銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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02.ラインハルトとキルヒアイス

    

 

「ミッタ―マイヤー艦隊が半壊した……?」

 

 

 その報告を受けた時、ラインハルト・フォン・ローエングラムは滅多に見せない驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 彼だけではない。ラインハルト陣営の多くも同様あるいはそれ以上に衝撃を受け、ロイエンタールに至っては前線に二度も確認したほどだ。

 

 

 超光速通信の向こうにいるキルヒアイスもまた、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「いったい何があったのですか? ミッタ―マイヤー大将ともあろう者が、門閥貴族たちに後れを取るとは思えませんが……」

 

「追撃戦の最中にレンテンベルクからイゼルローンのトゥール・ハンマーに相当する威力の砲撃が放たれたらしい……軍務省や統帥本部に問い合わせても、記録には無い装備だと」

 

 

「なっ……!」

 

 そんな戦略級の超兵器を隠し持っていたとは。

 

 キルヒアイスも決して敵を見下していたつもりはないが、それでもやはり心のどこかで「所詮は烏合の衆」という侮りがあったのだあろう。想像していたより、敵は周到に準備を重ねているらしい。

 

 

「門閥貴族共め……正面決戦は苦手でも小細工は得意と見える」

 

 苦々しげなラインハルトの呟きに、キルヒアイスの眉が僅かにうごめいた。

 

 ミッタ―マイヤーはまだ若いが、才気も勇気も備えた名将である。ラインハルトの幕僚としてもいくつかの戦場を潜り抜け、いずれも非凡な実績を残してきた。

 

 そのミッタ―マイヤーが負けたのである。しかも艦隊の半数を失うという、大敗北であった。

 

 

「ですが、我々はその小細工にしてやられたのです。あのミッタ―マイヤー大将が指揮を執っていたにもかかわらず、です」

 

 

 主君の過小評価を戒めるキルヒアイス。続けてパネルを操作し、画面に一人の男を映し出した。

 

 典型的なゲルマン風の容貌で、灰色の髪とブルーの瞳が特徴的だ。年齢はラインハルトやキルヒアイスより20~30歳ほど年上だろうか。帝国軍にしては珍しく白い軍服と、同じ色のケープを纏っている。

 歴戦の勇者というよりは、大学教授や大企業の重役を思わせる印象の男だった。

 

 

「オーソン・カラン・クレニックか……」

 

 

 画面に映し出された肖像を見て、ラインハルトが呟く。帝国軍においてはそれなりの知名度と実績を誇る男だ。

 

「アスターテで会った時は少将だったと記憶しているが、順当に出世したと見える」

 

 しかしながらラインハルトの評価にどこか皮肉げな響きがあるのは、この稀代の英雄もまた個人的に面識があるからなのであった。「戦争の天才」としての評価を確固たるものにした、かの有名なアスターテ会戦で両者は一度議論を戦わせている。

 

 

「倍の敵に包囲されつつあるこの状況で、200万以上の将兵が命を賭すほどの戦略的意義をこの戦いには感じませんな」

 

 

 撤退を進言したシュターデンの意見を「勝てる戦いだ」と一蹴したラインハルトに対して、間髪入れずに横槍を入れた時が両者にとって初めての会話であった。

 

 このときクレニックは暗に「なぜ戦略的な意義のないアスターテの戦いで、将に手柄を立てさせるために兵が命をかけて優勢な敵と戦わねばならんのだ?」と批判したのである。

 

 もちろん兵の命を本気で心配している訳ではあるまい。しかし諸将に向かって「作戦に忠実に従ってくれれば勝算はある」と言い切ったラインハルトへの、「忠実に従うべき理由がどこにあるのか?」という見事なカウンターであった。

 

 

 

「あれは厄介な男だったな。キルヒアイス」

 

「ええ。純粋な軍人としてはさほど脅威ではありませんが、軍官僚としては警戒すべき相手です」

 

 

 銀河帝国軍幼年学校にはオーソン・クレニックの名前が刻まれている。当時の彼は若くして天才と評価されており、建築学をもっとも得意としていた。

 

 後にクレニックは銀河帝国軍工兵隊の設計連隊に加わって着実に出世を遂げ、レンテンベルク要塞をはじめとする宇宙および地上での巨大建造物改修プロジェクトを取り仕切った他、自由惑星同盟の技術と科学力を利用するためにフェザーンを通じた裏取引にも携わっていたという。

 

 

 しかし彼のもう一つの能力は、他者の心を読んで操るカリスマ性や根回しといった政治家としての才能であった。

 

 前世における最大の功績であるデス・スター建設においても、スーパー・レーザー開発の肝となるカイバー・クリスタルを応用したエネルギー制御についての専門的な部分は主任研究員であるゲイレン・アーソに任せっきりであった。

 

