僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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通話

 暗闇に染まる部屋。照明は勿論、外からの月明かりですら遮断して、おおよそ光と認識できる程度のものは何もない。

 だがそんな部屋の中であるにも関わらず僕は手で目を覆って仰向けで寝転がる。

 暗闇の筈なのに、覆っている筈なのに、視界には空が映る。星が映る、月が映る。そして、あの顔が映る。

 

「……なんなんだよ」

 

 ふと覆っていた手の指を唇に持ってくると、少しだけあの時と似た感じがした。

 痺れて、ふわふわしてきて、息がつまる。離れない、消せないし消そうとも思わない。思考の隅から隅まで覆い尽くされる。

 

「……どうしてこんなことに」

 

 日菜は言った、嫌いにさせないでと。それも僕のことではなく、紗夜さんの事を。

 あの日菜がそんな事を思うなんて夢にも思わなかった。何処までも紗夜さんLoveというのを貫いていた彼女が、嫌いにさせないでなんて言うなんて。

 バレンタインにはあんな大量に渡そうとしていたのに、誕生日にはプレゼントを買おうなんて言っていたのに。あれだけ好きと、大好きと言っていたのに。

 そんな事を考えているとスマホが電話がかかってきた事を知らせてきた。誰かと思いみてみると、『氷川日菜』と書いてあった。

 

「っ……」

 

 何故だか手が震えた。暫くの間明かりを浴びていなかった目としてはだいぶ負担の筈なのに、その画面からは目を離せない。

 許可をしてスマホを耳に当てるが声が出ない。こんな時間にどうしたのと何時もなら返せている筈なのに。

 掠れて出ないわけではない、口が開かない。ピッチリと閉じられて、こじ開けることが出来ない。

 

『もしも~し、悠君~?』

「……何」

『も~、起きてるならちゃんと反応してよね』

 

 向こうから話しかけられると少しだけ緩んだ気がして声を出すことができた。

 その声はいつもと変わらない。あんなことがあったのに、してきたというのに。まるであれが夢かのように。

 

『明後日おねーちゃん達のライブがあるじゃん?』

「……そうだね」

『悠君は行くの?』

「……行くよ」

『……ふ~ん』

「日菜は行かないの?」

『明日からパスパレの仕事でちょっと離れちゃうからさ』

 

 行くと言った後の日菜の声は、少しだけ低かった。

 

「……それで、何か用事でもあった?」

『べっつに~、ただ声聞きたくなっただけ』

 

 じゃあね~、と電話を切られる。ただ声を聞きたい、それは明日からPastel*Palettesで仕事があるせいなのだろう。そんな中わざわざ僕の声が聞きたいと言ってくれたのは嬉しかったりもする。

 やはり瞳を閉じれば映ってしまう、しかし開いても見えてしまう。焼き焦がすかのように、日菜は僕の脳裏にこびりついている。

 

 

 ライブ会場に来たのはいいが早速帰ってしまいたい気分になってしまった。

 こんな季節にも関わらず、まるでエレベーターの中かのような超満員の部屋に入れられて死ぬほど暑い。エアコンをつけているのかどうかわからないが、汗が出てくる程度には暑苦しい。

 まだ始まっていないどころか、照明すら落ちていないというにも関わらず前の方は団子状態。

 そして今日は対バン形式ではなくRoselia単騎のライブ、ということはここにいる全てはRoseliaのファンということで間違いないだろう。

 

「すげぇ人気なんだな……」

 

 そう呟くと同時にうっすらと暗くなる。ステージに立つのはRoseliaの人達とは違う人。所詮前座と言われるものだが、ライブの盛り上がり的にもいたほうがいいのだろう。

 

「普通はこっちのはずなんだがなぁ……」

 

 Roseliaはまだ結成から半年も経っていない超がつくほどの新人バンド。その筈なのにこれほどの客がつくというのだから、ブームというものとRoseliaの人達の力がわかる。

 そして前座の人達が退いて、Roseliaの人達がやって来た。僕の視線は流れ、客の叫び声は耳に入らなくなる。

 

 あれ、おかしい。

 

 眼鏡を外して拭いてみる、目を擦ってみる。再度つけ直してみたがやはり変わらない。

 場所を変えてみようと思ったが足は重い、顔は動かない。その場所に、その姿勢で固定させられる。

 

「紗夜ー!」

 

 客の一人が叫び、それは小さく耳に入ってくる。ああ、そうだ、あれは紗夜さんだ、紗夜さんなんだ。なのにどうして……

 

 ──日菜に、見えてしまうのだろう。

 

 水色の髪はその色で、長い髪は気にならない。パーツはやはり似ていて、持っている楽器は一緒。

 ない、ないない、こんなのない。重なってしまうなんて何故なのか、間違えるまではいかなくても、見えてしまうなんて。

 

「逆は……あったっけ」

 

 日菜が紗夜さんに見えてしまったことは……ある、重ねてしまったことはある。ならばこれは? それは何故? 

