僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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期限

 まだ太陽が昇りきっていないほどの朝早く、夏休み期間中ではそろそろ寝ようかなと思い出すその時間に珍しく眠っていたら電話がかかってきて叩き起こされた。

 

『悠君、朝だよ!』

「……早いよ」

 

 イヤホンをつけていないのに耳がキーンとなるほどの声量でそう言われる。寝起きというのもあり頭の中でその声は響いている。

 

『そろそろ着くから、準備して待っててね』

「……こんな時間に?」

『もー、今日は朝早いって言ったでしょ?』

「いくらなんでも早すぎるって……」

 

 楽しみにしといてと言われたそれは今日のことで確かに朝早くとは言われた。泊まり込みだから着替えは持てとも言われたので一応準備した。

 最近よく聞く泊まりでのキャンプなのかと思ったが、それ以外は大体あると思うから持たなくても大丈夫だよと言われたのでもうなにもわからない。

 準備は昨日のうちからしておいたので今さらすることもない。しかしこの時間はゲームをしてる人は非常に少ないわけで、当然SNSも動いている筈もない。

 

 特にお腹が空いているわけでもないのに軽くお菓子を食べ珈琲を飲んで外に出る。満足なほどには睡眠が取れていないので大きな欠伸をしてしまい、そのせいか視界が濡れてしまう。

 その後こんな時間には不釣り合いな大きな車が見えた。白いそれはトラックと表すのが最も正しいのだろうが、後ろの積み荷があるはずのところに扉がついているのが見えた。おそらくキャンピングカーというものなのだろう。

 

 こんな時間にこんな大きな車を走らせる人間もいるんだな、そんな事を思っていたらその車は僕の目の前で止まり、その後ろにつけていた黒い車から何人かの黒い服の人達が出てきた。

 その人達の姿はスーツにサングラス、不審者というよりかは護衛をする人という方が似合っているかもしれない。

 テレビでしか見たことがないようなそんな人達は、何を思ったのか僕の目の前で立ち止まった。

 

「加々美様ですね?」

「……え?」

「お嬢様と氷川様がお待ちです、どうぞあちらに」

 

 なぜ僕の事を知っているのか、お嬢様とは誰なのか。この人達は氷川様と言った、おそらくこの場合は日菜だろうが、日菜はこの人達とどんな関係なんだろう。

 黒い服を着た人達が一列に並んでいるこの状況が飲み込めず、頭の中で逃避するかのように思考を繰り返す。ふとあのデカイ車の窓から日菜が顔を乗り出しているのがみえた。

 

「悠君、早く早く~」

 

 僕は何を見ているのだろう、夢を見ているんじゃなかろうか。眼鏡を外し目を擦るも何も視界は変わらないし目の周りには少しばかりの痛みを感じさせられる。それのお陰かこれは現実だとわからされる。

 楽しみにしててとはこの事なのか、戻してしまいそうな酸っぱさを口内に感じながらも諦めて日菜の元へ向かうことにした。

 

 

「あなたが悠ね! 会いたかったわ!」

 

 びくつきながら乗り込んだその瞬間そんな聞いたことのない声が飛んでくる。僕の手を取って上下に振って来るその姿は日菜を重ねさせた。だけどその姿は日菜とは似ても似つかない。

 髪の色も違えば長さも違う、ならばなぜ重ねさせたのか、それはその目が似ていたから。

 好奇心に満ち溢れたかのようなそれ、始めて会った時こんな感じの目を向けられた覚えがある。

 やはりどうしてもこういった押しの強い人は苦手で、どうしたものかと思ったていると、日菜が真ん中に割り込んできて手を離させた。

 

「こころちゃん、悠君が困ってるよ」

「そうかしら? とりあえず着くまでに時間はあるからお話しましょ」

 

 こころちゃん、そう言われたその人は高そうなソファに座りながらそう言ってくる。

 まるで部屋を思わせるような場所、それも僕の部屋よりもよっぽど金がかかってそうなここで座る勇気はなかったが、日菜に手を引かれて座らされた。

 

