銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~ 作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部
あまり知られてはいないが、クレニックはオフレッサーらと同じ帝国軍では数少ない、ほぼ平民と同様の下級貴族出身の将官である。
しかし反ラインハルトの急先鋒として知られるオフレッサーと違って、クレニックの場合はどちらの陣営にもそれほど思い入れがあるわけではない。そんな彼がリップシュタット貴族連合軍に参加している理由はと言われれば、実に個人的で切実な理由の為であった。
――宇宙要塞の建設には金がかかる。
これが「巨大な宇宙戦艦」レベルであれば、まだ軍の研究所でも実現できただろう。だが「惑星1つを吹き飛ばせる威力の要塞砲の建設」ともなれば、常識的な思考の正規軍人が務める軍研究所では物笑いの種にされるのがオチだ。
その点、門閥貴族たちはケチな正規軍の財務官僚よりも気前が良かった。
世の中にいる金持ちの中には、そういった荒唐無稽とも思える壮大な計画にこそロマンを感じて巨額の資金援助を申し出る様な道楽者もいる。クレニックは彼らの虚栄心を満足させるような壮大な宇宙要塞を次々に作り上げ、今の立場を作り上げたのだった。
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大軍の指揮官に必要な素質は、いわゆる“戦上手”と呼ばれるような戦場で敵を華麗に打ち破る戦術家としての能力だけではない。
巨大な組織を管理し、関連部署を運営し、現場指揮官たちの要請に優先順位をつけ、限られた物資・人的資源を適材適所に配置し、多くの利害関係者の調整を行い、最小限の労力で効率よく統制する……それに必要なのはむしろ政治家や官僚の素質であり、そうした組織化力、調整力、裁定力および計画立案においてこそオーソン・クレニックの真価が発揮される。
工兵出身であるクレニックの得意分野は建築学であったが、彼の数学的才能はこうした緻密な計算を要求される組織のトップとして必要な兵站、管理そして政治分野で十分な実績をあげていた。
一方でクレニックは野心家でもあり、他人からの評判は必ずしも身の丈に揃える必要がなく、時として自らを大きく見せなければ己の能力を十全に発揮できない事もあると考えていた。
「さて、とりあえずデモンストレーションは大成功だが……問題はこれからだな。この成果をどうにかして次の支援に繋げなくては」
初戦で大勝利を飾ったのだから、レンテンベルク要塞はさぞ勝利の美酒に浮かれているだろうと部外者は思うかもしれない。
しかし要塞の実態は燦燦たるものであった。
「宇宙に浮かぶこけおどし」
開戦時、機動戦論者であるラインハルトはレンテンベルク要塞に立て籠もるクレニックをそう冷評したものだが、その意味でかの英雄はまさしく彗眼とでも呼ぶべきものを持っていたのであろう。
その「こけおどし」によってお気に入りの部下が指揮する一個艦隊を半壊したことで世間の評価は大きく変わったが、ラインハルトの皮肉がその実、よく的を射ているものであることは当のクレニックが最もよく理解していた。
「それで、被害状況は?」
アルテナ星域会戦に勝利したクレニックが手始めに行ったことは、ほとんど機能停止に陥ったレンテンベルク要塞の再稼働させることだった。
圧倒的な威力をもってミッタ―マイヤー艦隊を粉砕したクレニックの要塞砲であったが、それを発射するためにはレンテンベルク要塞のほぼ全機能を生贄として差し出さなければならなかったのだ。
クレニックと彼の研究チームが開発した新型の要塞砲は、レーザー・ビームの増幅率を最大限にまで高めるため、8本に分散した高出力エネルギーを巨大な増幅クリスタルの傍に設置された凹面レンズの中心にある増幅点に集約し、それを1本の大砲に集約された状態で発射されるというものだ。
しかしデス・スターでさえ、内部区画の大部分はスーパーレーザーの性能を支えるための施設に割り当てられていた。大型艦船を破壊する規模の砲撃は1分間隔で行うことができるが、惑星の破壊は1日に1回が限界である。それと同じものを数分の1サイズとはいえ再現するのであれば、相応の負担が求められる。
対して、当初クレニックに与えられた時間と予算、そして人員はあまりにも少なかった。
だが、無茶な要求を達成してこその一流である。クレニックの場合、その意味では二流であったが、自分を「一流だ」と思わせる程度の能力はあった。
