銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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15.大妥協

  

 

「よく聞け、儂はリヒテンラーデに下る」

 

  

 リッテンハイム侯の言葉は、先ほどの「恩赦を出す」というリヒテンラーデの声明を受けての決断なのだろう。

 

「もちろん単に言葉を信じた訳ではない。あの老人には儂が必要だ。金髪の孺子に対する牽制も兼ねてな」

 

 天下三分の計、とでも言うべきか。中央の政治はリヒテンラーデが、そして中央の軍事はラインハルト、最後に地方行政をリッテンハイム侯という形で勢力均衡を維持する。

 誰かが大きく一人勝ちすることはないが、大きく負ける事も無い。リターンの最大化よりリスクの最小化に力点を置いた、現実的な青写真ではあった。

 

 

「ご息女を帝位に就ける、という野望は諦めたので?」

 

「サビーネを皇帝にするのは儂の悲願だ。だが、儂の個人的な望みのためにリッテンハイムの血を絶やすわけにはいかぬ。リッテンハイム家は何世紀も前から待っていたのだから、儂の代もまた待ち続けるぐらい訳ないことだ」

 

 

 門閥貴族は古い。彼らには先祖代々受け継いできた伝統と因習があり、時代錯誤と呼ばれようとそれを誇りに思っている。

 それゆえ個人の価値や価値観よりも、先代から受け継いだ価値観を重視し、同じく先祖より受け継いだ財産である特権・領地・地位を守り抜こうとする。その執念こそが、門閥貴族の強さの源なのだ。

 

 

 しばらくの間、沈黙があった。

 

 リッテンハイム侯は一歩も引く気配が無い。もしクレニックがブラウンシュヴァイク公から受けた命令を忠実に実行しようとすれば、銃撃戦は避けられないだろう。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 クレニックは思案を巡らす。彼自身、どこかこうなる事を期待していたのかもしれない。だからこそブラウンシュヴァイク公がリッテンハイム侯の排除を決めた時、真っ先に名乗りを上げたのだ。

 

 加えてクレニックはまだリッテンハイム侯が“奥の手”を隠している事にも気づいていた。リッテンハイム侯とて、何の勝算も無いままヤケクソでブラウンシュヴァイク公に反旗を翻すはずがない。実際のところ“それ”が放たれれば、自分とデス・トルーパー隊だけでは荷が重いというのが本音であった。

 

 

「では閣下、このような形では如何でしょうか――」

 

 思ったよりリッテンハイム侯は使えそうだ……そう判断したクレニックが次の一手を打つのにそう長い時間はかからなかった。

 

  

 

 ***

 

 

 

「ふん、このような形で相まみえるとはな」

 

 

 

 失望したようなブラウンシュヴァイク公の声が、ガイエスブルク要塞の指揮管制室に響く。

 その中では数十名の兵士が銃を突きつけあい、今にも引き金に指をかけんと一触即発の状況であった。

 

 

「クレニック大将、よもや自分が状況をコントロールしているとは思っておるまいな」

 

「まさか」

 

 

 クレニックは油断なく銃を突きつけながら言い放つ。

 

 30分前、リッテンハイム侯を拘束したクレニックが指揮管制室に入ってきた。もちろん実際に逮捕したわけではなく、あくまでセキュリティを突破するための偽装だ。

 

 自己保身という点で利害の一致したクレニックとリッテンハイム侯は、共同戦線を張る一方、お互い裏切らないよう保険をかけた。

 

 実はクレニックの周囲にいるデス・トルーパーの中身はすべてリッテンハイム侯の部下に入れ替えられており、本物のデス・トルーパー隊員はザビーネと共に元の部屋に残したままだ。

 偽デス・トルーパーは常に油断なくクレニックを監視し、本物のデス・トルーパーは今もザビーネに銃を突き付けている。

 

 

 そうしてあっさりと疑われる事なくブラウンシュヴァイク公のいる部屋までやってきたクレニックとリッテンハイム侯は、部屋に入ってドアが閉まるやいなや銃をブラウンシュヴァイク公に突き付けた。

 

 

 

 だが、ブラウンシュヴァイク公に驚いた素振りはなかった。主君を庇うようにアンスバッハが前に出て、クレニックたちと向き合う。

 

「ついに本性を現したか。この裏切り者め」

 

 最初から貴様は胡散臭かった、とアンスバッハが告げる。

 

「主君が道を誤った場合、それを正すのも部下の役目では?」

 

 クレニックに皮肉っぽく返されるも、アンスバッハはそれに煽られるような事は無かった。あくまで主君を守るべく、油断なく周囲に目を配る。

 

 ブラウンシュヴァイク公が口を開いた。

 

 

「やはり最後に頼りになるは、昔からの忠臣だな。運気が昇っているときほど気を引き締めよ、というそなたの言葉を信じて正解だった」

 

 

 それが合図だった。ブラウンシュヴァイク公の背後にあった扉が勢いよく開くと、武装した人影が躍り込んでくる。数は16対30で、ブラウンシュヴァイク公の方が圧倒的に有利だ。

 

 

「クレニック長官、貴様にはまだ利用価値がある。悪いことは言わぬ、今からでもリッテンハイムを裏切って儂の側につけ」

 

「それは実に魅力的なお言葉ですが……あいにく私はまだ死にたくない」

 

 

 クレニックが陰気に笑い、ブラウンシュヴァイク公を取り巻く兵士たちを見渡した。

 

 

「勇敢なる兵士諸君、そちらこそ誰に付くか考えた方がいいぞ。家族や恋人がいるだろう。命を無駄に落とす事もあるまい」

 