「あたしの名前は弦巻こころよ! よろしくね!」

「加々美悠です、よろしくお願いします」

「そんなに改まらなくてもいいのよ?」

「いや~……」

 

 あの黒い服が言っていた通りならば弦巻さんはお嬢様、何処かで聞いたことのある名前なのだから八割くらいは確定だろう。

 そんな人に向けてタメ口だとかはできないし、失礼な事を言ってしまわないようにと自然と口数も少なくなる。

 

「……ところで今日は何しに行くんですか?」

「あたし達は人の住める星を探しに来たの!」

「そうそう、もし見つけたらあたしがそこの王様になるの!」

「そういえば、どれくらいの人を住ませる予定なのかしら?」

「うーん、あたしと悠君、こころちゃんは確定として……」

 

 日菜は顎に手を当てて考える。指折りながら言っていくそれは、どれくらいの人というよりかは自分の仲のいい人達の名前をあげていったという方が正しいだろうに。

 これくらいかなぁと言ったそれだが大事な人が欠けていた。それはわざとなのか、それとも本当に忘れているだけなのか。

 でもこの人が忘れるだろうか。天才なこの人が、しかもあの人の事を。

 

「ねぇ、日菜」

「ん、どうかした?」

「さっきの、一人抜けてない?」

 

 困惑したのは一瞬で、声を漏らすと同時に忘れてたよ、と笑いながら言ってた。

 何故だろう。笑顔なのに、いつも見てるそれなのにどうして、怖いと感じてしまうのだろう。

 

「それにしても悠は本当にすごいわね!」

「何がですか?」

「あなたの話をしてる時の日菜は凄い笑顔なのよ、あたしでも作れないくらいには」

「……そうなんですね」

「もしかしたらあなたは魔法使いかもしれないわね!」

 

 やはり気のせいだろうか、怖いという感覚は苦手なものでなるべく体験しないようにしているからだろうか。正しく認識できていないだけなのかもしれない。

 それにしても魔法使いか……あと14年、魔法使いになってしまうまでのカウントダウンは半分を過ぎてしまったわけだし片足程度は突っ込んでいるのかもしれない。

 

「……ちょっと笑ってみて」

「悠君、急にどうしたの?」

 

 そう言いつつもこちらに笑った顔を向けてくれる。今度は怖さを感じない、やはりあれは気のせいだったのだろうか。

 そのはずだ、日菜には理解できないとは思うものの怖いなんて思うはずがない。昔ならわからないが、今なら確実にそう言える。

 

「悠はゲームが得意って聞いてたけどどれがいいかしら?」

 

 そう言って目の前に並べられるのはトランプにオセロ、チェスや将棋といったものもあれば、人生ゲームなんてものさえもある。

 キラキラとした目でこちらを見てくるそれを見るとスマホのゲームなんですとは言うことはできなかった。

 人生ゲームは流石にしたくないし、チェスや将棋などの駒を使うものは車ということもあってなし。

 そもオセロなどのタイマンものはこのように奇数だと一人余ってしまう。つまるところ選択肢は最初からトランプしかない。

 

「それじゃあやりましょ!」

 

 そのままトランプで遊ぶことになった。しかし着くまでの間に日菜が途中で飽きてしまい、結局色々と話して時間を潰すことになってしまった。

 

 

「着いた~」

 

 その声を聞き外を見てみると、金持ちといえばというかのような別荘が目に見えた。

 しかしただただでかいというわけではないし派手さもそこまで感じさせるない。もちろん派手さを感じさせないといえども僕の家よりかは断然大きい。外にはベンチまで置いてある。

 

「入って入って!」

「失礼しま……」

 

 見た目はそこまで派手じゃない、そんな風には言ったがそれは外見の話。

 中に入り、リビングまで連れていかれると不安になりそうなくらい高そうな絨毯に、テレビでしか見たことがないような暖炉が置いてあった。

 

「お腹が空いてきちゃったわ」

「わかる、あたしもちょっとだけ空いちゃったかも」

 