早い話が、大掛かりなハッタリで敵味方を共に欺いたのである。
であれば、アルテナ星域会戦で大損害を被ったミッタ―マイヤーを完全な油断・慢心だと断じるのは酷であろう。というのもクレニックの要塞砲が発射された時、ミッタ―マイヤー艦隊は本来であれば安全なはずの宙域を航行していたはずだったのだから。
もちろん帝国軍情報部とて完全な無能ではない。一応、レンテンベルク要塞に要塞砲が設置されている可能性については報告をあげていた。
しかしレンテンベルク要塞のサイズから考えて、仮に要塞砲が設置されたからといっても出力はせいぜいトゥール・ハンマーの十数分の1に過ぎないと推測されていた。
だが、大威力の要塞砲をぶっ放すために宇宙要塞そのものを事実上の使い捨てるなどという、非常識な運用を一体だれが想像できたというのだろうか。ここまでくれば奇策というより奇術、あるいは呪術的な思考によって生み出された呪いの類であった。
「メイン・リアクターは全て取り替えですね。再稼働させるのは危険過ぎます」
技術主任からそう言われて、クレニックは重々しく頷いた。リアクター以外にも大規模な補修が必要で、恐らく要塞機能の1/5は丸ごと総入れ替えになるだろう。
金はかかるが、仕方がない。とにかく大事なのは資金繰りで、効率が良いとはいえないがスポンサーの機嫌に合わせて援助資金を絶やさないようにするしかない。
通常であれば、こうした要塞砲は何度も発射することを想定して、当然であるが最大出力は「安全に発射できる最大の出力」の範囲内に収めている。
だが、それではエネルギーが足りないと判断したクレニックは安全制御リミッターを外して、メルトダウンするギリギリまで出力を上げ、それこそ動力炉が融解しかねない最大出力を無理やり引き出した。
しかし、それでもエネルギーが足りない。
そこでクレニックは更に小型のリアクターを何個も外付けで増設し、とにかく数を揃えた。そしてレンテンベルク要塞の内部をくり抜く予算も時間も無かったために、巨大なレーザー砲を突貫工事で増設し、擬態を繰り返してカモフラージュした上でアルテナ星域会戦に挑んだのだ。
そしてその結果、オーソン・クレニックは2基のメイン・リアクターと4基の予備リアクターと引き換えに、ミッタ―マイヤー艦隊7000隻を宇宙の藻屑と化したのである。
「発射と同時に要塞砲自体にもヒビが入っています。無事なリアクターも全て、メルトダウンの危険があるため稼働を停止中。中枢区画以外も全て停電中で……」
「停泊中の宇宙艦隊の動力炉を使うしかあるまい。哨戒中の艦隊とメンテナンス中の艦を除く、可能な限りの艦を要塞内に集めて電力を要塞に供給させろ」
これがレンテンベルク要塞のお寒い実態なのであった。要塞砲を一発撃っただけで、肝心の宇宙要塞はほぼ機能停止という、「要塞ごと使い捨てる要塞砲」なる狂気の兵器である。
まさしくラインハルト風にいえば「宇宙に浮かぶこけおどし」であった。
他にも出力の微調整が出来ないだとか、観測艦による座標の照準指示がないと精確な射撃ができないだとか、問題点をあげればキリのない欠陥兵器である。ラインハルトはもちろん、ブラウンシュヴァイク公も実態を知れば絶句するであろう。
(もしミッタ―マイヤー艦隊があのまま、彼我の損害を顧みずに突撃していたとしたら……今ごろ私のクビは飛んでいたであろうな。停電中の要塞など、宇宙に浮かぶ大きな石ころでしかあるまい)
我ながら際どい賭けだった、とクレニックは自嘲する。それは敗者の反省というより、勝者の謙遜に近い。そう自らを客観視できるぐらいには余裕があるのであった。
「私はこれからガイエスブルク要塞に向かう」
おもむろにクレニックは切り出した。
もちろん初戦の戦勝記念パーティーに参加する為ではない。手段としてはそれもあるのだが、目的は彼の次なる計画に向けてのコネクションとパトロン作りだ。もちろんその中には要塞の補修費用も含まれている。
問題点をあげればキリがないが、それをうまく隠ぺいして「レンテンベルク要塞、そして新型の要塞砲は強力無比なり」と敵味方に信じ込ませる。
上手くいけば、今まで以上に豊富な援助が受けられる事だろう。そのために必要な演技力、そしてそれを有効活用して資金・資源・人材を引き出す政治力こそがクレニックの持つ才能であった。
タイトルは田中芳樹先生の小説「タイタニア」の中にあるワンフレーズから。
「タイタニア」も好きです。