来た。こいつの名前はなんて言ったかな……やはり意識の混濁が起きているみたいだ。
「エスカル、オークごっこやらないの?」
「オークごっこ?」
「オークを決めてるのにエスカルが来ないから決められないじゃん」
オークごっこと言うのは要するにおにごっこな訳だけど、体を疲れさせて寝るのもアリという判断により参加することにした。前はもうちょい本能的に参加できていたはずなんだけど、無駄に利口ぶる知性が身についてしまった……
「はい、じゃあ最後に来たエスカルがオークな!」
「は?」
「10数えろよー!」
俺にオーク役を押し付けると、バビュンという擬音語
が似合いそうな勢いで四方に散る子供達。
もう頭にきたわ、絶対に捕まえる。
「12345678910、はい数えた」
ルールに則り10カウント数えて追い掛ける。まず最初に目に付くのは遠くの方で背中を見せて走っているやつらだが流石に追い付けない。次に酒場の中を通って裏に走って逃げようとして女将に捕まって叱られているやつだ。あれは関わったらいけないので、トテトテとマイペースに歩いている紫髪の女の子を標的にした。すぐに追いつき、肩をペタンと触る。
「はい、捕まえた」
ビクッと肩を震わせた後、こちらを振り向いて花の咲くような笑顔を見せる。
「つかまっちゃった」
可愛いじゃねえか……とはいえ、これはオークごっこ。仁義なき戦いなのだ。サラダバーと走り出す。
その後、疲れるまで遊んだ俺たちは各々の家に帰った。一つ気になったのは最初に捕まえた紫色の髪の女の子の姿が見えなかったことだが、きっと疲れて途中で帰ってしまったのだろう。
家に帰ると母さんが出迎えてくれた。
「泥だらけ、じゃ無いわね……オヤツあるわよ」
以前の俺なら手足が泥だらけの状態で家に入ろうとして締め出されていただろう。しかし今の俺に抜かりはない。泥は井戸の水で既に落としてある。
それにしてもオークごっこ、体を動かす遊びは余計なことを考える余地もないから良いリフレッシュになった。
精神的に少し余裕が出来た。先程の状態を例えるなら、若い頃に飛び出して数十年戻っていなかった地元に久しぶりに帰って来たような気持ちに近い感じだろうか。正確に精神状況を言い表せているかは分からないけど、前例なんてあるわけが無いから仕方がない。今もその奇妙な感覚に囚われたままではあるものの、それは一旦置いといてあるがままを受け入れようと言う気持ちにはなれた。
テーブルに出されたオヤツを椅子に座って食べていると母さんが向かいの椅子に座る。
「あんたなんか変わった?」
「……なにが?」
ギクリとした、母親というのは何故こうも鋭いのか。言い訳を必死に思案するが、追撃が来る。
「なんか目付きが違うわよ、いつもはもうちょっとこう間抜けな感じなのに」
おいおい息子をディスり始めたよこの人は……などと現実逃避気味に引いているものの焦り具合は察していただきたい、表には全く出していないけど。
「オークごっこが楽しかった」
「確かに今日はやたら子供達が騒いでたわね」
嘘はついてない。闘争心を煽られる遊びの余韻で興奮状態にあるとでも解釈してくれるだろう。
「何かあったらちゃんと言いなさいよ?」
「うん、水ちょうだい」
「はいはい」
オヤツはクッキー。潰すと粘り気のある甘い液体を出す果実を潰して、穀物の粉に混ぜて焼いたものだ。甘いが食べると口の水分を持っていかれるので水が必須と言ってもいい。味は悪く無いんだけどそこだけが欠点だ。多分携行食に改良できるタイプの食べ物だ。
果実は森で取れるのでいくらでも食べられる。
この村は森林の中に存在している。
平面的な配置は、酒場ーー村長の家に併設ーーを各住居が同心円上に取り囲み、酒場から四方に主要道路が伸びた計画的なモノだ。よって、住居区画は大まかに4ブロックに分けられている。畑は村を囲むように作られていてかなりの広さがあるので、余程の事がなければ食い繋げないなどということはない村なのだ。
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ある日の朝、いつものように遊んでいると甲高い鐘の音がカンカンカンカンと四回鳴り響いた。
「なんだなんだ?」
「この音、なんだかイヤな感じ」
子供達が顔を見合わせていると、大人、それも男達が村の中央に走って行った。
「付いて行ってみようぜ!」
「ああ!」
俺はこの種の音でひとつ思い当たる物があった。あれは、警報なのでは無いだろうか?
ひとまず俺も一緒に村長の家に向かう。
「ーー?いやーーが行くべきだ!」
「アストラのーー来たとーー」
「ゴンゾーさんがーーーー」
「それではーー!やはりーーー」
子供達が扉の隙間から覗くと男達が中で激しく論議を交わしている。
村長は椅子に座り、手摺りに片肘を立てて静かに眺めている。何か違和感がある、なんで村長はあんなに無関心なんだ?
すると、集まった男達の中で比較的若いレックスが村長に食ってかかる。
「村長、あなたは何か意見は無いんですか!?さっきから見てるばかりじゃないですか!」
「私が答えを与えるのは簡単だが、君たちが意見を出すと言うことが何よりも重要なのだ。そう決めていたじゃないか」
村長の後ろに控えるゴンゾーも同意を示す。
「レックス、俺たちはどうすればいいか分かってる。だが、俺たちがいなくなったらどうする?いつか必ず来るその時に対して備えるのがお前らの仕事だ。さあ、案を出せ」
村長とゴンゾーは土木工事や外敵対策など何かと村で頼りにされる事が多く、まとめ役を担っている二人だ。それ故に今回もこの二人が中心となって何かをするのだろうとは思っていたけど、どうやら若手育成の様なことをするらしい。抜かりが無いというかなんというか……
続きが気になって耳を欹てようとすると、ゴンゾーが村長に何事か耳打ちしているのが見えた。村長はそれを受けてチラとこっちを見た。子供達は機敏にそれを察知してやいのやいのと逃げていったが、俺はその場に留まった。すると村長が右手を前に掲げて何かを呟いているのが見える。誰かに話しかけているという様には見えないが、その掌を机にポンと置くと中の音が全く聞こえなくなった。
その出来事に驚いた俺がマジマジと中を見ているとゴンゾーがしっしっと追い払う様な仕草をして来たので、流石にその場から離れる。
少しして男達が森の中に入って行った。村の近くで何かが起きたわけではないのか、村と森の境目からは何も聞こえなかった
次第に子供達も興味を失い遊びに戻った。
俺も大人が戻ってくれば分かるだろうと考えて遊びに興じ、昼飯を経てまた遊んでいると不意に歓声が上がった。
なんだなんだと見に行くと度肝を抜かれた。
「すっげー!」
「俺たちも触りに行こうぜ!」
狩りから戻ってきた男達が運んで戻って来たのは、仮に出会ったら戦闘も逃走も、生存する意思すらも容易にへし折るであろう巨躯の異形。先程までは筋骨隆々の四肢に支えられていたであろうその怪物の切り落とされた頭部は鷲に酷似し、背にはその巨躯を容易く宙に浮かび上がらせることができるであろう翼が生えていた。
知識の中に似たような見た目の空想上の動物がいるが……あれは確かーーグリフォン、そんなような名前だったと覚えている。たまに、村の周りに何々が出た、みたいなことを固有名詞を使って言っていたので猛獣か何かがいるのだろうとは思っていたのだけれど流石に予想外だった。