 2時間程度、 だいぶ早く走っててくれたのか、それとも本当に近いのかわからないがその程度でここには着いた。

 ただそれだけの時間があればお腹が空くのは当然。僕は起きてすぐだったし、長時間食べないことに慣れているからまだ大丈夫だが。

 

「お外で食べる用のお弁当ができています」

「ありがと、黒い服の人!」

「それじゃあ外いこうよ」

「そうね、行くわよ!」

「あー、荷物って何処に置けば……」

「加々美様のお部屋にご案内します」

 

 先ほど消えたと思った黒い服の人が再び現れ、僕を案内する。

 

「……先に行っててもいいですよ?」

「駄目だよ、悠君もいないと」

「そうよ、一人にはさせられないわ!」

 

 迷子になりそうな子供じゃないんだから、場所だけ言ってもらって先に行っててもよかったのに。その後はピクニック感覚で外に向かい、弁当を食べた。

 ……ただあれを弁当というカテゴリーに含めてしまってもいいのだろうか、と疑問を抱くくらいには豪華だった。

 

 

「ねぇねぇ、こころちゃんと散歩に行くんだけど、悠君も行かない?」

 

 外はだいぶ暗くなっていた。星を探すにはまだ足りないが、それでも見る分には充分なくらいには。

 弁当を食べた後は、話をしたりゲームをしたりと様々な事をしていたので少しだけ疲労を覚えているのだが、弦巻さんと日菜からはそれは見られない。

 

「……行く」

「疲れてるなら別にいいんだよ? 悠君体力ないんだし」

 

 悪びれもなくそう言われる。事実として体力はないのだがもう少しオブラートに、と言っても伝わらなさそうだ。

 それでも僕は尚行くと言った。疲れているのは事実だし、出来れば休んでいたいのも本当だ。だけど……

 

「ここで休んでたら余計疲れそうだし」

 

 貧乏性の僕はここでいる方が疲れそう、それに一人ともなればそれは確実だ。確かにね、と言われ一緒に外にでると弦巻さんが手を振りながら呼んでいるのが目に入る。

 

「あら、悠も一緒なのね!」

「いたら駄目でしたか?」

「そんなわけないわよ、楽しいことは大人数で探した方が見つかりやすいじゃない!」

「楽しいこと?」

「こころちゃんの趣味は楽しいこと探しなんだよ」

「散歩ついでにって事ですか?」

「ええ、そうよ!」

 

 歩きながらそんなことを話す。いくら疲れてるとはいえそんな長距離歩くわけではないだろうし、走ったりするわけではないから問題は無さそうだ。

 それにしても弦巻さんは笑顔だ。日菜もよく笑うけど、この人はそれ以上だ。多分今のところ笑顔でないところは見ていないかもしれない。

 それは話の時でもトランプの時でも、特にトランプの時なんか表情が笑顔のまま動かないからやりづらいことこの上なかった。

 

「日菜も楽しいこと探しするの?」

「こころちゃん自体が面白いからいいかなーって」

 

 あ、でも、と付け足される。

 

「悠君と一緒ならなんでも楽しいからいいかな」

「顔が赤いわよ? やっぱり休んでた方がいいんじゃないかしら」

「……大丈夫ですよ」

 

 そうやって言われるのはやはり恥ずかしい。日菜は恥ずかしがっている様子はないが、耳を少しだけ赤くしているのが見えているのだからそういうことだろう。

 

「ほんっとに……」

「なーに、どうしたの?」

「かわいいなってだけ」

 

 ちょっとだけやり返したくなってそう言う。我ながら気持ち悪いな、なんて思いながら日菜の方を見ると、耳だけだった赤みがじわじわと広がっていた。

 

「……悠君の馬鹿」

「あら、日菜も顔が赤くなってるじゃない」

 

 もしかしてあたしも赤くなってるのかしら? と弦巻さんは自分の顔に手を当てる。

 この人はこういう方面の知識はないのだろうか。あれだけ車も別荘も大きかったのだし、黒い服の人達のサポートを見る限り箱入り娘というやつなのかもしれない。

 

「こころちゃんは大丈夫だよ」

「もしかして日菜は理由を知っているの?」

「もちろん」

 

