僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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発熱

 馬鹿は風邪を引かない。

 日本にて古来から言われてきたその言葉、医学的根拠は……あるのだろうか? 調べてみると風邪を引いていることにすら気づかないほど鈍感、とのことらしい。

 しかしその意味では馬鹿ではなく能天気ではないのだろうか。そんな国語の課題でも出てこなそうなくだらない事を考えるのにも理由がある。

 

 今日の昼、目が覚めるとスマホに『おねーちゃん、風邪引いちゃった』と日菜さんからのメッセージが入っていた。

 これは自分が風邪を引いたから氷川さんに送ろうとしたが、間違えて僕に送ってしまったのか。それとも僕に氷川さんが風邪を引いたと伝えたいのかわからなかった。

 氷川さんに風邪引きましたか? とメッセージを送ったが練習中なのか、それとも風邪で寝込んでるのかわからないが10分くらい経っても既読はつかなかった。

 

『お父さんとお母さんはいないんですか?』

『今日は二人とも仕事だよ、忘れちゃったの?』

 

 それならばと日菜さんにメッセージを送ってみるとそう返された。ただこれで彼女が間違って僕に送ったということがわかった。

 しかしだからどうしたというのだ。別に家が隣というわけではないし彼女と付き合ってるという訳でもない、特別長い付き合いではないし仲は……そこそこいい方だと思いたいがそれだけだ。

 

 所詮風邪程度で命に関わることではないのだから見舞いの必要もないだろう。そう考えもう一回寝るかゲームをするかどうするかと悩みながら、お大事にしてくださいとだけ送ってパソコンに向かう。

 だけどなんだろう、このもやつきは。寝起きだから頭が回っていないだけだろうか、それに違和感を覚えていたところにメッセージが届く。

 

『あれ、おねーちゃんじゃなくて悠君じゃん。間違えちゃってたんだ』

『風邪なんだからスマホ弄らない方がいいですよ』

『だって暇なんだもん』

 

 気付かれてしまった、まぁ気付かれてしまったからどうというわけではないのだが。

 風邪を引いた時は暇になってしまうのはとてもわかる。外には出られないしいやに怠い、その癖することがないのだからこの上なく暇になってしまう。

 とはいっても最後に風邪を引いたのはいつか覚えてない、少なくともスマホは持っていなかった筈であるが。

 

『ねぇ、お見舞い来てよ』

『明日学校あるので移されると困ります』

『悠君って風邪引いたら学校休めるやったー、って考えると思うんだけど』

 

 文の最後にそれっぽい顔文字つきで送られてきた。それはそう、風邪で学校を休めるのならば万歳だ。だけど休むのはなんか嫌いだ。

 授業が先に進んで追い付かなくなるからなんて真面目な理由ではない。周りが休まないから、ただそれだけだ。

 たった1日休んだだけで周りからアイツ風邪引いたんだ、みたいな目で次の日見られてる気がするから。

 

 同じ理由で学校をサボるのも怖い。サボるなんてしたら周りからどんな目で見られるかわからない。

 SNSで今日は学校休んだ、という誰に向けたわけではないであろう呟きをたまに見るが、まったくもって理解ができない。

 

『出来るだけ早く来てね』

 

 しばらく放置しているとそんなメッセージを押し付けられていた。行くとは一度も言ってないのだが、本当に僕は押しに弱い、所詮は指示待ち人間。

 ああ、折角の休日パラダイスの予定が全て崩壊してしまった。まぁパラダイスなんていっても予定らしい予定はなにもなかったが。

 

 しかし見舞いなんて行ったことがないから何を持っていけばいいのかわからない。暇だ暇だと言っていたから漫画でも持っていけばいいのだろうか。

 出来るだけ早くとの要求をされてしまったので早く向かった方がいいだろうと思い、目につく漫画を適当に持って家を出た。

 

「普通風邪引いた程度で異性は呼ばないだろ……」

 

 僕は日菜さんの事を少しだけわかっていた気がしていた。だが撤回だ、僕にはまだあの人の事は全くわかっていない、理解なんて程遠い。

 あの人を理解できるのにはあとどれだけ、あと何年かかるのだろうか。溶けそうなくらい暖かい太陽の光を浴びながら僕はそんな事を考えていた。

 

 

 氷川家に着いた僕はインターホンを押す。他人の家のインターホンを押す瞬間は緊張するのはどれだけ年を取っても変わらない。

 もしこれで氷川さんのお父さんかお母さんが出てきたらなんて挨拶をしよう、なんて事を今更ながら考えたが二人とも仕事だと言っていたのを思い出し少しだけ安心した。

 

「悠君、遅い」

「これでも結構早く来た方なんですけれど」

 

 開いたドアの先にはパジャマ姿らしき日菜さんがいた。青色と水色のパーカーに紫と白の水玉のズボン、寝起きからずっとそのまんまですというのが伝わってくる。

 

