「今日は残念だったなぁ」
「来月もあるんだからいいだろ」
「そういうもんじゃないだろ、お前なんかもう少しだったんだし」
電車から降りながら友人とそんな話をする。
今日は二人でゲームの大会に行ってきて僕は結果として準決勝敗退で三位決定戦も負けて4位。
聞くだけなら凄い結果なのだが、僕とこいつ含めて8人しかいなかったのだから誰かに自慢出来るものではない。
「お前この後どうする?」
「金無し」
「つっかえねぇ」
そう言われ手を振られながらあいつと別れた。多分あいつはこのまま駅前のラーメンでも食いに行ったんだろう。
外は暗いし少しお腹も減ってきた。今日は親もいるらしいし早めに帰るか、そう思い駅から出るとそこにはいくつかの人混みができていた。
何かを囲うようなその人混みの中心には決まって楽器を持った人達が演奏をしていた。
「路上ライブってやつか?」
二人や三人で固まって演奏をしている人達もいれば、一人でギターを弾いている人もいる。
そういえば明日も休みだな、なんて思いながら演奏をしている人達のところに向かう。どうせ親はまだ夕食を作っていないだろうし少しくらいはいいだろう。
僕が向かった人のところには客は三人程度しかいなかった。来た理由は冷やかしではない、人混みが苦手という意味でもない。
ただ純粋に上手だなと思ったから、今ここで演奏している誰よりも。だけどこの人には客がほとんどいない。
「まぁ、仕方ないか……」
誰にも聞こえないような声でそう呟く。この人は上手だ、きっといっぱい練習したのだろう。
指は固くなっているかもしれないし怪我だってしているのかもしれない。女性というのに爪も伸ばせないかも知れない。
それでも人が少ないのはやはり人数の問題なのだろう。
質より量、というわけではないだろうがそれでも出す音が多い方が、豊富な方が魅力的に聴こえるのは仕方がない。
それを踏まえても上手だと感じるこの人のギターは素晴らしいと思う。まぁ僕はこの人より練習熱心で、上手な人を知っている。
暫くその人の演奏を聞いていると異変が起きた。異変と言っても人が倒れたや不審者が現れただとか、火事が起こっただなどの大きなことではない。
客が全員、それもここだけではない。他の演奏をしていた所にいた客さえも一斉に離れたのだ。
原因は恐らくこの音だろう。この人の音ではない、少し離れたところから聴こえる甘い音、激しい音。
上手なんてレベルではない。弾き始めてからもう何年もやっているかのような素晴らしい音。
もう少しやれば氷川さんに追い付いてしまうんじゃないかと思わされてしまうような。
それに引かれてその音の方に向かっているのだろう。実際に僕だってその音が聴こえだしてからこの人の演奏を集中して聴けていない。
「っ……!!」
目の前の人は今の曲を弾き終えるとギターを片付け、辛そうな表情で逃げ出すように何処かに去っていった。
あの人はギターを続けるのだろうか、それとも辞めてしまうのだろうか。
辞めるとしたら勿体ないな。そう思うけれどそれだけしか思わない。
あの人の音は僕に聴かせはしたが、変えてくれるようには思えなかった、響かなかった。
氷川さんとはどうしても差があったからどうでもいい。気にはなるが興味はない。三日もしないうちにあの人の事は記憶から消えているだろう。
だけどあの表情はどうしても記憶に残る。見ていて気持ちのいいものではないからというのもあるが、それ以上に何処かで見たことがある気がしたから。
何処だったっけ、誰がしていたんだったっけ。思い出せない。
そんなモヤモヤを捨てるためか知らないが僕はこの音の方に向かう。
気づけば演奏している人はこの音の人だけ。他の人はもう帰ってしまうか、その場に立ち竦んで聴き入っている。
どちらにせよ演奏しようとしている人はこの人以外誰一人としていない。
「うわ……」
近くに来るとよくわかる、この音の凄さが。演奏している人は目の前の人混みが邪魔で見えないがギター一つしか聴こえてこない。
楽しい音、いの一番に感じたのはそれだ。楽しくて楽しくてしょうがない、それこそ今日始めて弾いたかのように。
だがこんな長年しているかのような音を出すくせに全く真逆の印象を持たせられる。
その楽しそうな音は氷川さんのどこまでもストイックな風な音とは真逆のもの。
同じ楽器なのに人によってこんな違う感じがするんだな、そんな事を考えていると、ありがとうございました~という声が前方から聞こえてくる。
それと同時に何人かの人はその場を去りだした。残っている人はもう一曲やるんじゃないかとでも思ってるのだろうか。
僕もその場に残る。もう一曲を期待したんじゃない、違和感を覚えたから。
何に、この声に。それは聞いたことのある声、頭に刻まれた声。