 そんなことを思っている割に音はきちんと聴こえてくる。やはり紗夜さんの音は好きで、それは重ならない。日菜の演奏を聴いたことはほぼないが、これだけは紗夜さんだとわかる。

 二曲目が終わったくらいで目が合うと、向こうは少し驚いたかのような表情を浮かべていた。しかしそれも一瞬だけで、すぐに演奏に集中するかのように視線を少し下に落とす。

 そらしてしまいたいのに吸い寄せられ、息を吸えば張り裂けそうになる。流れてくる音は確かに聴こえてくる。

 

 目を閉じて、息を止めた。

 それなのに、耳だけは塞げなかった。

 

 

 

 ライブが終わり外に出る。帰ればいいもののそちらに足は動かない。ライブハウスから出てきた人達が僕の横を通りすぎていく。

 道の真ん中に突っ立っているのもなんなので少しだけ端に避けて人の波を見ていると、改めてその人の多さに改めて驚かされる。

 

「あっつ……」

 

 人の波は収まるが僕は動けない。やはりこの季節、部屋の中も暑いが外も充分に暑い。風は弱々しく吹いているが冷たいとは感じられない。

 僕は何をしているのだろうか、待っているのだろうか、それとも会う気でいるのだろうか。そんなことを考えていると、首元が急激に冷えた。

 

「なーにしてるの?」

「……他の人はどうしたんですか?」

「今反省会中、飲み物買ってきてって言われたからさ」

 

 はいこれ、と缶コーヒーを渡される。奢りなんてされたくないので断ろうと思ったが、首に当てられた缶なので断ろうにも断るわけにはいかず貰うことにした。

 

「なんで悠さんがいるんですか! って紗夜に怒られちゃったよ」

「それは……すいません」

「渡したのはあたしなんだから謝らなくてもいいって」

 

 リサさんは笑いながら話してくる。頼まれたのだから早めに戻った方がいいだろうに話を続けてくる。

 

「それで、どうなの?」

「……後2ヶ月です」

「あちゃー……ついに決められちゃった感じ?」

「はい」

「でも決められてないんでしょ?」

 

 決められてない、いまだに。あんなことをされたのに、重なってしまうというのに決められていない。

 

「……戻らなくていいんですか?」

「あっ、つい話し込んじゃった。

 あんまり待たせないからここにいてね」

 

 あこが会ってみたいって言ってたんだよねと付け足される。確かドラムをやってた人だったっけ。そんな事を考えているうちにリサさんは消えていた。

 まだいると答えた訳ではないのに。そんなことを思いながら、逃げるようにSNSを開いた。

 

 

「あなたが悠さんですか!?」

 

 SNSを巡回しているとそんな声が飛んでくる。視線を向けると、そこには先程ステージの上にいた背の低い人がいた。

 まだ他の人は来ていないのかと思ったが、小走りでキーボードをしていた人が向かってきているのが見えた。

 

「そうですけど……」

「やっぱり! 聞きたい事がいっぱいあるんだけど大丈夫ですか?」

「ええっと……」

「あ、あこちゃん、少し落ち着いて……」

「そうだよあこ、悠は逃げないんだからさ」

 

 僕は足があるし逃げられるんだが、なんて事を思っていると紗夜さんともう一人の人がやってくる。確かあれはボーカルの人だったか。

 紗夜さんの方を見ると、火傷してしまいそうなくらい胸が熱く感じた。今度は紗夜さんと日菜は重ならない、明るいからだろうか、はっきり見えるからだろうか。

 頭を軽く下げると二人からも同じようにして返される。

 

「悠さんは紗夜さんとどんな関係なんですか!?」

「どんな……って言われても」

「宇田川さん、そういうのはやめてください」

「え~、でも紗夜さんは絶対答えてくれないじゃないですか~」

「当然です」

「わ、私も、気になり……ます」

「だってよ、答えてあげたら?」

「……嫌ですよ」

 

 その質問はこの前似たようなものをされたしその時は日菜が答えてしまったが、自分自身で答えられる筈がない。恥ずかしいし、なによりどのラインなのかわかっていない。

 

「え~、それじゃそれじゃ、ゲームが好きって聞きましたけど、好きなゲームってなんですか?」

「NFOってゲームなんですけど……わからないか」

「え、悠さんもNFOやってるんですか!?」

「宇田川さんもやってるんですか?」

「はい! すっごくハマってます! ね、りんりん」

「え、あ……はい……それなりには」

「フレンドコード教えてください! 今度一緒にやりましょうよ!」

 

