僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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短くなっちゃいましたごめんなさい


進級

 時が経つのは早い。最近年が明けたばかりだと思っていたのにもう4月を迎えてしまった。

 なんやかんやで言われ続けたが単位を落とすなどの問題はなく無事に進級できた。

 しかし、進級し暫くたったからといって変わったことなんて殆どない。

 

 後輩ができたところで部活動には入っていないから関わることなどないし今までとなにも変わらない。ふわふわとしていて、目的もなく努力もしない日々が相変わらず続いている。

 友人とは変わらず同じクラスだし、期始めのテストだって下の中程度には落ち着けた。

 変わったところをあげろと言われたらクラスに知らない顔がいることと教室の階が変わった程度しかない。

 

「結局、何も変われてないんだよなぁ……」

 

 いつものファーストフード店で目の前に置かれたポテトを食べながらそんな言葉を溢す。外はすっかり暗くなっているが帰る気にはならない。

 親に適当に外で食べといてと金を渡されたから。それもあるが理由はそれだけではない。

 

「何か言いましたか?」

「いえ、何も」

 

 たまたま、そう、偶然。練習終わりの氷川さんと会ったから、それがもう一つの理由だ。今は氷川さんと横に並ぶような形でカウンターのような席に座っている。

 氷川さんのトレーの上にはやはりというべきか大量のポテトが乗っかっている。僕なら食べきるのすら苦痛、そう思う程の量がまるで魔法のように消えていく。

 

「最近日菜はあなたの事ばかり話してきます」

「それは……迷惑をおかけします」

「いえ、迷惑にはなっていません……それにしてもまた随分と仲がよくなってますね」

「まぁ、それなりには」

 

 それなり、本当にそうなのだろうか。多分それなりでは足りない。

 僕が一方的にそう思ってるだけではないだろう。だって向こうは好きと言ってきたのだから。ああ、思い出すだけで恥ずかしくなってくる。

 

 好き、それには二つの意味がある。

 好き、人として。面白い人、仲のいい人。好いている、それは間違いない。

 好き、異性として。友達では抑えきれない、この人となら恋人になってしまっても構わないと思ってしまう。恋してる、それも間違いない。

 

 好いている、二人とも。恋してる、どちらにも。ふと隣を見ると美味しそうにポテトを頬張っている。そんな彼女が、想像とは違う姿がとても可愛らしい。

 

「……最近バンドはどうなんですか?」

「あのバンドはもう抜けました」

 

 話がなかったので何かしら話題を振ろうと思い無難と思われる問いかけをしたが、どうやらハズレを引いてしまったようだ。

 バンドから脱退。音楽性の違いとか熱意の違いとか、よく聞くそんな理由かもしれないし、もしかしたら喧嘩でも起きたのかもしれない。

 気にはなる、だが僕には関係のないこと。実際そんなことは聞かれたくはないだろうし聞かない方がいいだろう。

 

「……そうなると今はバンドは組んでないんですか?」

「いえ、既に別のバンドを組みました。バンド、と言ってもまだメンバーが集まりきってはいないですが」

 

 だけど今のバンドなら妥協のない、遊びのない最高の音楽が出来る、頂点を目指せる気がする。氷川さんはそう言った。

 顔を上げて真っ直ぐと前を向き、そして無意識なのかしっかりと握られたその手を見ると……どうしようもなく遠く感じてしまう。

 

「……バンドの目標はあるんですか?」

「FUTURE WORLD FES.に出場することです」

「……だいぶ大きな目標ですね」

 

『FUTURE WORLD FES』といえばプロですら落選すると言われているくらいハイレベル、恐らくこのジャンルのものでは頂点とも言われているものだ。

 だけどそれはバンドをやるもの誰しもが夢見るもので誰もが諦めてしまうものともとも言われている。

 だというのに、氷川さんの目は冗談を言っている風には欠片も見えない。

 

「出場したい理由ってもしかして……」

「誘われた時にそう言われたからというのもありますが、やはり一番の理由は……」

 

