1日の時間は決まっている。誰が決めたわけではない、ただ誰もが、全世界がそれを基本として過ごしている。
「ねみ……」
暗い部屋、明るい空、空になった飲み物に光を発するパソコン。駄目な人間のお手本みたいになってしまっている。徹夜なんてするもんじゃない、そんなことはわかっている。
だけど1日をほんの少しでも長く過ごしたい、この夏休みを一瞬でも長く感じていたい。そんな子供らしい考えからやることのないゲームをして二日も徹夜してしまってる。
そんな事を考えていると急にインターホンが鳴った。母親がまた使いもしないダイエットグッズでも頼んだか、はたまた姉がゴミを送りつけて来たのか。
今家にいるのは僕一人だから面倒くさいが僕がでるしかない。腕を伸ばすと軽快な音が肩から鳴る。座りっぱなしで痛んだ背中を叩きながら判子を持って玄関を開ける。
「やっほー、遊びに来たよ」
「……来るなら先に連絡しといてよ」
「……別に来るのは大丈夫なんだ」
扉を開けるとそこには日菜がいてなんでもないかのように家に入ってくる。少しは驚いた方がいいのかもしれないが徹夜のせいでそんな元気はない。
別に来るのが駄目な理由は何一つとしてないがやはり来るなら先に連絡の一つでもいれておいて欲しい。もし親がいたらめんどくさいことになるのは確定だろうし。
「……で、今日は何しに来たの?」
「遊びに来たって言ったじゃん」
そんなことを言いながら日菜はリビングのソファーに飛び込む。僕の家に遊びに来たと言われてもとても遊べるであろうものはない。
家庭用のゲーム機だってだいぶ前に売ってしまったし、それ以外のものも……そも他人の家で遊ぶって何をするのだろうか。
中学の頃他人の家に遊びに行ったとしてもゲームしかしなかったし、こういうことは何一つとしてわからない。
「なにか飲む?」
「ジュースがいい!」
ジュースといえる類いのものはなかったので唯一それっぽいコーラを冷蔵庫から取り出す。リンゴとかオレンジのやつがあればよかったのだが、我が家は飲み物に関してはそこまで品揃えが豊富ではない。
酒とコーラと栄養ドリンクしか入っていないのは豊富ではないどころではなく悪すぎるかもしれないが。
「で、何するの?」
「うーん、トランプとかでもいいけど……まずはちょっとだけお話したいな」
そんなことを言われながら日菜の隣に座りコーラを手渡す。話したいこと、それはなんとなくわかる。こうやってあんまり元気がなさげに話してくる時は大抵紗夜さん絡み、最近気づいた事だ。
「おねーちゃんに告白されたんだよね?」
「……見てたの?」
「いや、おねーちゃんから聞いたんだ」
なんだろう、日菜が遠くに行ってしまうんじゃないか、不思議とそう思ってしまう。天井を見ながらそう言う彼女は事実なんと思っているのだろう、僕にはわからない。
「それで、どうだったの!?」
「……急に元気になるね」
「だって悠君とおねーちゃんの話だよ、気になって夜しか寝れないもん!」
口ではそう言っているものの明らかに無理をしている、それはちょっと見ただけでもわかる。空元気というやつだ。
どうしてなのか何故なのか、それが嫌なくらい気になって仕方がない。
「ねぇねぇ、教えてよ~」
「……何かあったの?」
「それは私が聞いてるんだって……」
「日菜のことだよ」
「……なんのこと?」
「無理矢理元気になろうとしてる感じがしてさ、ちょっと引っ掛かった」
僕の好きな日菜は元気な日菜だ。それは心の底から元気な日菜であって、表面だけ元気なものじゃない。そんな日菜だから、好きになってしまったからこそ笑っていてほしい。
「……わかるんだ」
「わかるさ、なんとなくだけど」
「……やっぱりなんでもお見通しなんだね」
あーあ、と腕を伸ばしながら呟く日菜は下を向き少しの間黙りこむ。なんとも緊迫した感じで肌にチクリと刺さるような何かすら感じてしまう。
空白の時間はとても長く感じて、我慢してた欠伸がついに漏れだしてしまった。
「悠君、もしかしてまた寝てないの?」
「……寝てない」
「別に寝てもいいんだよ?」
「……そしたら日菜が暇になるけど」
「大丈夫だって、ほらほら早く寝ちゃいなって」
ブランケットを投げつけられる。気にはなるしどうにかしたいとは思う。だけど聞かれたくないのだろうか、だんだん早口になっていっている。
ブランケットを投げつけられるのは異常に早かったのだから聞かれたくないのは確定だろう。まぁ、嫌ならばそれを無理矢理聞こうとは思わない。
いつか聞かせてくれればいい、解決していなければ。できればそんなことない方がいいのだが。
「適当に起こして……」
「わかった、おやすみ~」
悪いとは思う、だけどこれは徹夜をした罰。いつかポテトとか奢らせて貰うとしよう。目を閉じると痛みがやって来ると同時に思考が急に鈍くなって、あっという間に意識は落ちた。
「ほんとに寝ちゃったんだ……」
あたしの隣ですやすやと眠る悠君は気持ち良さそう、そんなに眠かったのだろうか。
「なんでも知ってるんだなぁ」
ずるいよ、どうしてわかるの。おねーちゃんにだって気づかれなかったのにどうして悠君は気づいてくれるの?
