僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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日菜

 空を雲が覆っている。日を隠し光が漏れる隙間もない。空気は少し湿っていて、天気予報でも昼頃は雨だと言っていた。

 屋上から下を覗き見る。まだこないかな、いつくるのだろう。昼とはいったが明確な時間は指定してないのだし待つことに不満はない。

 早く来ないかな、まだきてほしくないな。二つの異なる感情を抱いていると、ゆっくりと扉の開く音がした。

 

「……早いね」

「悠君こそ、まだ午前だよ」

「昼としか言われてないからね」

 

 そう言って彼はあたしの隣に来る。隣り合って空を見る。雲しかない空、時間の関係もあって月も星も映らない。ほんの少し近づいてゆっくりと視線を下にずらしていき悠君の方を見る。

 

「それにしても場所いってなかったのによくわかったね」

「わかるさ、確信はなかったけど」

 

 少しだけ笑ってそういう彼は本当にずるい。彼ならわかってくれる、そう思って書かなかったけどそれを実際にされるとやっぱり嬉しいものがある。

 

「決まったの?」

「……決まったよ」

「……そっか」

 

 息をゆっくりと、大きく吸う。うるさいにも程がある。爆発しそう、そう思えるくらいに心臓が高鳴っている。

 手を後ろで組んで目を瞑る。こうしないと落ち着かない、動いていないのに視界が揺れているかのような気がした。

 数秒か数分か、何も会話はない。その短い間でほんの少しだけ心を落ち着けて、無理矢理口を開ける。

 

「鏡よ鏡。この世で一番美しい人は誰ですか?」

「……それは僕にはわかりません」

「鏡よ鏡。この世で一番かわいい人は誰ですか?」

「それも僕にはわかりません」

 

 初めて会った時にした会話、今でも鮮明に思い出せる。あの時はまだ君のことを興味程度にしか思っていなかった、おねーちゃんより好きになるなんて欠片も思っていなかった。

 聞きたくない、でも聞かなきゃいけない。君から聞いてくれれば楽だけど、これはあたしから聞かなきゃいけない。

 

加々美()加々美()。この世で一番あなたが好きな人は……誰ですか?」

 

 あたしがそう聞くと悠君は何も答えずに顔を下に向ける。いざ言われると答えるのが恥ずかしいから、であればどれだけよかっただろう。

 それは恥ずかしいとかいうのじゃない。確信はないけれど顔を赤くしていないし、多分そうなのだと思う。

 ずっと彼は黙ったまま、顔を伏せたまま答えは返ってこない。何故何も答えないのか、それは恥ずかしいからじゃないのだから……つまりはそういうことなのだろう。

 

「そう……なんだ」

「…………」

 

 泣くかもしれない、怒るかもしれない、嫌いになるかもしれない。そんな風な事を思っていたのにいざそうなると何も思うことができない。

 わからない、はっきりとはわからない。わかりたくない理解したくない。夢ならば覚めてしまえ、悪い夢なら消えてしまえ。そう願って頬をつねってもただ痛いだけ。

 彼の顔を見ることができない、ただ誤魔化す為に手すりに手をかける。うっすらと、ゆっくりと、何かが込み上げてくる。

 

 なんで、どうして、それを聞くことはできない。先に会ったから? 先に好きになったから? それは聞いてもどうしようもないし、聞きたくもない。

 手が濡れた。ああ、雨が降っている。随分と生暖かい雨だ、頬が濡れる。だけど少しすると冷たい何かが体を濡らす、それはまるで隠してくれるかのように。

 

「雨……降ってきちゃったね」

 

 目が開かない、雨が強くて開けられない。手で目元を拭って悠君の方を見ると彼は既に顔を上げていて、少しだけ辛そうな表情が見えた。

 駄目だよ、そんな顔しないでよ、君はなんにも悪くないんだから。

 あそこに行こと指差したのは屋根の下、あそこならもう雨はないはずだ。手を繋ぐ、そして手を引かれる。それは初めてのことで、こんな状況だというのにとても、嬉しかった。

 

 

 地面がどんどん濡れ始めた。最初は感じる程度だったそれは今でははっきりと見えるくらいには強くなり始めた。

 強い、本当に強い、吐き出す息さえかき消してしまう。それはまるであたしと悠君をここに閉じ込めるみたいにすら思えてしまう。

 

「ねぇ、悠君」

「……何」

「悠君はさ、後悔しないよね?」

 

