僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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不明

 肌が焼けている子、髪が短くなった子、ちょっとだけ明るくなった子。夏休みが明け数日経ったというにも関わらず、クラスの子の変化にいまだに慣れていない。

 

「白金さん、湊さんに遅れると伝えておいて貰えないかしら」

「大丈夫……ですけど、何か用事でも……あるんですか?」

「今日は生徒会の仕事がありますので」

 

 新学期が始まったということもありここ三日間授業はなくテストだけだった。当然Roseliaの活動は大事だが、学生であるからにはこちらの方が優先されるのは当然だ。

 テストで赤点なんてものを取ってしまえばそれはバンド全体の遅れとなる。

 そのため今日は久しぶりのRoseliaでの活動。全員個人練習は怠っているわけではないと思うが音を合わせるとなると話は別の事だ。

 そんな大事な練習に遅れてしまうのは心苦しいが生徒会には自ら志願したのだから仕方がない。そんなに長い用事ではないのが唯一の救いと言ったところか。

 

「……大変そう……ですね」

「自分で決めたことなので」

 

 そんなこと会話をして白金さんと別れ生徒会室に向かった。内容としては大したことはなかったが、30分程度もかかってしまった。

 今すぐ練習に向かってもいいが折角なのでクラスの見回りをする。

 三年生ともなればクラスで自習をする人もいるが二年生でそのようなことをするものはいない。しかし騒いでいたりすれば、三年生の迷惑になってしまうので注意をする気でいた。

 

 だが騒いでいる人どころか残っている人もいない。今学校にいるのは部活をしている人くらい、テスト終わりというのもあって残ろうとは思わないのだろう。

 最後のクラスの扉の前に来たとき、中から話し声が聞こえてきた。

 あまり大きな声ではないので注意する必要はないかと思ったが、これから大きくなる可能性もあるので、なるべく早めに帰るようにと伝えるためにその扉を開けた。

 

「あら、紗夜ちゃんじゃない」

「白鷺さんに丸山さん、何をしているんですか?」

「撮影の練習をしてたの。事務所で練習をしてもよかったけど今日はバイトがあるから……」

「……ところで彩ちゃん、大丈夫なの?」

「え、何が?」

 

 白鷺さんが時計を指差すと丸山さんの顔は青くなり、走って廊下に出ていった。廊下は走らないと言うが彼女には聞こえていないだろう。明日改めて注意させて貰おう。

 

「はぁ……白鷺さんも早めに下校してください」

「そうさせてもらうわ。それにしても本当に意外ね」

「何がですか?」

「あなたが誰かを好きになるなんて」

 

 どこからそれを、羽沢さんのお店で会った時には確か彼はいなかった、それならば出所なんて一つしかない。

 

「白鷺さんには関係のないことです」

「関係ないなんてことはないわ」

 

 日菜が絡んでいるからだろうか。彼女は日菜が悠さんの事を好きだとは知っているのだろう。だけど私には全く関係がない。

 Roseliaの練習もあるので早く帰らねば、と扉に手をかけたところで白鷺さんが発する。

 

「私も彼の事が好きって言っても?」

 

 その言葉に思わず振り返る。彼の事を好き? 白鷺さんが? 悪い冗談、しかしその表情からは何も読み取れない。

 何故、いつ、どこで、思考が止まらない。何かが、心の奥底で黒いナニカがあらわれた。

 目の前の人が先程と同じ人には見えない、それこそ私からすればそれは、悪魔のようで……

 

「……冗談よ」

「……からかうのはやめてください」

「そもそも私が彼の事を好きになったとしても、彼は私のことは選ばないわよ」

 

 それはあなたもよくわかっているでしょ? そう言って小さく笑う彼女を見ると、そのナニカは霧散していった。

 安心した、酷く。もし冗談と言われなかったら、私の中で彼女はどうなっていただろう。

 

「……わかりませんよ」

「わかるわよ。彼、あなたと日菜ちゃんに夢中よ?」

「それでもです」

「……本当に彼のことが好きなのね」

 

 それこそ日菜ちゃんと同じくらい、その問いには否定することも頷くこともできない。

 負けているつもりはない、だが勝てている自信もない。知らない、日菜がどれほど彼のことが好きなのか。わからない、私はどれだけ彼のことが好きなのか。

 

「……練習があるので私は失礼します」

「それは週末も?」

「……だったらなんですか」

「あなたはそれでいいの?」

「それはどういう……」

「わからないならいいのよ」

 

 そう言って白鷺さんは教室から出ていった。あれは一体どういうことなのか、何か引っ掛かって気持ち悪い。

 何もかもがわからないというわけではない、でも何をわかっているかが、何がわからないのかわからない。何処かでうすらと理解しているような自分がいることがなにより気持ち悪い。

