知り合いの異性とばったり会うというのは幸運と思うのだろうか、それとも不幸と思うのだろうか。
勿論それは相手に対する好感度も関係するだろうが、やはりそれによって起こりうる事の方が強く関係しているだろう。
「いやー助かったよ、つい買いすぎちゃってさー」
「全然大丈夫ですよ」
つまりはこういう事もしリサさんに会わなければ荷物を持つ事はなかった。リサさんが知り合いでなければ完全スルーしたものを。
いや、本当はスルーしようとしたのだがこちらのことを覚えていたのか視線を受けてしまった。
「ちょっと休憩しよっか、流石にそんなに持ってると疲れるでしょ?」
「まぁ……休憩って何処でですか?」
「そーだなー、あそことかどう?」
「じゃあそこで」
そう会話をしながら店の中に入る。入ったのはカフェなのだが僕はこういった類いの店は全くと言っていいほどこない。
勿論珈琲は好きだがわざわざ拘ろうとは思わないし、味の違いだって舌が肥えてる訳ではないので甘い苦い程度にしかわからない。
そのためメニューの内容どころか注文の仕方までわからないので荷物を一度全て預かりリサさんに頼んでもらう。
「SNS映えねぇ……」
可愛いからでも珍しいからでもなくただ漠然と写真を撮ってそれをSNSにあげる。
百聞でも一見でも無駄にしか思えないのだが、やはり周りもやっているから……と流されてやってしまう。
とはいっても僕があげるのはこんな女子向けみたいな店ではないのだが。
「はいどーぞ」
「ありがとうございます、お金は……」
「大丈夫だよ、アタシの奢り。手伝って貰ったお礼」
そう言われ渡されたのは見た目から甘そうですよ、と伝わってくる物。
果たしてこれは美味しいのだろうか、罰ゲームにぴったりとすら思えるのだが。写真撮ってポイが一番正しいんじゃないかと勘ぐってしまう。
「それ一番のおすすめなんだって。クラスのみんなもおいしーって言ってたよ」
「……のわりにはそっちは普通のやつ頼んでるんですね」
「あはは、一回だけ味見させて貰ったけどアタシにはちょっと合わなくて……」
心を決めて飲む。感想は人が飲むものでない、それしか出てこなかった。
砂糖だかなんだかわからないがストローにへばりついてる気がするのが多分気のせいだろう。でなければ販売許可が降りるはずもない。
スッと中央に移動させると、やっぱり駄目だったかーというリサさんの表情が目に入る。
「……ところでこの荷物どうするんですか、とてもじゃないですけど二人で持ち帰れる気がしませんけど」
「助っ人呼ぶから……って悠手伝ってくれるの?」
「まぁ……」
一度手伝ったらもう最後までやってしまえというやつ、後味が悪いとかそんなもの。別に特別な理由なんてありはしない。
「いやー助かるよ……ところで連絡先交換しない?」
「……急ですね」
「思い立ったがなんとやらだよ、それに紗夜と日菜の事ちょっとなら教えられるかもよ?」
「……何処で知ったんですか?」
「それは教えられないかなー」
この申し出は断れる筈がない。というかこの人は僕が日菜と紗夜さんの事が好きだと何処で、誰から聞いたのだろうか。
「そんなことよりもさ、実際どっちのが上なの、今」
「そんなことって……上って何がですか?」
「決まってるじゃん、日菜と紗夜だよ」
「……どっちが上もないですよ、二人とも」
「ふーん、見かけによらず欲張りさんなんだなぁ」
こんなの正しくないのはわかっている。どっちが好きか何て悩み許されるものではない。
日菜は僕の事を好きだと言ってくれている、だけど僕は紗夜さんにどうしようもなく憧れているから忘れられない。
ああ、いっそ紗夜さんも僕の事が好きだったらこの日菜の問いを先送りにしている事への罪悪感も少しは減ってくれるのだろうか。
まぁそんなことはありえないだろう。ため息を一つついてしまう。
「でもさ、二人って見た目以外の殆ど真逆じゃん、どうして二人とも好きなの?」
「二人とも僕に無いものを持ってて、どうしても……好きな所があるからです」
「その好きなところって?」
「……秘密です」
「え~」
どうしても二人に優劣がつけられない、その理由は好きな所が二人で真逆だから。
