仲直りするときに言う言葉とはなんだろう。何から始めるべきなのだろうか。
ごめんなさいから入るべきか、また仲良くしてくださいと言うべきか。それに答えは存在しないからいくらでも考えられるし、どれだけ考えてもわからない。
「なに言えばいいんだか……」
思えばここ数年喧嘩らしい喧嘩なんてしていない。
友人と言える人が少ないのもあるが軽い言い合いや、ふざけながら喧嘩紛いな事をしたことならある。
だけどそれは何も言わずに、せずに解決してきた。次にあった時には何もなかったかのようにいつも通りになっていたのだから。
「無難にまた仲良くしてくださいから適当な話題広げて……いやほんとにそれでいいのか?」
どうにかなるだろう。それは僕の中で今まで揺るがないものだった。僕の人生はなんやかんやでどうにかなってきたものだから。
高校だって周りより勉強の量は少なかったが運よく受かったし、留年するぞと親なり教師に言われたが赤点もなくどうにかなった。
悪く言えばギリギリとか危機感がない。逆によく言えば楽観的、ポジティブ。物は言いようとはよく言ったものだ。
「どうすんだよ……」
ソファーに寝転がりながらそんな事を呟く。こんなにも怖いのは、失敗するかもしれないと怯えているのはいつぶりだろうか。
スピーチみたく人前で失敗して恥ずかしいというのとは違う。今回を逃したらこの機会は二度とない、どうにもならない、そう思ったから。
『明日いつものファーストフードでね!』
スマホを開くとそんなメッセージが目に入る。二人きりではなくもう一人くるらしいがその人は僕の知っている人とのこと。
となるとリサさんだろうか、まぁ人数は多い方がいい。何を聞いたらいいのかを二人に聞くとしよう。そう思い僕は何の準備もせずに次の日を迎えた。
ファーストフード店でいつものように珈琲だけ飲みながら日菜を待つ。
約束の時間まではもう少しあるし日菜は遅刻癖があるのでまだまだ待つことになるだろう。
いや、連れの人がいるというのなら流石に遅刻はしないかもしれない。
「悠君おはよー」
「もう昼だからおはようじゃ……」
出そうとした言葉はそこで止まる、驚きで止められる。それは他でもない、日菜に手を引かれてきた人のせいだ。
「氷川さん……」
その姿を見ると胸が痛む。今すぐにでも逃げ出してしまいたい、しかし視線は外せない。ブリキの人形みたく硬い動きで日菜に助けを求める目を向けるが日菜は笑うだけ。
焦り、緊張、恐怖、それと……歓喜。いろいろな感情が入り交じる。
「……呼ぶなら先に言ってよ」
「駄目だった?」
「流石に急すぎだって」
ヒソヒソと日菜と話す。氷川さんには何を話しているんだという目で見られている。
何も呼ぶことを咎めているのではない、むしろ仲直りするためには会わなければならないのだからありがたいくらいだ。
しかし急すぎる、せめて前もって言ってほしかった。それなら昨日だって寝ないで考えていたのに。
「でも早い方がいいでしょ」
「それはそうだけど……」
そう言った直後に日菜は何かを思い出したかのような、そしてどこかわざとらしい声を出した。
「今日パスパレの自主練習に行かなきゃいけないんだった~。一時間くらいしたら戻ってこれると思うから二人とも
「いや、ちょっと待っ……」
物凄い感情のこもっていない声でそう言うと日菜はさっさと店から出ていった。もしかしなくても最初からこのつもりだったのだろうか。
「えっと……」
「…………」
気まずい、そんな言葉がこれほど似合う状況はそうそうないだろう。
どうする? とりあえず話題を出そう。何の話題をどう広げる?
