僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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紗夜

 スマホを眺め続けながら彼を待ち続ける。どうして来ないのかなんて思うことはない。ずっと、いつまでも待つ、最初からそう決めている。

 彼がすぐに来ないのは私からすれば少し嬉しいことだった。なんて聞けばいいのだろう、どうすればいいのだろう、それを考えることができるから。

 勿論ずっと前から少なからず考えていた、それでも何も決まらなかった。何て言えばいいのだろう、そんなこといつまで経ってもわからなかった。

 

 雨はとっくに止んでしまった。とても強くて屋根の下にいたにも関わらず少し濡れてしまったが、今では大体乾いている。

 ここまで遅いということは恐らく彼は日菜の方に先に行ったのだろう。彼はなんと答えたのか、今は何をしているのか。

 そんなことを考えていたら、こちらに向かってくる人影が見えた。

 

「っ……」

 

 待っていたのに、心待ちにしていたのに息が詰まる。視線をそらせなくて目を閉じられない。彼が近づいてくるとその縮まる距離に反比例するかのように心臓の高鳴りが大きくなる。

 彼が隣にやってくる。準備をしていたのに話しかけることが出来ない。

 あなたが好きなのはどっちなんですか? 日菜にはなんて答えたんですか? そんな問い、他にもあったがその全てが吹き飛んでしまった。

 頭が真っ白になって息が荒くなる。何も言えない、何も言われない。ただただ重い空白が襲いかかってくる。

 

「……いつからいたんですか?」

「……さっき来たところですよ」

 

 ずっといましたと言うことは出来なかった。悠さんはきっとわかっている、私がずっといたことなんて。ならば何故聞いたのか、それは恐らく私のため。

 こんな程度でも会話をしたお陰かちょっとだけ緊張は和らいだかのような気がする。深く息を吸い、目を閉じて聞いてしまおうと覚悟を決めようとする。

 

「……雨も止んでますし、少し歩きませんか?」

 

 だというのに結局聞くことは出来なかった。聞きたくない、気になりはするけれど、それ以上に怖くて怖くて仕方がない。

 彼はいいですよと言ってこちらに手を伸ばしてくる。昼のコンビニということもあってか周りには多くはないが人はいる。そのせいかほんの少し恥ずかしい。

 ほんの少し、その程度に抑えきれたのはやはり人目なんてものをそんなものと言い切れるくらいには嬉しいから。あなたから手を伸ばしてくれたのがそれくらい嬉しいから。

 

 手を繋ぐ、優しく。あなたはどちらを選んだのだろう。もし私を選んでくれたのなら私はこの手を強く握れるのだろうか、絡ませることはできるのだろうか。

 彼の横顔を見ると、不思議と胸が痛くなる。

 

 

 

 目的もなく歩き続ける。会話は少ないし、本当になにもしていない。何かを買うということはないし、何かを食べに店に寄るなんてこともしていない。

 

「……ここも懐かしいですね」

「そういえば最近きてないですね」

「またいつか行きませんか?」

「……練習でですよね?」

「本来の用途でですよ」

「僕は音痴なので……」

 

 遊びたいのなら来ればいい、一人で練習するくらいでしかくることはない。そんな風にさえ思っていた場所なのにあなたとなら悪い気はしないと思う。

 そういえばあなたに興味というのを持ったのはここからかもしれない。傘を貸され、ファストフードで偶々であった。そこまでなら印象があったとしても記憶に残るまでには至らなかっただろう。

 ここであなたが私にアドバイスのようなものをくれたから、見透かしてくれたからあなたに興味を持てたのかもしれない。

 

 商店街も懐かしい、あそこでパンを買って話したのが昨日のことのようだ。もしかしたらあの時からあなたに気が向き始めたのかもしれない。

 羽沢さんのお店も見える。あなたのために、あなたが好きなものを作れるようにする。勿論それは容易ではなかった。Roseliaの練習との並行、それが私には出来なかった。

 なのにあなたは私を責めなかった、自分のためにやっているからと。頑張る私を否定しない、それが最も嬉しかった。

 

 道行く人が何故だか減っていく、まるで世界から私と悠さん以外が消えていくかのように。なんだか二人だけの世界を作っているかのようにすら思わされた。

 いつの間にかたどり着いていたのは公園で、この時間にしては何故か誰一人もいなかった。

 公園の中心に向かい手を離し、向かい合う。

 

「もう、随分待ちました」

 

 長く待った、それでも熱は永遠に冷めることはなかった。

 いや、むしろ強くなっていった。錆びることなく研ぎ澄まされていった。

 