 決してマイナーというわけではないが、スマホゲームではなくpc専用なので、勝手な偏見から女子でやっている人なんて殆どいないと思っていた。

 それに宇田川さんと……りんりんさんはこうやってバンド活動をしているのだし、そういうのに興味はよりないものかと。

 しかし、NFOをやっていてあことりんりんという風の名前は既にフレンドにいたはずだが……流石に違うだろう。

 

「あれ、このコードって……」

「ん、どうしたのりんりん?」

「多分フレンドの……ほら、この前一緒にクエストをやった……」

「え、もしかしてyou兄なの!?」

「その呼び方するのって……」

「あれ、二人はもう知り合いだったり?」

「はい……NFOのフレンドでした」

 

 しかし……ネカマをしていると思っていた人がホントに女性だったとは。もしかしたら別かもしれないがこの前一緒にクエストをやったということはほぼ確定だろう。

 

「……三人はいつから知り合いなのかしら?」

「あこはフレンドになったのわりと最近ですね」

「わ、私は……一年くらい前から……」

「……そう」

 

 そう、短いその言葉には何かが感じ取れた。何かといってもよい方向のものではない。不機嫌、恐らくそれが一番正しいだろう。何故なのか、それは考えてもわからない。

 

「悠兄は紗夜さんとNFOのマルチとかしたことないんですか?」

「いや、新しく始めさせるのは流石に……」

「……私はたまにやってますよ」

「紗夜? あなたまだあれをやってたの」

「折角作ったのにやめるのも勿体ない気がしたので」

 

 紗夜さんがNFOをやっているのは流石に予想外だった。そんな時間無駄だと、その時間があればギターをすると言い切りそうだから。

 

「……今度やりますか?」

「私はあまりやってないのですが……それでもいいのなら」

「それじゃあ……暇な時に言ってくれれば」

 

 やはりゲームをするということには抵抗があるのだろうか、段々と声が小さくなっていってるのがわかった。リサさんに、見せつけるね~、と言われ、つい顔を下に向けてしまう。

 

「そろそろ練習に行くわよ」

「え~、もう少し話しててもい~じゃん」

「駄目よ、反省点を見つけたのだから早めにやった方がいいわ」

「……というわけですので」

「頑張ってください」

「また今度マルチしましょうね~!」

 

 宇田川さんがライブハウスに向かい走りながらそう言ってくる。手を振ってみるとあっという間にライブハウスの中に消えていき、見えなくなってしまった。

 やはり僕はゲームが好きなのだろう、あんなに悩んでたのに今では楽しみが勝ってしまっている。一体いつやるのだろう、そんな事を思いながらもその場を離れた。

 

 

 その日の夜、pcでNFOをやっているとスマホが電話を知らせてくる。こんな時間、といってもそんな遅いわけではないが、一体誰なのだろうか。

 相手を予想しながらスマホの画面を見てみると、そこには予想外の人物の名前が示されていた。

 

「……どうしたんですか?」

『宇田川さんに、やるなら通話をした方が楽しめると言われたので……』

「そうですけども……とりあえずフレンドになりましょう」

 

 女の人と通話しながらゲームなんて始めてなので、どの程度の話題を出していいのかわからない。面白い話だって振れるはずもない。

 しかしそれは余計な心配に終わってくれた。やはり真面目さはここでも発揮されるのか、システム的な事や進め方など色々聞いてきてくれたので会話が途切れることはそうそうなかった。

 

「あー、そこはこうしないと……」

 

 しばらく会話がない時間が続き、紗夜さんのキャラの操作が止まったので話を振ってみるが反応がない。

 もしやと思い少しだけ耳に意識を集中させると、ゆっくりと息をする音だけが聞こえてきた。

 

「もう日付回ってんのか……」

 

 画面を見てみれば既に午前の一時を指し示していた。日菜は夜の方が頭がスッキリすると言っていたが、紗夜さんはあまり得意ではないのだろうか。

 画面の向こうを思ってみると、紗夜さんが映る。どんな寝顔をしているのだろうかとか、とても気持ち悪い妄想が捗ってしまう。

 

『眠いときは言ってくれて大丈夫ですよ』

 

 そうメッセージを送って通話を切る。することもなくなったのでそろそろ寝ようかと横になって目を瞑る。

 

 

 

 

 

 目を瞑ると、そこには何も映らない。

 

 

 それは喜ぶべきことか、悲しむべきことか、酷いことなのか。

 僕には、わからない。

 

 

 

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