僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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想起

 あれから一日、私は自分の部屋に入ってベッドの上に座り込み昨日の事を思い出す。

 昨日のことは私の中で消えてくれないものとなった。既に1日経っているというのに今思い返しただけで顔は赤く染まり、胸がゆっくりと鳴っていくのが感じられる。

 

「悠さん……」

 

 前日の夜はどうしても眠れなくて、当日の朝は天気予報に加えいつもなら欠片も気にしていない朝占いの結果に少しだけ喜んだ。

 昼にはRoseliaの練習も思ったようにすることができずらしくないと注意されてしまった。そして夜は……自分でもよくわからない。

 

 全てが楽しかった。金魚すくいだって、亀すくいなんてものまでやった。それ以外にわたあめも美味しかった。

 ただ射的に関しては彼はああいった遊びが得意だと思っていたから私の方がよく取れて少しだけ驚いた。

 久しぶりにやったのに、勝負をしたわけではないが少しだけ嬉しかったのは本当だ。だけどあの後日菜を見かけてしまった時。気づかないでと心から願ってしまった。

 それはどちらにも。日菜に気づいてほしくなくて、悠さんにも気づいてほしくなかった。

 

「別に謝らなくても……」

 

 どうして彼の手を掴んだのか。それはあの時にはまったくわからなかった。

 日菜のことを見てほしくなくて、私だけを見てほしくて反射的に掴んでしまったのだと今ならわかる。彼はそれを、そんな私の気持ちをわかっているからこそ謝ったのだろう。

 気づかれていたのかそれともあれで気づかれたのか。わからないけどとても恥ずかしかったことだけは覚えている。

 

 手を繋いだまま神社に向かうあの時間はとても不思議なものだった。

 夏、それに加え雨が前まで降っていたのだからいくら夜とはいえ暑い。だけど繋いだ手は暖かった。暑い、ではなく暖かい。不快な感じは欠片たりともしなかった。

 

 進む度に人が減り周りの音がどんどん聞こえなくなっていった。それに比例するように明かりもどんどんなくなって暗くなっていった。

 それは他に誰もいないんだな、二人きりなんだなと嫌でも思わされた。

 

 私は言った、彼が好きだと。彼も言った、私が好きだと。だけど彼の好きは私の好きと一緒ではない。私の好きには彼しかない、私の恋してる(好き)には彼しか見えない。

 じゃあ彼の好きは? 悠さんの好きには私以外にも映っている。私だけじゃなくて日菜もいる。

 彼は言った。真面目なところが、普段と違うとこが、私の(・・)音が好きだと……そして、頑張っているところが好きだと。

 

「頑張っているところが……」

 

 それは私のすべて。才能に溢れているわけではない私の。

 それは日菜にはなくて私にしかないこと。彼は結果じゃなくて頑張るところが好きだと言ってくれた。それが嬉しくて泣いてしまいそうで、しめつけられるように胸が痛いのに心地がいい。

 それは時間がたった今でもあの日握っていた手を見るだけでゆっくりと浮かんでくる。

 

 それを胸に持ってくるとなんだか幸せに思えてくる。心が溶けてしまいそうだと思えてしまう。

 あの後は顔を見れなかった。赤くなっていた、綻んでいた。下りる時に見えた悠さんの顔はそうだったけれどきっと私も同じような、もっと酷い顔をしていただろう。

 

「……はぁ」

 

 ため息を一つつくとベッドに横になり天井の明かりに手を伸ばす。

 あの時聞けなかったのは、私と日菜とどちらが好きなのか聞けなかったのは日菜は聞かなかったのに私だけ聞くのは不平等だから。

 ……なんてのは言い訳にしかすぎないだろう。怖かった、ただそれだけだ。日菜と言われるのがどうしようもなく怖くて聞けなかった。

 

 彼は私の努力を好きだと言ってくれた初めての人。親も教師も、知り合いだって頑張ってて偉いとは言ってくれる。

 だけどそれは偉いと認めてくれるだけで日菜の方がいい結果を出せばそっちをより褒めるのは当然だ。

 今まで耐えてきた。堪えてきたそれを、彼は壊してくれた。

 もしそんな彼にまで日菜と言われたら……どうなってしまうか、自分でもわからない。

 

「おねーちゃん」

「……どうしたの?」

 

 相変わらずノックをせずに日菜が勝手に入ってくる。体を起こしながら返答をするが、もう慣れてしまったそれには前までと違ってイライラすることはない。

 だけどその理由は慣れたからじゃなくて少しだけ、でも確実に仲を戻せたからなんだと思う。

 

「あのね、昨日……なんだけどさ」

 

 ──告白、したの? 