「……そうですね、随分と待たせてしまいました」

 

 彼はそう言って目を閉じる。ほんの少しの間、一分にも満たないそれだが、それすらも永遠に感じられた。

 うるさいくらいに心臓が鳴る。それこそ彼の言葉を聞き逃してしまうのではないかと思ってしまうくらいには。

 鳥の鳴き声も葉が揺れる音も耳に入ってこない。あまりの空白、ちょっとした音でも入ってきそうなのに聞こえてこない。それは彼の言葉を聞き逃さないために。

 悠さんの口が、ゆっくりと動いた。

 

「……僕は、紗夜さんのことが好きです」

 

 聞き間違えようがない、確かにそう聞こえた。何故だか視界が歪んでくる、涙が勝手に飛び出てくる。何故なのか、それは私にもわからない。

 

「……私なんかでいいんですか?」

「紗夜さんだから(・・・)いいんです」

「……嘘だったら許しません」

「こんな場面で嘘はつきませんよ」

 

 ──僕と、付き合ってくれませんか? 

 

 恥ずかしがりやな彼から出るとは思えないその言葉、でも間違いなく彼から出た言葉。

 信じることが出来ない、まるで夢なんじゃないか、もし夢ならば覚めないで欲しい。

 もう涙は止まらない、溢れて零れて滝のよう。言葉を出せない、お願いしますと言うことすら出来やしない。

 私は言葉を忘れてしまったかのように何度も、何度も頷くことしか出来なかった。

 

 こんなの初めてかもしれない、どうして涙が止まらないのだろう。寂しくなんかないのに、悲しくなんかないのに、ただただ嬉しいだけなのに。

 ああそうか、人は嬉しいときにも泣くのか。大丈夫ですかと言って差し出された彼の手を取る。今度は強く握る、指を絡ませる。一本一本結ぶように、ほどけないように。

 

 日菜ではなく私を選んでくれた、ただ唯一勝つことができた。だけどそんなことはどうでもいい。

 別に日菜じゃなくても、相手がいなくてもこうなっていたと思う。

 ただ私のことが好きだと言ってくれたのが、何よりも嬉しかった。

 

 

 

「上手くいったみたいだね」

「……どうしてあなたがここにいるの?」

「悠君の跡つけてたんだよ、もしかして気づかなかったの?」

 

 そんなこと全く気づかなかった。悠さんのことしか考えられなくて周りなんか気にしていなかった。

 もしかして見られてしまったのだろうか、先ほどのことも。そう思うと今更ながらとてつもなく恥ずかしい。

 

「まさかおねーちゃんの泣き顔が見れるとは思わなかったよ~」

「……早く忘れなさい」

「えへへ~、無理」

 

 寂しくないのだろうか、悔しくないのだろうか、辛くないのだろうか。私だったらきっとそう思っていた、なのに日菜はそんなことないかのように笑顔を向けてくる。

 まるで自分のことのように喜んでいる、そんな風にさえ感じられた。

 

「ところでさ、二人ともしないの?」

「何をよ、あなたの言葉はいつもわかりにくいの」

「え~、悠君はわかるよね?」

 

 その言葉で悠さんの方を向いたら顔を赤くして目をそらされた。

 いったいなんなのだろう、私にはわからない。でも彼は知っている、日菜も知っている。

 悠さんに聞いても何も返ってこない、それどころか今度は顔を下に向けられてしまう。ならばと日菜に聞くと驚きの答えが返ってきた。

 

「キスだよキス。恋人になったんだからやっちゃいなよ」

「そ、そんなの出来るわけないでしょ!」

 

 熱い、多分顔は真っ赤に染まり上がっている。悠さんが赤くなった理由がわかった。まだ早いだろう、付き合ったその直後では。

 したくないということはない、だがやはり恥ずかしい。もっと時間が経って、お互いのことを更に深く知れてからでも遅くない。

 

「え~、でもあたしと悠君はしたよ?」

「……どういうことですか?」

「い、いや、それは……」

「……目を瞑ってください」

 

 それも三回も、と指を立ててくる。怒りはない、どうせそれは日菜から無理矢理なのだろう。彼がそんなことを出来るとは思わない。

 彼は言われた通り目を瞑る。怒られると思ったのか、それとも叩かれるかもしれないとでも思ったのか。ほんの少し距離を取られてしまった。

 妬ましい、羨ましい。そんな事を言われて嫉妬しないでいられない。どうすればいいのかわからない、ただしたいがままに私は動いた。

 私のものと彼のものを、ゆっくりと重ねた……

 

