あたしは悠君の事が好きだ、それは間違いない。
何処が好きなのか。体を揺らし指を折りながらそれを数える。
真面目っぽくしてるところ、優しいところに話が面白いとこ。おねーちゃんのファンなとこと星が好きなとこ、後は一緒にいてるんってくるとこ。
他にもいっぱいあるけど……一番はやっぱり、あたしの事を理解しようとしてくれるところ。
ベットにうつ伏せで倒れる。今から電話をかけてからかってあげようか、それともメッセージを送って次に会う予定を立ててしまうか。
「……最初は何ともなかったのになぁ」
悠君の事を好きなのかもって気づき始めたのはおねーちゃんのライブの時だと思う。もしかしたらそれよりもっと前かもしれないし、それより後かもしれない。
その日会っていた時は別に何ともなかった。だけど悠君があたしじゃなくておねーちゃんに夢中になってた時、それに気づいた時に何かが引っ掛かっている感覚に襲われた。
歯の隙間に何かが詰まったとか魚の骨を飲み込んでしまったとか、そういうちょっとだけ不快に思うような感覚。その時にはこれがなんだったのかわからなかった。
気付きが確かとなったのはその次に悠君と会った時、あたしが風邪を引いていた時の事。あたしがおねーちゃんの事を結局どう思っているのかと聞いたあの時。
多分その時は興味が全てだった、それ以外はなかった。だけど悠君がおねーちゃんの事を好きと答えたその瞬間、あたしの中であの感覚が少しだけ形を変えて蘇ってきた。
何か詰まっていたものは刺すような何かに変わり、何かがなくなったかのようなそれが感じ取れた。それはなんなのか、何故蘇ってきたのかわからなかった。
話を進めあたしとおねーちゃんとの好きは違うよねと聞いて彼が頷いたその時、改めて何かわからないものが溢れてきた。
あの時にはよくわからなかった、その感情がなんなのか。ドロッとしていてへばりつくようなそれ。なのに不思議と心地いい。
そのくせあたしをイラつかせるその感情の名前を、あたしは知らなかった。
あの感情が好きだと、恋だと気づいたのはその次の日の事だった。
風邪気味なまま日を跨いだけど元気は有り余っている、だけど外には出られない。そんなんだからあたしは暇を潰すために恋愛小説や少女漫画を読み漁っていた。
なんでその類いの本を選んだのかはわからない。近くにあったから、その程度の理由かもしれないし、もしかしたら知らず知らずのうちに気づいていたからかもしれない。
本を読んでいるとまったくわからなかったその感情のこと、それを知ることができた。
いや、知ったよりも気づいた、の方が正しいかもしれない。海底から釣り上げられるかのように浮かんできたこれが、この感情が好きってことなんだと。
「好きって思ったより汚れたものなんだって知った時は、ちょっと残念だったなぁ」
漫画とかみたくドキドキして、世界がキラキラ~ってなって、るんってしたりキュンキュンする
だけど実際はドロドロしてるものなんだなって知ってしまった。そしてこのドロッとした感情は……おねーちゃんに向けられたもの。
認めたくはなかった。だけどそれは何度も、何度も自分で確認したから間違いない。
嫉妬、恐らくそれが一番似合う。悠君の視線を、気持ちを、独り占めしてるのが面白くなかった。
あたしより一歩先にいるのが許せなくて、妬ましくて、そして羨ましかった。
「でも、おねーちゃんの知らない悠君をあたしは知ってる……」
それはホラー映画が苦手なことだったり、ポップコーンは塩派だったりの小さなことばかり。だけどそれは多分おねーちゃんの知らないこと。
だけどそんな小さな事の積み重ねがあたしの中で自信になって喜びになっている。
だけどおねーちゃんもきっとあたしの知らない悠君を知っているだろう。それは少しだけ残念で気に食わない。
唐突にガシャン、と何かが落ちる音がした。うつ伏せになっていた体を起こす。
辺りを見回せばその原因はすぐにわかる。何てことはない、トランプが棚から落ちてしまっただけ。それを拾いに行くためにベッドから降りる。
蓋が開いて散らかった中から窓から差し込む光に照らされていた一枚をなんとなく手に取る。その一枚を表に裏返すとそこに描かれていたのはジョーカーだった。
「相変わらず運がいいんだか悪いんだか……」
思わず笑ってしまう。思い出されるのはツアーのバスで悠君とやったババ抜き。あたしは自分でも驚くくらいジョーカーを引いた。
悠君は眠かったからなのかわからないけど全然顔に出てなかった。でもあたしは……顔に凄い出てたと思う。
でもそれは仕方ない。だって悠君が眠いからか、それともババ抜き程度に本気になっているのかわからないけど、滅茶苦茶真剣な目であたしの顔を見てくるのが全部悪い。
それがなんだかおかしくて、嬉しくて、思わずにやけてしまっていたのかもしれない。今思うととんでもなく恥ずかしい。