 ね、とこちらを向かれながら言われる。赤みはもう抜けてきているし、恐らく僕もそうだろう。

 頷くと弦巻さんは、教えてと僕と日菜の周りを行ったり来たりする。僕も日菜も、内緒としか答えられなかった。

 

 

「これは?」

「ギター……の音?」

「行ってみましょ!」

 

 暫く歩いているとこんな山には似合わないようなギターの音が聴こえてきた。その音の方へ弦巻さんは走っていき、その後を追いかけるように日菜も向かった。

 ここにくるまでにかなり歩いたので走る元気はないので僕は歩いて向かうと、そこには見たことのある人が一人と、初めて見る人が二人いた。

 

「悠君もこっち来なよ!」

 

 話し込んでいたし知らない人もいたのでいつ向かおうと考えていたが、呼ばれたので何も考えずに向かう。そこに着くなりあっ、と声をあげられる。

 

「つぐみ、知ってる人?」

「えっと、うちのお店によく来てくれる人なんだけど……」

 

 その人は羽沢珈琲店の娘さんだと思われる人でこちらのことは知ってくれているようだった。自己紹介でもするべきかと思っていたら、猫耳っぽい髪型をした人が先にしてきた。

 

「戸山香澄です!」

「……加々美悠です」

「……美竹蘭」

「は、羽沢つぐみです!」

 

 どうやらつぐさんではなくつぐみさんだったらしい。そんなどうでもいい事を考えていると、羽沢さんが尋ねてきた。

 

「加々美さんは日菜先輩とどういう関係なんですか?」

「どういうって言われても……」

 

 知り合いなのか、好きな人なのか。どういう答えを求めているのだろか、どんな答えをすればいいのだろうか。

 そんな事を考えていると日菜に手を繋がれて持ち上げられる。

 

「こういう関係って言ったら、どうする?」

「え、え!? 確か紗夜さんとも……」

「……痛いんだけど」

「あ、ごめんね」

 

 急に握る力が強くなって、それについて言うとパッと手を離された。これは朝と一緒、朝は感じただけだったが今回は確かなものとして感じられた。

 もしかしたら何かあったのかもしれない。紗夜さんが日菜を嫌っていたあの時みたく、今回はその逆で。

 

 でも、それは本当にあるのか? 

 

 日菜は歩きながら戸山さんと話している。あの日菜が紗夜さんの事を嫌うなんてことはあり得るのだろうか、それどころか好きじゃなくなるということすら怪しい。もしそうなのだとしたら理由はなんなのだろう。

 笑いながら話してる日菜を見て、勘違いである事を願った。

 

 

「ふぁ……」

「眠くなってきちゃった……」

「もうすぐ流星群見られるから頑張って!」

「あたしも眠くなってきちゃった……ちょっとくらい寝ても大丈夫よね」

「蘭ちゃんは眠くないの?」

「あたしは普段から起きてるから」

「あたしも! 夜の方が頭がスッキリするんだよね」

「加々美さんは大丈夫なんですか?」

「僕も寝る時間は遅いから」

 

 別荘について少し話していたが戸山さんと羽沢さん、弦巻さんも眠くなってしまったようだ。

 あと一時間もすれば流星群が見られる頃だろうし寝ない方がいいだろうが、起こして上げればいいのだから寝かせてもいいのではないのかと思ってしまう。

 

「それなら何か眠気が覚める話をしてくれないかしら?」

「うーん、怖い話とか?」

「そ、それはちょっと……」

「じゃあなんにしようかなぁ……」

 

 羽沢さんは明確に嫌だと言って、日菜がじゃあと言った瞬間美竹さんはほっとしたかのように息を吐いていた。もしかして苦手なのだろうか? 

