僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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夏祭り

 雨が降る。白くて弱い、ちょっと意識すれば何もないかのように思えるであろうもの。

 加えて今の時間帯は夜、それこそ実際に当たってみなければ雨だということには気付けない程度のものが降り続いている。

 

「人ばっかじゃん……」

 

 その程度の雨だからこそというのもあるのだろう。神社の近くで開催される祭りに向かう人、何処で買ったか知らないが浴衣まで着て傘を差さない人までいる。

 時間まではまだまだある、だけどあの人はおそらくいるだろう。そんな理由のない確信を抱きながら約束の場所に向かった。

 

「待たせちゃいましたか?」

「私が早く来てしまっただけなので悠さんは悪くないですよ」

 

 待たせたことは否定しないのか。相変わらず正直で、そんなところは日菜と似てる。

 その服は今まで見たことのないもので、思わず上から下に見下ろしていると、小さな声で確かめるかのように話かけられる。

 

「……似合って、ますか?」

「……似合ってますよ、とっても」

 

 彼女らしくない。水色、最近のトレンドと検索をかければ出てくるような服。

 だけどそれはとても似合っていて、その姿を見ているだけでゆっくりと心臓が早くなるのがわかる。

 

「悠さんはまず行きたいところとかありますか?」

「ないですね、どこでもいいです」

 

 あなたと一緒なら、その言葉は飲み込んで口にしない。

 だけどこれはこれで問題だ、行くところが決まらないというのはとても面倒くさい。

 日菜なら僕が何も言わなくてもどこに行こうと言ってくれるだろうからこんなことで困るのは久しぶりな気がする。

 

「それなら……歩いて回りませんか?」

 

 その提案はなんとも魅力的なもの、少なくとも僕にとってはだが。

 そも祭りなんてものはなにも考えずボケッと回るのが基本かもしれない。

 

「じゃあ……行きましょう」

 

 そう声をかけて歩き始める。周りにはこのような催しということもあり手を繋いで歩く男女のペアがとても多く、それを見ているとポケットにいれた手が何故か少しだけ寂しい。

 雨が鬱陶しい、少しの手も伸ばせない。ああ、傘が邪魔だ。

 

「どうかしましたか?」

 

 傘を持つ手を変えて少しだけ近寄るとそんなことを言われる。なんでもないですよ、そう答えてまた少し離れる。

 結局僕は、紗夜さん(憧れ)に手を伸ばせない。

 

 

「悠さんはこういうの得意そうだと思ったのですが……」

「練習出来ないので上手くならないんですよ」

 

 射的というものはなんとも苦手だ。そもそもあれは裏に何か置いてあるんじゃないか、立っているおじさんを倒したらおじさんを貰えるのだろうか。

 そんな事を考え始めた時からそこまで楽しめなくなってしまった。

 

「それにしても紗夜さんが上手なのが驚きでした」

「日菜に取って、と言われて少しだけ頑張った事があるので」

 

 今度はあれをやりましょうと言われ付いていく。その似合わないような無邪気な横顔はとても可愛らしくてやっぱり姉妹なんだなということをうっすらと思わされる。

 

 雨はすっかり気にならなく、というよりも止んでいた。

 僕達は傘を閉じて、だけど手は繋げずにいろいろなところを巡り型抜きも金魚すくいも、亀すくいなんてものもやった。僕は家で金魚を飼える環境がないので返したが。

 

「うわ……」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと嫌なものを思い出しまして」

 

 僕の視線の先にあるのはわたあめの屋台、ピンク色のそれはとても大きくてあまりに甘そうだった。

 それはあの甘さの爆弾を思い返させて少しだけ胸焼けしてくる。

 

「一つお願いします」

 

 その言葉にギョッとさせられる。それを受け取った紗夜さんはとても嬉しそうで機嫌がよくなっているのがとてもよくわかる。もしかして彼女は甘党なのだろうか。

 

「悠さんは甘いもの苦手なんですか?」

「嫌いじゃないですけど……珈琲に合うものなら大抵好きです」

「なるほど……」

 

 そのなるほどはなんのなるほどだろう。そんなことを思っているとだいぶ先の方に見覚えのある人達が見えた。

 

「日菜……?」

 

 隣にいるのは……リサさんだろうか。思ってもいなかったのでつい、ちょっとだけ近づこうとしたら急に手を引かれた。

 

「あ……えっと……」

 

 紗夜さんが僕の手を痛いくらい強く掴んでいた。

 その顔からは何故か困惑が読み取れて、なぜ自分はこんなことをしたのだろうと思っているのがなんとなくだがわかる。

 

「ごめんなさい」

「い、いえ、悠さんは別になにも……」

「なにも、ではないですよね?」

 

 ああ、うっすらとしていたものがはっきりとしてくる。モヤモヤとしていたものが確信に変わり形を成していく。

 妄想は現実に、憧れに手を伸ばせるように。

 

「……少し移動しませんか?」

 

