僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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焦燥

『明日、前と同じところでお願いしてもいいですか?』

 

 少しでもやる気のあるうちに課題をしてしまおうと思い、自分の部屋に向かう前にスマホを開くとそんなメッセージが届いていた。

 送り主は氷川さんで『大丈夫です、時間はどうしますか?』と返した。

 

 また、とは言われたもののもしかしたらあれっきりの関係かもしれない。そんな風に思っていた僕にとって送られてきたそれはとても嬉しい内容だった。

 もしかしなくても僕は彼女の音の虜になってしまったらしい。しばらく待つと『では11時でお願いします』と送り返され、そんな早い時間からやるのかと思いながら了承の意思で既読をつけた。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながらスマホをソファーに投げ洗面台に向かう。スマホが近くにあると気になってしかたがない、昔から課題をするときは遠くに投げてからすることにしている。

 ため息をつくと幸せが逃げる、誰が言ったか知らないが日本では昔から言われている。そんなことを言われたら僕の幸せは逃げすぎてる、もう一周回って不幸を取り込んでいるのではないか、そんな風にさえ思う。

 

 眼鏡を外し冷たい水で顔を洗うと眠気が少しだけ消えた気がする。ほんの気休め程度だがしないよりはましだろう。

 顔を吹いて眼鏡をつけ直して鏡を見る。映るのは当然自分、髪は長らく切っていないので目を半分くらい隠している程度には伸びきっている。

 

 僕は自分が好きじゃない。『普通』に甘んじて努力をしない、めんどくさいが優先度最高。そんなのでも嫌いになりきれないのは自分が僕だからだろう。自分を嫌いになれればどれだけ楽だろう、堕落しきった自分自身のことを。

 

「厨二病かよ……」

 

 もう一度顔を洗い熱くなってきた頭を冷やしてそんな風に自虐する。こうすればかっこいいとでも、誰かが共感してくれるとでも思ってるのだろうか、僕は。

 男子高校生なんて大抵がこんなもんだ。非日常が突然やってきて自分が主人公になるのを望んでいる、自虐すれば少しでもかっこいいと思っている。

 ああ、何のために眠気を冷ましたかを忘れそうだった。自分の部屋に入って今週の課題を取り出す。机に広げ椅子に座りシャーペンを手に持った。

 

 課題をちゃんとやろう、そう思っていたのは何分間だろうか、気づいたら僕は答えを写している。真面目と正反対、天真爛漫なんてほど素直に生きていない。

『不真面目』そんな言葉が僕以上に似合う人間に合ったことはまだない。

 

 答えを写し終えるとシャーペンと課題を鞄にしまうことすらせずにパソコンを起動しNFOを起動する。

 クエストを軽く済ませてボスまでやってしまおうと思ったがそれすらも気が乗らない。結局何もやらないままNFOを閉じパソコンの電源も切る。

 

「僕は変われるんだろうか……」

 

 高校生になったら頑張る、夏休みになったら頑張る、三学期こそは頑張る。幾度となく変わろうとしたが結局変化はないまま三日坊主で逆戻り。

 でもようやく僕を変えてくれそうなものを見つけたかもしれない。彼女の、氷川さんの音なら僕を変えてくれるかもしれない。

 

 夢中になれたのは久しぶりだ、心を動かされたことは今まであっただろうか。彼女の頑張りを間近で見ていれば堕落しきった僕は白に戻れるだろうか。

 ああ、そう思うと明日が楽しみになってくる。課題のために目を覚まそうと顔を洗ったが所詮は気休め程度。寝ようと思えば苦なく寝ることができた。

 

 

 太陽光に体を焼かれ目を覚ます。眼鏡をかけて時計を見ると10時を示していた。

 スマホは何処だっけと思い探し回っていたが、昨日投げたままだということを思いだし取りに行く。充電を確かめてみると20%と表示されていた。

 これでは充電が持たないと急いで充電器に差し込んだ。

 

 着替えたり何か食べたり、無駄に芸術的な寝癖を軽く直すなどの外出の準備が終わったころにはスマホは外で使ったとしてもある程度は持つくらいまでには回復していたので外に出る。

 

 カラオケ店まではだいたい20分、予定よりも早くことはあれど遅刻はないだろう。時間にルーズな僕からしたら5分前で着くなんて奇跡的だな、そんなことを思いながら自転車を漕ぐ。

 信号の運も味方してくれたのでカラオケ店には思ったよりも早く着いてしまった。何をして暇を潰そうかなんて思っていると声をかけられた。

 

「もう来たんですね、それじゃあ行きましょう」

 

 その声の方を向くと氷川さんがいた。なんでいるのか、そんな僕の疑問を置き去りに彼女はささっと受付を終わらせ早足で奥に進んでいく。

 少し待って欲しい、だいたい10分くらい早くついたのにもういるって何分前にきたのだろう。受付の人にお金を出したあとにあの人何分前からいましたか? と尋ねた。

 

 だいたい5分くらい前にいましたねと返され驚く。約束の時間よりは15分くらい前からいた方がいいですよ、と店員に言われてしまった。

 善処します、とだけ言うと逃げるように氷川さんのいる部屋に向かった。

 

「今日はありがとうございます、えっと……ヨウさん?」

 

 会うたびに感謝されてる気がする。やはり僕とは違って何処までも真面目だ、まだ数回しかあっていないがそれは充分な程にわかる。

 しかしヨウさん? はて、誰のことだろうか。そうは思わされたが少しだけ考れば何の事かすぐにわかった。

 