 

「それじゃあ私が小さい頃聞いた星の鼓動の話をするよ!」

「星の鼓動? 面白そうね!」

「あれは家族で森のキャンプに行ったときなんだけどね……」

 

 何とも信じられないその話だが否定するのは野暮というものだろう。それを聴いて何かが始まる気がしたと言うくらいなのだから、彼女の中では本当のことなのだろう。

 

「何かが始まる感じか、面白そうだなぁ」

「何かが始まる気が……か」

「悠君はそういうの感じたことある?」

「……ないかな」

 

 始まる気がしたことはないと思う、だが変わるような気がしたことはある。

 実際に何も始まっていない、でも変われてはいる。単純に人間関係が増えたというだけかもしれないが。

 

「うー、もう楽しみで眠気なんか飛んでっちゃったよ!」

「私も、星を見るまで眠れないね!」

「……テンション上げすぎて疲れなきゃいいけど」

「流石にこれだけ元気なら寝なさそうですけどね」

「そうそう、蘭ちゃんは心配しすぎ、みんな起きてられるって」

「だといいですけど……」

 

 こんな元気なのだから流石に寝ないだろう、そう思っていたのだが……

 

「むにゃ……」

 

 まず戸山さんが落ちた次いで弦巻さんも落ちてしまった。羽沢さんは頑張ってはいたがどうやら睡魔には勝てなかったようだ。

 

「……起きませんね」

「そろそろ星を見に行くのにいい時間だと思うんですけど……」

「ちょっと窓から見てみるね」

 

 夜空はどんな風に笑っているのかな~、と言って日菜は窓の方に行く。カーテンを開けたところから覗き見える程度でも沢山の星が見えた。

 

「すっご~い、香澄ちゃん、つぐちゃん、こころちゃん! 起きて起きて~!」

「うぅ……眠い……」

「ほーら、流れ星も見えたよ」

「え、流れ星?」

「……やっと起きた」

「香澄ちゃん、起~き~て~」

 

 羽沢さんと弦巻さんはわりとすぐ起きたが、戸山さんは日菜が揺すっているにも関わらず起きる気配はない。

 一分くらい揺すり続けていると戸山さんの閉じられていた目が開けられた。

 

「……どしたの、みんな? そんなに騒いで?」

「流星群だよ!」

「本当ですか!?」

 

 日菜に言われると先程まで眠っていたとは思えないような動きで窓際まで行く。見とれているようで目をキラキラとさせながら空を眺めていた。

 

「折角だし外で見ようよ!」

 

 日菜がそう言うと全員が外に出た。窓越しから見るのと実際に見る、大差はないはずなのにまるで違うもののように見える。

 星降る夜。そんな言葉がこれ以上なく似合う光景に、僕達は視線と心を奪われた。

 

「昔本で読んだんだけど、今輝いて見える星の光は何百、何千年も前のものなんだって」

「な、何千年!?」

「なんだか不思議ですね……」

「何だかランダムスターを弾きたくなってきちゃった!」

 

 突然戸山さんが星形のギターを取り出す。いつの間に持ってきていたのか、それとも最初から持っていたのか。弦巻さんも一緒に歌いましょ! と演奏しだそうとする。

 

「だ、ダメだよ、こんな時間じゃ管理人さんに迷惑になっちゃう!」

「……香澄、夜はやめときな」

「え~、でもでも、今すっごく弾きたいの!」

「……星の鼓動が聴けなくなっちゃいますよ」

「あ、そっか……うん、そうですね」

「今はもう少しだけ楽しんでいよ、この星空を……」

 

 輝く夜空、降り注ぐ星。立ったまま見る、草の上に座り込む、ベンチで座って見る、走り回りながら見る。そんな人それぞれの見方で楽しんでいた。

 

「……今見えてる悠君は、本当に今の悠君なのかな?」

「何言ってるの?」

「あたしが勝手に思ってるだけなのかなってさ、都合のいいように」

 

 僕が日菜の事を好きだという気持ちは日菜が勝手に思ってるだけなのか、多分そう聞いているのだろう。

 頭が悪いから論理的な証明なんかできない、哲学的な答えだって出せやしない。僕は日菜の手の上に自分の手を乗せた。

 

「触れるって事は、今の僕っていう証明にならない?」

「……ズルいよ」

「それはどうも」

 

 手を退けようとすると、もう片方の手で押さえられた。

 

「始めて悠君から触ってきてくれたんだから、もう少しだけこうさせて」

「……そうだったっけ」

 