「そんな舐め回すように見るなんて……悠君はえっちだなぁ」

「舐め回すようには見てないです、そんな元気そうなら帰りますよ?」

「見てることは否定しないんだ」

 

 下から見上げるように言われるその言葉に少しだけ恥ずかしさが込み上げる。墓穴を掘ってしまった。穴があったら入りたい、掘った墓穴に潜り込みたい。

 そんなことを考えていると後ろに回り込まれ、グイッと背中を押され家の中に運び込まれる。

 

「それにしても風邪引きたくないって言ってた癖にマスク付けてきてないんだね」

「馬鹿は風邪を引かないので」

「じゃああたしがよく風邪を引くのは天才なせいなのかな?」

 

 その返答は嫌味なのだろうか。もし風邪を引いた程度で天才の証明になるとするならば僕は薄着で外に出て風邪を引いて天才になっている。

 日菜さんの部屋に連れていかれたが、部家の中を見回すのはよくない気がしたので出来るだけ壁を一点に眺める事にする。

 

「悠君はおねーちゃんの事、結局どう思ってるの?」

 

 部屋について暫くすると日菜さんは凄く興味津々なようにそう聞いてくる。

 心なしか日菜さんの目がキラキラしているような気がする。もしかしてこういったことには興味があるのか。

 どう言うのが正しいのだろう、ゆっくりと考える。あの時の事を思い出しながらこの前出た答えを砕き、溶かして、固めて組み立てて口に出す。

 

「好き、だと思います」

 

 そこまでして出てきたのはそんな言葉。沢山の工程を挟んだ割には短くて単純な言葉、だけどこれ以上ない僕の気持ち。

 

「……この前はわからないって言ってたのに、知識と経験はついたの?」

「経験はないですしついてないです、知識も全く増えてないです」

「それならどうして今度ははっきりと言えるの?」

「……好きだと思って、気づいたからです」

 

 感情論、僕の嫌いな抽象的な物。それでもそうとしか言いようがない。

 恋とは、愛とは、言葉に出来ない。何を馬鹿な事をと少し前まで思っていたが体験してそれは始めてわかった。

 

「へぇ~、じゃあ悠君はあたしの事、好き?」

「……唐突過ぎませんか?」

「いいじゃん、気になっちゃった」

「好きか嫌いかで言えば好きですよ」

「でもそれはおねーちゃんに対する好きと一緒、じゃないよね?」

 

 その問いに僕は頷く。恋してるではない、愛しているではない、好いている。振り回されたりいろいろされるけど楽しい、でもそれだけだ、それ以外に特別な感情はない。

 

「急にそんな事聞いてきて、風邪悪化しましたか?」

「……そうみたい、悠君はもう帰る?」

 

 その問いには頷いて返す。日菜さんは見てわかるくらい急に気分が沈んだ。

 理由はわからない、なんてことはない。でも予想でしかない、本当にそんな事はあるはずがない。

 

 こんなの妄想にすぎない、男子中高生特有の物だ。こんな僕がそう思われるなんてありえない、あってはならない。

 どうせ妄想だ、それも気持ちの悪いもの。こんな風に思われたくもないだろうし早く帰ろう、そう思いながら玄関に向かう。

 

「ね、ねぇ悠君、再来週映画見に行かない?」

「再来週は……いいですよ」

 

 忘れないでよねと笑顔で言われる。笑顔は苦手だ、人によっては笑顔は怖い、それはこの人も例外ではない。

 別に何か隠しているかのように見えるわけではない。だけどこの人の笑顔はただただ純粋に、とても可愛らしい。

 

 なんだか心を動かされてしまいそうになる、僕はあの時に戻ったかのように顔が赤くなり心臓か早く脈動する。

 僕は流されやすい、周りに全て任せる指示待ち人間。だけど一度自分で決めた事はそれなりに押し通せる、そんな人間の筈だ。

 

「それじゃあ、またね」

「お大事にしてくださいね」

 

 熱い、痛い、苦しい。この感覚には覚えがある、間違えようがない。僕が好きなのは氷川さんの筈だ、日菜さんじゃない筈だ。氷川さんは僕の事を変えてくれそうだから好意を持った。

 日菜さんは……きっと僕を今のまま変えてくれないだろう。

 ではこの思いは、熱さはなんだろう。まさか、まさか、そんなまさか。

 

 

 ──僕は二人に恋をしているのだろうか。

 

 

「風邪、移されちゃったかな……」

 

 知らない、ありえない。こんなの知らない、こんなことはありえない。

 この気持ちは何よりも理解が出来ない、日菜さんよりもずっとずっと理解が及ばない。

 馬鹿馬鹿しい、そう思って家に着くなり熱を測ってみたが結果は残念なものだった。

 




こっちはお久しぶり
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