「悠です、加々美悠(かがみゆう)って言います」

「悠……あぁ、そういうことでしたか」

 

 僕は連絡先はまったくと言っていいほど交換しない。それこそ友人か、ネットの知り合いと通話をするためにしか。

 今までそれでなんともなかったが僕のネットでの名前はyouで統一しているから恐らくローマ字読みをしてしまったのだろう。

 

「それでは加々美さん、感想の方お願いしますね」

 

 そう言うと氷川さんは演奏を始める。

 耳から音が僕の中に侵略してくる。身体の中を血液のように駆け巡り体が自然と熱くなってくるのが感じられる。

 前に聞いた時よりも良くなっている気がする。何がよくなったのかは僕にはわからない、音の深みとかそんな理論的なことは僕には縁遠いものだから。

 

 でも何でなんだろう。

 確かに良くなっている、それは感じる。

 それでもこの前より焦りが増しているような……

 

「どうでしたか?」

 

 そう尋ねてくる氷川さんの顔は少しだけ不満げだった。

 どこか失敗したのだろうか、これ程でも満足行かないなんて彼女の目指しているのはどれだけ高いのだろう。

 

「この前よりとてもよくなってると思います」

 

 これ以上は言っていいのだろうか。自分の心にとどめておいた方が恐らくいいはずだ。そう思っていたのに自然と口から溢れ出てしまった。

 

「ただ……この前よりもより焦っているように聴こえました」

 

 ああ、一度溢れると止まらない。

 

「僕には、氷川さんがなんで焦っているのかはわかりません」

 

 風船につけた傷からゆっくりと空気が漏れ出すように。

 

「僕は貴女の音が好きなんです」

 

 ダムに開けた小さな穴から水が穴を広げ水の勢いが強くなるように。

 

「貴女の音を妨げるのはなんですか」

 

 小さな傷からやがて壁を破壊する人間のように。

 

「出来るかわからないけど、僕は手伝いたいんです」

「貴方には!」

 

 関係無い……と氷川さんはしりすぼみに言った。

 頭に登った血がゆっくりと降りてくる。踏み込みすぎた、そう思った時にはもう遅い。

 謝る? 向こうの反応を待つ? それとも、逃げるか。どれも選べずにいると氷川さんはギターを置いてソファーに座り俯いた。

 

 会話はない。別の部屋で歌っている声がはっきり聞こえてくる。

 何分経っただろう、5分だろうか、10分だろうか。もしかしたら既に1時間経ったかもしれないし3分も経っていないかもしれない。不思議な時間感覚に呑まれる。

 

「私には、双子の妹がいます……」

 

 静寂を打ち破る小さくて弱い声、そして震えている声。

 

「妹は天才で、何でもすぐに出来る。私の真似をしてきて、すぐに私を追い抜いていく」

 

 先週聞かれた才能に抜かされるとしたらという話は恐らくそのことなのだろう。

 ああ、なんとなくわかってきた気がする。

 

「月曜日に妹は遅く帰ってきて、どうかしたのかと思っていたら貴方のメッセージが届きました」

 

 私は目の前が真っ白になった気がした。また抜かされるのかと思った、そう言われた。辛そうな声で、表情で。

 

「ギターでは抜かされたくない、ギターだけでは……」

 

 私は、どうしたらいいんでしょうか……

 今にも消えてしまいそうな声で、そう言われた。

 

「僕には……わからないです」

 

 なんて無責任なんだろう、それでも僕にはこの答えしかない。もしここで天才的かつ画期的な方法を思い付くのであれば苦労しない。

 自分だけのものを見つける、僕は前そう言った。確かにそうだ、一番の方法はそうだ。だけどそれを見つけるのは僕には出来ない。氷川さんが自分自身で見つけださないといけない。

 

「氷川さん、明日何処かに遊びに行きませんか?」

 

 何を言っているのだろう。自分でもわからない、氷川さんも全くわかっていない様子だ。

 

「遊びに行くなんて暇はありません、それならもっと練習をした方が」

「今の状態で練習を続けてもいい方向に進むとは思いません」

 

 練習すれば必ずしもいい方向に行くとは限らない。しっかり休むことも大事だ、中学時代の部活で顧問に言われた事だ。

 

「ただの休憩って訳でもないです、もしかしたらヒントだって見つかるかもしれません」

「……わかりました。

 ですが、明日の1日だけです」

 

 時間は後で知らせてください。そう言うと氷川さんは部屋から出ていった。

 勢いで言ってしまった、ついに理性まで腐りきってしまったのか。でもチャンスは得た。

 

 氷川さんの音から焦りを取り除ければどうなるだろう。きっと今より素敵な音になる。

 素敵な音にしたいのは何故なのだろう。氷川さんのため? 僕が聞きたいだけ? それとも……

 

 よく回る口だ、汚い思考回路だ。

 氷川さんのため? 言い訳は考えたくない。僕があんなことを言ったのはただの自己満足だ。

 今まで生きてきて言われたこと、顧問に、教師に言われた事をそのまま言っただけ。そこに僕の言葉は少しも混じっていない。

 

 僕はただ自分の心を変えられかもしれない氷川さんの音をよりよくしたい、それを手伝えるのならそうしたい。それは紛れもなく自分の為でしかなくて。

 そうなるといったいなんなのだろう、この気持ちは。どうしてこんなにも明日が楽しみなのだろう。

 

 外に出ると想像よりも遥かに寒く、思考をそこでやめて何度目かわからないため息をついた。




加々美君の闇(厨二病)が明らかに
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