 その姿勢のまま、僕達は夜空に吸い込まれていった。

 

 

「こんな車で送っていって貰えるなんて!」

「香澄ちゃん達のコテージまでは結構距離があるしね」

「なんにせよ送ってもらえてよかった。流石に眠くなってきたし……」

「うん……私も……」

「え~、私は興奮しちゃってむしろ目が冴えちゃったよ!」

「確かに興奮はしたけど、眠いものは眠いって……」

「そんなぁ~、日菜さんは起きててくれますよね!? ……ってもう寝てる!?」

「車に乗ったら眠くなってきちゃったらしいですね」

 

 そんなぁ~、とガックリという表現通りに肩を落とす戸山さん。見ればもう美竹さんと羽沢さん、弦巻さんももう既に旅立ってしまったようだ。

 

「そうだ! 加々美さんは起きててくれますよね!」

「僕はいいけど……何について話しますか?」

「やった! それじゃあ星について話しましょう!」

 

 確かにある程度は好きなのだが知識はないので話に付き合えるだろうかと不安だった。

 しかし戸山さんもあまり詳しいわけではないのか、キラキラでとか綺麗でとかそういったものだったので充分に話すことができた。

 

「うー、話してたらランダムスターを弾きたくなってきちゃった! さっきは止められちゃったし思いっきし弾いちゃえ!」

「ちょっと、戸山さん」

「なんですか?」

 

 今にもギターを弾きだしそうな戸山さんを止める。どうかしたんですか? という表情を向けてきたので、日菜を指差してみる。

 

「あっ……静かにしなきゃですよね」

「時間も時間ですし」

 

 そう言うと突然日菜の頭が僕の肩に乗っかってくる。少しだけビクッと跳ねたが、それでも起きずに寝続けている。

 

「加々美さんにとって日菜さんってどんな人なんですか?」

「どんな?」

 

 面白い、元気、強引、表す言葉は大量に。好きな人、恥ずかしさからは言えない言葉は一つだけ。

 

「どうなんでしょうね」

「日菜さんとは付き合ってるんじゃないんですか?」

「いや、してないよ」

 

 好きな人、それは本当だ。ならば紗夜さんとはどちらが上なのか、それはいまだにはっきりとしていない。

 決まっていない、決める気は……あると思う。どちらも好きで、どちらにもドキドキして、どちらも裏切りたくはない。

 僕の肩に乗っかったままの日菜を見て、そう思った。

 

 

 

 最近、自分が何処か変わっていくのが感じられる。元から変わっているとは言われているけどそうじゃない。何処か、変わっていってる。

 あの時だってそう、なんでかイラついてしまった。あたしが一緒に星に住む人を決めていて、ついおねーちゃんを抜いちゃってそれを悠君に指摘された時、どうしようもないイラつきに襲われた。

 その次はつぐちゃんがおねーちゃんの名前を出した時、それも悠君とおねーちゃんの関係を言った時。悠君の手を取っているにもかかわらずつい強く握ってしまった。

 

「こんなところで何してるの?」

「……悠君寝てないでしょ、まだ起きてていいの?」

「まぁ少しは眠いかも」

 

 そう言って悠君はベンチに座っているあたしの隣に座ってくる。君はなんでもなさそうにしてるけど、あたしはもう止められない。

 君は気づいていないかもしれないけどあたしは起きてたんだよ。君の肩に乗っかっちゃったその時に目が覚めたんだ、そして君の話している事が聞こえたんだ。

 

「ねぇ、悠君」

「何?」

「目、瞑って」

 

 そう言うと悠君は目を瞑った。君にはあたしがどう映っているんだろう、どうなんでしょうと言った君の本音は一体なんなんだろう。

 あたしは君にちゃんと残って欲しいんだ。そう思うと同時にあたしは悠君を押し倒し、覆い被さっていた。

 

 

 

 慣れないそれは初めてのものより長くて、初めてのものより深かった。

 求めるようにすがる。彼が逃げないように腕を抑え、足に体を預けて。彼は抵抗しない、頭が追い付いていないのか、それとも満更でもないのか。

 

