僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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恋心

 あの後ライブに行くべきか行かない方がいいのか迷っていたが結局僕は行くことにした。

 誘われたからというのもあるが単純に僕が行きたいと思ったから。理由なんてそれしかない。

 普段あまり乗ることのない電車に揺られるが外を眺めるなんて事もせずにスマホを弄る。どうせ外を見てもいい景色なんて見えやしない。

 

 相変わらず電車は慣れない。人が多いであろう時間は避けたと思うがそれでも座りきれない程度には人がいる。

 立ちっぱなしが嫌だというわけではないが電車では痴漢冤罪など録な話を聞かないし、そういうのに気を付けていると動きも制限されてしまうので出来れば座りたい。

 あとは疲れるしゲームをしてると周りからすごく見られる。それが一番嫌かもしれない。

 しかし隣町までの短い間で座るのはなんか悪いし僕のような健常者が座っていると周りの目が痛い。まるでその席を譲れと訴えられているかのようで。

 

 今日僕には目的が二つある。一つ目は当然だが氷川さんのライブに行くこと、そして二つ目は日菜さんに見つからないことだ。

 一つ目はとても簡単だ、それはただライブの会場に行けばいいだけなのだから。

 ならば二つ目は難しいのかと聞かれればそうでもない。会場の広さにもよるだろうが特定の人物と偶々鉢合わせるなんてことはそうそうないだろう。

 

 そんなことを考えている内に隣町に到着した。隣町といっても来ることは殆どない。

 電車に乗る事があったとしても大抵はもう少し向こうの町まで行っているため僕はこの町について詳しくない。知っていたとしても駅周辺のみ。なのでスマホで地図を見ながら指定されたライブハウスに向かう。

 

「それにしても最近はこればっかだな」

 

 ライブハウスに向かう途中地図を見ながら町を歩いていると見慣れたポスターを見かけ立ち止まる。

 三年前だったかにガールズバンドブームが来て、それ以来ガールズバンドの話はそこらじゅうで耳にする。

 さらに最近では音楽雑誌でアマチュアのバンドですら紹介されているらしい。アマチュアのバンドの紹介をしたところでわざわざ遠方からやってくる人なんていないだろうに熱心なことだ。

 

 まぁ友人が一生バンドの話をしてくるし、クラスの女子もバンドがどうだとかの話はしているのである程度の効果はあるのだろう。

 ガールズバンドがあるならボーイズバンドもいつかブームが来るのだろうか。それともこれが男女の差というものなのだろうか。

 

 そんなことを思っているとスマホが通知を知らせる。なんだろうかと思って開いてみると、家族と出かける予定はなくなったの? と日菜さんからメッセージが送られてきていた。

 まさか、と思い僕はゆっくりと振り返る。振り返るだけなのに首が硬くなって動かしづらい、処刑を待つ囚人はこんな感じなのだろうか。

 別にそこまで悪いことはしていないはずなのにとても悪いことをした気分になってしまう。振り返るとそこにはやはりと言うべき人物がいた。

 

「嘘は駄目だよ、悠君」

「……バレなければ嘘は真実になるんですよ」

「バレちゃったから真実にはならないね」

 

 なんでこういう時に限って運悪く会ってしまうのだろうか。

 いや、目的地が同じだし、そもそも今まで学校帰りに偶然会ったりしてるのだから絶対にありえないというわけではなかったのだが。

 

「で、悠君は何しに来たの?」

「ライブハウスに用があったので」

「それならこの前行くって言ってくれればよかったのに、どうして言ってくれなかったの?」

 

 氷川さんに誘わないでって言われましたなんて言える訳がない。どう答えるべきなのだろうか、そもそも答えずに逃げた方がいいのではないか。

 それ以外にも話題を変えるのもありだ。どうしようかと考えていると日菜さんが腕に付けた時計を見るや否や急に焦ったように走り出した。いったいどうしたのかと聞くと

 

「おねーちゃんのライブ始まっちゃう!」

 

 そう言いながら日菜さんは走っていった。いや、何を眺めているんだ僕は、僕も急がないとまずい。スマホで時間を確認すると歩いていては確実に間に合わない事だけがわかる。

 僕も日菜さんの後を走って追いかけるがその差は縮まらないどころかどんどんと離されていく。

 息は切れるし胸も痛い、自分ってこんなに体力無かったっけと思いながら走る。

 