それと同時に驚かされたのはそのモンスターの輸送方法だ。なんと、モンスターは一定の高さを保ちながら空中を浮いて運ばれてきたのだ。
俺は思わず二度見して固まってしまった。
村のみんなは俺のそんな様子を見て「ああ、また変なこと考えてるんだろうな」みたいな感じの反応をしていた。
まあ当然のことなんだけど、日常的な動作に知識上の動作が組み込まれてるせいでナチュラルに変な奴だって認識されている。物心ついた頃には既に変なやつ扱いだった。変なやつ扱いなのは閉鎖的な村の中では悪魔憑きだのなんだのと致命的なのではないかと心配したけど、幸いなことに俺の生まれた村のみんなはそんな俺のことを温かい目で見守るような出来た大人ばかりだった。
「おいおいびびってんのかー?」
「かっこわりー」
なお子供に道徳などというものは存在しない。悪ガキどもはこうして煽ってくる事もある。
「は?びびってないんだが!?むしろお前らの方がびびってんのか?最後に触ったやつがびびってるんだからな!」
ダッシュしてグリフォンに近づき、首の無い体を触る。
「はい、俺はびびってません。最後に触った奴がびびりだからな」
触った手をそのままにさすさすと毛並みを撫でる。野生の獣のくせにめちゃくちゃ触り心地が良い。これで布団作ったら寝心地良いだろうなあ……
顔を埋めたりしてても他のガキどもが寄ってくる気配がないので見てみると、互いの体を小突いたりして先を促しているようだ。
「あれー、びびってるんですかー?俺には言っといて自分たちは出来ないんですかー?」
「おいバカタレ、あんまベタベタ触んな」
ゴンゾーに叱られてしまった。摘み上げられてペイッと投げられたので尻餅をついてしまう。
「これは商品になるんだからお前らの手垢をつけるんじゃねえ」
「あー……ごめんなさい」
素直に申し訳ないと思ったので当然謝罪をする。
「見るだけならいくらでも構わんから好きにしな」
グリフォンの顔をマジマジと見る。すると、あることに気付く。
「このグリ……こいつって死んでるんだよね?」
「ああ、首を切り落とされて生きてるヤツなんていないだろ」
その割には紫色の瞳の中に煌めきがある、まるで中で星が踊っているかのようだ。
「なんでこいつの目はキラキラしてるの?」
「こいつは翼があるし中々手こずったからな。若い奴らは囮としてしか役に立たなかったぜ」
ダメだ、会話が成り立たない……
でも言われてみると確かにレックスなんかは結構格好がボロボロだ。グリフォンのインパクトでそこら辺にあまり目がいっていなかった。
何故かこの段階に至ってもまだ近寄って来ないガキどもにちょっと違和感を覚えているとゴンゾーが解説役となってくれた。
「あれ?お前らってまだ狩りの訓練してないよな?」
「狩り?してないけどそれがどうしたの?」
「いや、マジマジとモンスターの死体を見るのは初めてなんじゃねえかと思ってな。お前は怖くないのか?」
そういうことだったのか。アイツらと俺ではどうやら話が噛み合っていなかったらしい。俺が言っていた「びびる」はモンスターに対するものだけど、アイツらの言う「びびる」ってのは死体に対しての事だったんだ。マジマジと首なしの死体を見たことで怖くなってしまったのだろう。
そう考えるとこの村ってますます変だな。こんな田舎の村なんだから幼いうちから獣の狩り方とか学んでいてもおかしく無いのに、少なくとも俺はそういう経験は無い。
「いつもはすぐ解体所持ってくんだが、こんだけデカいと入りきらなくてな……つっても何のことか分からねえか」
そういう事だったのか。それにしてもいつもはどんな獣を狩っているのだろうか……いや、モンスターか?
「狩りの訓練ってのはなんなの?」
「ん?……まあそのうち分かるから」
そんぐらい説明してくれよ……いや、字の如くってのは分かるんだがそもそも狩りの知識とか無いからな。
まあ今俺だけに説明したら不平等か。
「これから解体するんだが……怖くないみたいだし見てくか?」
「見る!」
なんという僥倖だろう、知識の中にない経験を得る機会にありつけるなんて。
「んじゃあ、そうだな……おいハント!そこらへんに置いてくれ!」
片手を挙げていた村長が、空いているもう片方の手でその声に是を示す。挙げていた手を下ろすと怪物は重力に従って地面に落ちた。落下時のドスンという音にゴンゾーは顔をしかめる。
「ったく、もうちょい丁寧にだな……あ、そうだ。お前はそれ以上近付くなよ?」
「分かった」
ゴンゾーは少しボヤいてから死体に近付いていく。まだ放血しきっておらず少し血が首から垂れており、その色は紫がかった赤といったところだろうか。ゴンゾーは気にせずにモンスターの腹を裂き、内臓を取り出していく。内臓を取り切ると今度は村長が、空中から出現させた水によってモンスターの体を綺麗にしていく。そして金属製と思しき斧を、今その手の中に握られているのは小枝に相違ないとばかりに軽やかに振るい、四肢を切り落とす。そして大きめのナイフに良く似た刃物を取り出して、毛皮を剥がしていく。毛皮は剥がれた部分から宙に浮き、地面について汚れないようになっている。村長が手をかざしているところを見るとまたもや村長が何らかの力で浮かしているのだろうか?綺麗に剥がされた皮は宙に浮いたまま、全体を引っ張られたかのようにピンと張っている。それにうちの父親が近付いてこびり付いた脂肪などをこそぎ取っていく。ゴンゾーは内臓を取り出したが、その中に明らかにおかしなものがあった。勿論内臓を生で見たことなんか無いからどの臓器がどれかなんてのは分からないけど、それでも明らかにおかしいのが分かるぐらいには異質だった。
それは紫色だった。それは仄かに光っていた。それは脈動していた。そしてそれは、暴力的な気配を周囲に振り撒いていた。蛇に睨まれたカエルのような気持ちでいると、ゴンゾーも同質の圧力を放ち出すものだから段々気持ち悪くなってきた。精神のキャパシティを超えようとしている事は分かるものの脚をガクガクと震わせることしかできない。
「ーーおっと……流石にこれには耐えないか」
フッと圧力が消えた瞬間、地面に崩れ落ちる。片膝をついてなんとか堪えるが全身汗びっしょりだ。
「い、今のは一体……?」
「これは魔核だ」
魔核とはなんだ。
「魔核っつうのは簡単に言うとこいつらの魔力の源泉だ。まあ、魔力を見たことないだろうから分からんだろうがな」
魔力ーー魔法の力とかそういうことだろうか?本当に魔力なんてものが存在するなんて驚きだ……
立ち上がり、ゴンゾーが手に持っているものを良く確かめようと歩いて近付くと
「おっと!それ以上近付くな、死にたくなきゃな」
「えっ……」
「破裂して死ぬぜ、嫌だろ?」
何度も首を縦に振る。でもなんで近付いただけで死ぬんだ?
「強力な魔核は意志を持っててな。今は俺が押さえ込んでいるが、専用の道具で完全に封じ込めるまではお前みたいな一般人は近付いただけで頭がやられる」
トントンと頭を指で叩くゴンゾーの所に村長が手にあるものを携えて近付いてくる。
「ガラス……?」
「「え?」」
ガラスでできた直方体の容器のようなモノを見て思わず口に出すと、村長とゴンゾーが一斉にこちらを見た。
「な、なんだよ……」
目を丸くしている様子に狼狽えると2人は俺に背を向け何かを話している。まさかガラスってこの世界だとあんまり普及してないのか?
