銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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10.史上最大の人質

 両軍の指揮官は好対照を為していた。ラインハルト陣営の提督が自ら専用艦に座乗して戦場を縦横無尽に疾駆したのに対して、貴族連合軍の上層部は難攻不落のガイエスブルク要塞中心部に設置された戦闘指揮室から一歩も出る事はなかった。

 

 その一方で、前線ともなれば今度は話が逆転する。

 

 ラインハルト陣営の戦術用兵は多様で巧妙を極めた。彼らは全ての戦場において有利を確立した上で、局地戦の駆け引きを楽しんでいるようにさえ見える。

 

 対して門閥貴族軍はまさに荒れ狂う猛獣さながらであった。誰もかれもが貴族特有の高いプライドと功名心を滾らせ、正面からひたすらに猛進する。

 

 

「メルカッツめ……貴族の阿呆どもに合わせて、敢えて阿呆な戦いを仕掛けてきたか」

 

 

 ロイエンタールが通信システムごしに呟く。

 

 貴族同士の不和や戦術センスの無さを、分かり易さと熱狂で補おうというメルカッツの妥協であったが、大軍であることも相まってロイエンタールやミッタ―マイヤーといった名将すらも手古摺らせるほどの勢いだ。

 

 

「進め、進め、突っ込め!」

 

 

 フレーゲル男爵は自ら宇宙戦艦に乗り込んで指揮を執った、数少ない勇猛果敢な門閥貴族であった。奇しくも対峙したのはミッタ―マイヤーである。

 

 単にミッタ―マイヤーを侮っていただけとも、蛮勇とも評される事のある行動であるが、「高貴なる貴族が最前線で自ら指揮を執る」というノブレス・オブリージュに照らし合わせれば一定の評価が下されるべき行動であった。

 

 

「主砲斉射二連!その後、5000キロ前進!」

 

 

 フレーゲルが絶叫する。それは指揮というより、興奮状態の発露にしか過ぎないが、少しでも油断を見せれば対応しているミッタ―マイヤー艦隊は瞬く間に食い破られてしまうほどの勢いがあった。

 

 

「10時半方向の反逆者どもを、まとめて吹き飛ばせ!」

 

 

 片足を床に付け、もう片足を上げてシートを踏みつける。フレーゲルの情熱的な指揮は勇猛と呼ぶに相応しいものであったが、彼の評価もそこまでだった。

 

 あと一歩で敵を崩せる、というフレーゲルの勝利への確信は20分ほど続き、そして永遠に失われてしまった。

 

 

 フレーゲルの部隊は突進し過ぎ、他の部隊との連携を欠いた。自ら味方と離れて孤立する形となり、それに気づくことなく急進撃を続けた。

 

 これをミッタ―マイヤー艦隊が見逃すはずもなく、砲火を集中させたのちに100機以上のワルキューレが一撃離脱方式でしたたかに弾列を撃ちこんでゆく。傷ついた艦底に三本の太いビームが集中し、彼の乗艦はフレーゲルもろともオレンジ色の火球となって四散した。

 

 指揮官を失ったフレーゲル隊は、そもそもが男爵の私兵艦隊であったことも災いし、指揮系統がはっきりしないまま指揮官を失った事もあり、権限移譲が無いままに大混乱に陥る。そこへミッタ―マイヤー艦隊が集中砲火を浴びせ、たちまちに各個撃破されていく。

 

 

「ここまで一方的にやられるとはな……」

 

 

 クレニックは眼前の風景が色を失うような感覚に捕えられた。

 

 ラインハルト陣営に属する将兵の用兵は、クレニックに実戦指揮官というよりオーケストラの指揮者を思い起こさせた。指揮官クラスの艦隊運用も見事ながら、それを実行する兵士たちの練度と士気の高さにも舌を巻かざるを得ない。

 

 

 一方でここに来て、貴族連合軍は烏合の衆の弱点を露呈していた。彼らはいっこうに勝機をつかめず、貴重なチャンスを幾度となく逃がした。

 

