僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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予約

 カフェなんて全く来ない筈なのにまた来ることになってしまった。

 今回の来店理由は日菜に誘われたから。しかしながら前のようなチェーン店ではなくちゃんとした、商店街にある『羽沢珈琲店』という店。

 待ち合わせには他にも人がいるらしいが僕はその人達を知ってはいるらしいとのことなので、あまり緊張せずに店のドアを開けた。

 

「へいラッシェーイ! なに握りやしょうか!」

 

 開けた瞬間そんな声が飛んできた。無言でドアを閉じて店の看板を見る。書いてある言葉は何度見ても『羽沢珈琲店』のまま変化はない。

 これはドッキリ番組なのだろうか。もしそうだとしたら題名は、もしカフェの看板をしているのに中身が寿司屋だったらとかになるだろうか。そんなことを思いながらもう一度入店する。

 

「へいラッシェーイ! なに握りやしょうか!」

「あはは、イヴちゃん面白ーい!」

「えっと……い、いらっしゃいませ~」

 

 カオスな現場とはこのようなことを言うのだろう。今度は看板は確認しない。日菜がいるのだからここで間違いないというのはわかったから。

 とりあえず立ち竦んでいるとアルバイトだろうか、茶髪の高校生くらいの人に席を案内される。

 

「つぐちゃん、その人はこっちでいいよ」

「え、日菜先輩?」

「いいからいいから。ほら、悠君もこっち来て」

 

 日菜の方を見ると既に人が一人座っている。その人はどこか見覚えがあるがどこで見たかは覚えていない。

 一体どこで見たのだろうか、そんなことを考えながら日菜の隣に座る。

 

「……日菜ちゃんの知り合いって言うからどんな人かと思ったら意外と普通の人なのね」

「むー、千聖ちゃん酷いなぁ、あたしをなんだと思ってるの?」

 

 千聖ちゃん、ああ、思い出した。どこかで見たというのはテレビでの事だった。点と点が繋がってきたような気がする。

 そういえばあの店員さんにも見覚えがある。日菜はあの店員さんの事をイヴちゃんと呼んでいた、つまりパスパレの若宮さん。そしてこの人は同じくパスパレで、女優の白鷺さんだろう。

 

「初めまして、白鷺千聖です」

「初めまして、加々美悠です」

「あなたの事は日菜ちゃんからいろいろ聞いてるわ」

「……いろいろって?」

「たいしたことではないわよ?」

 

 さてどうだか。信じる事が出来ないというわけではないがいろいろという範囲は広すぎてわからない。

 知り合いだとか友達だとかそんな軽いことだろうか。それとも……いや、流石にメンバーに知られるのはよくないだろうし日菜は言ってないだろう。

 

「えっと……ご注文は何になさいますか?」

「あー……とりあえず珈琲だけで」

「珈琲ですね、わかりました」

 

 珈琲店と店名に書いてあるくらいだから珈琲にはある程度自信があるのだろうか。

 この前のカフェみたく甘さの爆弾みたいなのが来なければいいのだが……流石にあれはないか。

 

「そういえばなんで白鷺さんと若宮さんはここにいるんですか?」

「あら、別に名前でいいのよ?」

「遠慮しておきます」

「女性からの好意は受けとるべきだと思うけど」

「……はぁ、それで、どうしてここにいるんですか?」

「別に特別な事はないわ。私はここの常連で、イヴちゃんはここでバイトをしてるからよ」

「でも今日は違うんだよね~」

「というと?」

「なんだと思う?」

 

 特別な事じゃない。そう言うもののアイドルグループの一人が常連で、更にそこでバイトをしているメンバーすらいると言う。Pastel*Palettesファンの人にとっては夢のような場所だろう。

 しかし今日は違うと日菜は言った。ちょっと嬉しそうな声で問いかけてくる。それはなぞなぞを出す子供のような楽しそうな声。

 

「……Pastel*Palettes全員で食事会?」

「ざんねーん、でもそれいいね。ねぇ千聖ちゃん、いつかやろうよ」

「ふふ、みんなの時間があえばね」

「素敵です、アヤさんもマヤさんもきっと喜びます!」

「だよねー、考えただけでるんってしてきた!」

 

 結局答え教えて貰ってないんだけど。まぁ日菜も楽しそうだしいいか。

 というより若宮さんは接客しないでこっちにきてもいいのだろうか、と思ったがランチの時間は過ぎているせいか他に客はいなかった。

 まぁ他に人がいたらこの人たちも、自分達はPastel*Palettesのメンバーですよみたいな事は言わないだろう。アイドルだし承認欲求の塊ということはなさそうだろうし。

 

「珈琲とケーキです」

「ありがとうございま……ケーキ?」

「あたしが頼んだんだよ」

「ああ、そういう」

 

