銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~ 作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部
歴史上、王や貴族といった支配者は政治家であると同時に軍人でもある。そもそも国家の成り立ちが基本的には武装集団を起源としている。ハイネセン記念大学の社会組織論の講義などでは「国家とは公認のヤクザであり、ヤクザとは非公認の国家である」と教えられているほどだ。
その意味において、ゴールデンバウム朝銀河帝国における文民統制は、自由惑星同盟のそれとは趣を異にする。
後者が一般的に「文民統制」のイメージ、すなわち軍人の文民に対する影響力を最小化することで軍人が政治に口出しすることを防ぐものであるのに対して、帝国のそれは逆に文民の軍人に対する影響力を最大化することで政治が軍事を完全に統制する事を目指したものである。
別の視点から見れば同盟のそれは徹底した専門化と分離によって政治と軍事それぞれのスペシャリストが水平分業した関係を構築するのに対して、帝国は両者を融合することで政治と軍事の両方に精通したジェネラリストが垂直統合した関係を構築する。
であれば必然的に帝国の高級軍人は軍人であると同時に高級官吏でもあり、その区分はあくまでどちらに比重を置くか程度の違いでしかなく、その意味でラインハルト元帥府とは軍事専門家の集団というより、高度な軍事知識を有する政治集団であった。
ゆえに、もし自由惑星同盟と民主主義を愛するヤン・ウェンリーなどに対してであれば、ハイネセンの同盟政府からの停戦命令は確かに有効であろう。停戦、という文民の決断に対して軍人でしかないヤンは異論を挟む余地が無いからだ。
しかしラインハルトであれば話は別である。帝国軍人は官僚でもあり、政治家でもある。ラインハルトは停戦命令そのものを政治問題として、異議を唱えることが理論的には可能であるのだ。
ゆえに、繰り返しの問いで雇い主の機嫌をさらに悪化させるリスクをとりつつも、クレニックは再度の質問を試みる。
「ローエングラム侯がそうやすやすと停戦命令に従うでしょうか? 彼にしてみれば、無視した方が得るものははるかに大きいのではありませんか?」
加えて、ローエングラム侯がゴールデンバウム王朝を憎んでいるというのは、いわば公然の秘密だ。
ラインハルトにしてみれば新無憂宮殿(ノイエ・サンスーシ)がどうなろうが内心では知った事ではないだろうし、いっそリヒテンラーデもろとも吹き飛んでしまった方が、将来の強力なライバルが一人減って好都合なのではないか。
しかしそのような慎重論を、ブラウンシュヴァイク公は事もなげに一蹴する。
「ふん、その程度は儂も考えておる。安心せよ、リヒテンラーデは臆病だが馬鹿ではない。奴の下には“人質”がいる」
「……グリューネワルト伯爵夫人ですか」
ラインハルトのアンネローゼに対する執着は有名だ。そして彼のみならず、その一番の親友にして右腕とされるキルヒアイスが彼女に抱く想いもまた、貴族の社交界では広く知られた噂である。
「戦いで勝つばかりが戦争ではないぞ。儂は今まで多くの人間を見てきた。そして気付いたことがある――――存外、有能な人間は世にありふれているが、己の大事なものを躊躇なく自ら生贄として差し出せる人間はそう多くない」
いかに常勝の英雄ラインハルトとはいえ、キルヒアイスとアンネローゼに関しては「例外」尽くしなのだ。それを利用しない手は無い。
「今となっては隠す必要もないが……先帝が亡くなった時はグリューネワルト伯爵夫人を儂とリッテンハイムとリヒテンラーデ、そして金髪の孺子で奪い合ったものよ。結局、リヒテンラーデの老いぼれが我らに先んじて身柄を抑えたのだがな」
先帝が崩御した時、もっとも宮廷に通じたリヒテンラーデがいち早くその知らせを受け取り、真っ先にエルウィン・ヨーゼフ帝の擁立に動いたことはよく知られているが、同時に「先帝の寵姫を保護する」という名目でアンネローゼを実質的な人質として捕えている。
だからこそ、血気盛んなラインハルトを今まで抑え込んでいられたのだ、というのがブラウンシュヴァイク公の推測であった。
であれば、この際である。いっそのことオーディンごとアンネローゼまでこちらが人質にとってしまえばいいのではないか。
「異論は無いようだな」
ぐるっと全員を見回し、ブラウンシュヴァイク公はそう結論づけた。
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「さて、となれば後はいかにオーディンを人質に取るかだが、やはりリスクを冒してでもエンジンを再点火し、オーディンをガイエスハーケンの射程内におさめるしかあるまい」
再びブラウンシュヴァイク公が口を開いた。それに対して答える者は無く、一同の視線は自然とガイエスブルク要塞の責任者たるクレニック大将に注がれる。