 頭がくらくらする。顔が熱い、さっきのとは段違いだ。やってしまったと恥ずかしくなる、でもこれでいいんだと思えている自分もいる。

 彼は驚いたかのような顔を向けてくる。今の状況を理解できていないのか少し放心気味だ。

 

「……私だって、嫉妬くらいします」

 

 そう言うと彼は顔を赤くする。真っ赤だ、とても赤い、まるで蛸のよう。

 それが少し可愛らしくて、少しだけ溶けるかのような視界の中で彼がいつもよりかっこよく見えた。

 

「ねーねー、どこかお昼食べに行かない?」

「……確かに、私はずっと食べていなかったしそろそろお腹も空いてきたわ」

「んー、おねーちゃんと悠君はどこか行きたいとこある?」

「私は別に……悠さんはどうですか?」

「……いつものファストフードとかどうですか?」

 

 そういえば最近行っていない。そんな暇もないし行く理由もなかった。そこにしましょうと言って彼と手を繋ぐと、日菜は彼のもう片方の手を掴む。

 日菜は辛くないのか、悲しくないのか。私だったらきっとそう思っている。

 日菜が強いのか、それとも私が気づけていないだけなのか。その笑顔の下には何か隠されているのだろうか。もしかしたら私の事を嫌いに思っているのではないか。

 ほんの少し、ちょっとした不安は気づけば山のように積もっていた。

 

「ねぇ、おねーちゃん」

「……何?」

「何でもないよ。ただちょっと気になっただけ」

 

 気づかれているのだろうか。少し前に出て日菜はそう言ってくる。

 あなたのことが嫌いだった。それは少しだけ前の話で、それも本心じゃなかった。

 今はあなたのことが好き。恥ずかしさはあるけどはっきりと伝える事ができる。

 もし逆だったら、私はあなたのことを……

 

「ねぇ、おねーちゃん」

「今度は何よ」

「気を抜いてたら……取っちゃうよ?」

 

 何を、わからないはずがない。冗談か本心か、それはわからない。

 ああそうだ、日菜も彼のことが好きなんだ。彼は私を選んでくれた、だからといって気を抜くことはできない。

 もし立場が逆だったら私だってそう思っていただろう、諦めることなんてできない。

 

 だけど無理矢理なんてことはできない。でももし彼から求めたのなら私は断ることなんてできないだろう。多分それは日菜も同じように思ってる筈だ。

 ならば彼を振り向かせようとするだろう。相手のことを応援しながらでも、もしかしたらと願い行動し続ける。

 

 ふと風が吹く。爽やかな風、髪がふわふわと揺れる。

 その風のお陰かどうかはわからない。でも心の中の塵は、あっという間に吹き飛ばされていった。

 

「……させないわよ」

 

 私は彼の手を気づかぬ間に強く、握っていた。

 

 

 

 

 

 枕元のスマホが鳴ることによって起こされる。こんな朝早くから一体誰だろうか。

 昨日のことはまるで夢のようで一日経ったのに実感はない。もしかしたら今日が日曜日なのではないか、そう思ってしまうほどに。

 だが手に感じたあれは、唇に触れたあれは間違えようがない。

 

「ねみ……」

 

 起こされた時間はいつもより三十分くらい早い。今日も今日とて学校があるので制服に着替えながらスマホを確認する。

 するとそこには紗夜さんの名前、外にいますというメッセージが送られてきていた。

 一瞬なんの事かわからなかったがすぐに寝起きで回らなかった頭は回りだし、朝食も取らずに鍵を持って外に出る。朝食なんて抜こうがそんな大差はないだろう。

 

「……どうしたんですか?」

「……服が乱れてますよ」

 

 失礼しますねと言われ服装をただされる。いやはや寝癖がついてなくてよかった。しかしてどうしたのだろう、何か用事でもあるのだろうか。

 

「途中まで……一緒に行きませんか?」

 

 お互いに学校は違う、近いわけでもない。それこそ十分も歩けば道は別れてしまう。

 断る理由もない。自転車を取ってくるがそれは押すだけで乗りはしない、せめて別れるまでは。

 

「日菜には……内緒にしておいてくれませんか?」

 

 ふとそんなことを言われる。理由は聞かない、多分聞かれたくもないだろう。だがそこまで悪い理由ではない、それはなんとなくだがわかる。

 わかりました、それだけ言って並んで歩く。雲はない、太陽は眩しいくらいに照りつける。だけどそれ以上に、隣の人のが眩しかった。

 直視できないのではなく引き寄せられる。ふと笑うその姿に少し早く心臓が動く。

 いつまで経っても、この人の笑顔には慣れられる気はしない。

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