処刑を待つ罪人の気持ちで2人を待っていると話を終え、近付いてくる。
「そんな神妙な顔しなくても良い」
「取り敢えずコレに魔核はしまっちまうから、近付いても大丈夫だぜ」
そうハッキリと宣言してくれたので安心して近付いて見る。さっき脈打って見えたのは気のせいだったかのように微動だにしていない。ゴンゾーがガラスの表面をコンコンと指でノックし得意げに語る。
「こいつはお前の言う通りガラスっつう特殊な素材でな。魔力をまったく通さないんだ。魔力由来の素材を変化させずに持ち運べる便利な道具ってわけだ」
先程の出来事で魔核の凄まじさは理解できている。あんなモノを持ち運ぶのにはそりゃあそんな容器も必要だろう。
「魔核なんて売れないでしょあんなの」
「どこにだって需要はある。例えば武器を作ったりとかね」
村長がそう言うと、ゴンゾーは自身の斧を指差す。
「アレも二つ名持ちのメタルヒドラの魔核から作り出した一級品だ」
自慢気にそう語っているがメタルヒドラが何かを知らないのでなんとも言えない。
「アレは本当に大変だった……マジで許してないからな」
村長が素でキレている。
「なにやったの?」
「二つ名持ちってのは基本的に国定有翼種って言う種類のモンスターでね。嫌だって言ったんだけどゴンゾーが無理やり僕を連れ出してメタルヒドラの討伐に付き合わされたんだ」
「国定有翼種って何?」
「まあ簡単に言えばすごく強いって事さ」
簡単じゃない方を知りたかったけど……なるほど、ゴンゾーが手柄欲しさか何かで村長を無理やりって事か。
そして俺たちがペチャクチャと話している間にもレックスなどの若者が解体後の片付けをしている。
「毛皮とかは普通に売るの?」
「うん、レックス達に任せるつもりさ」
「村長達は行かないの?」
そう問うと村長は苦笑いをする。何か事情でもあるのだろうか。
「いやほら……村長と補佐役が村を離れるわけには行かないだろう?」
「あーー……」
そう言われればそうだ、と愚問でしかなかったことを悟り少々の恥ずかしさを覚えていると
「まっ見たいものも見ただろうし、早よ行け。あいつらも待ってるぞ」
ゴンゾーが指さす方向には子供達が楽しげに遊んでいるのが見えた。え……待ってる……?
_____________________
肥沃な土地を耕して柔らかくなった地面に鍬を立てる。畑から出て、踏み固められて固まった地面にどっかと座り込む。上を見上げるとそこには晴れ晴れとした青空をいくつかの雲が流れ、燦々と輝く太陽が浮かんでいる。穏やかな風が頬を撫でる感触が気持ちいい。しかし一つだけ不満とも呼べない不満があった。
「暇だ……」
俺はその日、刺激を求めていた。
朝起きて畑耕して朝飯食って畑耕して昼飯食って畑耕して夕飯食って寝る。俺は農家の息子として生まれたのだった。
そして、ここに生きている俺が用いる表現として適切かどうかは分からないけど敢えて言うならば、前時代的な農業がこの村では行われている。木を切り倒し、畑に変えるための土地を用意する。木々の葉が折り重なってできた腐葉土を耕して農地へと変じさせていく。俺は子供なので森を切り開く方には加わっていない。特に不満は無いけれど、毎日ほぼ変わらないので偶には退屈な気分にもなる。
まあでもしょうがない、この世界の霊長は俺が知る限り人類ではなくモンスターなんだから。
人類が白亜紀に誕生したとしても科学技術はそこまで発展しないというか、生きていくのに精一杯だろう、というのを地で行く感じかもしれない。
話が逸れたか、まあそういう訳で俺はモンスターが闊歩する世界に余計なモノを引っ張ってきてしまったわけだ。
俺はこの世界の人間だと自負しているけど、知識の9割以上は降って湧いてきたモノで構成されているからどうしてもそっち寄りで考えてしまう。
生まれてこの方実物の鷲なんて見たことないし、いるのかも分からない。
それでも余計な知識のせいで動物ってのはああいう形をしているのが普通だって思い込んでしまう。全く別の世界なのにな。
今だって、はるか上空には何某かが飛んでいる。ぼんやりとした輪郭を見て「鳥かな?」と普通に考えてしまうがあれがドラゴンでも俺は驚かないぞ。
つらつらとそんな益体も無い事を考えながら空を眺めていると土を踏む音が近づいて来た。
「エスカル、いつまでサボってんのよ」
俺の名を呼ぶ声が耳に入る。視界に映るのは、風にさらさらと流れる金糸のような髪を持つ幼馴染のアリスだった。
ニヤニヤとこちらを見ている。
可愛らしい名前の割にいやに勝気なところのあるこの幼馴染は、俺にちょっかいをかけるのが大好きな可愛い女の子である。
この村は比較的新しい村らしいけど、その割には住人が多い。それゆえ、幼馴染みも相当数いるのだが、なんだかんだこいつとは一番仲が良いかもしれない。
思考が明後日の方に飛びかけていると、アリスが顔を近づけてくる。
「ねえ、聞いてる?……ちょっと、こっち見なさいよ」
何の用だろうか。
「なんか用か?」
「やっぱ聞いてなかったのね……あんた全然仕事やってなかったでしょ」
なんで知ってんだこいつ…‥まさかストーカー?
「お父さん達が狩りに出掛けてから全然進んでないわよ。もうお昼御飯の時間なの分かってる?」
「なあアリス」
「なによ」
「なんで月って二つあるんだろうな」
「…………ちっ」
ええこわ……ちょっと聞いただけなのに舌打ちって、幼馴染としてどうなんだ。
「どうでも良いこと考える暇があるなら作業しろっての」
「昼飯は?」
昼飯の時間って自分で言ったのに、その次に続けるのが作業をしろってのはどうなんだ。
アリスはガックリと項垂れてこちらを睨め付ける。
「ああ……そうだった……あんたのせいで何しに来たか頭から吹っ飛んだわ」
「いやぁごめんごめん」
「ふんっ」
「ぬっっっ」
笑っていたらいきなり脛を蹴られた。
脛を抑えてのたうち回ってからアリスの方に横向きで静止する。片目をチラッと開けて見ると、此方には目もくれずに歩いて行ってしまっていた。対応が冷たい……
直ぐに立ち上がって土埃を払う。
アリスの家の方向は違うはずだが、何故俺の家の方向に向かっているんだろう。
「おいアリス、お前の家はこっちじゃないぞ」
「あんたのお母さんに用があんのよ、ほら」
そう言って見せてきたのは、蔦で編まれたバスケット。
中に何か入っているのかと思って覗こうとすると、スッと後ろ手に隠された。
「えっ、なんでそういうことするの……?」
ーーなんでそういうことをするんですか?
思わず心の中で同じことをつぶやいてしまう程度には意味不明である。
「あんたに見せたら今ここで食べちゃうでしょ」
俺はいつの間に腹ペコキャラに……?
愕然と見ていると、アリスは若干気まずそうな顔をした。
「ほ、ほら、早くあんたの家行くわよ!」
若干、いや、ほんの少しだけ気落ちしつつも表面上は取り繕って普通に話をしながら家まで歩く。
俺とアリスの住む家は違うブロックにある訳だが、そもそもアリスの家から俺の家に直接行くのが1番近いはずなのに何でわざわざ畑に寄ったんだ。
なんでも村長はこの土地が属する王国で重要な役職を請け負ってこの村を作ったらしい。
なんで重要な役職を負ったのにこんな僻地に飛ばされてんだよ……暮らしぶりを見るとどう考えても閑職なんだよなあ。
道路のうちの一本はそのまま王都までの街道となっている。街道とは言っても人の行き来はあまり無く、行商人がたまに来るくらいだ。それもそのはず、この村と王都ではとんでも無く距離があるらしい。
そして特徴的なのは、村のどこにいても見ることが出来る巨大樹だ。あれほど遠くにあるにも関わらず、あれほど大きく見えるのはもはや理外のものである。雲を突き抜けて伸びており、少なくとも数kmの高さを持っているのが分かる。名付けるなら世界樹が一番似合ってるのは間違いない。是非近くで見てみたいな。というかあんだけ目立つのにあそこを目指す旅人とか見たことがない。もしかして外の世界にはあんな樹がごまんとあるのか?
