銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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04.クレニックの秘策

 

        

 ガイエスブルク要塞に帰還したクレニック大将を待っていたのは盛大な歓迎の嵐であった。

 

 

「さすがはクレニック大将! アルテナの勝利はお手柄でしたな!」

 

「金髪の小僧の取り巻きに一泡吹かせた感想はどうですかな? さぞ痛快だったでしょう!」

 

 

 彼の周りには門閥貴族の面々が群がり、口々に賞賛の言葉を紡ぐ。まさに勝てば何とやら、である。クレニックにしてもスポンサーたちに己をアピールする絶好の場であるから、ここぞとばかりに自身(と宇宙要塞)を売り込んでゆく。

 

 

「いえいえ、今回の勝利は私だけのものではありませんよ。敵の艦隊を薙ぎ払ったのは、レンテンベルクに備え付けられた新型の要塞砲によるもの。つまり私の主張に耳を傾けて研究資金を下さったパトロンの皆さまのおかげ、ですな」

 

 宇宙要塞建設には金がかかる。要塞砲の研究にはさらに金と時間がかかる。だからこそパトロンの存在は必要不可欠であり、彼らの歓心を買うためには然るべき実績とそれを生かす政治力の両方が必要だ。

 

 野心家のクレニックは彼らを持ち上げることを忘れず、その上で「今回の勝利は宇宙要塞によるもの」と主張することでパトロンを満足させつつ、更なる資金援助が得られるように話を誘導していく。

 

「儂は最初から期待しておったぞ! やはりこれからは宇宙要塞の時代だ!」

 

「ご理解に感謝いたします。今後も末永いお付き合いをいただけますよう」

 

 このようなやり取りはいつもの事であるが、やはり戦勝の直後という事もあって今日はひときわ客の数が多い。とにもかくにも貴族たちは上機嫌であった。

 

 

 なにせ初陣で勝利したのである。しかもシュターデン艦隊が敗走して危機一髪、という時にロマン溢れる超巨大要塞砲による一撃での一発逆転―――なんとも心躍る物語ではないか。

 

 

 そんなほろ酔い気分の時ほど気も緩むもの。クレニックはほどなくして当初の負債返済と今後の計画への投資をしてなお、お釣りが来るほどの資金援助の約束を取り付ける事が出来た。

 

(とりあえず最初のデモンストレーションとしてはこれ以上ないほどの出来栄えだ……これで誰もが宇宙要塞と要塞砲の価値について認めざるを得なくなる)

 

 クレニックの狙い通り、アルテナ星域会戦の華々しいデビューを飾ったことで、今やクレニックと彼の超兵器に関する名声は銀河中に轟いている。

 

 もちろんブラウンシュヴァイク公らが自身や配下の門閥貴族たちに命じて、貴族の所有するメディアや新聞社などに働きかけた結果であるが、フェザーンや同盟でも大きな反響があったという。

 

(パトロンが増えるに越したことは無い。それが門閥貴族であれ金髪の孺子であれ、フェザーンであれ同盟であれ、パトロンの数だけ私の研究は前進する……)

 

 オーソン・クレニックは野心家であった。彼の目的はただ一つ、前世でついぞ我が物にできなかった“究極兵器”を今度こそ作り上げて手中に収めること。

 

 

(今度こそ……今度こそ“究極兵器”を完成させて私の名を銀河に刻んでみせるぞ……!)

 

 

 そして彼の研究が完成した暁には、その成果の集大成である“究極兵器”は全ての戦争の概念を変えるだろう。

 

 

 **

 

 ガイエスブルク要塞、中央広間にて――。

 

 

「クレニック大将、この度の勝利は大義であった」

 

 貴族連合の盟主・ブラウンシュヴァイク公の御前では勝利を讃える一連の儀礼と論功行賞が行われ、その後に今後の方針についての会議が開かれていた。

 

 

「このまま初戦の勝利の勢いをかって一気に攻め込むべきだ!」

 

 

 威勢よく声を張り上げたのは反ラインハルトの急先鋒で知られるフレ―ゲル男爵であった。アルテナ会戦は主に政治的な勝利であっても軍事的な勝利の効果は小さい、と慎重論を述べるメルカッツら職業軍人たちを一蹴する。

 

「戦いには機というものがある。初戦の敗北よって金髪の小僧とその取り巻きが狼狽している今この時こそ、我ら高貴なる貴族による大軍勢が長蛇の列を成して進む所、勝利以外の何者があるだろうか?」

 

「今こそが攻勢の時だと?」

 

「“大攻勢”だ。メルカッツ大将。大軍をもってオーディンまで侵攻する。それだけで敵の心胆を寒からしめることが出来るであろう」

 

