銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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08.オーディン会戦①

 

 帝国歴488年8月上旬、首都惑星オーディン上空にて臨戦態勢を取りつつ、警戒にあたっていたワーレン艦隊は哨戒艦からの緊急通信を受けていた。

 

 

「――――レーダーに敵影あり!!」

 

 

 通信回線を疾走した短い言葉は、嵐の前触れであった。ワーレン艦隊から更に全軍にそれが伝えられると、帝都を守護する10万隻の艦隊に緊張が走る。

 

 やがて暗い銀河が歪みはじめ、そこから現れたのは不気味な銀色の反射光を放つ巨大な人工天体と、無数の門閥貴族軍艦隊であった。

 

 

「圧倒的ではないか、我が軍は!」

「この戦い、我々の勝利だ!」

 

 

 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は、彼我の戦力差を確認して早くも勝利を確信した。ガイエスハーケンがその火を噴く前から、既に門閥貴族たちは興奮状態にある。その理由はいかのようなものであった。

 

 

 ――――兵力はこちらが上、移動するガイエスブルク要塞という地の利もある。かくなる上はガイエスハーケンにて敵を一掃し、残る敗残兵を蹴散らせば帝都オーディンは目と鼻の先ではないか。

 

 

 単純化し過ぎたきらいはあるが、軍事的にもそれなりの合理性が無い訳ではない。

 

 まずラインハルト陣営はオーディンを防衛しなければいけないため、これ以上の撤退は不可能という前提条件がある。その上で宇宙戦艦より長い射程を持つガイエスハーケンを用いれば敵の射程外から一方的にアウトレンジ攻撃する事も夢ではない。

 

 しかる後に15万隻の大艦隊が一斉にオーディンへ向けて一丸となって突入すれば、ガイエスハーケンの撃ち漏らした敗残兵の群れなど容易に蹴散らせる………。

 

 この単純だが確実な戦法は、それを可能にする宇宙要塞と大艦隊の威容も相まって門閥貴族たちを魅了したばかりか、正規軍人であり正統派の用兵家であるメルカッツやシュターデンのお墨付きすら得たのである。

 

 

 やがてガイエスブルク要塞の主砲が妖しく輝き始めると、その興奮は最高潮に達した。

 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯、およびその娘にして皇位継承者たるエリザベートおよびサビーネの二人が口々に叫ぶ。

 

 

「「――-焼き払え!」」

「「――-薙ぎ払え!」」

 

 

 4人の絶叫と共に、要塞砲の第1射が放たれた。瞬く間に300隻以上の艦船が炎に包まれ、宇宙の藻屑と化した。

 続いて第2、第3射が放たれるとオーディンの上空に整列していた宇宙艦隊は文字通り消滅し、残った艦船も我先にと逃亡を始める。

 

 

 ガイエスハーケンの砲火がラインハルトら討伐軍を圧倒し、戦いは門閥貴族軍に有利に展開するかに見えた。

 

 

「全軍後退せよ! 今やられた先鋒は中古艦を並べただけの囮だ! 焦る事は無い、陣形を維持しつつ秩序を保て!」

 

 

 ラインハルトの檄と共に、彼の艦隊は後退する。それと入れ替わるように門閥貴族軍は前進し、ゆっくりとオーディンへ近づいていく。

 

 

「このまま前進するのだ! ガイエスハーケンの傘があれば、金髪の子憎など恐れるに足らず! 我らの勝利は目前ぞ!」

 

 

 勝利に浮かれたブラウンシュヴァイク公がそう叫んでいた頃、ラインハルトはあらかじめ予定していた策を実行に移そうとしていた。

 

 手元の小型通信機を取り出し、その先にいるシャフト技術大将に告げる。

 

 

「――-待機中の『フローズヴィトニル』隊に即時攻撃を命じよ」

 

 

 オーディンの主戦場から離れたデブリ帯の陰に、大小様々な工作艦や特殊作業用の小型艇、鉱山採掘用の大型無人機、装填用の補助クレーン艦などを含めて300以上の特殊艦艇群が待機していた。

 

 

 そして彼らの前に整然と一列に並んでいたのは、6000個もの巨大なドライアイスであった。

 

 

 勿論ただのドライアイスではない。それぞれのドライアイスには巨大なブースターと制御弁、および小型の高速艇が取り付けられていた。

 

 堂々たる布陣で進撃してきたリップシュタット貴族連合軍に対して、デブリに擬態した上で接近して側面から痛烈な砲撃を加える事が彼らの使命である。

 

 この『フローズヴィトニル』隊は半ば特攻に近い形の運用を期待された部隊であり、それぞれ射線上まで移動するとドライアイスを発射、同時に乗組員も高速艇に乗って脱出するというものであった。

 

 

 一発二発、などと景気の悪い事は言わない。立て続けに200以上ものドライアイスが発射される。

 

 同時に正面のラインハルト艦隊もそれを支援するように遠距離攻撃用のミサイルを射出、細長い光の線が銀河に糸を引いていく。

 