もしかして、いや流石にそれはないだろう。だってつい最近ギターを買うと話していたのだ、そんな人がこんな音を出せるわけがない、出していい筈がない。
ギターをしまいだしたのか、もうやらないとわかったらしく残りの残っていた人は海を割ったかのように人は去っていく。
そうしてようやく演奏していた人の顔を見ることができた。
嘘だと誰か言ってくれ、どうしてそう思ったのだろう。ゆっくりと進む視界に映った人は……
「悠君、来てたんだ!」
「……日菜」
どうしようもない天才だとわかっていた、理解の出来ない天才だとわかっていたつもりだった。
だけどさすがにこれはおかしいだろう。氷川さんはずっとこんなものと戦っていたのか。
「ねぇねぇ、あたしの演奏、どうだった!?」
「……よかったよ、凄く」
「えへへ~、じゃああたしとおねーちゃん、どっちが上手?」
走ってこっちに近寄ってきた日菜はそう問いかけてくる。どっちが上手か、その問いは難しいものではなかった。
「氷川さんのがまだ上手だと思うけど……」
「そっか~、おねーちゃんのが上手なんだ~」
やっぱりおねーちゃんはすごーい、日菜はそう言う。当然だ、それは嘘ではなんでもない、本心から出てきたものだ。
まだ氷川さんの方が上手だと思う、意識を飛ばされ心を鷲掴みにされるようなものは日菜の演奏にはなかった。
「そういえば悠君なんでここにいるの?」
「遊んだ帰り、他の人の聴いてたんだけどさ」
「あれ、いつの間にか他の人達帰っちゃってる、どうしたんだろ?」
無自覚、悪気がない、それ故にたちが悪い。きっとあの人も、他の人達も日菜の音を聴かされて心か自信かが折れて粉々にされてしまったのだろう。
もしあの人達が日菜はギターを始めたばかりと知ったらどうなるのだろう。
少しだけ興味はあるが……全員辞めてしまうのは確かだろう。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「えっと……あたし?」
「はい、あまり長くはしませんので」
会話の途中急に割って入ってきたのはスーツを着た女性。日菜に何かカードみたいなもの、見た目からして名刺だろうか、それを渡していた。もしかしたら何処かの偉い人なのだろうか。
部外者の僕が聞くのも悪いと思い少しだけ遠くに移動して話が終わるのを待つ。
20分くらいだろうか、それくらい待つとようやく話が終わったのか女性は去っていった。それを確認してから日菜に近づいて話しかける。
「なんだった?」
「なんか~、オーディション? に出てみませんかって言われちゃった」
「オーディションに?」
「そうそう、バンドのオーディションなんだって。書類審査は飛ばすから是非参加してくださいって言われてさ」
「てなると……あの人は芸能事務所の人?」
「らしいよ、ほら」
そう言って紙を渡され、それを確認する。やはりカードに見えたのは名刺だったのか。
それにしてもこの事務所、名前聞いたことはあるしそこそこ大きかった筈だ。誰が所属しているかとかはあまり詳しくないが。
調べたら出てくるかな、そう思いながらその事務所の名前を覚えておこうと決め日菜にそれを返す。
「どうしたらいいかな?」
「日菜は出たいの?」
「あんまり興味ないかな~」
「でもせっかくだから出てみたら?」
「うーん、暇潰しにはなるかな?」
日菜は受かるのだろうか、腕前は間違いなく合格ラインに行けるだろうが、オーディションともなればライバルもたくさんいるだろう。
今の日菜より上手い人、当然そんな人もいるだろうが……日菜ならそんなもの一瞬で飛び越えてしまいそうだ。
やはり技術などの面では問題はないだろう。ただ一番の問題といえば……
「……性格面かな」
「何か言った?」
「何でもない」
協調性とか敬語とかそういう感じのもの。まぁ日菜ならそんなことですらなんとかしてしまいそうという気はするが。
オーディションはいつなのと聞いてみると来週とのこと、まぁ随分と急なことで。
「あれ、悠君もう帰っちゃうの?」
「そろそろ帰らないと母親にキレられる」
「そっかー、じゃあ一緒に帰ろ。
そういえば今日は悠君歩きなの?」
「まぁ、自転車のがよかった?」
そっちの方が早く帰れるから、そう思っていたが日菜は首を横に振り僕の手を取って笑顔で言う。
「歩きの方が長く一緒にいられていいなって」
ずるいなぁ、本当に。いつもと変わらない帰り道はなんだかいつもと違う気がして、歩幅が自然と小さくなって、体は熱くなって顔は赤くなった。
鼓動は足と反比例するかのように早くなって体感時間も物凄く早い。
キラキラと輝く月と星はとても眩しくて綺麗に感じた。隣の日菜は……あまりに眩しくて見ることは出来なかった。
たくさんの評価ありがとうございますv^^v