僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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今日は紗夜さん日菜ちゃん誕生日
だからといって特別な話でもないです


敬語

 優しい風が肌を撫でる。

 三月も終わりが近づいてはいるが花粉の猛威はそのままに、さらにその猛威に乗っかるように桜が咲き始めている。

 外を歩けばつぼみが開いたばかりの桜の周りには人だかり、写真を取ったり眺めるだけだったりしている。

 

「にしてもだいぶ暖かくなったな」

 

 暴力的な冷たさは消え去り、今まで着ていたコートも今では必要がなくなり部屋の奥に投げ捨てられている。

 何もなくただただ散歩というのも考えられない季節ではない。だが今回外に出ているのはそうではなく、ただ誘われたから。

 しかし春休みということもあり、課題は終わりきっていないし、溜まったアニメやゲームを消化したい。

 

 だがこの誘いは断れなかった。もし誘ってきたのが友人なら悩んで了承したかどうかはわからないが、相手が相手なのだからこの誘いには迷う余地などなかった。

 集合場所といわれた公園では絶賛花見祭り、とはいかない。やはり満開になってから来る人の方が多いのだろう。

 そんなことを思いながら辺りを見渡していると公園の真ん中で一人立ちながらこちらにおもいっきり手を振る人が見えた。

 一応後ろを確認するが誰もいないため僕を呼んでいるということを確認できたのでその人のところに向かった。

 

 今まで何回か見てきたその顔はなんだかいつもと違うように見えた気がした。今までは見れたその顔が真っ直ぐに直視することが出来なくなっていた。

 しかし見てる限りではどこが変わったとかはない。意識をしてみても髪型だって多分変わっていないと思うくらいなのだから本当に何も変わっていないだろう。

 

 つまり変わったのは……日菜さんではなく僕が日菜さんを見る目。

 仲のいい人から、個人的に好きな人に。軽い片思いをしていたはずの相手から、向こうもこちらのことが好きな人に。

 

「悠君遅い~」

「……日菜さん何時からいたんですか?」

「ち~が~う~で~しょ~」

 

 日菜さんは人差し指で自分の耳を塞ぐ。僕が何度か呼びかけてみてもその体勢を維持し続ける。

 そんな体勢をとりながらも聞こえないというわけでは無さそうで、呼んでも首を横に振られ続ける。

 違うとは何だろう、何がどう違うのだろう。わからずに悩んでいると日菜さんは呆れた用な顔をして目を瞑ったまま僕に答えを教えてくる。

 

「名前、あと敬語」

「日菜さんそんなことで拗ねてたんですか?」

「…………」

 

 やはりなにも喋らないし体勢も崩さない、きっと僕が折れるまではこれは続くだろう。

 呼び捨てはこの前一度やってしまったがそれでもやはり、緊張する。

 

「……そんなんで拗ねてたの、日菜」

「悪い?」

「別に、むしろ可愛いと思いました」

「……敬語抜けきってないよ」

「ほぼ癖だから直すの難しいですね……」

「敬語が癖ってなんで? 友達っぽい人と話してるときはタメ口だったじゃん」

 

 敬語が癖な理由。この話し方だと怒られる事がないから、初対面でも便利だから。

 まぁそれらはあるだろう。だが本当の、適当な理由は一つしかない。

 

「嫌われたくないから」

「好きになってほしいじゃなくて?」

「誰かに好きになられるよりも、他人に嫌われる方が怖いじゃないですか」

 

 普通を守るのも嫌われたくないから。日常から逃げた異端者を待っているのは糾弾。嫌われて、弾かれて、孤立する。それは怖いし、嫌だ。

 タメ口だとキレる人もいる、だが敬語で怒る人なんてそうそういない、嫌だと思う人もそうそういない。

 だからこそ僕は敬語が癖になってしまっているのだと思う。

 友人にタメ口を使えているのは……多分それでも嫌われないとわかっているから、長い付き合いからの信頼から。

 

