僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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 夏というのは天然サウナのように蒸し暑い。家に籠ってエアコンをつけてゲームが出来れば最高なのだが、親に電気代が勿体ないと自室を追い出されてしまった。

 リビングでは自室以上に低い温度でエアコンが設定されていたのでパソコンは弄れないにしてもそこに行けば冷たさは獲得できた。

 しかし夏休みだからこそ勉強しなくちゃ駄目と言われてしまい、それから逃げるようにして家を出て今に至る。

 

「いらっしゃいませー」

 

 カラン、と扉は軽快な音を立て店に入ると同時に今まで求めていた冷たい風が肌に当たる。しかしそれは外との気温の差のせいか、少しだけ寒いとすら思わせてくる。

 自分には似合わない。そんなことはわかってはいるが僕はこの店のリピーターになってしまった。とはいってもまだ指で数えきれる程度にしか来ていないが。

 

「あなたもすっかり常連客ね」

「……もしかして毎日来てるんですか?」

「まさか、あなたが来る時が偶々私がいる時なだけよ」

 

 僕がこの店に来ると白鷺さんは高確率でいる。芸能人ってこんなにも会ってしまうものなのだろうか。

 それにしてもこういう店に変装もしないできていれば白鷺さん見たさに行列が出来ていてもおかしくはないはずなのだが。

 

 ちなみに白鷺さんを見たときは大抵相席になる。普通なら別の席、それも遠くの席にいると思うのだが白鷺さんは連れ人がいないときは僕を誘ってくる。

 理由を聞いてみてら、席が離れたらあなたは話してくれないでしょと言われた。

 

「私は人のいる時間帯を避けているからあなたと会うのかもしれないわね」

「……なるほど」

 

 確かに僕はちょっと並んでいたり、並んでいなくても中に人が多そうだなと思えば店には入らない。だから白鷺さんと会う確率がそこまで低くないだけかもしれない。

 

「珈琲とクッキーです」

「ありがとうございます」

 

 最近リサさんに合ったときにクッキーを貰った。何やらRoseliaの皆さんに配ったが作りすぎたとのことで。

 珈琲に合うよと言われたので試してみたら、珈琲の苦味とクッキーの甘さがいい感じにマッチしていてやみつきになってしまった。

 またお願いできますか? と頼めば作ってくれるだろう、だがそれを言うのは少しだけ気が引けた。なので気に入りましたとだけ伝えておいた。

 

 そんなに欲しいのなら自分で作ればいいと一度は思ったが、自分で作ろうにもどうせ録な物は作れないだろうしなによりめんどくさい。

 優しい甘さと珈琲の苦味は癖になりそう、というよりなってしまっている。財布には優しくないが。

 

「そういえば、あなた今週末日菜ちゃんと出かけるのよね?」

「そうですね」

「日菜ちゃん凄い楽しそうに言ってたわよ」

 

 そう言う彼女はまるで保護者のよう。されど紅茶を口にするその仕草は流石女優と言うべきか、とても様になっている。

 

「Pastel*Palettesは最近どうなんですか?」

「どうもこうも大忙しよ、テレビは見ないの?」

「……すいません」

「まぁ、日菜ちゃんが出てるやつくらいは見てあげなさい」

 

 ため息混じりにそう言われる。あなたに見てもらえたら日菜ちゃんももっとやる気になると思うからと付け足される。

 頑張る、ではなくやる気になるというのは日菜らしい。

 

「日菜ちゃんも大忙しなんだから、あなたからも構ってあげなさい」

 

 そう言って白鷺さんは立ち上がる。夏休みは稼ぎ時だとかでアイドルは引っ張りだことのこと。今度何処かしらに誘ってみるか、そんなことを考えながら珈琲を口にする。

 

「あなた、今日予定はあるかしら?」

「今日ですか? 特にないですけど……」

「それなら一時間くらいここにいなさい」

 

 面白いものが見れるわよ、そう言い残して白鷺さんは店を出ていった。面白いものとはなんだろう、お笑い芸人でもやって来るのだろうか。しかし先程の通りそういった人は全く知らなくて。

 

 しかし十数分ならともかく、一時間ともなると暇になってしまう。それに加え店からしても邪魔だろう。

 一時間後にまた来ればいいか、そう思い立ち上がると店員さんから別にいても構わないと言われてしまった。そんなことを言われると逆に帰り辛いので席に着きなおす。

 

 大体一時間くらい経ったと思う。日菜が言っていた通りならばつぐさんだったかが帰ってきたくらいで、他には何一つとして起こっていない。

 誰かに聞こうにも白鷺さんの連絡先は知らないし、知っていたとしてもすぐには出てくれないだろう。

 そんなことを考えているとカラン、と扉の方から音がする。この時間帯なら一時的な休憩とかで客足が戻ってくる頃なのだろうか、どんな人が入ってきたのか扉の方を見る。

 

「紗夜さん?」

 

 それはこういった場所が似合っていて、しかし来そうには思えない人。

 もしかしてここでバイトでもしているのだろうか。とても紗夜さんがそのようなことをしそうとは思えないのが……白鷺さんの言っていた面白いこととはこの事だろうか。

 後ろ姿ならいざ知らず、振り返っていたのだから当然向こうからも気づかれる。驚いたような顔をされてしまったが、そんなに僕がいるのがおかしく思えたのだろうか。

 

「悠さん、どうしてここに?」

「暑かったので……紗夜さんは?」

「えっと……私は……」

 

 少しだけ顔を赤くして言い淀まれる、言い辛いことなのだろうか。そんなことを思ってるとつぐさんの、準備できましたよ、という声が聞こえてきた。

 僕の方と声の方を困ったように交互に見るその姿は小動物のようで可愛く見える。

 理由もわかったしそれがこれならもう少しいてもいいが、僕がいて困るのであればいる理由はない。そう思い立ち上がった所で紗夜さんから声をかけられる。

 