そんなことや鬼ごっこなどいろいろあったツアーだけど、やっぱりあの告白が一番記憶に残っている。これ以上なく緊張したしドキドキした。
気持ち悪くて吐き出してしまいそう、だけどとても気持ちよくて。自分の中から何かを吐き出して、世界を取り込むような不思議な感覚に襲われていた。
「でも、なんであんな事言っちゃったんだろ……」
今すぐ答えなくたっていいよなんて言ってしまったのはなぜだろう。モヤモヤもしているし、それと同時に安心もしている。
あの時に答えを無理矢理にでも聞き出していたら今こんな風に悩むことはなかっただろうに。
もしあの時に、僕も好きですと言われてたら今こんなに苦しむ事も、悶えることも悩むこともないだろう。
でももしあの時、おねーちゃんと言われてしまっていたら、どうなっていただろう。
あたしを理解しようとしてくれる人があたしじゃない人を選んでしまったら凄く寂しいと思う。それ以上は……あんまり考えたくない。
それにあの場の勢いで、妥協してあたしの事を選ばれても全然、ではないけど嬉しくない。
おねーちゃんに悪いっていうのもあるけど、何より彼にはなんとなくで選んでほしくない。本当にあたしの事を好きになってほしい、後々後悔なんてしてほしくない。
彼にはあたしのことが好きであってほしい、悩む余地なんてないくらいに。
「でも悠君はあたしの事名前で呼んでくれてるもん」
おねーちゃんは氷川さんであたしの事は日菜さん……いや、この前は日菜と呼んでくれた。それがあたしがおねーちゃんに今つけられている一番の差。
嬉しいのは間違いないんだけどそれはちょっとだけむずかゆいのは確か。
あの時は名前を呼ばれたのが嬉しくて、恥ずかしくて、それとおねーちゃんへの罪悪感からかわからないけど悠君の顔を見ることはできなかった。
悠君はあの時のあたしを見ていたのかな、多分タコみたいに顔を真っ赤にしたあたしを。
いや、そうじゃなくても気付かれてるかもしれない。だってあの時の心臓の鼓動は多分あたしの体を通して悠君に伝わっていたから。
彼はどうだったのだろう。あたしみたいに真っ赤になっていたのだろうか、心臓が弾けそうになっていたのだろうか。月明かりの逆光が彼の顔を隠して見ることが出来なかった。
トランプを片付け終わって元の場所に片付けるとふと鞄につけていたアクセサリーの片割れが目に入る。
「もう片方はおねーちゃんが持ってるんだよね……」
悠君からのおねーちゃんとあたしへのプレゼント。本当はもう片方は悠君につけてほしかったって気もするけどおねーちゃんとのお揃いってのも悪い気はしない。
お揃い、悪い聞こえはしない。なんでもお揃い、髪色もやってることも、好きなものだって。だけどなんでもかんでもお揃いなら、この気持ちもお揃いなのかもしれない。
「おねーちゃんも悠君の事、好きなのかな……」
おねーちゃんの部屋の方を向く。壁越しだから映るのは当然壁だけ、だけどあたしはおねーちゃんを確かに見ている。
おねーちゃんも悠君のことが好きなのだろうか、少なくとも嫌いじゃないだろう。でなければ彼と一緒にいたときにあのような笑顔は見せないはずだ。
「好き、じゃなければいいんだけどなぁ~」
ライバルは少ない方がいい、という訳じゃない。おねーちゃんの事も好きだから、同じくらい好きだから悲しませたくない。
もし悠君があたしを選んだとしてそれでおねーちゃんが悲しんだら凄く嫌だ。もしおねーちゃんも悠君の事が好きだったらあたしはおねーちゃんと悠君、どっちを取るのだろうか?
今度はあお向けでベットに倒れ手を顔の上に持ってきて視界を遮らせる。
どうなんだろう、どうするのだろう。どっちが……好きなのだろうか。彼に聞いたあの言葉、それを自分自身に問い直す。
それは何度もしてきたことで、そして何度やっても変わらないもの。
──おねーちゃんへの好きと、悠君への好きは……違う。
あたしは近くに置いておいた音楽雑誌を手に取る。これはおねーちゃんの部屋から無断で借りてきた物で弾き方とかの役立ちそうなところはマークしてある。ほんとにおねーちゃんは真面目だ。
あたしはギターをそう遠くないうちに始めるだろう。
それはおねーちゃんがやっていたから、それだけじゃない。今まではそれだけだったけど、他にも理由ができた。
「……負けないよ、おねーちゃん」
悠君はおねーちゃんに夢中だ。ずるい、許せない、羨ましい。その視線を、興味を全てあたしに向けてほしい。
彼はおねーちゃんのファンだ、それはこの楽器の出す音のせい。なら彼を……あたしのファンにしよう。
文字と記号の羅列、初めて知るそれらは苦にはならない。それは新しい知識が面白いのではない。彼のために知れるそれが、嬉しいんだ。
気がつけば、外には夜の帳が下りていた。
日菜ちゃんが私じゃなくてあたしで、お姉ちゃんじゃなくておねーちゃんと言う事に気づいたので今までのも含め全部直しました