 

 普段からは想像のつかないその声色は興味、感心、そんなものは大きく感じとれなかった。

 少しは気にはなるのだろうがやはりそれ以上に怖いのだろう。なんて答えられたか、私と答えなかったか。

 

「……やっぱりしたんだ」

「……それは今井さんから聞いたの?」

「ううん、あたしも悠君に告白したときは今のおねーちゃんみたいだったからさ」

 

 私の隣に座ってきて日菜は言う。

 

「告白したらさ、すっごく胸がキュッてなって苦しくて、あとその時の事を思い出すとちょっと独り言が多くなっちゃって」

「……漏れてたかしら?」

「うん、聞こえてたよ」

 

 恥ずかしい、顔から火が出るというのはこういうのだろうか。しかしそんなに大きな声で呟いていたのだろうか。

 もしかして、そう思い思い返してみると扉を閉めていなかったことに気づき更に恥ずかしくなる。

 

「……それで、どうだって?」

「聞いてないわ、私も」

「……それはあたしが聞いてないから?」

「それもあるけれど……怖かったからよ」

 

 そっか、そう呟く日菜は先ほどとはうって変わって安堵した表情を浮かべている。

 いつもならなんでと聞いてきそうだがそれがないということは……やっぱり私と一緒で、怖いのだろう。

 

「……案外知らないものね」

「どうしたの?」

「なんでもないわよ」

 

 こんな日菜、今の今まで知らなかった。全てを自分のものにするかのような日菜がこんなに何かに怯えたような姿を見たのは初めてのこと。

 それを見て私は全然日菜の事を知らないんだと気づく。彼は私の知らない日菜をどれだけ知っているのだろう。

 

「そういえばおねーちゃん、悠君にどこが好きか聞いたの?」

「……聞いたわ」

「そっかー、あたしは努力ってできないからさ」

 

 この前は嫌みのように聞こえたが今回はそうは聞こえない。本当に羨ましがっている、そんな風に聞こえた。

 日菜にはできなくて私にはできること、彼がそれが好きだと言うのなら日菜は辛いだろう。

 日菜は努力ができない。しないじゃなくて、できない。才能があるから、私やそこらの人とは比べ物にならないほどの才があるからこそのもの。

 

「……あなたは才能があるしね」

「むー、それならおねーちゃんだってあるじゃん」

「私にも?」

「努力するのも才能なんじゃないの、あたしができないことなんだから違うなんて言わせないよ」

 

 努力するのも才能。考えたこともなかったその言葉は私の心にストンと落ちて劣等感の雨を覆う傘になる。

 もしこれが誰でもない、見たこともないような人の薄っぺらい言葉ならこうはならないだろう。

 日菜だから。私の中で勝手に雨を降らせていた相手だからこそ傘になってくれる。

 

「……確かに、人間誰しも才能を持ってるのかもね」

「そうだよ、他人って面白いんだよ!」

 

 本当に日菜は変わった。理解できないものを少しの思考もせずに掃いていた頃とは違う。

 今ではその個人による違いを理解しようと、人は違うのだと考えるようになった。そしてそれを良しとするように。

 それはPastel*Palettesの人達のおかげか、それとも……彼のおかげでもあるのか。

 

「じゃあさじゃあさ、おねーちゃんは悠君の才能ってなんだと思う?」

「悠さんの才能?」

 

 遊びが得意なことだろうか。優しい事は……才能に入るのだろうか? 

 こうして考えてみると私は彼の事を全く知れていないということに気づく。

 寄り添えて私達の仲を戻させてくれた。そんな彼の事を私は何も知れていない。夢中になって、好きと思っているにも関わらず何も知らない。

 

「そうね……」

 

 悠さんの才能か。一つ思い付いたがこんな事彼に失礼ではないだろうか。

 そもそも彼にそんな気はないのかもしれないがそれでも事実なのだから仕方がないのかもしれない。

 

「女誑しの才能……かしらね?」

「……あはは、確かに!」

 

 手を叩いて笑う日菜を注意することはしない、しかしながら私も我ながらいいことを言ったと思う。

 そう、彼は女誑しだ。私も日菜も、こんなにも夢中にさせられている、好きにさせられている。

 他の人にやっているかはわからないけどそれでも言いきるには十分だろう。

 

「あー、笑いすぎてお腹痛いよ」

「……悠さんには内緒よ?」

「わかってるって」

 

 私と日菜はもう一度小さく笑い合う。ああ、こんな日はいつまで続くのだろう、いつまでも続くのだろうか。

 いや、きっと彼がいる限り続くだろう、ずっと。

 

 

 ……だが彼の一番は私だ。それは、譲れない。

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