 なんとか見失わずに着いた頃にはもう体はボロボロだ。膝に手をついて肩で息をする。

 中学の頃ならこれくらい余裕だったと思うが人間歳には勝てないものか。それに三月になって少し暖かいせいもあってか体感はとんでもなく熱い。

 

 ライブハウスに入るのは人生で初めての経験だからとても緊張する。

 本来ならば受け付け時にチケットを出さなければならないらしいのだが、近年のガールズバンドブームで大量のガールズバンドができた。

 そのせいか、ガールズバンド限定でいろいろなバンドが入れ替わるようにライブを行う、いわゆる対バン形式というところが多いとのこと。

 なのでチケットではなく受け付けで金とドリンク代を支払う、というのをこの店でも行っているらしい。

 

「その格好どうしたんですか?」

「ん、変装だよ変装」

 

 本当に大丈夫なのか非常に不安だったが無事に入ることができた。

 そこは外に比べて暑い、原因は恐らくこの中大量の人。しかしそんな室内にも関わらずサングラスをかけキャップを被る日菜さんが待っていた。

 

「おねーちゃんにあたしがライブハウスにいることがバレると後で怒られちゃうからさ」

「バレた時に面倒ですよ」

「バレなければ真実になる、でしょ?」

 

 先ほど自分自身で言った通りに返されてしまったのでこちらからは何も言うことはできない。僕としては日菜さんがいることは氷川さんにバレない方がいいのでありがたいのだが。

 そんな風に思っているとだんだんと照明が暗くなる。そろそろ一組目の演奏が始まるようだ。

 

 しかし所詮はアマチュアとでもいうべきなのだろうか、下手ではないが特別上手くはない。

 だがそれでも目の前にいる客達は盛り上がっている。今出てるバンドに親友でもいるか三人くらいで盛り上がっていたのだが、それは他の客に伝染し始めたのだ。

 

 結局ここにいるような人達は音が優れているかどうかなんてどうでもいいと思ってるのだろう。

 雰囲気を楽しんで、呑まれて、流されているだけ。まるで僕の人生みたいだ。

 日菜さんも多少は盛り上がってるのだろうか。そう思い彼女を見てみると、退屈そうに大きな欠伸を堪えようともしていなかった。

 

 二組目は一組目の盛り上がりをそのままに引き継いだ。そのバンドは先程のバンドと違いカバー曲を歌っていたがそれは大丈夫なのだろうか。

 曲の完成度自体は当然こちらの方がいいし練習の効率はいいだろうが……僕は著作権とかに詳しくないからどうなのかはわからない。

 しかしストップが出てないということはそういうことなのだろう。

 

 その後も三、四組目と流れるようにバンドが変わる。たまに上手いなと思う組はあったし、全員下手ではないためなかなかに楽しめた。

 

 そして八組目、遂に氷川さん達の出番になった。

 

 客達はもう充分すぎるという程に盛り上がっていて中には氷川さんの名前を叫ぶ者がいた。氷川さんはここでは大変な人気者らしい。

 隣の日菜さんは今まで死んだように黙っていたのにして急に元気になり始めた。

 

 そして、演奏が始まる。

 

 

 ──急に周りが静かになった。

 

 

 いや、正しくは周りの音が気にならない程に心を奪われたとでも言うべきなのだろう。

 今までの人達とは比べ物にならないほどの、抜け出せない底無し沼に引きずり込まれるかのような音。

 

 これで氷川さんの音を聴くのは三回目。たったそれだけしか聴いていないのにここまで夢中になっている。

 だがとても残念だ、彼女以外の四人の音が邪魔に思えてしまう。確かに今までに比べればそれなりに上手なのは確かだろう。

 

 でも相手が悪い、仲間が悪い。ギターがよすぎて他が潰されている、そう感じてしまう。

 僕は氷川さんの出す音だけを聴いていた。他の音は最低限でしか聴こえない。

 僕は氷川さんだけを見ていた、他は何も目に入らなかった。他のメンバーも、前にいる客も、隣にいる日菜さんも……

 

 

「……ありがとうございました」

 