なのに聞かないのだから相当質が悪い。こんなこと聞かれたくないっていう私の気持ちもわかっているのだろうか。
一番最初は理解しようとしてくれる君を好きになった。今でもそれは変わらないし、増えていってる好きなところはそれこそ日が暮れるくらいには言い続けられる自信だってある。
それに今では悠君は私の事を理解してくれる、誰よりも。それこそ……おねーちゃんより。
だから怖い、どうしようもないほどに。君が遠くに行ってしまうんじゃないかと思ってしまう。もし君を取られたらどうなるのだろう。君はあたしの事をそれでも好きでいてくれるのだろうか。
だけど、そんなことを思っているけど悠君はあたしじゃなくておねーちゃんの方が好き。それは勘だけど、あたしの勘はよく当たる。だけどこれだけは外れて欲しいな心から思う。
「聞いても……どうせ答えてくれないもんね」
悠君の顔を見ながらそう呟く。優しいから、あたしを傷つけない為にきっと彼は答えない。わからないと言って答えない。
その優しさはとても辛いけど凄く安心したりする。もし本当にわからないのならそれでいい、それでいてくれるのが一番だ。
ふと肩に何かが乗っかった。何かと思い見てみるとそこには悠君の顔があった。
顔が一気に赤くなった、心臓が破裂しそうになる。やっぱりどうしようもなく好きなんだな、そう思わされる。
優しく彼の頭を私の膝の上に移動させる。こんなことおねーちゃんはしたことないだろう。ごめんねと心の中で謝りながらも彼の顔を見下ろす。
「暇になんか……ならないよ」
普通の顔、探せばどこにでもいそうなのにこんなにも特別にみえるのはなんでだろう。いつもと違い眼鏡が外れた君が少しだけかっこよく見えるのはなんでだろう。
どうしてこんなにも夢中になるのかわからない、それはおねーちゃんを見てた時と似ているが少し違う。
あたしの好きなおねーちゃんは悲しませたくない、だから彼には是非ともおねーちゃんを選んで欲しい。だけど大好きな悠君はあたしを選んで欲しい。
絶対に同時に叶うことのない二つの願い、強欲だ。そんなことはわかってる、それでもどっちも叶えて欲しい。
方法は何一つとしてわからない。なればこそ、どっちも叶えないでいてほしい。
ああ、もしあたしが悠君に愛されなかったらどうするのだろう。泣いちゃうのかな、怒るのかな、狂っちゃうのかな、もしかしたら……死んじゃうかも。
……まぁ流石にそれはないか、だって死んだら悠君に会えなくなっちゃうし。こんなことを考えさせられるくらいに悠君のことが好き、大好き、
「しても……バレないかな?」
ちょっとだけ悪戯したくなってしまった。寝ちゃった彼が悪い、私を置いてしまった君が悪いんだ。唇の一つや二つ、奪ってしまっても構わないだろう。
それに君とおねーちゃんの仲直りを手伝った時のお礼もまだ貰ってないしね。少しでも近づけると酷くいけない事をしようとしている感覚に襲われる。
合意も得ていないし誰かに見られたら大変だ、もしこんなところを撮られたらきっと大変な事になる。
だけどそんなことはどうでもいい。思いきったかのようにゆっくりと彼の唇に自分のものを落とすと、何かが、全てが溶けるような気がした。
あたしの始めて、小学生くらいの頃眠ってるおねーちゃんにやった時を含めなければの話だけど。
今この瞬間思うものは、感じるものはたった一つ。
夏は感じない。おねーちゃんもここにはいないしもう振り切ってやってしまったと思うことはない。ただそれは、キスという行為は。
──あまりにも、刺激的なものだった。
脳が焼けて焦げて壊れてしまいそう。離した唇が少しだけ寂しくて悠君以外がボヤけて見える。
こんなことをしてるのに起きないのは少しだけ悲しい、けどもちょっと安心する。今こうして恥ずかしいと感じているのも嬉しいと感じているのもあたしだけ。君は、何も知らない。
どれだけの時間が経っただろう。彼の頭を飽きずに撫でていると彼の目が開いた。
今の状況が理解できていないのか暫く動かなかったけど、膝枕されていると気づいたのか顔を赤くして跳ね起きる。
きっとこういうのは始めてだったんだろう。ちょっと悪戯気味に、どうしたの? と聞いてあげると、こういうのは恥ずかしいからやめてと言われた。
やっぱり気づいてないんだ、キスのこと。他人のことにはすぐ気づく癖に自分の事は本当に鈍感だ、そこがまた可愛かったりするんだけど。
時間だから、と嘘をついて悠君の家を出る。コーラは飲みかけのまま置いてきた。
君はどうするのかな、もしかしたら飲んでくれるだろうか。いや、彼の性格的にどうせなにかしら理由をつけて次あった時に渡してくるだろう。
「ほんと、かわいいね」
そんな純粋な君の知らない間に汚してしまったと思うと、どうしようもなく興奮する。
この感覚は癖になってしまいそうで不安で、この感覚と一緒に何か、何かが薄れていく気がした。
その薄れていく何かはとても大切なもの、そんな気がする。だけどそれがなんなのかは、あたしにはわからない。
反省してます