「………」
クレニックは即答しなかった。彼にとって重要なのは、銀河の行く末ではない。どちらの陣営が勝とうが、彼の目指す最強兵器「デス・スター」を完成させられる環境を整える事である。
その為には、宇宙要塞の価値をいかなる形であれ、周囲に示す形で戦争を終わらせる必要があった。
ややあってクレニックは小さくため息を吐き、口を開いた。
「……残念ですが、オーディンに接近するのはやはり難しいと言わざるをえません。いかにメルカッツ大将が全力で防御しようと、宇宙で慣性の法則が働こうと、ガイエスハーケンがオーディンを射程に捉えるまでにはエンジンの再点火と進路の微調整が必要になります」
ラインハルトがまだ奥の手を隠しているかもしれないし、一瞬だけエンジンを点火して一瞬のうちに進行方向を微調整するというような寸分のミスも許されないような職人技的な作戦は、あまりにリスクが大きかった。
ですが、と前置きした上でクレニックはニヤリと笑って告げる。
「オーディンに私の要塞を当てることそれ自体は難しくありません」
「どういう意味だ? クレニック大将」
「簡単ですよ。この宇宙要塞のリアクターを暴走させて、要塞そのものを爆破してしまえばいい」
その言葉を聞いた時、誰もが聞き間違いではないかと耳を疑った。
――要塞を自爆させる? それはもはや、作戦ですら無いではないか。
だが、クレニックは涼しい顔で告げる。
「もちろんこの要塞を丸ごとオーディンにぶつけてしまえば、それこそオーディンは惑星ごと崩壊します。ですが、ガイエスハーケンほどの威力で良いのなら破片の一部でも十分過ぎるほどです」
一説によれば、地球に直径10kmほどの隕石が衝突した時、その威力は核ミサイル1万発分に相当したという。1兆トンにものぼる土と岩が大気中に撒き散らされ、その粉塵が地球をすっぽり覆うことで1000年もの間日差しが遮られた。当時の生態系の頂点に君臨していた恐竜を含む、地球上の75%の種と個体数では99%が死滅したという説もある。
ちなみにガイエスブルク要塞の直径は45kmもある。体積にすれば90倍以上だ。
「イゼルローンの陥落を受け、万が一の場合に要塞を無力化する作戦計画『ティアマト・プラン』を用意しておいたのですが、まさかこんなに早く役に立つ時が来るとは」
なんとも傍迷惑なバックアップ・プランであるが、きちんと計画として策定されているだけあり、クレニックの自爆作戦の説明は現実味を帯びたものであった。
――自爆とはいえあまり木端微塵に吹き飛ばしてしまっては、此処の破片も小さくなるし、何より脱出する自分たちの身も危ない。
クレニックのいう「自爆」とはあくまで小惑星が徐々に崩壊して隕石片を撒き散らしていくように、ブロックごとに小規模リアクターを時間差で爆発させ、崩壊した破片が確率論的にオーディンへの衝突コースを辿るように仕向ける、といった類のものであった。
「いわば散弾銃の要領です。エンジンを再点火してガイエスハーケンの射程圏内まで移動し、要塞砲を確実に撃ちこむことは難しいですが、この場で要塞を自爆させて確率論的に破片を当てる程度であれば、そう困難な作業ではないでしょう」
「クレニック大将!」
思わずメルカッツが声を荒げた。
下手をすれば惑星ひとつが丸ごと死滅するというのに、何故こうも平然とできるのか。既にクレニックが前世で惑星ジェダの聖都を吹き飛ばし、その後にグランドモフ・ターキンによって惑星スカリフごと吹き飛ばされたことを知らないのだから、メルカッツの憤りはごく常識的な反応といえた。
しかしクレニックは心外だ、と言わんばかりの表情でメルカッツに向き直る。
「これは失敬。ですが、脅迫において重要なのは実際にやるかどうかではなくそれが可能かどうか、では?」
人質に銃を突きつけるのは、殺すのではない。人を殺すことが可能な武器を突き付ける事で「最悪、人質が殺されるかもしれない」と相手に思わせる為である。
であれば、何も必ずしも要塞を爆破する必要はない。爆発したらオーディンは終わりだ、とラインハルトやリヒテンラーデに思わせればそれで十分なのだ。
自分の身が危ないリヒテンラーデは勿論の事、アンネローゼの命がかかっているとなればラインハルトやキルヒアイスも交渉のテーブルに着く可能性は充分にある。
それから、とクレニックが思い出したように付け加えた。
「当然といえば当然ですが、皆様の安全はこの私オーソン・クレニックが保証いたしましょう。もちろん各自の旗艦で脱出していただいても結構ですが、この私の旗艦『スター・デストロイヤー』には最高峰クラスの装甲が採用されております」
どうぞ最高の観客席で銀河の頂点を決める戦いをご鑑賞下さい、そう言ってクレニックはおどけるように一礼する。この時点で、既に結論は出たも同然であった。
今後についてですが、別にヒルダとラインハルトが入れ替わったりもしないし、石油堀りがスペースシャトル乗ってガイエスブルクを爆破しに向かったりもしません。