「あんたこれで髪切ってきな」
家でゲームをしながらねっころがっていると母親から二千円を渡される。わが校ではテストの時に頭髪検査とかいうのがあるせいで、テストが近くなると髪を切らなければならない。
それは母親も知っているのでその時期になるとこうやってお金を渡してくる。テストは近いし前々から少し邪魔だと思っていたので髪を切るなら今が丁度いいだろう。
母親は金だけ渡すと今日は温泉行ってくると言って出ていった。外に出て15分くらいは忘れ物を取りに戻ってこないか待ち、戻ってこないのを確認してからハサミを探す。
髪型なんて坊主だったりパッツンだったりしなければ何だっていい。なので目と耳にかからないくらいに切る。
雑に断髪してもいいが、短く切りすぎると戻せないから長めに切ってしまう。
中学までは親に床屋に連れてかれて切っていたが、高校になってからは連れていかれなくなったので下手なりに自分で切っている。
おしゃれに気を使うわけじゃないし、移動の時間も浮く上に小遣いも増えるのでいいことしかない。
多少おかしいが目にかからないくらいにはなったし検査はこれで大丈夫だろう。なんか食べるかと思いカップ麺を探そうとするが、手に持っている二枚の千円札が僕を誘惑する。
「外で食べるか」
結局誘惑に負けて僕は外で食べることにした。テストが近いので一応勉強道具を持って勉強も出来るようにしたので、外だから勉強しないということはないだろう、多分。
結局いつものファーストフード店に来た。体に悪いとわかってても変な中毒性があるし、勉強してても怒られない店がここしか思い付かなかった。
いつもはポテトに珈琲なのだが今回はハンバーガーまで頼む、まるで貴族だ。普段食べないそれは不健康を極めている感覚がしてより美味しく感じさせられる。
頼んだ物を食べ終わると珈琲を頼みに行く。勉強をするに当たって飲み物は必要だし食べ終わったものだけ並べて何時間も居座るのは印象が悪い。まぁ勉強すると言っても課題なのだが。
勉強をしろと言うのに課題を出すのは何故なのだろう。僕みたいに課題を出さないと勉強を全くしないみたいな人は少ないだろうに。
音楽を聞きながら勉強すると集中する、それは本当なのだろうか。確かに周りの雑音からは離れられるがより確かな音がやってきてしまう。それもより近くから。
それは雑音ではないにしても音という点では一緒だ。まぁこんな事を考えている時点で集中出来ていないのは確かだろう。
何十分経っただろうか。珈琲を飲み終わり課題を八割程度終わらせた頃に肩を叩かれる。何かと思いイヤホンを片方だけ外し後ろを向いた。
「やっほー、何してるの?」
「見てわかると思いますけど課題です」
「課題かぁ、悠君は真面目だね~」
答え見てるけど、笑いながら日菜さんはそう言った。仕方がないだろう、実際に課題なんて答えを写しても叱られはしない。課題なんてものは終わらせればそれでいいのだから。
日菜さんは隣に座り僕の外したイヤホンを自分の耳に付けた。いや、何をしているのだろうこの人は。
「なんで僕のつけてるんですか」
「いーじゃん、悠君がどんなの聞くのか気になっちゃった。それにこういうのるんってこない?」
るんっという感情がどのようなものか、大雑把にはわかってはいるが具体的にはまだわからないからどうしようもない。
ただドキドキするのは確かだ。そのまま続きをやろうにもどうにも集中が出来ずに課題をしまう。
ここにいる理由は既にないのだが、日菜さんが飽きるまでこうしてるか、そう思っていたのだが三曲くらい流れてあることに気づく。
だいぶ音が変わった気がする、それはいい方ではなく悪い方に。
ところどころ途切れたりあるはずの音がなかったり。あとは自分の心臓の音がイヤホンをつけてない方の耳から割り込んできたり。それが少し気持ち悪かったので僕はイヤホンを外す。
「あれ、いいの?」
「なんか音が気持ち悪いので」
「うーん、ちょっとだけわかるかも」
そう言うと日菜さんもイヤホンを外してこちらに返してきた。他人のイヤホンを使うのってどうなのだろう。
再び使うときに洗った方がいいのか、そもイヤホンは洗えるのだろうか。そんなことを考えていると日菜さんは不思議そうに僕に尋ねてきた。
「答えを見るくらいなら課題なんてやらなくていいんじゃない?」
「そういう訳にはいかないですよ」
「じゃあ悠君はなんで課題やってるの、答え見てたら理解出来てないでしょ?」
なんで課題をやっているのか。やらなきゃいけないから、進級するためテストの点を補うため。後はなんだろう、それ以外に理由はあるのだろうか。
……いや、一番の理由があるではないか。
「やるのが普通だからですよ」
「普通って?」
「周りがやってるってことです」
「じゃあ周りの人がやってなかったらやらないの?」
「やらないと思いますね」
周りがやってるからやる、周りがやってないからやらない。
『普通』というのは物事の是非ではなく多数派の意見のこと、異常とは少数派の意見のこと。それは誰かに教わるのではなく自然と誰もがわかっていること。
「うーん、でもそれってさ、自分の意見が何にもないじゃん。そんなのつまらなくない?」
「つまらないから普通なんですよ」
「じゃあ悠君は楽しいこととか嫌いなの?」
