「最近お前変わったよな」
「は?」
今日も何事もなく普通に学校が終わり帰路につく、友人からその言葉を言われたのはその時だった。
最近変わった、僕は変われている? 自分では何かわからない、だがそれは求めていたもの、願っていたこと。
だがこいつとはある程度長い付き合いだから、変わったことといってもどうせ上辺だけのものかもしれない。
「何処が変わったっていうのさ」
「なんだお前、やけに食いつくじゃん」
「気になったんだからしょうがないだろ」
もしこれで見た目が変わったとか言われたら僕はこいつを軽く叩くつもりでいる。だからその程度だと高を括るが、それでも期待をしてしまっている自分がいる。
「教えてもいいが……飯奢れ」
「……それでもしくだらないことだったら殴るけど」
「安心しろ、高いもんは頼まねぇから」
「だといいけど」
そう言っていつものファーストフードに向かった。こいつは高いもんは頼まないとか言ってた癖にいつも頼まないものまで頼まれたので、僕は珈琲だけで我慢することにした。
「うわ、ほんとに奢りやがったよ」
「奢れって言ったのお前だろ」
「いやー、それでもケチなお前が奢るとは思わなかった」
「うるさいな、早く教えろ」
「まぁ教えるから落ち着けって」
まったく、こいつは相変わらず勿体ぶる。ゆっくりポテトを食べて飲み物を飲まれる。イライラする、僕はそんな待てるほど人間として出来ていない。
待たされるのは嫌いだ、その筈だ。このイラつきはなんなのか、気になるからか、それともこいつだからなのか。
日菜さんを待っている時にはこうは思わないのだから……多分そうなのだろう。
いや、もしかしたら彼女が特別なだけのかもしれない。
「おい」
「ほんとお前短気だよな」
「イラつかせてるのはお前だろ」
「へいへい、じゃあ教えてあげますね~」
こいつに丁寧語で言われるとなんだか煽られてるようでムカつく。こちらに見せつけてくるように五本の指を立ててきた。
「まず一つ目、見た目が変わった」
「……」
「大丈夫だって他にもあるから……ほんとに殴らないよな?」
「さぁな、金返すか他の事によっては考えないこともない」
「じゃあ二つ目、ため息が減った」
「……ああ、言われてみれば確かに」
あれだけやっていたため息は最近ついていないことを言われて初めて気づく。何故だろうか、不満がないから、毎日が変わってきているから。自分ではわからない。
だとすると毎日が変わってきているのは何故だろうか、それは間違いなくあの二人のせいだろう。
平日は会うことは殆んどないが休日はかなりの頻度で会っている、今までと違っているのとすればそれだろう。
「三つ目はお前最近音楽聴いてる事が増えた、四つ目はゲームのログイン時間がだいぶ前になることが多い」
「何お前、僕のログイン時間いちいち見てたの?」
「いや、今まではたまーに見たらずっとオンラインだったのに、今じゃ12時間前とかよくあるからさ」
「あー、休日スマホやPC弄る時間は減ったかも」
「それじゃあ最後な」
親指から順に下げていき残るは小指、最後の一つのみ。小指だけ上げるのが辛いのか人差し指に変えたところはちょっと面白かった。
「お前が女といるとこを目撃した」
「……は?」
「お前今まで女嫌い、ゲームが僕の恋人なんだ、一生を共にしよう! って感じだったのに女といるなんて知った時には明日世界が滅びるかと思ったよ」
「……もしかして奢らせたのってそれが原因か?」
「よくわかってんじゃん」
僕は今までそんな女嫌いみたいな印象だったのだろうか、そもそもゲームと心中しようなんて危険思想は持ってない。
女性には慣れてないし苦手だが、嫌いなんて思っているつもりはなかったのだが。
「それでどうなんだよ、ええっと……なんだっけあの子の名前」
「あの子って?」
「ほらあれだよ、この前お前と一緒にいた子」
