銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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12.オーディンに告ぐ

「オーディンに告ぐ!!!」

 

 

 両軍の通信網に割れんばかりの大声が響き渡った。

 

 

「儂はオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵である! 二時間以内に降伏し、直ちに武装を解除せよ!」

 

 

 雷鳴のごとき轟きを伴って放たれるブラウンシュヴァイク公の低い声に、ラインハルトは弾かれるようにして顔を上げた。次いで、やや混乱気味にスクリーンに視線を転じ、キルヒアイスと視線を交わし合う。両名の顔に浮かんでいるのは「困惑」の二文字であった。

 

 いきなり何を言い出すのかと思えば、唐突に降伏勧告と高圧的な停戦命令である。その程度で怯むようなラインハルトであれば、リップシュタット戦役はとっくに終わっていただろう。

 

 

 

 だが、続いてブラウンシュヴァイク公の口から飛び出した言葉は、常勝の英雄をしてその心胆を寒からしめるに十分な内容であった。

 

 

「繰り返す、二時間以内に降伏せよ。さもなくばガイエスブルク要塞をオーディンに落下させる。言っておくが、妨害しようとしても無駄だ。必要とあらば要塞のリアクターを暴走させて、破片だけでもオーディンに落としてやる。わかったか!?」

 

 

 まさにゴールデンバウム朝銀河帝国に対する明確な反逆であった。ブラウンシュヴァイク公はオーディンを人質にとり、下剋上を果たさんとしていた。

 

 

「やってくれたなブラウンシュヴァイク公!」

 

 

 ブリュンヒルトの艦橋では、ラインハルトが興奮のあまり椅子から身を乗り出していた。地面には部下が気を利かせて持ってきたワインが血のように広がり、グラスは砕け散っている。

 

 

「まさかオーディンごと人質にとるとは! なんという無茶苦茶な男だ!」

 

 

 自分でも褒めているのか激昂しているのか分からない。門閥貴族特有の傲慢さと横暴さも、ここまで極まると乱世の梟雄とでも呼ぶ方がふさわしかろう。

 

 

「なんたるザマだ! あろうことか、門閥貴族ごときに軍事で翻弄されるなど!」

 

 苛立たしげに髪をかきむしる。

 

 何より腹が立つのは、自分自身の甘さと不甲斐無さに対してだ。ゴールデンバウム朝を滅ぼすなどと息巻いておきながら、結局のところ既存の歴史や伝統といった常識にとらわれていた。

 

 

 だが、ブラウンシュヴァイク公はこともあろうにゴールデンバウム王朝でリヒテンラーデに次ぐ実力者でありながら、公然と反乱軍を組織して内戦を初め、今や帝都オーディンを文字通り物理的に破壊しようとしているのだ。

 

 

 対して、ラインハルトは望むと望まざるに関わらず、結果的にオーディンとゴールデンバウム王朝を守らねばならぬ立場にいた。これこそ運命の皮肉としか言えないだろう。

 

 

 

「ガイエスブルク要塞、再度エンジン起動しています! オーディンに向けて進むつもりと思われます!」

 

 しかしラインハルトに対策を練る時間は与えられなかった。クレニックら門閥貴族軍は動揺が収まる前にすぐさま次の一手を打つ。今度は誰にも止める事は出来なかった。

 

 

 ラインハルト以外の将官も、今回ばかりは臨機応変に対応するなどという行為は許されない。さすがに帝都とそこに住む全ての民衆の命がかかっているともなれば、下手な動きは勇気の表れと言うより蛮勇でしかないからだ。

 

「よ、よいのですか……?」

 

「よいわけがあるか!」

 

 副参謀長のオイゲン大佐に問われ、思わず大声で吠えるビッテンフェルト。ぶるぶると腕を振るわせ、今にも突撃せんばかりの形相であったが、ラインハルト陣営随一の猛将いえどもオーディンごと人質にとられたとあっては手も足も出ない。