外の世界と言えば、この手の田舎にありがちな、村で生まれた者は外に出ては行けないみたいなルールがこの村には無い。ルールで縛られてないからかは分からないが、俺の幼馴染達が村の外に出たいなどと騒いでいるのを聞いたことがないような気がする。今俺の隣を歩くアリスはどうなんだろう。
「アリス、お前は外の世界に興味はあるか?」
「世界?なんで?」
「良いから、どうなんだ?」
「なんなのよ……まぁ、無いって言ったら嘘になるけど、なに?アンタまさか村を出たいの?」
「俺?俺は……」
俺は……どうなんだ?知識の中では世界地図というのがあって、あの地球の地上のほとんどの場所は人類によって踏破されていた。勿論極限環境なんかは除くけど、それでもネットなんかで情報が得られるからその場に行かなくても視覚情報だけなら得られた。この世界にはたぶん世界地図なんか無いだろうけど、村の外に出たいかと言われたら正直そこまで……って感じだな。世界樹は目で捉えられる程度には近くにあるから別枠だし。なまじ宗教戦争やら貨幣経済やらを知っていて、この世界の都市に馴染めるかが分からなくて怖い。
…………とはいえ、か。
「俺は見てみたいな、世界を見て回りたい」
「やっぱりそうなんだ。みんな、そうなんじゃないかって最近のエスカルを見て噂してたんだよ?」
「そうなんだ」
そんな風に見えてたのか?自分の事だから分からないけど、きっとそうなんだろう。
「アンタは、さ…………」
何やら口をモゴモゴと、言うか言うまいか逡巡しているのだろう。
家への足は止めずに次の言葉を待っていると、何故か首を横に振るアリス。
「やっぱなんでもない!」
ニカッと笑ってそう言い放った。いや、なんやねん、と突っ込みたくなったがアハハと脳天気に笑う様子を見ていると俺もどうでも良くなった。
「あっそうそう、これなんだけどね」
「それか。やっと教えてくれるんだな」
手に持つバスケットを俺に見せてくる。中にはサンドイッチが入っていた。畑で育てている穀物から作ったパンに具を挟んでいるのだ。文明の第一歩はどこでも狩猟から農耕への移行なのだろう。
「それを俺の母さんに届けようって話なんだよな?」
何と無く腑に落ちないところはあるけど、そういうこともあるのだろう。しかしなんでアリスが母さんにサンドイッチを……?
「ううん、ちがうの」
「ワロタ」
「ワロ……?」
「あ、いや、なんでもない」
さっき言ったことは何だったんだ……まあ良いけども。
「これね、本当はエスカルのために作ったんだよ?」
「…………」
「なんか反応してよ」
ちょっと予想外だった。いや、俺のために作ってきてくれたという事がではなく、素直にそれを口にした事が。
「いや、その、なんか照れるな。ありがとう」
「…………」
今度はアリスが無言になってしまった。
こんな空気じゃ無かったのに……話の方向性が変な方向にシフトしてるのを感じる。
「じゃあ昼飯は俺の家で食べるってことか?」
「うん」
思わず空を見上げる。一体どういう風の吹き回しなんだ?これまでそれらしい予兆なんて無かったはずなのに……
下を向いていたアリスがはたと顔を上げ、真剣な顔をこちらに向ける。
立ち止まってそれを受け止める。
「アンタが旅に出るときは、私もついていくから」
「気が早えよ。まだ出るとも行ってないだろ?」
軽く笑って受け流そうとしたが、真剣な顔をやめない。
「だってアンタ、急にいなくなっちゃいそうだし」
心外な、と一瞬憤慨しかけたがその気はあるなと思いなおす。
「分かった、旅に出るときはアリスも一緒だ」
「ホント!?約束だからね!」
俺の両手を握ってはしゃぐアリスだが……自分で言ってて違和感があるなこれ。俺って旅に出るのか?確かに理想の一つとして世界を回る旅人ってのはあると思うけど、理想と現実には差があるからな……
上機嫌なアリスと俺の家に着くと、母さんが少し驚いたような顔をした。
「あら、アリスちゃんを連れてきちゃってどうしたの?」
「サンドイッチ作ってくれたんだってさ」
「あらぁ……そうなのぉ……」
ニヤニヤする母と赤面するアリス、俺はどんな顔をしているのか自分でもよくわからない。
「あっそうだ、お母さんちょっと出掛けてくるから二人はテーブルでご飯食べてて。二人で、ね」
「母さんは食ったのか?」
「ええ、もう食べたわ」
「じゃあ食べるかアリス。皿持ってくるからそれ並べてくれ」
「うん、分かった」
先ほどからやたらとしおらしいからこちらの調子も狂う。母さんは出掛け、2人でサンドイッチを食べ
俺の見立てでは、この森はどう考えてもやばい。
悪いことをすると森に捨てるぞ、というのが親が子供を叱る時の定型文だ。周りの子供達はそう言われると泣いて謝っていた。俺に関してはそもそも悪いことをしていないから言われたことがない。まあ森どころか別世界に来てしまったようなものなので、言われたところでって感じもするけど。
そうやって、森は恐ろしい所だと子供のうちから教えられる。そして散々っぱら教えた甲斐もあって、ほとんどの子供は着いて来ようとはしなかった。
俺?俺はほら、広い世界を知ってるから村の外に出ることに忌避感も無かったし、正直舐めてた。
森の奥へと向かう足跡をさらに辿ると、頭上を覆う木の葉をすり抜けた日光のみが周囲を淡く照らしていた。そして俺も体中に泥や木の葉をくっつけていた。相乗効果で歩きづらいのなんのって。転んだりしてついたわけではない。あれだよ、ギリースーツ的な擬態効果を狙ってやったんだよ。知識チート……しちゃったかな?まあ歩きづらいとはいえ、やべえ生き物がいるのは知っていたのでなるべく音を立てないように、それでいて大人たちから離れすぎないように気を付けていた。
何やら前方で立ち止まって、顔を寄せて話したり地面を指差したりしている大人達の様子を木の影からこっそり窺う。油断無く辺りを見回す弓の射手に、全身に葉っぱをくっつけた二足歩行のモンスターと間違われてもかなわない。というか見つかったら声を出されるかもしれないし、それを訂正するためにさらに声を出したらモンスターに見つかるリスクがさらに高まる。ここまで見つからずに来れたのだから最後までバレずに行きたい。別に狩りに参加しようってわけじゃない、生きてるモンスターとどうやって戦うのか知りたかっただけだしな。
そうやって大人の様子をじっと集中して見ていたために身動ぎすらしなかったのは第一の幸運だった。全く意識を向けていなかった俺の背後から、ぱきっ、と枝の折れる音が聞こえた。そしてその音に反応するよりも前に、異臭を嗅ぎ取ることができたのが第二の幸運であった。
背筋を登る戦慄に体を支配された俺は、全身が硬直するのを「あぁ、こういう時って本当に体動かねえんだな」と他人事のように冷静に認識していた。そして息も、姿勢も固まった中で何かが視界の端を動いている。
そこには、紫色で、不定形の体に無数のトゲを生やし、怪しい煙を体表面から発生させるモンスターがいた。
恐怖で失神しそうになるのをなんとか堪えつつ、どうかバレませんように、と念じているとそのモンスターは俺に気付くこと無く横を通り過ぎて行った。そしてそのモンスターはそのまま大人の固まっている場所に近づいて行く。
「おい、来るぞ!」
気付いた一人が周囲に態勢を整えるよう促し、そこからは一方的だった。
俺の横を通り過ぎた時は鈍重そうな体を引きずりながら移動していたのに、敵対者の気配を感じ取ったのか体表を素早く蠢かせ始めたモンスター。ある位置に根を張ったかのように陣を構えると、粘液を引く触手を大人達に向けて素早く伸ばす。
しかし最も近くにいた、フードを被っている村長が手を翳して何やら唱えると翳した手の先から爆炎が発生して触手を吹き飛ばして防ぐ。そのまま吹き出し続ける炎を迂回して再び殺到する触手に対しては、射手らが弓や投石、近接武器で弾き落とす。
今度は触手で近くの木を幹ごとへし折って放り投げるが、村一番の力持ちゴンゾーが先頭に飛び出て手に持ったフルメタルアクスで粉砕する。
そして爆散する木片を避けて全員が襲い掛かり、段々と身を縮こまらせていくモンスター。
このまま倒し切るのかと手に汗を握る。ここまで来ればもはや先ほどまでの恐怖は忘れていた。するとモンスターがひび割れ始めていた体に力を込めたのか中心に肉体が寄っていき、球に近い形になっていく。
「何もさせん!」
村長はそれに何かを感じ取ったのか再び爆炎を浴びせ、その衝撃で形の崩れたモンスター。
「やれ!ゴンゾー!」
指示を聞いたゴンゾーはオノを上段に振りかざし、その姿勢でピタリと動きを止めた。すると村長がゴンゾーに両掌を向けてまた何かを唱える。なにか赤みがかったモヤのようなものがゴンゾーの全身を包み込む。そして村長が唱え終えた瞬間、ゴンゾーは強くモンスターに向かって踏み込みオノを振り下ろした。
オノはモンスターを真っ二つにしてそのまま地面に突き刺さり、先が鋭い刃物にも関わらず凄まじい衝撃が俺のところまで伝わってきた。さらに、その揺れでバランスを崩してつんのめってしまった。
「なんだあれは!」
やべっ、と思った時には既に遅く、村人達が俺に敵意の篭った視線を飛ばしているのが感じ取れる。
おれだよおれおれ!