「ふーん、でもあたしは悠君のこと好きだよ?」

「……直球ですね」

「この前も言ったんだから別にいいかなって」

 

 この真っ直ぐな言葉は苦手だ。好きと伝わってくる、少しの歪みもなく伝わってくる。恥ずかしいも嬉しいも混ざったなんとも表現できない感覚は広がって染み渡る。

 だけど心の奥底でその感情は止められる。その染み渡りを阻止するものはやはり、もう一人の存在だろう。

 

「まだ答えは出てない?」

「……ごめんなさい」

「いいよ、急かしてるわけじゃないから」

 

 そんなことはわかっている。覗き込むように下から見てくるその視線に自分のものを合わせられない。どうしようもなく申し訳ない気持ちが止まらない。

 

「……それで今日の予定は何かあるんですか?」

「まだ決まってないんだよねぇ」

 

 近くのベンチに腰かけながらそう言われる。隣をトントンと叩いているのは座れという合図だろう。

 

「何処か行きたいとことかないんですか?」

「うーん……別にないかな~」

 

 隣に座って空を見上げる。今日は予報が正しければもう少ししたら雨が降るらしく、雲がうっすらと拡がっていて太陽を隠している。

 そんな天気だからなのかしらないが公園だというのに子供の遊ぶ声がすることはない。静かな空間、その静寂がどうしても二人でいるという事をわからせてくる。

 

「……悠君はおねーちゃんの、何処が好きなの?」

「……相変わらず突然ですね」

「いいじゃん、減るものじゃないんだし」

 

 何処が好き。真面目なところ、努力家なところ、たまにあるギャップも魅力的だ。

 他にはあんなところも。ああ、まだまだ足りない、止まらない。

 それでも僕は彼女の事をまだまだ知れていない。そんな風に思うのは何故か、そして多分その知れてない所にも好きな所は隠れている。

 

「……悠君はほんとにおねーちゃんの事が好きだね」

「氷川さんだけじゃなくて日菜さんの事も好きですよ」

「……へー、じゃああたしはどんなところが好き?」

「元気で、強引で、普通じゃなくて話が途切れないところとか」

 

 他にもある、それも語るがどうも本人の前でここが好きだと言うのは恥ずかしい。

 しかしそんな考えとは裏腹に自分のものではないかのように口からはすらすらと言葉は出てくる。ふと日菜の方を見た時、日菜は顔を伏せていた。

 

「どうかした?」

「……悠君に好きって言われたの始めてだからものすごいドキドキしてる」

「……そういえば好きって言ったのは始めてか」

「そうだね。気づいてはいたけど言われたのは始めて」

 

 やっぱりバレていたのか。人の事がわからないと言っている癖に人の事は勘が効くのかすぐ気づくのだからこの人はズルい。都合がよすぎだ。

 しかしそれを気づかれていたとなると余計に恥ずかしくなる、予想はしていたがはっきりと言われてしまうのはとても。

 こんなに言ってしまったのは自分だというのに。

 

「それにあんなに語ってくれるとは思わなかったし……」

「そ、それは……まぁ」

 

 思い返すとやはり恥ずかしい。きっとオシャレな人や女慣れしてる人ならそっちは僕のどんなとこが好き? と返せるのだろうが生憎僕にはそんな勇気はない。

 

「行きたいとこあったんだった、一緒に来てくれる?」

 

 急に立ち上がりそんなことを言われる。予定があるわけではないので大丈夫と返して僕も立ち上がる。

 しかしあまり遠いところだと行きたくないわけではないが面倒くさい。公園を出て少ししたところで何処に行くのか尋ねてみた。

 

「ギターを見に行こうかなって」

「……結局やるんだ、ギター」

「うん、決めたの」

 

 その目には迷いはない、それなら僕が口を出すのは不粋というものだろう。

 氷川さんはしてほしくないと言うだろう、思っているだろう。それだけど僕は日菜のギターを聴きたいと思った、思ってしまった。

 理由なんて特にない、深くはない、欠片も見つからない。

 氷川さんの音が好きな癖に、焦りを取り除きたいなんて思っていた癖に、その原因たる日菜がギターを始めるのは止めようとしない。

 