 

「ローエングラム侯はどうするつもりなのだ! このままでは銀河史上、類を見ない大虐殺が始まってしまうぞ!」

 

 

 今のところラインハルトからは総攻撃の命令は出ていない。否、したくても出来ないのだろう。そうした葛藤を尻目に、宇宙要塞は悠々とオーディンに向けて進んでゆく。

 

 

 **

 

 

「1時間経ったな」

 

 

 不気味なほどに静まり返ったガイエスブルク要塞の司令室で、ブラウンシュヴァイク公の呟きが反響した。

 

「金髪の孺子からの連絡は? リヒテンラーデでも構わんが」

 

「いえ、どちらからもありません」

 

「ふん」

 

 ブラウンシュヴァイク公は鼻先で笑い、当然のように命令する。

 

 

「まあいい、まだ1時間ほど猶予はあるが、この辺でリヒテンラーデと金髪の孺子の尻を叩いてやるのも一興というものよ。とりあえず、オーディンの適当な場所にガイエスハーケンを発射せよ」

 

 あまりにも自然な流れで発された言葉に、思わずアンスバッハは頷きかけ、ギリギリのところで思いとどまる。

 

「い、今なんと?」

 

「聞こえなかったのか? ガイエスハーケンを撃てと言ったのだ」

 

 反論されたブラウンシュヴァイク公の顔が、みるみる内に赤黒く染まっていく。怒鳴ることはなかったが、雷の響きにも似た重く低い声がかえって周囲の部下たちを戦慄させた。

 

「しかし、帝都には一般市民も……」

 

 アンスバッハは最後まで言い終える事が出来なかった。銃声が轟き、仕立ての良い士官帽に風穴が空く。真っ青になった臣下を睨みつけ、ブラウンシュヴァイク公は狂気を帯びた声で吐き捨てる。

 

 

「それがどうした。これは戦争なのだぞ。人が死ぬのは当然ではないか」

 

 

 憤怒の表情を見せたブラウンシュヴァイク公に、戦慄する士官たち。メルカッツやリッテンハイム侯も流石に唖然としている。

 

 見かねたアンスバッハが主君を諌めるべく、再び勇気を振り絞った。

 

「窮鼠猫を噛むとも言います。あまり追いつめ過ぎれば却ってローエングラム侯とリヒテンラーデ公の団結を強める恐れが……」

 

「その時は敵艦隊に向けてガイエスハーケンだ。見ろ、敵はオーディンの被害を恐れて及び腰になっているではないか」

 

「しかし閣下、この距離では多くの味方が巻き添えになります」

 

「またそれか。ああ言えばこう言う。よく舌が回るものだ」

 

 老いた名門貴族は音高く舌打ちした。

 

「よいか、儂とて好きでこうしている訳ではない。貴様らが不甲斐無いからだ。敵の1.5倍もの兵力とガイエスブルク要塞をもってしても、金髪の孺子にいいように翻弄されるとは」

 

「それは……」

 

「貴様ら“軍事の専門家”とやらは結局、目先の損失を恐れてみすみす勝機を失った。戦いには非情さも必要だ。味方の損害を恐れて及び腰になれば、結局は勝機を逃して更に多くの損害を被ることになる」

 

 

 痛い点を突く言葉だった。もちろん弁解の余地や公爵の勘違いを幾らでも指摘する事は出来ようが、彼らには公爵を納得させられるだけの実績を持ち合わせていなかった。敵を上回る兵力を持ちながら、ローエングラム公の巧みな用兵に翻弄されていたのは事実なのだから。

 

 

 異議を唱えづらい空気の中、勇気を振り絞ったのかあるいは傲慢さなのかは不明だが、敢えて異論を挟んだのはまたもやリッテンハイム侯であった。

 

 

「帝都にいるのは平民ばかりではない。中立派の貴族や、リヒテンラーデに捕らえられた一族の者も多くいる。彼らを巻き込んでしまったらどうするのだ?」

 