弁明しながら全身の葉っぱを毟り取ると向けられていた武器が下がった。
「何してんだお前は」
ゴンゾーが斧を地面から引っこ抜きながら呆れたような声で問うてくる。
そんなことよりさっきのでモンスターは倒せたの?
そう聞くと、目にも留まらぬ速さで接近してきた親父に返答代わりにこれまた凄まじい威力で頭を殴られる。
いっっっってええええ!!
頭蓋骨に響く痛みで地面をのたうちまわる。
「モンスターは倒せたの?じゃねえよこのバカ!そんなことお前に言われなくても注意してるわ」
うぐぐぐぐぐ、頭が割れる……
どうやら俺みたいなガキが心配するまでも無くモンスターは息絶えていたらしい、今は俺が息絶えそうだけれども。
「あんな程度じゃ頭は割れない、俺が保証しよう」
「お前一度も頭割れたことねえだろこの石頭が!」
「うるせえ!お前らの頭カチ割ってやろうか!」
ゴンゾーが笑いながら親指を立てると周囲が囃し立て、それに対してまたゴンゾーが笑いながら軽口を返す。ナカヨクテイイデスネ。
痛みが収まってきたので立ち上がると逞しい腕に捉えられ、米俵のように担ぎ上げられる。この世界で米俵を見た事は無いけど。
「さて、予想外のモンスターを捕獲したしさっさと村に帰るかお前ら!」
誰がモンスターだ。
ゴンゾーに一応の抗議をしておく。俺は人間である。
「ハッハッハ!まさか村一番のお利口さんだと思ってたお前さんが付いて来るとはな!親父さんとお袋さんにどう釈明するか楽しみだ!」
そう、先程ぶん殴られた頭の先の方から圧が飛んできているような気がしていて前を向けなかったのだ……やべえよ……こええよ……
「帰ったら、な?」
あばばばばば(白目)
あっ、そうだ!さっきのモンスターからはなんかドロップ品とか無いの?
「は?ドロップ品ってなんだよ、何を落とすんだよ」
あー……剥ぎ取りって言えば伝わるかな。なんか戦利品みたいな物は無いの?
すると周りの大人は怪訝な顔でしきりにお互いの顔を見合い、考え込み、俺の顔を見る。
「あいつはスライム型だからな、死んだら核を残して消えるだけだ。それはもう回収してあるが……お前さん、前から気になっていたんだがそういう変な知識は何処で身につけているんだ?本で読んだのか?だが本なんてこの村には……ああ、村長の家にはあるか。村長が教えてやったのか?」
ゴンゾーがその異様な光景の意図を代弁する。
「ふぅむ……どうだったか…………」
文字があるから本もあっておかしくないとは思っていたけどこの村に本あったのかよ、というかこの件が巡り巡って俺の不自然さについて言及されたら色々めんどくせえ……などと慄いていると、少し先を歩いている村長がチラッと俺の方を伺った。そして次の瞬間こう宣った。
「ああ、そうだそうだ。すっかり忘れていた、少し前に読ませてあげたことがあったな」
そ、村長ォォォォ!!村長がイケメンすぎてニヤケそうだがグッと堪える。
「ほーん……でもよ村長、あんな葉っぱをくっつける隠密術のやり方なんて書いてあったか?」
「それは……なんだろうね?」
なんて言ってこの場面でぶん投げてくる村長。
なんかこんな感じの虫がいたから真似してみたんだ。
咄嗟に適当なことを言う。適当ではあるが、大人達は得心が言ったように頷いている。まあミノムシぐらいいるだろうしな。
それにしてもいつまで肩に担いでいるのか。別に逃げはしないし、振動が腹にくるので下ろして欲しいんだけど。
「いやいやそんなのこの場面で誰が信じるんだ」
それもそうだ、と諦めて、ほれほれ言いながら肩を揺らして俺の腹にダメージを与えてくるゴンゾーの頭を叩きながら村に到着する。
村ではなんだかいつもより暗い空気が漂っていた。誰か死んでしまったのだろうか。ゴンゾーと顔を見合わせる。もしや別のモンスターが?
村人が討伐隊の帰還に気付いて村長に話をしている。聞いてみるとどうやら子供が居なくなったらしい。マジかよ、と思っているとゴンゾーが耳打ちしてくる。
「なに関係無いみたいな顔してんだよ、お前のことだぞあれ」
そうじゃん、俺じゃん、気まずいなあ……しかも村長に話してんの俺の母さんだし。ゴンゾーがどっこいしょと俺を下ろすので、下卑た感じの顔を精一杯浮かべて手を捏ねながら母親に近づく。
へへ、お母様、ただいまでごーー
そこまで言って抱き締められたので言葉を最後まで紡げなかった。あったけえ……
「皆さん……本当に、本当にありがとうございます!大丈夫?怪我は無い?」
なんて涙を目に溜めながらあちこちを触ってくるので俺も思わず鼻の奥がツーンとしちまうぜ。こんなに俺のことを思ってくれている人がいるってのに俺って奴は……!
するとその光景を白い目で見ていた男衆に真相を暴露される。
「なんで感動の旅路みたいになってるのか知らんが、そいつアレだぞ。村を抜け出して俺らにこっそりついてきてたのを捕獲しただけだぞ?」
「は?」
瞬間、言っていることを聞こうと母さんが向けていた顔を見た男達が俺に生暖かい目を向けてきた。なんたる裏切り、俺たちは同じモンスターを共に相手にした仲間では無かったのか。男の友情は何処に行ったんだ!
「今のは、本当なの?」
いやまあ本当と言えば本当ですけどね。でも聞いてほしい。迷惑は一つも掛けてないし、本当に付いて行っただけだということをここに誓います!だから……だから……痛くしないでね?
「あなた、うちに帰るわよ」
「ああ、楽しみだな」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! !
大人って怖い、ぼくはそうおもった。
_____________________
「おかえりー、おにいちゃんどこいってたの?」
ちょっと村長のところにな。
帰宅した俺のもとにトコトコと歩いて来たこの可愛い娘は妹のミアだ。マジで眼に入れても痛くないぐらい可愛い。でも将来は視界に入るなとか言われるのか……
それにしても……ぬふふふふ、ニヤケが治らんぜよ!
「おにいちゃんきもちわるーい」
おっと、気をつけないと心が折れるな。キリッと……キリッとな……ヌフ……これでどうだミア、お兄ちゃんカッコいいか?
「あははは、へんなかおー」
まったく……ミアは可愛いなあ!