 

 兵士たちの間に、動揺のさざなみが揺れた。クレニックはそれを見逃さず、迷っている兵士たちにトドメとなるべき言葉を告げた。

 

 

 

「君たちだって“ミンチ”にされたくは無かろう?」

 

 

 

 クレニックがそう告げると、壁が大きく揺れた。砲撃でどこかの区画が崩壊したのではない。物理的な別の力で、壁が力づくで破壊されてるのだ。

 

 

「まさか……」

 

 

 ブラウンシュヴァイク公を守るように油断なく武器を構えたアンスバッハ准将の脳裏に、最悪の予想がよぎった。その可能性を考えるだけで、全身にゾッとした感覚が襲い掛かってくる。

 

 

 次の瞬間、管制室の壁が吹き飛び、煙の向こうかに巨大な黒い影がちらついた。その影がゆっくりと近づいてくる。

 

 もちろん味方の援軍などではない。ドスン、ドスンと重量感のある地響きを鳴らしながら、影はその存在を強調するかのように影が近づいてきた。

 

 その足元には、自ら引き千切って殺害した死者の鮮血と内臓が散らばっていた。それを容赦なく踏み潰しながら、絶望が一直線に近づいてくる。

 

 

 

 それは―――。

 

 

「オフレッサー……上級大将…………ッ!?」

 

 

 アンスバッハの口から、掠れた声が漏れた。

 

 

 それは良く知った男だった。

 

 2メートル以上の巨躯を誇り、類稀なる白兵戦能力を誇る殺戮者。

 

 

「それで? 最初のフリカッセはどいつだ?」

 

 

 煙の中から悠然と現れたのは、装甲擲弾兵総監にして帝国軍上級大将「石器時代の勇者」ことオフレッサーであった。今度こそ本当に絶望がブラウンシュヴァイク公に襲い掛かる―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから1時間後、オーディンの上空で殺し合う両軍の通信網にリヒテンラーデの簡潔な命令が走った。

 

 

 

「直ちに停戦せよ! 皇帝陛下の御意である!」

 

 

 

 両軍はやや混乱しつつも、互いに距離を取りながら砲火を鎮めていく。

 

 

「双方の軍は共に戦闘隊形を解除し、主砲を凍結してそのまま動く事なかれ。これは陛下のお言葉である!」

 

 

 ついに終わった。誰が言うでもなく、ほっと安堵したような空気が戦場に満ちた。

 

 やっと終わるのだ。数万の犠牲を出した無意味な殺戮戦が、停戦という形で終わろうとしている。

 

 

「本日、リッテンハイム侯およびその配下の将兵は逆賊オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公を討ち取った功により、課せられていた罪状はこれを全て無効とする。リッテンハイム侯はその功績により公爵へ昇進、加えてオフレッサー上級大将もまた同功績により伯爵の階級と領地を与える。なお軍に属する将兵についてもその罪を免じるものである。全員、速やかに原隊へ復帰せよ」

 

 

 すなわち、「条件付き降伏」という妥協の産物であった。

 

 

 こうして最悪の事態――オーディンでの大量殺戮戦――が回避されたことでリヒテンラーデは一躍、時の人となった。老宰相は「虐殺は回避された!」と盛んに喧伝し、多くのオーディン市民の賞賛を浴びる。

 

 一方でラインハルトやオフレッサーといったタカ派軍人の間には不満が燻り、特にオフレッサーは和平の立役者でありながら「リッテンハイムに騙された。奴は“一緒にクーデターを起こさないか”としか言わなかった」と事あるごとに不満を周囲に漏らしていたという。結局、クーデターは達成されたのだが、その後の展開はオフレッサーが望むものではなかった。

 

 また、リッテンハイム侯は公爵の地位に格上げされると共に所領も増加し、銀河帝国の貴族議会たる元老院の議長に就任した。一方でエルウィン・ヨーゼフ帝の即位については元老院の同意の下、これを承認して後日、ゴールデンバウム朝・第37代皇帝エルウィン・ヨーゼフ2世として戴冠式が行われた。

 

 

 かくしてリップシュタット戦役は終結し、さしたる混乱もないままスムーズに戦後処理が行われ、この事件を「グロース・アウスグライヒ(大妥協)」と呼ぶのが後のメディアでは一般化するようになる。

 

 以降、ゴールデンバウム朝銀河帝国は宰相リヒテンラーデ、宇宙軍最高司令官ラインハルト、元老院長リッテンハイムの3名による「三頭政治」へと移行したのであった。

  




 オフレッサーのBGMはインペリアル・マーチでお願いします。


 なんだがモヤモヤの残る終わり方かもしれませんが、リップシュタット戦役を「平民派vs門閥貴族派」の争いだと考えるとどちらかが滅ぶまで殺し合うしかなくなる一方、
リヒテンラーデ(宮廷貴族派)&ラインハルト(軍閥・平民派)の連合vsブラウンシュヴァイク(門閥貴族強硬派)&リッテンハイム(門閥貴族穏健派)の連合という4派閥の争いという風にとらえると、一番やべー奴を排除するために妥協、という線も無くはないかなと。

 個人的に原作のリヒテンラーデがラインハルト野放しにしてたのがちょっと引っかかってたので、「リヒテンラーデがラインハルトを潜在的な敵としてもっと意識してれば門閥貴族と妥協したのでは?」という思考実験からこのような結果になりました。

 あと単純に銀英伝の世界で「三頭政治」がやってみたかった(本音)

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