 夢のような時間は終わり現実に引き戻される。

 今まで聞こえていなかった客のあまりの盛り上がりに耳が壊れてしまいそうになり、熱くなった体は急に冷えだし手には汗が握られている。

 急に照明が明るくなる。もう終わりなのかと思ったがどうやらここで一旦休憩を挟み、残りのバンドを後半としてやるらしい。

 僕としては氷川さんの音を聴けてこれほど熱中できたのでもう充分満足したしもう帰ってもいいのだが、最後までいても値段は変わらないのだし残るとしよう。

 

「おねーちゃんの音やっぱりかっこいい! 悠君もそう思うよね!」

「え、ええ、まぁ」

「途中であたしが話しかけても反応してなかったし、相当おねーちゃんに夢中だったよね」

 

 話しかけられていたのか、全然気が付かなかった。そして今も話しかけられてはいるが僕の目線はステージの奥に向けられたまま。

 まるで、氷川さんの軌跡を追うように。

 

「ねぇ、悠君ってもしかしておねーちゃんのこと、好き?」

 

 その言葉で日菜さんの方を向く。好き、なのだろうか、どうなのだろう。

 好いているというのならば確かにそうだろう。奏でる音はとても素晴らしくて、見た目もいい。好かない理由なんてどこにもない。

 そう、好いているというのは間違いない、ならば恋しているとなるとどうなのだろうか、それは僕にはわからない。自分のことだというのに、それは今まで経験したことがないから。

 

 元々は自分を変えてくれそうなものとして興味を持った。次には犬好きだったりな一面を知れて少し別の興味を持った。

 では今はどうなのだろうか。

 夢中になれて、頑張っているその姿に憧れて……ああ、もしかしたら、しているのかもしれない。

 

「わからないです」

「自分のことなのに?」

「知識と経験がないので」

 

 恋しているってどういうことなのだろう、恋しているとどうなるのだろう。本で読むか友人から聞いた程度にしか知識にないので僕に詳しくはわからない。

 日菜さんが飲み物の追加を取りに行っている間にスマホで『恋しているとは』と調べる。

 だが胸が苦しくなったりドキドキする、世界が遅く感じるなど、どこかで耳にしたそれらしい検索結果しか出てこない。

 

 それに若干のイラつきを覚えてしまい閉じようかとも思ったが、やけに気になり続けていろいろと調べ続けていたが日菜さんが帰ってきたので急いでページを閉じた。

 後半のバンド達の音は、なんでかわからないけど僕の耳には入ってこなかった。

 

 

 

 全てのバンドが終わった後日菜さんに一緒に帰ろうと言われたのでそれを了承する。

 しかしながら飲み物を飲みながら立ちっぱなしで二時間程度、当然トイレに行きたくなってしまう。

 電車が来るのはもう少し先だし問題はないだろう。先に行っててと日菜さんに言ってからトイレに駆け込んだ。

 

 トイレから出て外にある自販機で水を買う。まだまだ余裕はあるので別に急ぐ必要はないのだが、流石に他人を長く待たせるのは忍びない。

 そう思いながら歩きだそうとしたところである人物が角から出てきた。

 

「本当に来てくれたんですね、ありがとうございます」

 

 ドキリと心臓が鳴ったような気がした。

 ああ、これはなんだろう。氷川さんに会った瞬間体が異常を訴え始める。

 なんだこれは、胸が痛くはないが苦しい、それは蝕むようなものではない。優しく溶かすような感覚。

 

 体が熱い、思考が早くなりここ最近で一番頭を使いどう返答するべきなのかを考える。そう考えている間はまるで世界が遅くなったような感じがした。

 

 それだけ頑張って考えたにも関わらず出てきたものは演奏凄いよかったです、それだけのたった10字。

 そう、たった10字。それなのにそれすら口に出すことはできない。

 

 別段何でもない会話、何も特別なことなどありはしない。そのはずなのにそれを口に出すのがとても辛い、重い壁を持ち上げるようにしてこじ開ける。

 

「き、今日の演奏凄くよかったです」

 

 それだけ言い捨てて僕はその場を逃げ出すように早足で去った。

 

 ああ、この胸の苦しさは、熱さは、走った後の物とは全くの別物だ。これではまるでネットに書いてあった通りじゃないか。

 言われてみれば今までこの感覚は何度かあった。でも言われて、調べて、体験して、始めてわかることができた。

 

 

 どうやら僕は氷川さんの音だけではなく、氷川さん本人にも恋をしているらしい。

 

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