 すぐさま門閥貴族艦隊の先鋒でいくつもの爆発が生じ、四散した艦艇の破片が宇宙を舞う。護衛の艦艇をすり抜けた100ほどのドライアイスは速度を維持したまま、ガイエスブルク要塞に向かって吸い込まれていく……。

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

 こちらに向かってくる巨大なドライアイスの塊を見て、シュターデン大将が目を剥く。

 

 

「ローエングラム侯には、銀河帝国将兵としての矜持というものが無いのか!?」

 

 

 シュターデンが驚いたのも無理はない。何を隠そう、自由惑星同盟でヤン・ウェンリーが「アルテミスの首飾り」を破壊したのと全く同じ戦術であったからだ。

 

 

 同盟でそのような戦法が使われたことを、シュターデンが知らなかった訳ではない。しかし敵であるはずのヤン・ウェンリーが使ったものと全く同じ、改善も改良もない丸パクリをさほど時を置かずにこの目で直に見ようとは想像しえなかった。

 

 なにせ指揮官は、あのプライドの高いラインハルトである。切り出したドライアイスにブースターをくっ付けてぶつける、という貧乏くさい上に邪道そのものの発想ほど彼に馴染まない戦い方も無いだろう。

 

 しかも敵の指揮官の発想をそのまんま使うという芸の無い戦い方をローエングラム侯が用いるはずがない……その先入観がシュターデンを初めとする門閥貴族軍指揮官の目を曇らせた。

 

 

 ―――しかし。

 

 

 眼も眩むような眩い閃光が、一瞬のうちに戦場で炸裂する。それから少し遅れて巨大な衝撃波がガイエスブルク要塞の周囲から広がり、戦場にいる戦闘艦のモニターがブラックアウトする。

 

 

(…………やったか!?)

 

 

 やってない。

 

 

 これがガイエスブルク要塞の断末魔だとしたら、ラインハルトに開かれた道は明るかっただろう。ここ最近の不名誉に甘んじることなく、ライバルの使った戦法を柔軟に取り入れたことでその栄光は更に強化されたはずだ。

 

 しかし映像モニターが回復した時、そこに移っていたのは当然のように無傷のガイエスブルク要塞と、宇宙を漂うドライアイスの残骸だった。

 

 

(おのれ、怪物め………)

 

 

 部下に発破をかけながら、ラインハルトは内心で軽く吐き捨てる。

 

(やはり……そう簡単にはやらせてくれないか。だがこれで敵の主砲を封じることが可能だと判明した)

 

 ラインハルトが内心でそう呟くと、お返しとばかりに再びガイエスハーケンの主砲発射口に光が宿る。

 

 

 次の砲撃が放たれる前に、ラインハルトもまた素早く次の指示を出す。

 

「シャフト技術大将に告ぐ。フローズヴィトニル隊は攻撃の手を休めるな。一瞬でも攻撃を止めたら即座に焼き払われると思え」

 

 ラインハルトが命じた直後、デブリ帯から100を超えるドライアイスが一斉に射出された。

 

 瞬く間にガイエスハーケンによって派手に吹き飛ばされるが、ラインハルトとシャフト技術大将にとってはそれも織り込み済みだ。

 

 

「第8攻撃部隊、被弾に続き壊滅! および第6補給ポイント、蒸発!」

 

「続いて、第7攻撃陣地、ドライアイスの射出を開始します!」

 

「第2監視モニター、ブラックアウト!第5射撃管制装置もシステムダウン!」

 

 

「構わん! 撃て! 撃ちまくれ!」

 

 

 味方の被害をものともせず、シャフト技術大将の攻撃指令が続く。少なくともドライアイスが撃ち込まれている間、ガイエスハーケンの光が自軍に向けられる事は無い。

 

 

 しかし同時にラインハルトの切り札たる、切り出したドライアイスとて無尽蔵ではない。

 それ自体に限りがあるというより、狙いをつけて射出するのに適した場所、および敵の攻撃を受けない運搬ルートという制約があることが問題だった。

 

 

 だからこそ、足止めできるうちに可能な限り戦況を有利に導く。少しでも敵の数を減らし、ガイエスブルクに肉薄しながら要塞を丸裸にするしかない。

 

 

「全軍に告げる! ガイエスハーケンは我が軍の波状攻撃で封じた! もはや恐れる事は無い! 今こそ卿らの力を示せ! オーディンが見ているぞ!!」

 

   

 ラインハルトの鼓舞によって士気を上げた討伐軍は、その勢いを駆って一気に門閥貴族艦隊へ肉薄攻撃をしかける。

 ガイエスハーケンによるアウトレンジ攻撃を無効化され、浮足立った門閥貴族艦隊は主導権を奪われた。  

 

 

 天下分け目の決戦たるオーディン会戦は次のステージへと移行し、第二幕が幕を開けようとしていた……。

    




 すでに勘のいい方は気付いていたかもしれませんが、普通に何のひねりもなくドライアイスです。だって実際、安いし便利だし(想像力の無い作者にだって有効だって分かる)

 ラインハルトの作戦は対ラミエル戦のヤシマ作戦的なのをイメージしていただければと。ドライアイスの飽和攻撃でガイエスハーケンを封じて、その隙に艦隊が要塞に一点突破をしかける感じです。

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