 届けられたのはイチゴのショートケーキ、嫌いではないがわざわざ買うほどではない。

 確かクリスマスに食べたのが最後だったろうか。そんな事を考えながら珈琲を飲む。

 

「すごーい、甘くてふわっとして食べててるんってくる!」

「……誰に説明してんの?」

「実は再来週にこの店の取材……というより紹介をすることになっててその練習」

「アイドルも大変だな」

「そーなんだよ、でも楽しいよ!」

「はい、すごく楽しいです!」

「ふふ、私も凄く充実してると思うわ」

 

 来た理由は練習のためか、というよりもうそんなことを任せられるなんてパスパレは相当人気らしい。

 それにしても珈琲が美味しい、普段飲んでるインスタントとは全然違う。

 まぁ当たり前だしインスタントと変わらなかったらそれはそれで問題な気がしなくもないが。

 

「悠君美味しそうに飲むね」

「……そうか?」

「うーん、なんとなくそう思っただけ」

「なるほどね」

 

 何が美味しいのだろう、深みとかコクがうんたらとかはわからない。

 わからないが何かしらがあるのだろう、ただ苦かったりするだけではないのだけは少なくともわかる。

 

「あたしも飲む」

「……全部は駄目だからな」

「大丈夫だって、かわりにこっちを一口あげるからさ」

 

 あーん、とケーキの欠片をフォークに刺してこちらに向けられる。

 視線が痛い、これを食べたらそれこそ刺さるんじゃないかという視線で見られるのは間違いないだろう。しかし食べなきゃ目の前の日菜は折れないだろう。

 どうするべきかと悩んでいたら少しだけ開けていた口に何かを突っ込まれた。

 

「……甘」

「口をちゃんと開けとかないと危ないよ?」

「なら突っ込むなよ……」

「二人は仲がいいのね」

「そう思う?」

「ええ、そう見えるわよ、まるで恋人みたい」

 

 恋人、そう言われると恥ずかしい。日菜も恥ずかしそうに顔を背けているが少しだけ嬉しそうな顔をしている。

 そんな顔をされたらこちらは余計に恥ずかしくなってしまうじゃないか。

 

「……悠君はおねーちゃんとこういうことしたことある?」

「……ないよ」

「えへへ、そっかぁ……」

「あら、加々美君は紗夜ちゃんとも知り合いなの?」

「まぁそうですね」

「ふーん、あの紗夜ちゃんとねぇ……」

「……紗夜さんと知り合いなんですか?」

「同じ学校なのよ、紗夜ちゃんとは」

「ちなみに学年は違いますが私も同じ学校です!」

 

 あの、とはなんだろう。とても気になる。

 

「どうしたの? そんなに驚いて」

「……いや、世間って狭いなって思ってさ」

「ちなみにあそこのつぐちゃんはあたしの後輩だよ」

 

 頭が痛くなってくる。こんなのありえるか、こんなに学校が重なる事なんて普通に考えてあり得ないだろう。

 

「それに麻弥ちゃんも日菜ちゃんと同じ羽丘よね?」

「そうだよ、彩ちゃんは花咲だしね」

「……流石におかしくない?」

「そう? 近くの女子高が羽丘と花咲しかないしこうなるのも普通じゃない?」

「……それもそう……なのか?」

 

 考えるのはやめだ、これ以上考えてもより疑問が浮かんできそうだ。

 そういえば紗夜さんといえば日菜は仲直りできたのだろうか。

 

「ところで日菜は紗夜さんと仲直りできたの?」

「うん! ばっちり! 明日一緒に映画見に行くんだ!」

「仲直りできたんだ」

「あ、そうだ! 明日悠君も来る?」

「……いや、二人で行ってきた方がいいよ」

 

 一瞬行くと言ってしまいそうだった、だけどこれは二人で行った方がいいだろう。

 今まで仲直りしたいと思いあっていた二人の願いがようやく叶ったのだから僕はいない方がいいに決まっている。

 

「そっか……そういえば悠君テスト近いよね?」

「まぁ……近いな」

「そんな嫌な顔して~、そんなに嫌なの?」

「嫌でしょ、テストは」

 

 うんうんと頷く若宮さんは僕の味方だろう。勉強は嫌いだ、苦手だ、頑張りたくない。

 それはずっと変わらないし、これから変わることはないだろう。

 

「この前みたいにやろうよ、今度はおねーちゃんと一緒に」

「……いつ?」

「うーんとね……来週でいいんじゃない?」

「じゃあそれで」

 

 そんな事をしばらく話していたら三人は店から出ていった、どうやらパスパレの練習があるらしい。

 一人になってしまったし僕も帰るとしよう。

 

「珈琲もう一つ貰っていいですか?」

 

 まぁもう一杯飲んでからでいいか。それにしてもここの珈琲は美味しいし気に入った。金と時間に余裕があったら来るとしよう。

 

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