普段使わない頭を一生懸命動かしていると氷川さんから話しかけられた。
「加々美さんは……どう思ってるんですか?」
「……何をですか?」
「私の事です」
「どうと言われても……」
真面目でギャップがあって音楽が好きな人、とでも言えばいいのだろうか。だけど氷川さんはそんな答えを求めていないだろう。
多分そんな事ではない。もっと浅くて表面的な、イラついているとかめんどくさいだとかそういう事。
例えば……好き、とか。
「……言えねぇよ……」
小さくそう呟く、恥ずかしいったりゃありゃしない。日菜に言えたのはその場の勢いと、向こうから言われた故のおうむ返しだから。
氷川さんだけじゃなくて日菜に対しても自分から好きというのは無理だろう。
「答えられないなら質問を変えます。私の事……嫌いですか?」
振り絞るかのようにして出されたそれ。それに対し与えられた選択肢はたった二つ。
はい、いいえ、ただそれだけ。迷うなんて考えられない、少しの間もなく僕は答えた。
「いいえ、嫌いじゃないです」
「……どうしてですか?」
「どうしてって、逆になんで嫌いになるんですか?」
嫌いになんてなるはずがない、なれるはずがない。こんなにも苦しんだから、嘆いたから、そこまで思える相手をどうやって嫌いになるっていうんだ。
「……普通、あんな事言われたらもう会いたくないくらいに嫌いになると思いますよ」
「そしたら僕は普通じゃないですね」
そう言うと暫くの間沈黙が続き、お互いに小さく笑う。
ああ、おかしい、とってもおかしい。あんなにもピリピリしていた空気が嘘みたいに和んだ気がする。
やっぱり人生、案外どうにかなるものだ。
「連絡先、交換しますか?」
「そうですね」
そう言って二度目の連絡先交換を行う。『氷川紗夜』という名前がメッセージ欄に久しぶりに記されていた。
「これからもまたよろしくお願いしますね……ヨウさん」
「悠ですよ、加々美悠です」
「ふふっ、懐かしいですね」
「そうですね、もう半年くらいも前なんですね」
時間が経つのは本当に早い、気を抜いたら置いてけぼりにされてしまうようなスピードで過ぎ去っていく。
ついこの間4月になったと思ったのにもう期末テストが迫っている。
「改めてお願いします、
「……ええ、よろしくお願いしますね、
名前で呼ぶからなんだ、変な恥ずかしさはこの前と違って感じられない。
だけどやっぱり名前で呼ぶのも呼ばれるのも、少しだけ嬉しい。
「そういえばバンドの方はどうなんですか?」
「……Roseliaの方は、少しだけ問題が」
「……大丈夫なんですか?」
そう聞くと紗夜さんは首を横に振る。その問題がなんなのかは僕にはわからない、メンバーの問題か、思ったように音が合わないのか。
もしかして……解散問題とかかもしれない。でも、多分、自信はないけど、不思議な確信がある。
「大丈夫ですよ、きっとどうにかなります」
そう言った直後、紗夜さんのスマホが通知を知らせる。ごめんなさいと言われ、別に大丈夫と伝えると紗夜さんはスマホを確認する。すると少しだけ強ばった顔をした。
「……どうかしたんですか?」
「なんでも……いえ、バンドのメンバーからです」
「大変そうですね」
「……実はRoseliaは今解散しそうでして」
少しだけ寂しそうに言う紗夜さんに対してきっと大丈夫だともう一度言おうとした、だけどその言葉は僕の口からは発せられなかった。
「ですが、きっと大丈夫です」
「……ええ、僕も願っておきます」
僕達は無事に仲直りをすることができた。日菜がくるまで適当な話をしていて改めてそう感じたし、不思議と離れる前までよりもずっと仲良くなれた気がした。
だから紗夜さんもRoseliaの皆さんも、きっと出来るだろう。
窓から空を見上げてみると久しぶりに雲の隙間から光が差し込んでいた。
「友希那さんも紗夜さんもWハンバーグ&エビフライ&チキンソテーのプレート、ご飯大盛りデザート付きでいいですか?」
「…………」
「よしっ、じゃあ五人ともそれで、よろしく、燐子」