 彼女はどんな音を奏でるのだろう。氷川さんの妹である彼女はどんな音を出すのだろう。

 その性格通り激しい音か、それとも元気な音か。もしかしたらギターは得意じゃないかもしれないし……いや、日菜ならそれはないだろう。

 どうであれ、それを心待ちにしているのは間違いない。

 

 結局のところ僕は、どうしようもなく自分勝手だ。

 

 

 やってきたのはいつものショッピングモール、ではなく『江戸川楽器店』という店。

 ドアが開いたかと思うと飛び込んでくる景色にはやはりというべきか楽器しかない。

 人はそこそこいるがその殆どが女性。ガールズバンドブームと休みの力の偉大さを教えられる。

 

「ねぇ、どれがいいと思う?」

「値段が値段だし自分で選んだ方がいいと思うけど……」

「るんっ、てくるのが見つかれば話は早いんだけどね~」

 

 ギターの知識なんてない、僕が選ぶくらいなら店員に選んでもらった方がいいだろう。そう思っていたがふと一つのギターが目に入った。

 

「……これは」

「なになに、なにか見つけたの?」

 

 それは水色のギター、目に入った理由はそれだけでしかない。特別な見た目もしていないし、派手な装飾もない。ただの色、本当にそれだけ。

 

「……これ買う」

「え、そんな適当な……」

 

 あまりに急過ぎないだろうか。万を超える買い物なのだからそう簡単に決めていいものではないだろう、と言ってみたが日菜は首を横に振る。

 

「違うって。これすっごくビビッときた、買ってって声が聞こえた気がしたの!」

 

 そう言って日菜は店員のところに向かった。声が聞こえたっていうのは僕にはわからない、けど自分でそれがいいって思ったのならそれでいいのだろう。

 直感というのは運命の人を見つけるのに一番適している、なんてキザ風に言った友人はその人とは付き合って一番長く続いていた。

 直感というのはあながち馬鹿に出来ないのかもしれない。そんなことを考えていると日菜がこちらに戻ってきた。

 

「ねぇ、悠君は今お金ある?」

「ない」

「そんな~、それじゃあ買うのは次回になっちゃう~」

 

 嘘ではない。金はまったくないわけではないがそんな大金があるわけでもない。

 それに貸したくない、変な貸しを作るのは嫌だ。なんとなくだけど対等でいたい。日菜は残念そうに店員に対してあのギター残しておいてくださいね、と言って一緒に店を出る。

 

 空はだんだん黒い空がやってきてそろそろ帰らないと雨が降ってきてしまいそう。傘を持っていないし帰るとするならば今のうちだろう。

 そういえば折り畳み傘は返してもらってないな、なんて思いながらそろそろ帰るという事を日菜に伝える。

 

「また今度ね~」

「それじゃ」

 

 そう言って帰り道を進もうとしたところで日菜に呼び止められる。

 何か忘れ物でもしていただろうか、そう思いポケットを確認するが忘れ物はない。何なのかと尋ねようと振り返ると彼女は見たことがないくらい笑顔だった。

 上機嫌、それを隠しもしない。言葉は出なくて、目をそらせない。見惚れていてまばたきすら忘れていた僕に向かって彼女は言った。

 

「敬語、抜けてるよ」

 

 それだけの言葉に少しだけ呆けている間に彼女は帰ってしまった。

 確かに先程から敬語は使わなくなっていた気がする。だけど、敬語だけではない。

 

 僕の中で日菜は呼び捨てになっていた、気づかぬまに。

 

「……はぁ」

 

 なぜかため息をついて帰り道を進む。別に敬語が抜けようと呼び捨てになろうと何も変わりはない。

 理由はわからないけど少しだけ、足が軽くなったかのような気がした。

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