脇の下に手を入れて抱っこし、そのままリビングに入る。
「おかえりエスカル、あら、ミアは抱っこされちゃって、二人とも仲良しねえ」
あっそうだ、俺の名前はエスカルだ、そういうわけで以後お見知り置きを。
母さんに促されて椅子に座り、膝の上にミアを載せる。すると母さんがすぐに昼飯を運んできてくれた。しかしミアが膝の上にいるのだ。俺はどうやって食べるんだよ……
「おにいちゃんたべさせてー」
いいぞぉ〜お兄ちゃんなんでもしてあげるからな〜、ほら、次なに食べる?これ?あ、これか。はい、あーん。
もうマジで可愛いからなんでもしてあげちゃう。そうしてお姫様の従順なる僕となっていると、
「もうおなかいっぱいだからこれあげる、あーん」
なんとお姫様にあーんをしてもらった。もちろんお姫様はすぐに飽きてやめてしまったが至福のひと時であった。お腹が一杯になって眠ってしまったミアを母さんが運んで行ったので普通に昼飯を食べていると親父も帰ってきた。
「ただいまー……あれ?ミアは?」
昼飯食べて眠くなっちゃったから寝てるよ。
そう聞くと寝室の方に歩いて行った。
「ミア〜〜お父さんだよ〜〜」
「ちょっと、ミアはお眠なんだから煩くしないでよ」
「良いじゃんちょっとぐらい……ミアちゃ〜ん、可愛いなあ本当に〜」
大の大人が猫撫で声で本当に気持ち悪いな……と引きつつ飯を食べ終えたので食器を片付ける。
俺もたまには昼寝でもしてみようかと自室で横になるけど全く眠くならない。こんな時は体を動かすのがよろしい。
ちょっと畑行って来るわー。
「はーい」
返事を聞いて、家の裏にある畑に足を運ぶ。この村のある土地は川に近いわけではないけど地下水が豊富で、湧水もあるのでメチャメチャ農業に適しているのだ。ちなみに育てている野菜だけど、まあなんか見たことあるような見た事ないようなそんな野菜ばっかだ。品種改良なんかほとんどされてないからデリケートな事この上無いし、うまく育てても知ってる野菜ほど可食部は多く無い。そして俺に野菜を育てる知識なんて無いので出来る範囲でしかやらない。桶に汲んだ水を撒いて、鍬で土を耕して畝を作る。まあ文字に起こすとこんなもんだが、水を運ぶのも、土を耕すのも、どちらも中々重労働だ、勿論まだ体が出来上がっていないのもあるだろうけど、力が圧倒的に足りない。作業を終えるともう汗だくだ。
だけど、これが中々楽しいのだ。勿論子供に混じって走り回るのも楽しいけど、遊びは終わった時に寂しさを伴う。だけど畑仕事は終わった時に充実感というか満足感を得られる。まあ余計な知識が入ってるせいで、農業とかの重要性を分かってるからほっぽり出して遊んだりする気になれないのもある。
夕方までしこしこ畑仕事をこなして、ヘトヘトになって片膝ついているとミミズが土の中から出て来ているのを見つけた。出て来ているというか土をひっくり返した時に一緒に掘り起こしてしまったのだろうけど。
_____________________
ついに今日はモンスターハントの日だ。待ちに待った日ということで前日は眠れなかった、などということはなく、普通に眠れた。以前に村長から今日のことは知らされていたので、他の子供に比べてこの日が来るまで非常に長かった。知らされて最初の方は毎日ワクワクとしてそれこそ眠れない日もあったけど、人はやはりどんな状況にも慣れるものである程度経つとワクワクを保ちつつも、興奮で眠れないなんてことは無くなっていった。
一方で、俺と同年齢の8人がそれを乗り越えれば大人の仲間入りだ、と喜んでいるのでそれを見て気付かされた。これは元服というか成人式に近いものなのだ、そりゃあ嬉しくもなるわな。
しかし何か変な空気を感じるのでなんとなく探ってみると、村の同世代の子供たちが俺のことを「村長と仲が良くてなんでも教えてもらってるやつ」みたいに勘違いしてる節があった。遊んでる時もことあるごとにそれでいじって来てウザすぎる。
さて、集められた面々の前にはゴンゾーが立ち、如何にも今から話しますといった面持ちだ。
「さあ、今日はいよいよお前らにモンスターを狩ってもらう!いつも相手にしてるモンスターもどきの獣と一緒にするなよ?下手すりゃ死ぬからな!まあ……約一名、大馬鹿野郎はよく分かってるだろうがな!全員最後の準備を整えておけよ!」
どうやら大馬鹿野郎が一人紛れ込んでいるらしい。大馬鹿なのに物分かりが良いなんてきっと優秀なんだろうなあ。
話しているのが取りまとめ役である村長では無くてゴンゾーである理由は単純なもので、引率を行うのがゴンゾーだからだ。それにしても今生の別れみたいな話の締め方をしないでもらいたい。
話が終わったところで、ミアと母さんが見送りに来ていたので近づくとミアが母さんの後ろに隠れてしまった。
え…………
何気にショックである、まさかこのタイミングで反抗期が来てしまったのだろうか。母さんはミアになにやら指示を出している。
おずおず、といった様子で出てきたミアは後ろ手になにやらもじもじしている。
「あ、あのね……」
なんだい?
待っているとミアが何かを差し出してきた。
「これ!」
その手に載っているのはなにやら丸いモノだ。
なにこれ、団子?
「うん!」
「お兄ちゃんに元気に帰ってきてほしいって、朝から作ってたのよ」
思わずミアを抱きしめる。なんて良い子なんだ!
「お兄ちゃん、お団子落ちちゃうよ」
団子を持つ手を支えて聞く。これは今食べて良いの?
「うん!これを食べて元気になれば、けがしないでしょ?」
しないですとも!ありがたく受け取って食べると、木の実の香りが鼻を抜けていく。旨すぎる!
ありがとうなミア。
頭を撫でるとにへらと表情を崩すので心が暖かくなる。本当に良い妹を得たな俺は。
「あんた準備は出来てるの?」
母さんが問うてくるので雑嚢を軽く揺らして問題無いことを伝える。
最後にもう一度ミアの頭を撫でてゴンゾーの近
くに行く。
ミアはあんなに心配してくれた……心配してたか……?良くわかって無かったような気も……いや、心配してくれていたに違いない。ともかく、子供に狩りに行かせる程度のモンスターなんだから弱いやつを選んでるんだろうなあ、と気楽に突っ立っている所にニヤニヤと笑いながらアリスが近づいて来た。
「この村でモンスター退治に着いて行った大馬鹿野郎なんてあんたぐらいよね」
何言ってるか分かんないですね。
「呆れるわね、この期に及んですっとぼけるなんて……あんたらしいけどやっぱり往生際が悪いというか」
そんなため息つきながら言われても。
公式には行ってないことになってるんで。
「あんたが何言ってんのよ」
良いツッコミだ、二人でお笑い芸人目指さないか?
「段々イライラしてきたんだけど?」
おっと、落ち着けよ、そもそも何の用だよ。
ニヤニヤしながら近づいてきたけどその実、足も腕もプルプル震えてやがるから緊張でも解しにきたのだろうか。
「あんた、どんなモンスターか知ってるんでしょ?村長と仲良いし」
ん?……いや、知らないよ。
「なによ今の間は。ホントは知ってるんでしょ?」
おっと、そう来る?妙な所で疑り深いなあ。大体、俺がその内容知ってたところで、そしてそれを君に教えたところで何の意味があるんだ?
「心構えって大事じゃない?どんな奴が来るかだけでも知っておきたいのは当然よ」
なんとも漢らしいセリフだな、だけど返す言葉に変更は無い。何故なら俺は本当に知らないからな!