 そこから先は氷川さんからあまり語られる事はなかった。欲しいものは頂点、ただそれだけを言われた。

 頂点というのは一番ということ、一番ということは……負けていないという証明。

 ならば、出てくる答えは一つしかなかった。

 

「日菜、ですか?」

「っ……ええ」

 

 溢れる辛そうな声、隠すことのない辛そうな表情。決して純粋な理由ではない、邪とでもいうべきか、多分それは自分でもわかっているのだろう。

 

「仲は……相変わらず良くなってないんですね」

「以前のようになりたいとは思ってるんですが……」

「……素直になれないと」

「ええ。それに今回もこんな風に音楽を、バンドを利用しようとしていますし……軽蔑、しましたか?」

「いいえ、まったく」

 

 邪だからなんだ、純粋だからなんだ。目標というのは持てればなんだっていい。僕みたいに何も持っていないよりは何千倍もましだ。

 それで音がよくなるのならそれでいい、氷川さんがそれでいいのなら何も言うことはない。

 

「……本当に加々美さんは優しいですね」

「まさか」

 

 僕は自分の事を優しいとは思わない。

 見知らぬ困っている誰かを助けるような事はできないし、本当に優しかったらきっと二人の仲直りの手伝いやらを積極的に出来ている筈だ。

 だけどやはり、こういう事を言われるのは少し嬉しい。

 また暫くの間無言が続く。食べてるポテトも、飲んでるコーヒーも味がなく感じる。それはこの黙りとした空間に引かれてだろうか。

 

「……そういえば日菜のこと、呼び捨てなんですね」

「本人からそう呼んで欲しいと言われましたから」

「……もしかして日菜は貴方の事が好きなのかもしれないですね」

 

 静寂を打ち破るのは向こうから。その言葉は柔らかくてまるで子を思う母親のよう。これで仲が良くないというのだからお笑いものだ。

 

「らしいですよ」

「……言われたんですか」

「ええ、それも直球で」

「……なんて返したんですか?」

 

 随分と踏み込んでくる。氷川さんもまだ高校生だし、真面目という雰囲気をいくらだそうがこういうことには興味があるのだろうか。

 問いかけるその声が少し震えているように感じたのはおそらく僕の気のせいだろう。僕はその問いに対して首を横に振った。

 

「まだ答えてないです」

「それは……どうしてですか?」

「……秘密です」

 

 言えるわけがない。日菜と貴女の好きな方を選べと言われ、まだ選べていないからだなんて。

 そんなもの遠回しに貴方の事が好きですと言っているのと同じことだから。

 日菜には好きと言えたが氷川さんには言えない、この違いはなんなのだろうか。

 

 どんどん周りの客は減っていく。帰る人はいても入ってくる人はもう殆どいない。

 別方向の隣の人も帰り二人きり。すべての客がいないわけではないがそれでもこの静寂は気まずいもの。なにも喋れない時間が続く。

 ふとポテトを取ろうとした手が空を切る、いつの間にか食べきっていたようだ。珈琲は既に飲みきっているので片付けを済ませる。

 

「……そろそろ帰りましょうか」

 

 そんな僕を見てか氷川さんはそう言ってくる。その申し出は大変ありがたく、氷川さんもあんな多かったポテトも綺麗に消え去っていてそれを片付けて外に出る。

 帰り道を歩きながら軽く話をした。そして別れ道に着いたところで振り替えって、こう言われた。

 

「……また今度、ライブ来てくださいね」

「……ええ、行きますよ、必ず」

 

 そう言ってお互いに別々の道を歩き出す。暖かくなってきているとはいえ夜はなかなかに冷える。空を見上げると星が広がり月は大きく輝いている。

 

 なんてことのない日常、好きではないし出来れば抜け出したいとも思っている。

 だけど今日のような日はほんの少しだけ、魅力的に思えた。




この短い分は近いうちに取り戻します
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