 

 貴族内のマウンティング合戦の色が見え隠れしているとはいえ、唯一ブラウンシュヴァイク公と対等に渡り合えるリッテンハイム侯の口から、比較的まともな反論が出たことにメルカッツら正規軍将兵は安堵する。

 

 だが、すぐにその淡い安心感は打ち砕かれる事になった。

 

 

「貴様はクライスト大将から何も学ばなかったのか? 戦に犠牲はつきものだ。大の為に小を殺すことは止むをえまい」

 

「血迷ったか、ブラウンシュヴァイク!? 味方殺しなどしてみろ、栄光ある我ら帝国貴族の顔に泥を塗ることになるぞ!」

 

 

 特権意識の塊のようなリッテンハイム侯が言っても今更な気もするが、その薄っぺらい建前論ですらマトモに聞こえるほど、ブラウンシュヴァイク公の発言は常軌を逸していた。

 

 元々が生まれついての特権階級なのだ。平民出身の兵士はおろか貴族の命ですら、もはや歯牙にもかけていないのだろう。それがオーディンを前にしたことで建前という仮面が弾け飛び、「あと少しで自分の娘を皇帝位に就けることが出来る」という剥きだしの本音が鎌首をもたげたのだ。

 

 

 ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の議論はヒートアップしていき、ついには罵倒合戦を繰り広げるまでになっていた。

 

「この臆病者め! あの金髪の孺子さえ吹き飛ばせば我が軍の勝利だ。その程度のことが何故わからんのだ!」

 

「貴様ひとりだけ抜け駆けしようとしたってそうはいかんぞ! この野蛮人!」

 

「人の足を引っ張るだけが能のない意気地なしがよう吠えるわ。戦は機を見るに敏と言う。今こそが金髪の孺子を仕留める、千載一遇の機会であることが分からんのか!」

 

 

「馬鹿馬鹿しい。付き合ってられん! 儂は関わらんぞ! やるなら貴様が一人でやれ!! もう我慢の限界だ! ここを出るぞ、サビーネ」

 

「はい! 父上!」

 

 

 ついにリッテンハイム侯が匙を投げた。メルカッツらが止める間もなく、さっさと娘のサビーネほか取り巻きの貴族たちと一緒に司令室を退出してしまう。

 

 

「あんな腰抜けなど放っておけ! 儂がオーディンを占領したら、敵前逃亡の罪で縛り首にしてやる! リッテンハイムと一緒に心中したい奴はまだいるか!?」

 

 

 ブラウンシュヴァイク公がじろり、と司令室を見渡す。

 

 

「帝国に反旗を翻した以上、儂らに残された道は2つだけだ! 儂が銀河帝国の新たな主となってその下で勝者となるか、敗北して金髪の孺子に逆賊として殺されるか、ふたつにひとつだ! よいか皆の者、覚悟を決めよ!」

 

 

 非常識と誇大妄想も徹底的に突き詰めていけば、立派な乱世の梟雄と化すのかもしれない。その意味ではブラウンシュヴァイク公もまた悪い意味での英雄としての素養を持っていた。

 

 賽は投げられた。こうなってしまえば、もはや宮廷貴族と門閥貴族の権力闘争では済まされない。生きるか死ぬかの究極の選択を突きつけられた幕僚たちは、絶望と恐怖の中に立ち尽くすしかない。

 

 

 もはや逆らう者はいなかった。オペレーターたちはそれそれのコンソールにしがみ付き、機械的に指を動かした。砲術長がひび割れた声で報告する。

 

 

「しゃ、射撃準備を完了いたしました」

 

「よし、ならばすぐに撃つがよい」

 

 

 それから数秒と経たない内に、ガイエスブルク要塞がオーディンの平民居住区に照準を合わせ、眩い光が放たれた―――。

       




ブラウンシュヴァイク公 怒りのガイエスブルク

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