「むぅ……じゃあ、なんでもいいから教えなさいよ」
無茶振りにも程がある……と言いたいところだけど俺も一つだけ知ってることがある。
「なによ」
別に教えても良いんだけど、試験の内容とは全く関係無いぞ。
「……別に良いわよ、なんでも良いって言ったのはあたしだし」
ああ、そう?なら話そうかな……と言ってもどこから話そう……んーと、この村が出来たばっかの村ってのは知ってるよな?
「母さんから聞いたわ」
そうか、まあ誰から聞いたのでも良いんだけど、この村の大人って明確に役割が分かれてるじゃん?
「…………?」
ああいや、直截に言えば男は狩りをして女は村で作業をする、っていうことなんだけど。
「なるほどね、それがどうしたの?」
どうしたっていうか……自分の性別は分かるよな?
「……」
イテッ、蹴るなよ!他意は無いっつうの!村で作業をするだけなら別にお前ら女子が混ざる必要ないだろって話だよ。
「ふんっ……そういうことね」
そうだよ、俺らの世代からは男女関係無くモンスターを狩りに行くし、村での作業もやるってわけだ。
「それは村長から聞いたの?」
いや、最初の狩りを合同でやるって話だけ聞いた。
「じゃあ村と狩りの作業を一緒にっていうのは誰から聞いたのよ」
勝手に予想した、わざわざ男女共にって強調したんだからこんな感じだろうってな。
勿論女子はあくまで自衛のためにって意図で、これまでと役割が変わらないってことも考えられるけど……ん?良く考えたらそっちの方がそれらしいな。
「どっちなのよ……」
まあ最終的な目標が何処にあるにせよ、今日の狩りを乗り越えてからだ。
「それもそうね」
ていうかさあ……お前ら俺のことを勘違いしてる節があると思ってたんだけど、さっきの質問で確信したわ。俺は別に村長から何でも聞いてるわけじゃ無いし、今日のモンスター退治にしたって俺が生きてるモンスターを間近で見たのは俺が小さい頃の一回だけだ。それだって見ただけで対峙したわけじゃ無い、触ったりだってしてないんだぞ。
ん?今お前、口でそれを伝えればよかったのにみたいな顔したな?
こういうのは大勢の前でそれを主張したところであんま意味無いんだよ。各々が勝手に解釈してそれを更に当人を介さずに話すことでどんどん話が拗れてくんだよ。
まあ言わなかったとしても今みたいな状況になるから、結局のところ俺の気分次第ってことだな。
「言ってないんだから本当にそんな拗れるかわからないじゃん」
せやなーーさて、そろそろ行かなきゃな。準備は十分か?
「あ、えっと、出来てる」
そんな気負わなくて良いだろ、いざとなりゃゴンゾーが一人で仕留めるさ。
そう伝えると懐疑的な視線を向けてくる。
心配すんな、ゴンゾーは見た目に違わずめちゃくちゃ強いから。
それにお前らと一緒で俺だって動物はともかくモンスターとの戦闘なんて分からん。
基本的に動物は罠に掛けたり弓で弱らせてから仕留めるけど、モンスターに同じ質のモノは通用しない。こんな村だから金属だってそれなりに貴重で、外から仕入れるかモンスターから剥ぎ取るしか入手方法が無い。モンスターに通用するような罠なんて、金属を使っているか余程大きな材料を使わないと無理だろう。村長の受け売りだけどな。
「じゃあどうやって倒すのよ」
俺たちは魔法を使えないから地道に近接攻撃を加えて弱らせていくしか無い。ハイリスクローリターンの繰り返しだ、魔法はやっぱり良いなあ……
と、そこにゴンゾーが声を張り上げる。
「いつまで準備してんだ!お喋りしてる余裕があんなら出発だ!」
横目でチラッと見ると拳を握って「よし!」と気合を入れているので心配はいらないだろう。実際のところ俺も精神面はともかくとして戦闘に関してはそこまで秀でている訳でもないので彼女の心配をしている余裕は無いかもしれない。まあ筋力に一番秀でているのが俺なのは間違いないけれども。
これも畑仕事を真面目にこなしてきたおかげである、腰の入れ方が違うのだよ。
ゴンゾーは号令をかけたものの、その後は一番後ろにまわってしまった。それ以降腕を組んで何も言わずに俺らを見ているのでどうやら子供たちに先導させるつもりらしい。まあ当然といえば当然か。
俺はどちらかと言えば後ろ寄りに立っていたから、誰が先陣を切って歩き出すのかなあと思っていたら8人が8人ともチラチラと俺のことを見てきやがる。何見てんだ、さっさと行けよ。
「お前が行けよ」
そうだそうだと言わんばかりに全員頷いている。しょうがないのでさっさと歩き出す。こいつらびびってんのか……?
しかし喉より先にその意思を出す事は無く、キリッと顔を引き締めて森の中に進んでいく。
_____________________
手分けして痕跡を探していると、パキリと足元で枝が折れる。体重をかける場所を誤って転びかけた。普段はこんなこと無いんだが、無意識の緊張が体に伝わりでもしたのだろうか
「気を抜いてんじゃないでしょうね」
いやいや、ちょっとしたミスだよ。それより痕跡は見つけたか?
「ええ…………ほら、それよ」
なぜか引きつった顔で彼女が指差すのは獣の足跡に酷似した地面の窪み。蹄と思しき部分の先が向いている方向に視線を辿ると、先の方にも何個か同様の窪みが見られる。
形状から判断すると猪がその先にはいると考えられるが、大きさが通常の猪の数倍なのでおそらくモンスターなのだろう。
「でっか…………」
「こんなの私達でやれるのかしら……」
二人して弱気だが、このサイズの猪を倒せる気がしない。オレの持っている剣の刃は果たして毛を全て断ち切って内部にダメージを通せるのだろうか。
そんな疑念を抱きつつ足跡を辿っていくと段々と日の光が弱くなっていく。どうやらモンスターは森の奥へと向かったようだ。
オレは先頭を進んでいつでも扱えるように剣を構え、他の面々も周囲を警戒しつつ、オレと同様に武器を構えている。
しばらく進むと血の匂いが漂ってきた。当然のように、その匂いは足跡の先からやってきている。
何かしらの争いがこの先であったのだろう。
ゴンゾーの方を見て中止なのかどうか確認しようとも思ったけど、狩りをしていればこんなこともあるだろうと思い直す。
代わりに先ほどよりも歩調を緩め、気配を木々に溶け込ませるように匂いを辿っていく。
_____________________
ゴンゾーは考えていた。
今日の試練がどのように進むのかを。
願わくば何事も無く終わって欲しいと。
勿論本気で何かが起こると思っているわけではないが、近頃モンスターが活発化しているように感じられる。
魔王が死して暫く、英雄たちに討伐されなかった強大なモンスター達は勇者を恐れて樹海や霊峰の奥地などに引きこもっていた。それに伴い、比較的にだが弱いモンスターが数を増やした。人里付近に出没するモンスターの質が落ちたことにより、人は突出した能力を持たずとも数で対抗できるようになり、安定した時代がもたらされたのだ。
_____________________
戦慄と共に言葉が吐き出される。
「な、なんだよこれ……」
「お前ら!全員俺の後ろに下がれ!」
そこにいたのは巨大な猪、今回のターゲットであろうモンスター。
しかしその上半身と下半身は引き裂かれ、瞳孔からは既に光が失われていた。
他に傷は無く、周囲の木々もモンスターの惨状に比べて荒れた様子が見られない。それは、このモンスターが一瞬で殺されたことを意味していた。
ゴンゾーは瞬時に列の前に移動し、周囲への警戒を強める。
モンスターがより強いモンスターに喰われる。それ自体は別に何もおかしなことでは無い。強力なモンスターは身に蓄えた魔素により知性すら発達させ、より上位の存在になるために他のモンスターを食することを求めるようになる。自身もそういった光景を目にした事はある。