 もう夜は深くなって人は少なくなっている。その言葉に従い僕達は向かう。付いていくではなく向かう。手を繋いだまま。

 何処かは僕にはわからない。だけど離れないように見失わないように、ゆっくりと歩きだした。

 

 

 

 

 神社の石段の途中で立ち止まって先ほどまでいたところを見下ろしてみる。

 ボヤーッとした闇の中、明かりは少なくて、ざわめきが少しだけ遠くから聞こえてくる気がする。

 しかし特別遠く離れたわけではない。ただただ意識から外れてきただけ。今ここには二人しかいないから。

 

「……私が言いたいこと、わかりますか?」

「……まぁ、なんとなく」

「そうですか……」

 

 そう言って階段を一歩、また一歩と登る。

 十何段しかないそれを登るその間に会話は何一つとしてなく手もいつの間にか離れていた。

 

「……私は、あなたの事が好きです」

 

 登りきる少し手前で振り返りながらそう言われる。予想はしていてもやはり言われるとどこか嬉しくて恥ずかしくい。

 月を背景に、絵画のようにそこにいる彼女に心を奪われてしまい返す言葉が出てこない。

 

「悠さんは……どうなんですか?」

「……好きです、僕も」

「……どんなところがですか?」

 

 その返答に驚きは隠されてなく、まるで既に知っていたかのよう。

 僕の気持ちの情報は相変わらず安い値段で売り買いされてるのかもしれない。

 

「……ギターの音や時々見せる普段との違う様子だったり、真面目なところだったりいろいろあります」

 

 ああ、本当に恥ずかしい。本人に向かって言うのは他の人に言うのとは比べ物にならないくらい恥ずかしい。

 何処が好き、そんなものあげ始めたらキリがない。いろいろありすぎて言いきれない、語っていたら月が沈んで日が昇ってしまうかもしれない。

 だけど、一番好きなところは間違いなくこれだと言える。

 

「……頑張ってる姿が、努力家なところが、一番好きです」

「頑張ってる……ところ」

 

 何かを呟くと紗夜さんは階段を下り始める。既に立ち位置は入れ替わるが見ている方向は変わらない。そのためお互いに顔は見えないが今はそれがありがたい。

 今、自分がどんな顔をしているかわからない。赤いのかにやけてるのか、もしかしたら普段と何も変わってないかもしれない。

 

「あなたは私と日菜と、どっちが好きなんですか?」

 

 チクリと胸に何かが刺さるなんてものではない。殴られるかのような強い衝撃が襲ってきたかのような気がした。

 聞かれたくないこと、答えがでてないこと。なんて答えるか、答えられるかわからないその問いには何も返せない。

 

「……今すぐにとは言いません」

「……いいんですか?」

「日菜にも同じことを言われたんですよね?」

 

 それは救い、延命、逃げる手助け。答えられないことに答えなくていいと、まだいいと言われとても安心している自分がいる。

 

「ですから、私は待ってます……ずっと」

 

 それだけ言うと紗夜さんは止めていた足を動かし始める。時間がだいぶ遅いというのもあるし恥ずかしいのか一人で帰りますと言われた。

 ここで一緒に帰りましょうとは言えなかった。言ってもよかったが僕も少しだけ一人で考えたかったからここに残ることにした。

 

「待ってます……か」

 

 現状維持では駄目だと、このままは永遠には続かないと遠回しに言われてしまった。

 僕はどうすればいい、どちらを選べばいい。誰か教えてくれ。妖怪でも友達でも知り合いでも、幽霊だって二人だって神様だっていい。

 

「……どうしたらいいんですかね」

 

 偶々ここは神社だし聞けば神様が答えてくれるかもしれない。

 ここに祀られているのが何の神か知らないし、徳だって少しも積んでいないだろうが。

 

「苦しい時の神頼み……か」

 

 人はサンタクロースを信じていない癖に神様は信じたがる。自分に都合のいいように勝手に信じている。

 わからない。今は苦しいのだろうか、この迷いは苦しいものなのだろうか。こんなにも贅沢な悩みなのに苦しいという感情は合っているのだろうか。

 

「決めなきゃ……だよなぁ」

 

 待つのは嫌いだけど、待たせるのはもっと嫌いだ。相手に悪いから。

 そう遠くないうちにこの思いを決めなきゃいけない、選ばなければならない。例え僕が選ぼうとしなかったとしても二人はいつか聞き出してくるかもしれない。

 

 ポツリと弱々しい雨でも降ってしまえばいい、鉛のように黒くて強い滝のようなものだろうと構わない。

 ああ、洗い流してくれ。それが悩みを消し去ってくれれば楽なのに。

 

 上を見たところで星も月も、空は黒く濁りきって見えやしない。

 空に手を伸ばしても雨は降っていない。心は迷いが溢れきって止まりはしない。その器は、空っぽのままだ。

 

 そのくせそれは一人でも大変だ。もし二人ともなればそれは……許容力を超えてしまう。幸せが、溢れて全てを押し潰してしまうだろう。

 

 階段を下っていると近づいてくる明かりと音に、僕は意識を釣り上げられていった。

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