「ああ、日菜さんの方か」
「そうそう確かそんな名前……って方?」
つい漏らしてしまったその言葉に顔をズイッと近寄せてくる。その顔は怒り、というよりは興味という雰囲気が強かった。
それは純粋にキラついた日菜さんのようなものとは違う、だが確かに好奇心を含ませた目だった。
「何お前、二人もいたの?」
「……悪いか」
「ああ悪いね、それでその人とはどんな関係なんだ?」
「日菜さんと変わらないよ、ただの……」
知り合い、と声を出すことは出来なかった。ただの知り合い、そんな風には決して思っていない。
もっと大事なもの、だけどそれは此方からの一方的な思い。だがそれでも知り合いで済ますには足らなすぎる、表すことはできない。
「何、付き合ってんの?」
「僕がそんなこと出来ると?」
「無理だな」
「……即答するなよ」
「でも実際してないんだろ?」
まぁそうだけどと答える。だが好きなのは間違いない、自分で何度も、何度も確認したのだから。
「告白とかの予定は?」
「……ない」
「駄目駄目だな、男からもっと行かないと」
「はいはい、ご忠告どうも」
これ以上ここにいても永遠とこの話をされ続けるだろう、それは嫌だし特別用事があるわけでもない。
僕が頼んだ珈琲だって飲み終わったし帰ってゲームをやる予定だってある。そろそろ帰るか、そう思い立ち上がるも、ちょっと待てと声をかけられる。
「日菜って子の方はどうなんだよ」
「それは……」
言い淀む、日菜さんの方はどうなのだろう。もしかしたら……好き、かもしれない。
ならばそれは氷川さんとどちらが上? わからない、決められない。二人とも二人なりの魅力があって個性がある、だから決めることができない。
「……今まで恋なんかに興味ありませんって感じだったくせに」
「……ちげぇよ」
「まぁいいけど、保険として片方キープなんて考え方は止めとけよ。絶対片方に力を入れた方がお前も、相手もいい筈だ」
「……それは経験則か?」
「まぁそんなとこだ」
ああ、いつからこんな事になってしまったのだろう。氷川さんだけでなく日菜さんにも揺さぶられるようになったのだろう。
もし二人とも好きなのが事実だとするならば……僕はどちらの方が好きなのだろう。今はどちらも好きとしか表すことはできない、ならどちらかを選べと言われたら?
僕は流されて生きてきた、自分の意思なんてなく生きてきた。そんな僕がどちらかを選ぶなんて、贅沢がすぎる。
しかし二人は僕のことをどう思っているのだろう。少なくとも嫌いには思われていないだろうが……好意的に思われているかはわからない。
選ぶ、そんな偉そうな事を言っているが僕にどちらかを選ぶ権利はない。これが正しいのかもしれない。
「これやるよ」
ピン、と硬貨を指で弾かれそれをキャッチする。硬貨を公の場で弾いて渡すなと言う、かっこいいのはわかるけど。
「そんなの聞いて奢られるなんて気が悪い、返すわ」
「……カッコつけてるとこ悪いけど足りてないぞ」
はぁ、と大きくため息をつかれる。レシートを見せるときっちり支払ってくれたからこいつは本当にいいやつだ。
本当にいい友人だ。それこそ、僕にはもったいなくらいには、
今日は水曜日、つまりは週刊誌の新刊がでる日、だが先週に合併号として販売されていたため今週はもう読む物はない。
そう知っているならばさっさと帰ってしまってしまえばいい、だが今日に限ってはそういうわけにはいかない。
「まぁ来るかわからないんだけど……」
氷川さんに誕生日プレゼントを渡そうと決めている、だが渡したい物があるので来てくださいなんて恥ずかしくて送れてない。
ただただ待っている、開くだけで内容を読まずにある程度内容を覚えている週刊誌を手に持っている。
「チキン野郎が……」
何度メッセージを送ろうとしただろうか、何度メッセージを書いて消しただろうか。