 この選択を後悔しないのか。自分でいうのも何だけど、君は酷く迷っていた。それは見ていればわかったし、リサちーや千聖ちゃんからも聞いた。

 あたしはね、してるんだ、後悔を。口には出せないけど物凄く後悔してる。

 もし君のことを好きだって事をもっと早く気づけていたら、もう少しだけでも早く告白できていたら。

 あの時、答えを今すぐにと言えていたら……おねーちゃんと君との仲直りを手伝わなかったら、結果は変わっていたかもしれない。

 

 そんなことばかり、あたしはずっと逃している。君のことが一番なんだと全てなんだと言っていた。それなのに毎回ちょっとだけおねーちゃんの事がよぎっちゃって、そのせいで押し付ける事ができなかった。

 勿論それが悪いことだとは言わない。君にとって、おねーちゃんにとって、あたしにとってもそっちの方がいいことばかりだから。

 おねーちゃんは傷つけたくない、君には後悔をしてほしくない。全部そう思って、願ってのことなんだ。だからこの答えは一つしかない、そう言ってもらわなきゃ困るんだよ。

 雨がうるさい、数分の間の無言の後かき消されてしまうような声で悠君は言った。

 

「……絶対しない、とは言えない」

 

 何それ、後悔する可能性があるってことじゃん。あたしの願いはどうするの? 君のために、君に後悔してほしくなくて色々したのに。

 

 ああ、本当に……

 

よかった(・・・・)……」

 

 あたしの今までは全部、無駄じゃなかったんだ。君の中には少なからずあたしがいる、おねーちゃんと競り合えるくらいには。

 もしここで絶対しないなんて言われたら、正直寂しかった。あたしの願いを叶えてくれなくて本当に感謝してる。

 もし君が叶えてたらあたしはおねーちゃんのこと、君のこと、どう思っていたのだろう。考えたくもない。

 

 やっぱりあたしは君のことが好きだ。友達として人として、それは当然だ。今もとってもドキドキしてる。まだ好きなんだ、男の子として、異性として。

 フラれたのに、二番目だと言われたようなものなのにやっぱり君のことが好きなんだ。だからどうしたらいいのかわからない。

 

「これからさ……どうしたらいいと思う?」

「どうしたらって?」

「君のことがまだ好きだから、あたしは君に理由もなく会えないじゃん?」

「……別にいいんじゃない?」

「駄目だよ」

 

 もしあたしが君のことをただの友人として程度の好きに落ち着けたのならこんなことで悩むことはなかった。こんな好きじゃなければ悩まなかった。

 君はおねーちゃんの事が好きで、おねーちゃんも君のことが好き、そこにあたしは入れない。

 きっと嫉妬しちゃう、奪いたくなってしまう。だから理由もなく君に会うことは出来ない。

 偶々だったりおねーちゃんのライブだったり、自分の中でも基準はわからないけど許されるのはそんなことだけだと思う。ただ会いたいからで君に会うのはこれからは出来ない。

 

 雨は少しも降りやまない。二人でただただ地面に叩きつけているそれを眺める。

 ああ、こんなこと考えなければよかった。寂しくて、悲しくて、また泣いてしまいそうだ。

 

「……そういえば折り畳み傘、まだ返してもらってないよね?」

「え……あ、忘れてたよ」

 

 どうして今そんなことを聞くのだろう。この雨のお陰でふと思い出したからだろうか、それともこの空気が耐えられなかったからだろうか。

 でも怒りはない、彼からすればどうでもいいことなのだから。あたしが勝手に決めたことで勝手に苦しんでる。それだけなのだから。

 

「まだ持ってる?」

「……今は家かな」

「じゃあさ、いつか返してよ」

 

 次に会ったときに返してじゃなくていつか返してよ、物凄く引っ掛かる言い方だ。そしてそれはもしかしてと思わされてしまう。

 あたしが勝手に都合よく解釈してるだけなんじゃないか、そう思って悠君の方を見ると彼は少し恥ずかしそうに頬を掻いていた。それを見てあたしの解釈が間違っていないことを知ってしまった。

 

「……忘れちゃうかもしれないよ」

「それならまた次会った時に返してくれればいいよ」

「……壊れかけなのに返してほしいの?」

「そうだね」

 

