「いつまでも寝転がってるなら買い物行ってきて」
そう母親に言われ僕はスマホにメモを取り外に出る。いつもなら少なかれ思うであろう文句は何も思い浮かばない、今は誰かに言われるがままに何かをしていたい。
もしもあれをしてたら何かしていたら、何もしていなければ、たらればの現実逃避が止まらない。
その癖たらればは過去のことなんだと現実を直視させてくる。見せつけられた現実から逃げ出す現実逃避の連続。
そんなのがいったいどれだけ続いただろう。何日も続いているのに終わりは見えてくれない。無限にループしているかのようにさえ思えてくる。あの出来事は僕に深く傷をつけているようで。
憧れて恋をして、舞い上がって思い上がる。そして手を離されて突き落とされる。それでも尚僕の中から氷川さんは消えてはいない、忘れられないし消せやしない。
女々しいのか重いのか、でも一度知ってしまったこの感情を無くせというのは理不尽だ。それなら最初から教えないでくれ。
日菜がいるのだから切り替えろというのも無理だ。そもそも別人なのに、まったく違う二人なのに切り替えるなんて事が出来るはずがない。
「寒いなぁ……」
日に日に思いは膨れ上がる。どうして僕はこんなに弱いのだろう。それは今回だけだろうか、氷川さんだけだろうか。
もしこれが学校のクラスの人なら、友人だったらどうなのだろう。家族だったら、日菜だったら、僕はこんな風に思えるのだろうか。
自問自答、答えは出題者だってわかりはしない。
自問他答、答えてくれる人はいない。
他問自答、誰も聞いてやくれやしない。
他問他答、誰かに知られたくなんかない。
季節外れの風が妙に冷たく感じて、ため息を一つついた。
「めんどくさ……」
買ってこいと言われた物の殆どは食材で量も種類も多くはないが、それが更にめんどくささを加速させる。
思考の海に溺れていた時はそんなこと全く思わなかったが、こうして実際に行動すれば嫌でもそう思わされる。
「やっほ~。こんなとこで奇遇だね、悠君」
「……どちら様ですか?」
「あ~、これじゃわからないか」
買い物を終え出口に向かっていると変な人に話しかけられた。
向こうから走ってきた人は室内にも関わらず深く被った帽子、大きめの眼鏡をかけて右手には大きめの紙袋、見た目だけみれば不審者としか言いようがない。
しかしその声は、呼び方には覚えがある。眼鏡を外すと、これでわかるかな? とその人は聞いてくる。
「完全に不審者だけど」
「まぁアイドルだから変装くらいはね?」
「前のサングラスよりはましだけどね」
「やっぱりそう思う? 我ながら結構似合ってると思うんだよね」
日菜はくるりとその場で回転したせいかひらりと服が少しだけ持ち上がる。眼鏡の話なんだからその行動は少し違うのではないのだろうか。
「何買ったの?」
「服だよ服、女の子は大変なんだよ?」
「持とうか?」
そう聞くと日菜はありがとと言って持っている紙袋を渡してくる。それを受けとると向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
「日菜、急に走らないでよ」
「ごめんってリサちー」
「まったくもー……ってそっちの人は?」
「悠君だよ」
「君が悠君かぁ、いつも日菜から話聞いてるよ。
アタシは今井リサ、リサでいいよ」
「……加々美悠です、よろしくお願いします」
いかにもギャルですよ、という見た目と雰囲気をしているその人は押しが強い人だった。こういった人は嫌いではないが、苦手だ。
日菜は……押しは強いがどこか引かれるところがあるから悪い気はしない。多分長く付き合えばリサさんに対しての苦手も減るだろう。ただ長い付き合うことになるかはわからない。
「リサちーはね、おねーちゃんと一緒のバンドなんだよ」
「あれ、悠は紗夜とも知りあいなの?」
「っ……そうですね」
知り合いです、とは続けられなかった。この前はそうだと思わなかったから、その程度じゃないと思ったから。
じゃあ今回は? もう会わないでくださいと言われた今はどうなのだろう、それは知り合いと言えるのだろうか。
それは知り合いとは言えないかもしれない、だけどまだ知り合いであってほしい。そんな事を思っていると細めた目で日菜に問いかけられる。
「……ねぇ、おねーちゃんと何かあったの?」
「……ないですよ」
本当にこの人は察しがいい。目をじっと見つめられる。いつもなら浮かんでくる恥ずかしいとかそういうものは今は出てこない、嘘を通すのに全てが注がれる。
「ちょ、ちょっと、喧嘩はやめなって!」
僕達の間にリサさんが割って入ってくる。ほぼ強制的に離された僕は目を逸らす、日菜はそれでも僕を見ている。
「……本当に何もないんだね?」
「……ないよ」
「ならいいけど」
リサさんはホッと胸を撫で下ろしていた。何もない、そんなことがあるはずがない。