「す、少しだけ待ってて貰っていいですか?」

「……わかりました」

 

 今日はよく呼び止められる日だ。そんな風に思いながらまた一つ、珈琲を頼むことにした。

 

 

「紗夜さん、凄い上手になってますよ!」

「そ、そうでしょうか?」

 

 私は羽沢さんにお菓子作りを教えて貰っている。毎週この日のこの時間は休みのわりに何故か人が少ないので、Roseliaの練習が早めに終わって羽沢さんが忙しくないという日はこうやって教えて貰うことにしている。

 このようなこと意外だと誰もが言うが今井さんがクッキーを持ってきて、それのお陰でRoselia全体の空気が和む事は既にわかっている。

 自分もそのような形でRoseliaに貢献できれば、そう思いお菓子作りを始めた。

 

 羽沢さん以外にも今井さんに教えて貰う事はあるが、最近あの人にはどちらかというと味をみて貰う事の方が多い。

 理想は今井さんの味だった、Roseliaに渡すのだから寄せた方がいいと思っていた。

 

「でもまだ納得がいけてないんです」

「こ、これでもですか?」

「ええ、まだまだです」

 

 そうだ、こんな物では足りない。ここからでは見えないが悠さんのいるであろう方を向く。

 彼が今井さんの作ったクッキーを美味しいと言っていたと、気に入りましたって言われたんだと聞かされた。

 そこで黒く渦巻いている何かが自分の中で感じ取れた。わからないなんてことはなくはっきりとわかった。それは、薄汚れたものなのだと。

 

 とりあえずの目標は今井さんの味を超えること。だけど今井さんも悠さんも優しいから比較をお願いすれば必ず私の方を言ってくれるだろう。

 しかしそれでは駄目だ、なので最近は湊さんに頼んで味見をしてもらっている。

 音楽以外のことにも妥協をしない彼女はきっぱりと言ってくれる。それに今井さんのクッキーを長年食べて舌が肥えているのか、改善点すらも言ってくれる。

 

「とりあえず今日はここら辺にしておきませんか?」

「私はまだ……いえ、そうしておきましょう」

 

 満足のいっていないまま終わるのはよろしくない。だが悠さんに待ってくださいと言っていたのを思いだし、流石に悪いのでここら辺でお菓子作りを切り上げる。

 なぜあんなことを、少し待ってくださいなんて言ってしまったのか。先ほど作ったお菓子を袋に入れながら考える。

 

 こんな程度の物を悠さんに渡していいのだろうか、何より自分ですら満足がいけてないような物を渡すのは失礼ではないだろうか。

 そんなことわかっているが待ってくださいと言ったのは私だから何も渡さないわけにはいかずそれを手渡す。彼はありがとうございますと言って会計に向かった。

 

 ふと会計の内容が聞こえたが相当量珈琲を飲んでいたらしい。というのも一時間以上はいたらしく、何も頼まないでいるのは悪いという彼なりの考えからだろうか。

 本当に珈琲が好きなんだな、そう思って眺めていると目に入る、彼の少しだけ嫌そうな顔が。頼みすぎたかと、高い買い物をした今井さんのようなその顔が。

 だがそれは小さなもので、羽沢さんも、きっと会計をしている人でさえも気づいていないだろう。

 

 私だけが気づけている。そう、私だけが……

 

「紗夜さん、あの人とどんな関係なんですか?」

「どんな、と言われましても……」

「も、もしかして付き合っちゃってたり……」

「い、いえ、まだそこまでは……」

 

 沈み混んでしまっていた思考が羽沢さんの言葉でつり上げられる。その質問はされるだけで恥ずかしくてつい顔を背けてしまう。

 まだ、それは確定ではない。まだ、それには乗り越えなければならないものがある。だけどそれは確かな目標だ。だけどそのためには……

 

「羽沢さん、私に珈琲の入れ方も教えてもらえませんか?」

「……え?」

「無理にとは言いません。今でもお菓子作りを教えて貰っている身ですし、これ以上の負担は……」

「だ、大丈夫です。でもいいんですか?」

「何がですか?」

「紗夜さんもRoseliaの練習とかで忙しいんじゃ……」

 

 忙しい、そんな理由で中断するわけにはいかない、頑張らない理由にはならない。

 もし少しでも妥協をしたら、頑張らなかったら、私は氷川紗夜(彼が好きになった人)ではなくなってしまう。

 

「私は大丈夫です」

「それなら……まずは少しだけ休憩しませんか?」

 

 折角ですし珈琲とお菓子持ってきますね、と彼女は言うと奥に消えていった。

 

 私は日菜に勝てる何かを探していた。色々なことをやって、それで何もかもで抜かされてきていた。

 だけど今は違う。日菜にだけではない、勝てる何かではない、一番になれる何かを求めている。

 勉強ではない、運動でもない。なれたらいいとは思うがそこまで固執しているわけではない。

 

 ──負けたくない。

 

 どうぞ、と珈琲を差し出される。

 

 ──ギターも、お菓子も、珈琲も、頑張ることも。

 

 羽沢さんは珈琲が苦手なのか砂糖を入れていた。

 

 ──今井さんにも、この店の出す物にも。そして、日菜にも。

 

 私も少しだけ砂糖を入れてかき混ぜる。

 

 ──私は、彼の一番になりたい。

 

 黒く渦巻くそれを、ゆっくりと飲み込んだ。

 




つぐみちゃんの事をつぐさんだと思ってるアホな悠君
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