 つい何か月前の同盟軍がこれと全く同じような会話が繰り広げた挙句に大敗北を喫しているのだが、もちろんフレ―ゲルたちはそのことを知る由もない。

 

 もっとも初戦で勝った、という高揚感が士気の向上という好影響を与えるのならば全くの見掛け倒しの茶番だとも言い切れない。

 

 その後も議論は白熱すれど、最終的な流れは同盟のそれと大きく変わることは無かった。

 

 

 そもそも生まれながらの上流階級で、幼いころから将来の政治家となるべく弁論術を叩きこまれた門閥貴族に、叩き上げの軍人が論戦で不利になるのは自明の理である。メルカッツら専門家の慎重論はフレ―ゲルたちの分かりやすくて威勢のいい主戦論に押し切られ、中には「臆病者」「敗北主義者」などと人格攻撃までが展開される始末だった。

 

 

「クレニック大将の考えはどうかな?」

 

 

 メルカッツが話をクレニックに振ると、全員の視線が集中した。

 

 それまで黙って考え込んでいたクレニックが顔を上げると、メルカッツと目が合う。弱り切った表情で暗に「どうにかしてくれ」と一縷の望みを託したメルカッツだったが、クレニックの口から出た言葉は意外なものであった。

 

「ただの攻勢であれば、メルカッツ上級大将の言うとおり様子を見た方が賢明でしょう。ですが、フレ―ゲル男爵のおっしゃる“大攻勢”であれば話は別です」

 

 “大攻勢”という点を強調するクレニック。

 

「大軍をもってオーディンまで侵攻し、敵の心胆を寒からしめる………それほどまでの“大軍”による大攻勢であれば」

 

「何が言いたいのだ? クレニック大将」

 

「中途半端な攻勢ではかえって各個撃破を招くでしょう。攻勢を行うなら少なくとも全軍で一挙にオーディンを目指すべきかと」

 

 

 端の方でメルカッツ上級大将が肩をがっくりと落とすのが見えた。それもそのはず、クレニックの構想は、基本的には開戦前にシュターデン提督から提示された戦略構想とほぼ同一のものであったからだ。

 

 当然、ランズベルク伯アルフレットが「で、誰が別働隊の指揮をするのです?大変な名誉と責任ですが」と返したように別働隊の指揮を誰が執るかが問題になってくる。

 

「クレニック大将、その話はもう既に終わったはずだ。指揮権の問題が……」

 

「ええ、それこそがシュターデン提督の案で解決されなかった問題点でした。だからこそ“全軍で”と言ったのです」

 

「まさかとは思うが……それは文字通りの“全軍”、つまり貴族3740名と兵員2560万名、艦艇総数15万隻の全てでオーディンを目指すという意味かね?」

 

 生真面目なメルカッツをしてさえ、皮肉の一つも言いたくなるほど荒唐無稽な計画。居並ぶ者の中にはタチの悪い冗談か何かと思い、呆れて苦笑を浮かべる者さえいた。 

 

 これが本当に冗談であったのなら、リップシュタット貴族連合軍の命運は変わっていたのかもしれない。だが、クレニックは至って真面目であった。

 

「ええ、まさしく。メルカッツ上級大将のおっしゃる通りの意味ですよ」

 

 対して、メルカッツは沈黙でクレニックに答えた。あるいは単に返答に窮したのかもしれない。真面目に答えるのも馬鹿らしいという事か。

 

 メルカッツに代わり、それまで端の方で黙って話を聞いていたリッテンハイム侯が失望した色を滲ませて口を開いた。

 

「たしかに全軍で進撃すれば指揮系統の問題は解決されるであろう。兵力も十分だ。だが、その為にこのガイエスブルク要塞を放棄するというのは、いささか博打要素が強すぎないかね?」

 

「ああ、それなら心配には及びません」

 

 我が意を得たりとばかりにクレニックが得意げな笑みを浮かべる。

 

 まさしく、それこそがクレニックの求めていた質問であった。

 

 

「先ほど私は“全軍で”と言いましたが、その中にはこのガイエスブルク要塞も含まれています。理論上、技術的な問題は既にクリアされています。本日は、その具体的な計画について申し上げに来たのです」

 

 

 自信に満ちたクレニックの声が、がらんと静まり返った部屋に響く。端の方で話を聞いていたファーレンハイトや、苦々しい顔をしていたメルカッツらの表情が変わる。

 

 今や、この場の空気を支配しているのはクレニックであった。誰もかれもが、その壮大な計画に興味を引かれている。

 

「……詳しい話を聞こう」

 

 ブラウンシュヴァイク公が続きを促した。もしクレニックの話が本当であるのなら、リップシュタット貴族連合軍はとんでもない切り札(ジョーカー)を手にした事になる。

  




シャフト技術大将「私の出番が……」

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