「嫌いじゃないですけど、どうしてですか?」
「だって普通だからやるんでしょ、楽しいことって普通じゃないでしょ?」
楽しいことは普通じゃないってのはよくわからないけどもなんとなく言いたいことはわかる気もする。普通なことは自分の意志が混じらないからつまらない、そういうことだろう。
「僕は別に普通は好きじゃないですよ」
変わらない普通、変わらない毎日、変わらない日常、そんなの嫌すぎる。
できれば普段と違うことが毎日起きてほしい。異常で溢れる世界になってほしい。
おとぎ話の世界になってほしい、この日常から離れたい。だけど僕は『普通』に囚われている。
「好きじゃないならやらなきゃいいのに」
「そういう訳にもいかないですよ」
「それが普通だから?」
「はい」
全然わかんなーいと日菜さんは言う。他人の事がわからないって言っていたのだから仕方ないだろう、それにこの話はしたってわかってくれる人の方が少ない。
「ところでさ、ず~っと気になってたんだけど、いい?」
「なんですか」
「その髪型、どうしたの」
今更すぎないだろうか。しかしながらどうしたとはどちらなのだろうか。
僕としては検査に引っ掛からなければどうでもよいと思っているため良し悪しは気にしてないし興味もない。だが何となく日菜さんの言っているのがいい方か悪い方のどっちかはわかる。
「そんな酷いですか?」
「前髪バラバラだし後ろは長いままだし」
「でもどうしたらいいかわかんないしなぁ……」
床屋に行くのはめんどくさいうえに親から貰った金も今こうして使ってしまった。今から金を取りに帰るのに自分の家に戻るのはめんどくさいし、自分で切るにもどうすればよくなるのかわからないしどうしようもない。
そもそも見た目にそんなに拘っているわけではないのだから別に問題ない、そう思っていたところで日菜さんに提案をされる。
「あたしが切ってあげようか?」
「日菜さん髪切れるんですか?」
「一回やってみたらなんか出来ちゃった」
ああそうだ、この人天才だった。出来るのであれば切ってもらおうと思ったが問題が二つある。
「場所とお金、どうするんですか?」
「お金は別にいいよ、場所は……うーん、今ならお父さんもお母さんもいないしあたしの家でいいんじゃないかな」
「いや流石にそれは……」
「じゃあ悠君の家は?」
それもどうだろう。親は許してくれるだろうか、と思ったが母親は温泉に行ってくると言っていたのを思い出した。
父親も今日も仕事だし今なら家に誰もいない、ちゃんと片付けて人が来た痕跡を無くせば問題ないだろう。
「まぁ長く居なければ」
「じゃあ早く行こ」
トレーを片付けていると手を引かれ店から出る。日菜さんは歩きらしいので今回も日菜さんは後ろに乗ってきた。
ただ抱きつくのはやめてほしかった。何度か事故りそうだったし、なによりドキドキした。
「ここが悠君の部屋かぁ」
「急いで片付けしたんでまだ汚いかもしれないですけど……そこら辺に座ってください」
部屋は汚くはないというだけで綺麗というには少しだけ疑問が沸く程度だった。
なので日菜さんをリビングで5分くらい待たせて出来るだけ掃除をしてみたらゴミが目に付かない程度にはなった。そのお陰でゴミ箱が爆発しそうだけど。
「いらっしゃいませー、今日はどうしましょうか?」
「……おまかせで」
日菜さんは店員に成りきっている。おまかせでと言ってしまったが坊主とかは勘弁したいが、そこは大丈夫と言われたので安心した。
日菜さんはハサミを両手に持ってやる気満々だというのが伝わってくる。僕は眼鏡を外し目を瞑り、暫くの間無抵抗な案山子となった。
「出来たよ」
その声で瞑っていた目を開ける。想像よりもずっと早かったがどうやらもう終わったらしい。
手渡された鏡を使って自分を見る、が眼鏡をまだかけていないのでよく見えない。何処に置いたっけと探し回る。
「悠君って眼鏡かけてない方がいいよ、コンタクトにしないの?」
「コンタクトってめんどくさいじゃないですか」
したことないから偏見だし、こうやって眼鏡も探すのがめんどくさいが。そんなことを思いながら眼鏡を探していると日菜さんに渡される。
しかしまぁ随分とバッサリいったものだ、それとも僕の毛量が多かっただけなのだろうか。床に散らばった髪の毛を見て、触りながらそんな事を思う。
リビングから掃除機を持ってきて掃除をする。もし親に髪の毛が散らばっているのがバレれば金返せと言われるのは明白なので、それだけは避けなくてはならない。
「ねぇ、このままどっか行こうよ。あたし暇になっちゃった」
「無理です、すいません。近いうちに期末テストあるので」
「え~……そうだ! なら勉強会ならいいでしょ?」
「それならまぁ……来週末くらいなら」
じゃあ来週末ね、と言って日菜さんは帰っていった。相変わらず嵐のような人だ、振り回されっぱなしだが悪い気はしない。
しかし勉強会なんて名ばかりでゲームをしていた記憶しかない。何をするのだろうか、たぶんゲームではないだろうし勉強なのだろう。
ただ勉強といっても課題以外なんだろうなと思うと今から少しだけ鬱だ。
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