 ズルい、本当にズルい、そんなのズルすぎるよ。乾きかけていた頬がまた少し濡れた。

 いつか返してと、忘れたら次会った時に返せと、ならあたしはわざと忘れてしまおう。君に傘を返すという理由で会って、忘れちゃったと笑ってみよう。

 次には返してねと言われてごめんねと謝ろう、そしてその次にまた傘を忘れよう。きっとそんなのがずっと続くと思う。

 

「紗夜さんにはバレないようにね」

「あー、確かに。おねーちゃんにバレたら駄目だね」

「でもバレなければ」

「真実になる、でしょ?」

 

 二人で笑う。おかしいな、寂しいなんて気持ちはどこにいったんだろう。地図記号が読めなくて迷子になってしまったのだろうか、悠君に教えられてどこか知らないところに行ってしまったのだろうか。

 でも迷子になっただけ、知らないところに行っただけ、きっといつか戻ってくる。悠君がここを去れば多分戻ってくる。

 今だけは泣かせてよ、大きな声で叫ばせて、君がいたらそれができないよ。それができたらきっとスッキリする、なんだか一区切りできそうな気がするんだ。

 

「行かなくていいの? おねーちゃん、多分待ってるよ」

「……そうだね、傘持ってないし、止んだら行くよ」

 

 それも駄目なんだ、一人にさせてくれないんだ(しないでくれるんだ)。おねーちゃんのこと好きな癖にあたしの側にいてくれるんだ。

 本当に嫉妬しちゃう、おねーちゃんが羨ましい。こんな君を手に入れられるんだから。君があたしの側にもいてくれる。ただそれだけであたしは嬉しい。

 でももし君から求められたのなら……あたしは拒めないと思う。

 ああ、君は酷い、一人で泣かせてもくれないんだ。雨はまだまだ強い、きっと暫くは止まないだろう。それは彼もわかっているだろうし、あたしの傘を見ながらそれを言うのだから本当に……

 

 君は、ズルいよ。

 

 

 

「そういえば誕生日プレゼント、何がほしい?」

「あー、別に」

「いらないは無しだよ、あたしは貰ったんだから」

 

 告白の答えを貰う日、今日はそれだけじゃなくて悠君の誕生日でもある。あたしは貰ったんだからいらないなんて言わせない、あの時キーホルダーを買って貰ったからとも言わせない。

 好きな人の特別な日には何か贈りたい、そう思うことはいたって普通のはずだ。幸いアイドル業のお陰か最近お小遣いも増えたし、大体の物は買えると思う。

 

「うーん、なんでもいいよ」

「ほんとになんでもいいの?」

「……といってもあまりに変なものはやめてよ?」

「え~、まぁいいや、目瞑っといて」

 

 鞄を漁りながらそう言うと彼は目を瞑る。きっと彼は変なものが来るだろうと思い込んでるのだろう。

 なんでもいい、言ったのは君だよ? やっぱり嘘なんて言わせないよ。別にいいよね、物じゃなくても、形に残さないものでも……

 

「……何するのさ」

「えへへ、プレゼント」

 

 三回目のキスは今までで一番浅くて、優しくて、短いものだった。その筈なのに何故か今までで一番、満足感に溢れているものだった。

 これから君はおねーちゃんと恋人になる、だからこれができるのも多分最後。今は誰のものでもない君も誰かのものになってしまう。それはあたしじゃない。

 

「ねぇ、悠君」

「……何?」

 

 これは君に言われた言葉、君からあたしに送られた簡素な言葉。だけど何より重くて大切な言葉。

 

「頑張ってね」

 

 あたしは笑えているだろうか、君が好きなあたしみたいに精一杯元気な笑顔を見せつけられているだろうか。

 彼は暫く放心した後急に顔を赤くする。これからおねーちゃんに会いに行くのにそんなのでいいのだろうか。

 

 行ってくるよ、そう言って彼は扉を開け屋上から去っていった。

 雨はとっくに止んでいる、まるであたしの心の中みたいに空は晴れやかだ。なんだかとってもこの結末に納得してる。先程までの不安は何処に行ったのか、純粋におねーちゃんと君の事を応援できる。

 

 何にも変わらない、そう、何にも変わらない。おねーちゃんの事が好きな悠君と、それをどうにか振り向かせようとするあたし。

 君のことが好きなんだ、世界で一番、宇宙で一番好きだ。あたしの()に君は何よりも輝いている。

 これからは好きになってとまでは言わないよ、だからお願い、あたしの事を忘れないで。おねーちゃんだけじゃなくてあたしにもちゃんと構ってね。

 

 君の日常に、ちゃんとあたしをいさせてね。

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