気づいて欲しい、でも知られたくない。助けてほしい、でも心配してほしくない。それは日菜だから? それとも氷川さんのためだから? 僕にはわからない。
「え~っと……この後日菜とご飯行くんだけど、よかったら悠も来る?」
「やめておきます、悪いですし」
「えー、あたしは全然いいよ。リサちーもいいよね?」
「うんうん、アタシも悠の話聞きたいし」
「……買い物の用事があるので、ごめんなさい」
それは残念だなぁと言ってリサさんは歩き出す。日菜に紙袋を返すとリサさんを追うように日菜は歩き出すが、急に立ち止まって話しかけてくる。
「ねぇ、悠君は気付いてるの?」
「何を?」
「嘘をつくとき目が一段と細くなること」
一瞬にして身体中の血が凍ったかのような感じがした。思わず自分で目を触ってみるがいかんせん違いがわからない。
本当にそうなのだろうか、そう思っていると日菜はうっすらと笑って声に出さずにゆっくりと口を動かす。
──嘘
気のせいでなければそう言われた気がした。その後日菜は何事もないかのように走ってリサさんを追いかける。
僕は何も言わない、言えなかった。日菜に氷川さんの事について聞いてほしいのだろうか、手伝いを求めているのだろうか、わからない。
氷川さんが決めたことなのだから僕は不満を持たない。それは彼女が頑張っているから、僕を変えてくれようとしてくれたものだから。
それを妨げるというのが僕だというのなら自分の気持ちだって押し殺せる。
「別に元通りになんか……」
望んでいない、僕にそれは思えない。言い訳で自分の心を塗りかため蓋をする。
溢れるな、鎮まっていろ。押さえつけていたのに飛び出してきた吐き気と目眩に襲われた。何もないのに口の中が酸っぱいような感じがして近くの椅子に座り込む。
僕は氷川さんの音が好きだ、僕は氷川さんが好きだ。じゃあ……それはどちらの方が上? 氷川さんの音の為に氷川さんを捨てている今は果たして正しいのだろうか?
答えは見つからないし答える機会はもう、存在しない。
目を閉じたのに、手で目を覆った。
「何があったんだろ……」
そう思うのは悠君のこと。おねーちゃんと何かあったんだろうなぁってのはわかった、気になるけど深くは聞けなかった。
もしかして喧嘩? 恋人になったとかなら……嫌だけど、それならあんな辛そうな表情はしないだろう。
だとすれば仲違いっぽそうだけど……
「どうして……」
どうして仲違いしたのか、ではない。どうして悠君はまだおねーちゃんを見ているの、あたしを見てはくれないの? あんな辛そうな表情をしながらも、どうしておねーちゃんから目を離さないの?
この感情はなんだろう。どうして悲しい、辛いだけじゃなく、嬉しいと思ってしまうのだろう。
悠君がそんなにもおねーちゃんの事が好きなことが嬉しい。そうじゃない、そうであったらいいのに違う。これは、おねーちゃんが悠君と仲が悪くなって嬉しい……
「違う違う違う」
そんなのない、ありえない。あたしは悠君のことも好きだけどおねーちゃんの事も好きだ、ならこんなのあってはいけないんだ、思っちゃいけないんだ。
ねぇ悠君、君はおねーちゃんと仲を戻したいのかな。あたしだって二人とも好きだから仲良くなってほしいと思ってるよ。二人とも好きだから笑っていてほしいよ、そのはずなんだ。
神様っているのかな、いるんだったら答えてよ。悠君とおねーちゃんの仲がこのままなくなってしまえばいいと思ってしまうのは、悪いことですか?
「……なーんてね」
思考を切り替える、纏めて捨てる。こんなこといいはずがない、そもそも今日の悠君はるんってしてなかったし、見ててこちらもるんってしなかった。
今後も悠君がずっとこんな感じならばそれはあたしも嫌だ。だから二人の仲を戻そう、戻して笑いあってもらおう。
「……でも、ちょっとだけ」
でもちょっとだけ、ほんの少しだけ。今だけ悠君を独り占めさせてもらおう。
おねーちゃんから仲直りの手伝いをして欲しいと言われるまで、本当に壊れてしまう直前まで。悠君に言われるまでの間だけ独り占めさせてもらおう。
何をしよう。連絡を取ってゲームをして、いろんな話もしたいしご飯も食べたい。なんなら悠君の家に押し掛けるのもいいかもしれない。
そんなことを考えるとるんっとしてくる。あたしの胸を締め付けるかのように罪悪感が蝕むが、そんなものは目障りだな程度にしか思わない。
悠君が悪いんだよ? そんなに優しいから悪いんだ、あまりに魅力的だから悪いんだ。
少ししたらおねーちゃんとも仲を戻してあげるから、だから今は、あたしだけを見て?
太陽が沈んでいく、昼から夕方に変わっていく。好きが止まらない、抑え込めない溢れでてしまう。
空を眺めていると月が浮かんできた。それはこれ以上ないくらい綺麗で、大きな満月だった。
総合1000点超えありがたや~