 

(あるいは、ローエングラム侯がその隙を与えなかったとみるべきか……)

 

 

 転生者とはいえ銀英伝の歴史を知らぬクレニックは、ラインハルトのことをせいぜい「歴史に名を残す程度の名将」とばかりに思っていたのだが、その評価を大きく上方修正していた。

 

 ――あれは、かのダース・ベイダ-卿やそれこそ皇帝パルパティーンに匹敵するような「歴史そのものを作り出してしまう」ほどのバケモノなのかもしれない。

 

 

 **

 

 

 めくるめくビームの交差に、宇宙要塞に設置された砲台が爆散する。エンジンを破壊されて宇宙に漂うワルキューレに、炎上中にもかかわらず懸命の砲撃を続ける巡洋艦……膨大な人命とエネルギーが浪費され、常闇の中に飲み込まれていく。

 

 

「戦艦アウスラグ、戦闘続行不可能!」

 

「重巡イーヴァルは主砲破損、自力での修復は困難です!」

 

 

 被害を報告する通信がガイエスブルク要塞の戦闘指揮室に溢れかえり、居並ぶ門閥貴族たちの間で徐々に動揺が広がっていった。

 

 リッテンハイム侯が叫ぶ。

 

 

「ええい、味方は何をしておる! なぜ敵を上回る兵力を有していて勝てんのだ!?」

 

 

 ここに来て、連合軍という性質が仇となっていた。ラインハルト・フォン・ローエングラムただ一人を頂点としてピラミッド型のトップダウン独裁を敷く討伐軍と違い、門閥貴族の寄り合い所帯というリップシュタット貴族連合軍の弱点が顕在化していた。

 

 門閥貴族艦隊は数こそ多いものの連携を欠き、各自がバラバラの判断で目標を撃っているために火力の集中ができず、その優位を活かせないでいた。

 

 対してラインハルトの艦隊は密な連絡と高度な艦隊機動によって局所的な数の優位を作りだし、その火力を集中して相手を的確に葬っていく。

 

 門閥貴族艦隊にって不幸中の幸いといえたのは、メルカッツが複雑な用兵を放棄して単純な波状攻撃に徹した事で、被害こそ多いものの戦線の崩壊には至らなかった事ぐらいか。

 

 それでも味方が一方的にやられていく様は、許容範囲の被害とはいえ門閥貴族軍上層部に強い衝撃を与えた。中でも甥のフレーゲル男爵を戦闘で失ったブラウンシュヴァイク公は取り乱し、アンスバッハ准将に宥められてやっとのことで平静さを取り戻すも、その瞳には暗い光が宿っていた……。

 

 

 **

 

 

 事態が動いたのは、ブラウンシュヴァイク公が自ら指揮を執ると言い出した事がきっかけだった。

 

 

「このままでは埒が明かん。エンジンの出力を最大にせよ」

 

 

 司令室に、目に見えない氷水が撒き散らされる。メルカッツ上級大将ら正規軍将兵が色を失う中、最初に声を上げたのはリッテンハイム侯だった。

 

 

「どういうつもりだ? この状態でエンジンの出力などあげてみろ。前方で戦っている味方にでもぶつけるつもりか?」

 

「味方に要塞をぶつける阿呆がどこにいる。ぶつける相手はその先の敵艦隊に決まっておるだろう。味方には退避命令でも出しておけ。――できるな?クレニック大将」

 

 

 ブラウンシュヴァイク公に睨まれたクレニックは一瞬黙り込み、やや間をあけてから肩をすくめて答えた。

 

 

「どうしてもとおっしゃるなら出来なくはありませんが、危険が大きい割には効果が薄いかと。敵の攻撃でエンジンが被害を受ければ、要塞の移動が制御不能になる恐れがあります」

 

 