だが……これはあまりにも状況が悪い。相手の脅威度判定が行えていない現状、自分だけなら即座に退却するだろう。仲間達といたなら対処するだろう。
しかし、自分の後ろにいるのは素人に毛が生えた程度のガキ共。自分の速度について来れるはずもなし。
よくこの場面で取り乱さないでいると褒めてやりたいが、単純に状況が飲み込めていないだけだろう。
だが、退却させるしか無い。
なんとしても。
「お前ら、落ち着いて聞け」
周囲への警戒は緩めず、しかし、子供達をパニックに陥らせ無いように、そして自らも平静を失わないように落ち着いた声で呼び掛ける。
「今すぐ村へ帰れ」
ハッと息を飲む声が聞こえる。多少は、ただならぬ状況だと伝わったらしい。
「ゴ、ゴンゾーさんはどうするんだ?」
あぁ……随所随所で他の奴とは違うと感じていたが、こんな時には予想通りの、至って平凡な反応をするらしい。
「ーーまあ、あれだ。俺がここに着いてきたのはこの為だからな」
そしてその事実を何故か少し面白く感じる俺がいる。
「で、でも、まだそのモンスターには見つかってないんじゃないか?」
「アホ、ここは既にテリトリー内だ……さあ、行け、くれぐれも静かに素早くな」
きっとコイツらなら無事に村に辿り着き、救援を寄越してくれるだろう。
躊躇いがちに、不規則に踏み出された足音はやがて規則的に遠ざかっていく。
ふぅ、と一つ息を吐く。
「まさか、あいつらが去るまで待ってくれるとは」
ーー本格的にマズいかもしれんな。
モンスターを暴れる暇も与えず引き裂き、この森の中心に近いところに居を構えているという事実。そしてこの、粘りつくような、背筋を撫でるような、邪悪なモノが放つ空気。
得体の知れなさでは過去に地下の大空洞で戦ったあの化け物に通じるものがある。
そして暫く待っていると、横たわる残骸を作り出したその主が、木々をかき分けながら現れた。
「おいおい、嘘だろ……」
その姿を目にした途端、こめかみを冷や汗が流れ落ちた。手に構えたアクス、多くの強敵を屠ってきた俺の相棒が今は心許なく感じる。
『愚かなり……実に、愚かなり」
ゴンゾーは英雄伝説を思い出した。
自分の祖父のそのまた祖父の時代に英雄とその仲間に打ち倒された魔王は、神聖魔法を除くあらゆる魔法をその膨大な魔力で行使し、死の間際まで単一の生命としての最強の座を譲ることはなかったという。
そしてそこにいたのは、数多いる魔王の配下の中でも魔王に匹敵する力を持つとされる存在。
『あのちっぽけな住処に閉じ籠っていれば良いモノを』
それぞれ深紅、深青、黄金、暗黒に輝く四つの眼。片側だけ欠けた角。その牙は真銀のように曇りなく輝き、その爪は伝説級の鎧を容易く切り裂く。全身を星空の如き鱗が覆い、三対の翼が逃れえぬ死を抱擁していた。
『落ちた帳をこじ開けて、束の間の微睡みから覚めてみればこの様なモノが来るとはな……』
それは、ドラゴンという名の伝説そのものだった。
「ドラゴン…………だと……?」
ドラゴンーー余りにも多くの魔素を溜め込んだモンスターが生命としての規格を超えて、天界に届き得る力を得た時に到達する存在。
魔王が世界に現れる遥か前、御伽噺に辛うじて伝えられる神代には多数いたという。
ドラゴンを倒すことができるのはドラゴン、あるいは天界の存在のみ。己がどれだけ人の中で強くとも、人という規格に収まっている以上勝つことはできない。
『ふむ……しかし……」
ドラゴンは唐突に四つの眼のうち三つを閉じ、残った深紅の眼で俺を捉えた。
『かなり溜め込んでいるようだな、貴様」
そして訳の分からないことを宣った。
「何の話だ!」
腹の底に広がる恐怖を振り払う為に怒鳴り声で問い返す。
するとドラゴンの全身から何かが凄まじい勢いで発される。
『なに、大した事はない』
圧力に耐えつつ、必死にその次の言葉を聞く。ドラゴンはニタリと凶悪な笑みを浮かべた。
『貴様は、我が食うに値するという話よ』
そしてその言葉を聞いた瞬間地面を蹴った。
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少し開いた場所に出たと思ったら、猪は既に惨殺されていた。近付こうとするとゴンゾーが目の前に現れて先に進むなと引き留め、全員が動きを止めた。ゴンゾーは更に言葉を重ね、俺たちは村に引き返すことになった。切迫したゴンゾーの声音で異常事態を悟った俺たちはその言に従い先ほどの道を辿って戻っている。
そしてまだ半ばまで進んでいなかったぐらいだっただろうか。背後で爆発音が発生したのが聞こえた。
「ヒッ!」
アリスは思わずしゃがみ込んでしまった。他のみんなも尻餅をついたり激しく動揺している。アリスを背に庇いつつ、爆発がしたであろう方向を見る。
「ゴンゾー……」
今のは何だ。何故爆発が起きたんだ。ゴンゾーは無事なのか。この森になにがいるんだ。
思考が纏まらない。
爆発は一回で収まらず、二回三回と続く。
周りにいる幼馴染みの中には啜り泣き始めている奴もいる。
皆の心は折れかけていた。
そんな中で、俺が感じていたのはワクワクだった。
恐怖を塗り潰すほどの高揚感、これこそがファンタジーだった。
俺と知識、混ざり合った二つが共鳴していた。
爆発から目が離せない。あそこでなにが起こっているのか気になって仕方がない。
心臓が力強く鼓動を打っていた。
「待ってよ……」
ズボンの裾を掴まれてつんのめる。
どうやら無意識に一歩踏み出していたらしい。
「どこ行くの……?」
アリスが涙目でそう言ってくる姿を見てハッとした。今、こいつらを村まで引っ張っていけるのは俺だけなんだ。そして、そうしなければ誰も助からない。
俺も、こいつらも、そして今あそこで戦っているゴンゾーも。
瞑目し、一度深呼吸をする。
帰る、必ず帰る、そう覚悟を決めて目を開ける。
ーーそして次の瞬間、とてつもない太さの火柱と雷が立ち上る。
それに少し遅れて雷鳴、更に続いて熱風が押し寄せてくる。こんなに離れても感じる程の熱量、ゴンゾーは一体なにと戦っているのか。
だけど既に覚悟は決めた。
「お前ら、立て」
「え?」
アリスが呆けたように言葉を漏らす。
「さっきゴンゾーになんて言われた?俺たちの仕事は帰ることだ、さあ行くぞ!」
「いでっ!」
座り込んでいるやつのケツを蹴り上げ、腰が抜けている奴には肩を貸して立ち上がらせる。
全員を整列させ、進ませる。
まるで敗残兵のようだった。何にもしていないのにだ。全てを大人に任せて逃げているだけだ。
悪いことでは無い。ただ悲しみと悔しさのみが心を埋める。人はなんて弱くて脆いのだろう、科学技術の強大さを改めて思い知らされた気分だった。あの世界では野生など憐みや手慰みに保護されるだけの存在だった。
守られていたこれまでの時間はどれほど幸せだったのだろう、どれほど甘えていたのだろう。ある意味では知っていたはずだったのだ。世界は過酷で、ヒトという動物は弱くて…………知識なんて必要なかったのかもしれない。自分の心に問い掛ける、周りの幼馴染達を見てみろと。こんなもの無くても彼らは生きているじゃないか。
懸命に、何も分からなくても彼らは彼らなりに村を支えようとしている。俺はどうなんだ。俺は…………俺は知識を得たことによる全能感に飲み込まれてしまっていた。賢ぶっていただけだった。今初めて心で理解したーーあの時のアリスの言葉を。
『だってアンタ、急にいなくなっちゃいそうだし』
その通りだ。俺は今、この場から消えてしまいたいと思っている。だけどそれは後だ、早く村に辿り着こう。
助けて…………