 うっすらと浮かんでいるそれはなんなのか、廊下を歩きながら考えてみるがついぞそれが何かはわからなかった。

 

 

 いつも通りライブハウスに向かっている筈だった、にも関わらず辿り着いたのは別の場所。

 学校を出てからもずっと考えていたとはいえ道を間違えたという記憶はない。

 ならば何故ここに来たのだろう。用事はない、逆方向というほどではないが道の途中にあるわけでもないこの場所に。

 

「そういえば今日は……」

 

 水曜日。彼はいるだろうか、確信はない。そもそも学校が違う上に私は学校が終わってからだいぶ時間が経っている。

 夏休みの課題を手伝っている時、彼はテストがあると言っていたのでおそらくあったのだろう。

 彼にも友人はいるはず、それも私の知らない友人が。勉強が得意でない彼のことだ、きっと今頃その友人と食事でもしているに違いない。

 そんなことを思いながら私はコンビニの中を覗き込んだ。

 

 声はかけられない、中には入れない。このガラスが邪魔だ、このガラスが生命線だ。中に入れば私は出てこれなくなる。

 週刊誌を手にしたあなたは何を読んでいるのか。制服ではないところを見るに彼は誰かを待っているのだろう、彼がただ本を読むだけであれば制服のままの筈だろうから。

 

 ふとスマホを見ると週刊誌を元の場所に戻し、ドアに向かう彼から目を離せない。足が動かない、ただ見ることしかできない。

 彼は私に気づいているのだろうか。そんな微かな望みを持ちながら彼を見ていると、コンビニから出てきた彼と目があった。彼は少し驚いていた顔をしてこちらに歩いてくる。

 

「どうしたんですか?」

「……練習の前に寄っただけです」

 

 気づけばここに向かっていた、なんて言えるわけがない。あなたが好きになってくれたのは努力する私、真面目な私、ならばこんなの言えるはずがない。

 

「誰か待ってるんですか?」

「待ち合わせの時間まで暇だったので、それと……」

 

 水曜日だったので、小さな声で視線を私から外してそう言われる。少しだけ顔を赤くして。

 私もつい恥ずかしくなってしまう。週刊誌を見るため、そう言われるのならばこんなことにはならない。だが、水曜日だから、それにその様子を見てしまえば仕方がないことで。

 

「すいません、そろそろ待ち合わせの時間が……」

「あ……わかりました」

 

 あなたは誰と待ち合わせをしているのだろうか。ああ、そういえば今朝日菜がやけに楽しそうだった。ならば……そうなのだろう。

 白鷺さんが言いたかったのは恐らくこういうこと。期限が近い、だから彼と少しでもいるべきではないのかと。終わりが近い、だから彼といるべきではないのかと。

 

「……今日の夜って空いていますか?」

「まぁ、そうですね」

「それなら今日……」

「わかりました」

 

 そう言って彼は私に背を向けて歩きだす。もう終わりなのか、待ってくださいなんて言えたらどれだけ楽か。

 私は彼の背中が見えなくなるまで、ライブハウスに向けて歩きだすことはできなかった。

 

 

 

 今日は当然練習に集中できないということはなく、むしろいつもよりも集中することが出来た。それは、悠さんの好きなこの音をよりよくしなければと思ったから。

 日菜は今はどうなのだろう。この前聴いた時技術は勝てていた、それだけは確かにわかった。でもそれ以外、技術以外は全て負けていた。

 彼女は簡単に、一瞬にして私を飛び越えて追い抜かす。ならば今は更に差が開いているだろう、技術の差は縮まっているだろう。

 

「はぁ……」

『どうしたんですか?』

「いえ……大したことではないです」

 

 今日感じた黒いナニカ、霧散したはずのそれは完全には消え去らず、捕らえられない何かとして残っている。

 もしかしたらそれは誰かに向いてしまうものなのか、だとしたらそれは誰なのか。私自身か、それとも日菜か、もしかすると……悠さんにもか。

 

「悠さん」

『なんですか?』

「……いえ、なんでもないです」

 

 画面の中でキャラが動き、彼の後ろを付いていく。現実でもこうやっていられればいいのに、しかしそれはすることができないでいる。

 期日は近い。その日が待ち遠しくて、嫌で、怖くて、楽しみで考えたくなくて。混じって溢れて、自分でもわからない。

 

 

 

 もしその日、あなたが日菜を選んだとしたら。

 そしてその口で、私を好きだと宣ったとしたら。

 私も好きですと、友愛を持って返すことは出来るだろうか。

 日菜のこと、貴方のことを、変わらず好きでいられるのだろうか。

 それは私にはわからない。そして、わかりたくもない。

 




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