きっと渡せなかったら後悔する。だがもう遅い、今さら送ったところで断られるのがオチだろう。
やはり昨日勇気を出して明日来てくださいとでも送るべきだった。ならば来るはずがない、そんなことはわかっている。
だというのに待っているのは、どこかで来ることを期待しているからだろう。
店内に誰かが入ってくる軽快な音がする。その度に入り口の方を向く。だが期待していた人物ではない。何度目かわからないため息をついてしまう。
「もう帰るか……」
コンビニに来てから大体一時間も経っている、渡すのは多少遅れてしまっても大丈夫だろうか。
今週末は家族との予定があるし、来週は日菜さんと天体観測ツアーの為無理、となると渡せてその後になるが流石に遅すぎるだろう。
本当は渡そうなどと思えていなかったし、そもそもここに来る気もなかった。恥ずかしい、そんな理由で。
それでも来たのは今朝日菜さんから送られてきた誕生日プレゼント渡さなきゃ駄目だよ、というメッセージのせいだろう。
「自分でつけるかな……」
似合わないだろう、だが日菜さんとお揃いだと考えると不思議と悪い気はしない。前向きに考えてみれば別に渡せなかったといって別に悪いことばかりではない。
外に出て薄暗くなってきている空を見るが今日の予報通りの雨は降りそうにない、こんな日に限ってだ。
結局僕は探してる、彼女を待つ理由を。雨が降ったら傘を持ってきていないしここにいなくては、そんなものを求めていて。
「渡したかったなぁ……」
「何をですか?」
呟きに反応されて思わず振り返る、その声を聞き間違える筈がない。
視界に入るのは……ああ、やっぱりそうだ。神様とやらは本当にいるのだろうか、世界は案外優しいのかもしれない。
「ど、どうも……」
「こんばんは、それで渡したい物ってなんですか?」
「あれ、僕氷川さんに渡したい物があるなんて言いましたっけ?」
「そ、それは……日菜から聞きましたし、さっき渡したかったなぁって言ってらっしゃったので」
「もしかして今日ここに来たのって……」
「日菜に加々美さんが今日渡したい物があるって言われたので」
彼女は女神様なのだろうか、神様は思ったよりも近くにいるらしい。
だが声が出ない、荷物から取り出せない、こんなとこでも欠片の勇気がないのだろうか。
振り絞ってみたら出てきたちっちゃな勇気と共にプレゼントを鞄の中から取り出そうとするが、震えて掴むこともままならない。ようやく掴めたそれを氷川さんに渡す。
「誕生日プレゼントです」
「これを……私に?」
「はい、といってもあまり高い物ではないですけれど」
「……いえ、それでもとても嬉しいです」
ああ、心臓がうるさい。体を抜けて外まで聞こえてしまいそうだ。
熱い、それは気温ではない。この前は緊張から逃げてしまった。だが今なら少しだけこの時間を、熱さを、緊張を、心地よく思える。
「この前のライブ、凄くよかったです」
「そうですか。満足のいくものではなかったですがそれなりにいいものが出来たと思っています」
「あ、あれで満足してないんですか?」
「ええ、途中でいくつか指が遅れてしまったりしてしまいましたので……」
そんなもの、聴いてるこちらとしても全く気にならないものだった。それでも氷川さんには納得のいかないものなのだろう。
凄い、そんなこと僕ではあり得ないことだ。妥協して、それなりのもので満足してしまう。努力家、真面目、それを体現している。
「それでは、また」
暫く話し込んだ後氷川さんとは別れた。本当に胸が苦しい、逃げずに耐えきった自分を誉めてあげたい。
二人には、それぞれ違った魅力があって、個性がある。
僕は氷川さんの努力家で真面目なところに、自分が求めていて、あり得ないことにどうしようもなく憧れて、好いていて……恋をしている。
硬貨を指で弾いて渡すのカッコよくて好き(失敗したら周りの目に殺される)