 それでも彼が先進兵器研究部門のトップに君臨できたのは、素晴らしい技術や才能を持つ人物を見抜いて彼らを利用する術に長けていたからだ。

 天才ではあるが平和主義者でもあったゲイレン・アーソを言葉巧みに言いくるめ、その成果を大量殺戮兵器へと転用して自らの功績とする……クレニック本人に素晴らしい新技術を生み出す才能は無いが、一流の研究者の上に立つ研究所の所長として彼の右に出る者はいなかった。

 

 

 無論、そこまではラインハルトやキルヒアイスらの知るところではない。

 

 だが、単なる「戦いの専門家」に留まらない政治的な思考が出来る軍人であるクレニックが功績をあげたという事だ。そのような人物の発言力がリップシュタット連合軍で高まれば、戦況が彼らに有利な方向へ傾く可能性がある。

 

 野心家のクレニックは間違いなく、この戦いの勝利を敵味方に対して盛んに喧伝するだろう。その政治的な影響は彼の経歴に箔をつけるだけに留まらない。

 

 

「既に兵たちの間では動揺が走っています。早急に対策を取らないと、日和見をしている者や面従腹背でこちらに従っている者たちが離反しかねません」

 

 

 純粋に軍事的な観点から見れば、アルテナ星域会戦に戦略的意義はほとんど無い。

 

 アルテナ星域が戦略上の要衝というわけでもなく、シュターデン艦隊16000隻の半数を撃破した程度では総数15万隻とも号されるリップシュタット貴族連合軍全体に与えた損害はそこまで大きくない。

 

 もちろん逆にいえばクレニックの要塞砲がミッタ―マイヤー艦隊14500隻の半数を喪失させたというのも、戦術的な敗北に過ぎず戦略にはそれほど痛手ではなかった。むしろ早期に敵の手の内が分かった事で、今後の対策が取りやすくなった程だ。

 

 

 しかし軍事的には小さな勝利や敗北であっても、歴史は時としてそれを政治的に大きな勝利と変えてしまう。

 

 帝国を二分するこの大規模な内戦でリップシュタット貴族連合軍が“最初の戦闘に勝利した”という象徴的な実績は彼らの士気を大いに上げ、ラインハルト陣営の威信を傷つけた。どちらに付くか迷っている日和見主義者にとっては前者に与する理由がひとつ増えた事にもなる。

 

 

 だが、ラインハルトは自信たっぷりに、キルヒアイスの懸念を一蹴してみせた。

 

「心配性は相変わらずだな、キルヒアイス。確かにお前の言う通り、小さな誤算が歴史の歯車を大きく変えてしまうこともある。だが実際には予期せぬ奇跡など、大抵は有効に利用できず時代に埋もれさせてしまうものだ」

 

 もしリップシュタットにおいて密約を交わした貴族たちが用意周到に反乱を計画し、内乱で二分された銀河帝国を再統一するようなグランドデザインを描いており、その壮大な戦略の一部としてアルテナ会戦におけるクレニックの要塞砲が組み込まれているのだとすれば、キルヒアイスの危惧したような事態も起こり得よう。

 

「クレニックは厄介な男だが、それだけだ。あの男は門閥貴族共の指導者でもなければ、その器でも無い。当の本人にもその気はないだろうよ。あれはただ、巻き込まれただけだ」

 

 ラインハルトにあっさりと断言されて、キルヒアイスは言いよどむ。そんなに単純に割り切っていいのだろうかとも思うが、思い返してみればリップシュタット貴族連合軍は成立からずっと受け身で場当たり的に対処してきたに過ぎない。

 

 もともと反ラインハルトで集まっただけの貴族たちに、統一された将来像などあるはずがないのだ。

 レンテンベルク要塞の勝利もまた、戦略的な勝利につなげる作戦術に応用できなければ、単なる一過性の奇襲的勝利としてミッタ―マイヤーの経歴に小さな傷をつける程度の意味しか持たないだろう。

 

「アルテナ会戦はあくまでクレニック長官の勝利であってリップシュタット連合軍の勝利ではないと、そういう事ですか。ラインハルト様」

 

 薄い笑いがラインハルトの口元に浮かぶ。端正な唇からのぞく真っ白な歯がギラリと刃のように光り、キルヒアイスの背筋に戦慄を走らせた。

 

 このような笑みを浮かべる時、たいていラインハルトは上機嫌である事をキルヒアイスは知っている。しかし機嫌がいいことと、慈悲深さや寛大さは必ずしも連動するわけではない。それは例えるなら、獲物をしとめる直前の猟師が、期待に胸を膨らませているようなものであった。

                     




 クレニック長官、銀河共和国未来プログラムに選ばれるぐらいだから一般人からみれば充分に「天才」の部類には入ると思うんですよね。天才の中にも天才がいるってだけで

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