 いくら彼が体力がなくて運動ができなかろうと男女の差という覆せない程に大きなものがある。それなのにそれをしないのは……つまりはそういうことなのかもしれない。

 これは慣れない、でも始めてのそれに比べ罪悪感は薄れている。呼吸の仕方も忘れるくらい、その行為に身を委ねた。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 離すとどこか寂しさがやってくる。胸が苦しい、どうしようもなく痛い。

 頭がガンガンするし視界も少し揺らいでいる。それは恋をした痛みとは違う、肩をも動かしながら息をする。それはあたしだけじゃなくて、悠君も。

 

「どうして……」

「これがあたしの答え」

「……どういうこと?」

「あたしにとって君は……」

 

 ──すべてなんだよ

 

 わからせるにはこうするのが一番いいと思った。どうしようもないくらい好きなのだと、堕ちているのだとわからせるにはこれがいいと。

 それにこれなら、君にあたしを無理矢理にでも深く残せるだろうと。

 君は、あたしのすべてだ。この世界の誰よりも好き。理解しようとしてくれる君が好きだ、理解してくれる君が好きだ。優しい君が、恥ずかしがりやな癖に時折キザな君が好きだ。

 隣にいてくれる君が好きだ。君をあたしから遠ざける何かは……嫌いだ。

 

「ねぇ、悠君」

 

 返事はない。暗闇の中訳がわからないとこちらを見てくる彼の顔が目に入る。

 

「覚えてる? あの約束」

「……好きになったら選んでってやつ?」

「やっぱり覚えてくれてるんだ」

 

 やっぱり君は記憶力がいい。無駄と思えるくらいには覚えていてくれる。約束も、予定も、好きなものも、全部覚えててくれている。

 それと同時に嬉しかった。はぐらかして、選ばずに逃げようとしていることはないと彼自身が示してくれたようだから。

 

「あれさ、もう決まった?」

「…………」

「どうしてこんな急にっておもってるでしょ?」

 

 あれだけしたのに君にはおねーちゃんがいる。君はあたしの全てなのに、あたしは君の全てにはなれていない。

 

「まぁ、今日中にとは言わないよ」

「……ありがとう」

「別に、感謝されるものじゃないよ」

 

 もうこれ以上は駄目かもしれない、もしもの保険が効かなくなってしまうかもしれない。

 これ以上君の事を好きになってしまったら、最悪の選択をされてしまった時にどうなってしまうかわからない。

 それもある、だけどこれが、沈みこむような黒いこれこそが、回答を急ぐ本当の理由かもしれない。

 

「確か二ヶ月後だよね、誕生日」

「……よく覚えてるね」

「そーでしょ」

 

 覆い被さっていた体を退ける。ふと唇を舌でなぞると、体がゾクゾクしてくるのが感じ取れる。

 

「じゃあさ、その日に出してよ」

「…………わかった」

 

 絞り出すかのように出されたそれはどんな思いで口にしたのだろう。

 俯いたままじゃ君はあたしの顔が見れないよ、手で覆い隠したら君はあたしを見てくれないよ。

 だけど声をかけてあげるとこちらを向いてくれる。だけどすぐさま赤くしてそらしてしまう。それでいいんだ、君にあたし()をつけられたのならそれでいい。

 まるで天秤、あたしが君に買ってあげたあれみたい。片方が沈めば……もう片方は上がってしまう。

 

「……お願いだよ、悠君」

 

 空を見上げながら呟いた。

 面白い人から気になる人、そして気になる人から好きな人、大好きな人に。最終的に君はあたしの全てに成り上がった。

 

「あたしにおねーちゃんのこと」

 

 大好きな人から好きな人に、そして好きな人から……

 お願いだよ、悠君。あたしにおねーちゃんのこと……

 

「嫌いにさせないでよ……」

 

 そんな事を思いながらも君の事を好きになるのが止まらない。そのせいであたしの中でおねーちゃんが薄れてしまうとわかっているのに。

 見あげる月は綺麗で、だけど何かが足りないかのように欠けていた。




今までで一番頑張った(字数的な意味)ので感想ください
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