 現在、ガイエスブルク要塞はエンジンを停止させてある。クレニックらの知る由もないが、実際のところラインハルトは門閥貴族軍がガイエスブルク要塞のエンジンを再点火する機会を虎視眈々と狙っていた。

 

 移動中に一部のエンジンだけが破壊され、残ったエンジンが点火中ならどうなるか。制御を失って壮大なスピンをかましながら回転し、あらぬ方向へと酔っ払いのように艦隊を巻き込みながら飛んで行ってしまうだろう。

 

 それを最初からしなかったのはガイエスハーケンと遠距離砲撃戦をやって被害が増大することを恐れたからであるが、もはやその恐れも無い。

 一点突破によって要塞に肉薄したラインハルト軍は門閥貴族軍をじわじわと削り取りながら、敵がしびれを切らして自ら墓穴を踏むのを待つばかりであった。

 

 

「一瞬だけでも構わん。ここは宇宙だ。慣性の法則で一度動き出せば、そう簡単には止まらん」

 

「……宇宙戦艦にぶつければ、それが摩擦となって徐々に運動エネルギーは失われますが」

 

 

「ガイエスハーケンがオーディンを射程にとらえるまでで良い」

 

 

「ッ……!?」

 

 

 ブラウンシュヴァイク公が言わんとしていることを悟り、流石のクレニック大将も唖然とした。見れば、居並ぶ諸将も絶句している。

 

 これまでブラウンシュヴァイク公は軍功とは無縁だと思われており、彼を単なる「専門家の足を引っ張る金持ち素人」としか見ていなかったメルカッツら正規軍将兵たちは、身を疑う思いでこの発言を聞いていた。

 

 

「い、今なんと?」

 

「まだ分からぬのか? オーディンにガイエスハーケンを直接叩きこんでやれと言っておるのだ」

 

 

 繰り返し反論されたブラウンシュヴァイク公の顔が、徐々に内に赤黒く染まっていく。怒鳴ることはなかったが、雷の響きにも似た重く低い声がかえってオペレーターたちを戦慄させた。

 

 

「そもそも我らの目的は、金髪の孺子を倒す事では無い。この内戦に終止符を打ち、帝室の藩屏たる我ら貴族が正当な地位を取り戻すことにある。金髪の孺子とは厄介だが、たかだか宇宙艦隊司令長官ではないか」

 

 

 その「たかだが宇宙艦隊司令長官」にここまで苦戦しているのだが、というツッコミはさておき、同時にその発言がブラウンシュヴァイク公が自らの地位の高さのみを誇っているものではない、という事もクレニックはたちどころに理解した。

 

 

「つまり公は、帝国宰相リヒテンラーデ公……いえ、侯さえ降伏させれば、帝国軍は降伏すると?」

 

 

 わざわざリヒテンラーデの爵位を戦役前のそれに修正し、ブラウンシュヴァイク公の機嫌を伺いつつ確認をとるクレニック。彼の雇い主は鷹揚に頷き、その推測を肯定した。

 

 

(なるほど……戦術で失敗しようとも、戦略で失敗していなければいくらでも挽回の余地はあるという訳か)

 

 

 さすがは銀河帝国の頂点に立つだけの事はある。少なくとも戦術という次元を超えた、戦略という次元においてブラウンシュヴァイク公は非凡であることを、クレニックは認めざるを得なかった。

 

 

 理屈から言えばブラウンシュヴァイク公の言っていることは正しい。軍というのはあくまで政府の暴力装置の一つに過ぎず、その頂点には皇帝ただ一人が立ち、その皇帝が幼かったりする場合には帝国宰相がその政務を代行する。

 

 であれなら、帝国宰相が停戦命令さえ出せば軍は従わざるを得ないはずだった。

 

 

 ――通常であれば。

 

 

 だが、ラインハルトという稀代の傑物に対して、果たしてそのような常識がが通用するだろうか?

 




 オーディン人質大作戦、元ネタは皆さまご存じのバーミリオン会戦におけるハイネセン侵攻です。

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