「はいっ……スーパーやけ食いセット……五人前ですね……」
宇田川さんから出たその言葉はまるで呪文のようなものだった。はたしてそれにポテトは付いてくるのだろうか、なんて事を考えながら頼んだものが届くのを待つ。
「それにしても残念だったね~。でも凄く認めて貰えたし、アタシ的には悪くないのかな~、って」
「私は認めないわ」
「そうよ、このジャンルを育てていきたいのなら私達を優勝させてもっと大きな活動を……」
コンテストの結果は予選落ち、入賞すらしなかった。
それだけ聞けばとても悪く聞こえるが審査員曰く、あなた達は結成して日が浅いのに私達をここまで感動させた、あなた達には来年優勝してフェスに出てほしいとの事。
今考えればなんともおかしい話だがその時は妙に納得してしまった。このバンドなら、Roseliaなら偽りなく頂点をとれる、そう思ったから。
「そーいえば紗夜、終わった後に観客の方に手を振ってたけどもしかして……悠でもいた?」
「ま、まさか、そんなわけ……」
「紗夜の知り合い?」
「違うよ友希那。悠は紗夜にとって大切な人らしいよ~」
「い、今井さん、変な事を言わないでください!」
「あれれ~、でもこの前大切な~って言ってたよね?」
ニヤニヤとした顔でそんなことを言われる、そういえばこの前そんなことを言ってしまった記憶がある。
あの時の私はイラついていて少しだけ感情的になってしまったからついつい言ってしまったのかもしれない。
「え、紗夜さん付き合ってる人いるんですか!?」
「氷川さん……意外……です」
「ち、違います! 悠さんとはそんな関係では……」
「悠さんね~、紗夜が下の名前で呼ぶなんて珍しいじゃん」
「っ……!」
言い訳を重ねれば重ねるほど墓穴を掘ってしまう。それに宇田川さんや今井さんは何を言っても認めないだろうし食い下がらないだろう。
「……悠さんには日菜が……」
「あれ、悠と日菜って付き合ってるの?」
「多分まだだと思いますが……」
「へ~、悠も罪な男だね~。まさか姉妹二人から好かれてるなんて」
「リサ姉、その悠って人はどんな人なの!?」
「わ、私も気になります……」
「どんな人か~、そう言われると難しいなぁ~、会ったの一回きりだし」
今井さんがそう言うとそれならと言った風に宇田川さんと白金さんは私の方を向く。特に宇田川さんはキラキラとした目で私を見てくる。
「紗夜さん、どんな人なんですか!」
「どんな人……優しい人ですよ。あとゲームが好きみたいなので二人とは気が合いそうですね」
「へ~、会ってみたいね、りんりん!」
「わ、私は……遠慮しておこう……かな」
「そんな~、紗夜さん、後で紹介してくださいよ~」
そんな事を話していると食べ物が持ってこられた。ようやくこの話からも解放される、そう思って飲み物を飲むと今まで黙りを決め込んでいた湊さんが話しかけてくる。
「紗夜、よかったらラブソングでも作ってあげましょうか?」
「……何を言っているんですか?」
「あら、どうせ伝えるなら音楽の方がいいでしょ?」
思わずむせてしまった。湊さんからこんな言葉が出るとは全く思わなかったから。
「紗夜、アタシは応援するよ、いやでも日菜も応援したいし……」
「あこは紗夜さんのこと応援します!」
今井さんも宇田川さんも飽きもせずにこの話題を続けてくる。
もし私と日菜が同時に悠さんに告白したらどうなるのだろう。彼は……どちらをとるのだろう。そんなことをふと思った。
もし日菜と答えた時私は彼を無理矢理に奪ってしまわないだろうか、奪えるのだろうか。
「そう言えば今日雨って予報だったのに外れたね~」
「そう……ですね」
「ほんと降らなくてよかった~、もし降ったら髪の毛モサモサ~ってなっちゃうもん」
「はいはい、あこは髪を整える余裕くらい持って起きようね」
そんな会話を聞きながら窓から空を見上げる。
今日は雨が降るでしょう、そんな予報が嘘かのように今日の空は雲一つない快晴だった。
感想乞食お化け