それは言い訳だろうか、言い訳だろう。僕が決めきれないだけなのに二人のせいにしている。言い訳以外の何物でもない。
「そういえば助っ人呼ぶって言ってましたよね?」
「一応連絡したから来るとは思うけどもう少しかかるかな」
「やっほー、リサちーに悠君」
「おー、思ったより早いね」
「丁度暇だったからね」
のわりには汗をかいてるじゃないか、多分走ってきた、急いできたのだろう。
時間にルーズな日菜が軽い理由で急いでくるとは思わないし……なんだろう、気紛れだろうか。
「あ、これあたしの好きなやつだ!」
ストローであの甘さの怪物を一気に吸い込む、その姿を見ているだけで胸焼けしてくる。
「はー、ほんとこれるんって感じがする!」
「……よく飲めるね、それ」
「悠君も飲んでみる? あ、リサちー勝手に飲んじゃってごめんね」
「それ私のじゃないよ」
「え、それじゃあ……」
こちらを見てくる日菜を見ると先程までと別の胸焼けが襲ってきた。
先ほどまでのみぞおちがジリジリと焼けるような感覚と似ているけど今度は気持ち悪い感じがしない。何でか心地いいとすら思える。
「……悠君、これ飲んだ?」
「……一口だけ」
「お、これってもしかして間接キス?」
ああ、わかっていたのだから言わないでくれ。リサさんのその言葉でどうしようもない恥ずかしさは増幅して、弾けてしまいそうにすら思える。
「……リサちーあんまりそういうの言わないでよ」
「あれ、駄目だった?」
ごめんごめんと謝るリサさんをじろーっと睨み付ける日菜。意識してしまうとどうしても唇の辺りが寂しくて仕方がない。
そんな僕を見てか日菜はもう一度ストローを咥える、さっきより深く。
「ありゃー、日菜は大胆だねぇ」
「……はぁ」
「悠君も飲む?」
ストローから口を離しながらそんなことを聞いてくる。答えは当然No。
味だって全くわからなくなってしまうだろうし……それはそれでいいかもしれないが、恥ずかしさには打ち勝てない。
「ねぇねぇリサちー、最近おねーちゃんってどうなの?」
「相変わらず練習の鬼だよ、でもこの前までの棘は抜けた気はするかな」
誰かさんのお陰でねと言ってくる。さぁ、誰のせいなのだろうか。
それがいいことなのかどうかはわからないが、少なくとも悪いことではないだろう。
「そういえば日菜は紗夜さんと仲直りできた?」
「……まだ、っていつの間にかおねーちゃんのこと名前呼びになってる」
「それはまぁ……手伝おうか?」
今度は僕が、前は手伝って、助けて貰ったから今度は僕が手伝いたい。
それが余計なお世話だとしても、多分僕がいない方がいいとわかっていても。
「……いや、大丈夫、これは二人で解決したいんだ」
「……そうか」
「ごめんね、せっかく手伝おうかって言って貰ったのに」
「大丈夫、ただの自己満足だし」
そう、ただの自己満足、借りは作りたくないだとか、恩は返したいとかそんなもの。
だけどこれが自己満足じゃないものとしたら……二人の役にたちたかった。好きな二人だから、その二人の為に何かをしたかった。
「明日はうちの練習もないし日菜は紗夜と仲直りしちゃいなよ」
「……急だなぁ」
「明日以外は殆ど練習があるから明日がいいと思うよ」
「明日はパスパレもないし……うん、わかった」
「はい決まり、ちゃーんと仲直りしたら連絡してね」
紗夜にも聞くから嘘は通じないよとリサさんは言う。この人がいれば僕なんかいらないんじゃないか、そう思うくらいには話を切り出すし纏めてる。
「ねぇ、悠君」
「……何」
「何か言ってよ、るんってなる魔法の言葉」
「……僕は魔法使いでも30歳でもないけど」
ああ、でもこの言葉だけは送りたい。おせっかいでも迷惑でも、自己満足だっていい。
「……頑張ってね」
「うん!」
そう言うと、帰ろと言われ手を引かれる。
何か忘れている気がするがきっと忘れるくらいだから大したことではないだろう。
「ちょっとー、少しは持つの手伝ってよ~」
そんなリサさんの声に僕と日菜は軽く笑いながら元の場所に戻っていった。
日菜が紗夜さんの前でもこんな風に笑えますようにと、ただそれだけを願っていた。