恋愛とは、付き合うまでがピークである。
誰が言い始めたか知らないがそんな話は各所で聞く。付き合うまでにどうしようと悩んで、その間には相手のいいところしか見えてこない。
だが付き合ったとたんに相手の悪いところばっかり目についてしまう。なぜだかわからないが付き合った癖に長続きしないなんてのはよく耳にする。
まぁそんなことは僕からすれば全く縁のない話だ。そもまだ一週間も経っていないのだから流石にそんなことはない。
「はぁ……」
とても楽しみ、だけど少しだけ憂鬱だ。今日は紗夜さんと映画を見に行くことになっているのだが、紗夜さんは来週のライブのための練習があるので昼過ぎくらいにくるらしい。
まだまだ午前中なこの時間から待つのは少し早すぎではないかと思うが、日菜にこの時間に会おうよと言われてしまったのだから仕方ない。
別に紗夜さんと二人きりでないことが憂鬱なんじゃない、待っていることが憂鬱なんじゃない。日菜に会うのがとても憂鬱に感じられる。
当然会いたくないということはない。だが日菜に会うのはあの日から初めて、振ってしまったあの日から。
あの後食事に行った、そこでいつもと殆ど変わりのない話をした。笑顔を見せられ、楽しそうな声で話題を振られた。
だけどそれはあの日だけではないのかと、今になっては僕のことを嫌っているんじゃないか、ついそんなことを考えてしまう。
後悔はしたくない、だけどこうなるとほんの少しだけ後悔してしまう。でもそれは仕方がないだろう。
考えすぎだと言われるかもしれない、でも考えないわけがない。最後まで悩んだ相手のことなんだ、嫌われたくないと思うのは自然の筈だ。
言われた時間まで後10分。いつもと変わらず少し遅れてくるのか、それともそれより早くやってくるのか。はたしてどちらなのだろう。
そんなことを考えながら柱に背中を預けながらスマホでゲームをしていると突然隣に誰かやって来て、その人は画面を覗き込んできた。
誰なのか。視界に入り混んでくるのは見慣れた髪色と少しだけ見えるその顔、わからないはずもない。
僕は覗き込むその人にしか意識がいっておらず、最終的にはスマホの画面は殆ど見ていなかった。
「あれ、負けちゃった」
「……久しぶり」
「まだ一週間も経っていないよ?」
そんな声が聞こえたのでスマホをしまう。僕の中で久しぶりは一ヶ月から、そうだったのについそんな風に思わされてしまった。
毎日は会えるわけがない、毎週会えるという確信もない。そんなだから一週間程度ではお久しぶりというのはなんともおかしい。
ではなぜ、それは多分一週間というのが限りなく長いものに変わったから。あの時とは違い、この人との一週間はそれほどに強くなったから。
そんなことは見抜かれているのかちょっとだけ笑みを浮かべてくる。ああ本当に、久しぶりだ。
「あ、傘忘れちゃった」
「……いつか返してよ?」
「ごめんね、次会った時返すからさ」
とんだ茶番だ、こんな会話に意味はない。ならばなぜこんなことを聞くのか、それはなんとなくとしか答えられない。
別に言わなくてもお互いに理解してるはずだ。別に返さなくていい、これは理由でしかない、会うための理由にしかならない。
だというのにそんなことを聞いてくるのは彼女が気に入ったからなのか、もしかしたら別の理由なのかはわからない。でもそんなことを言ったのは僕だからほんの少しだけ恥ずかしかったりもする。
「今日は変装してないんだ」
「別によくない?」
「……流石にバレそうじゃない?」
バレなければどうとでもなる。だが映画館ともなれば人はいる。特に有名らしい監督の新しく映画が公開されたというのも相まってか、入り口前だというのにここにいる人の数はとんでもないことになっている。
こんな状態でバレないなんて出来るのだろうか。今も気づかれていないのか不安だ。
「バレても大丈夫だよ」
「……というと?」
「だって悠君はおねーちゃんの恋人じゃん。もしバレてもそう言えばいいし……」
「そうじゃなくて男といることがバレるのがさ」
「ん~、じゃあ悠君が女装すれば?」
「……絶対やだ」
面白そうなのに~、と言っている日菜を見て少し安心した。その声には強がりなんてものはなく自然なもので、あの時と殆ど変わらない。
「……で、どうするの?」
「おねーちゃんの迎えに行こ!」
「時間はまだまだだけど……まぁいいか」
今までと何も変わらない。話がないなんてこともない、日菜は元気そうにこちらに笑顔を向けてくる。
でも今までと違うことがたった一つだけある。僕の手はポケットから出ているがそこには何もない。スマホも、財布も、日菜の手も。
最初はあれだけ恥ずかしくて出来なかったというのに今となっては少しだけ、寂しかったりもした。
ライブハウスの前で待つこと数十分、とても長く聞こえるそれだが一瞬にして過ぎ去っていた。
ライブハウスのドアが開きそこからRoseliaの皆さんが出てくる。まだ正午前なのでもう少し待つのかなと思っていたのだが予想よりも早かった。
「予定の時間よりだいぶ早いと思うのですが……」
「待ってようって話になったので」
「おねーちゃんだってそっちの方がいいでしょ?」
「それはそうだけど……」
待っていようとは言ったもののギターを持ったままというのはどうなのだろう。もしかして一度帰るつもりでもあったのだろうか。そんなことを考えているとリサさんと宇田川さんが近寄ってきた。
宇田川さんの目が凄い輝いている。何かあったのだろうかと考えていると凄い興奮したような様子で話しかけてきた。
「悠兄! 紗夜さんと付き合い始めたって本当!?」
「う、宇田川さん! どこからそれを……」
「まさかバレてないとでも思ったの~?」
「……そうですよ」
「……すっごーい! 何かしてみてくださいよ!」
何かとはなんだろう、手を繋げばいいのか。だが紗夜さんが嫌と言ったためそれはなしになった。
「で、今日は何の予定なの?」
「悠君とおねーちゃんは映画見るんだって!」
「あれ、日菜は違うの?」
「そうだよ。悠君も二人きりの方がいいでしょ?」
どうだろう。確かに二人きりで映画を見たいという思いはある。だからといって日菜がいたら邪魔かと言われたらそれも違う。
「何言ってるの、あなたも行くのよ」
「え……でも……」
「……いつか三人でって言ってたでしょ」
日菜から目をそらしながら彼女はそう言った。誰も喋らない、僕も日菜も、紗夜さんもRoseliaの人も。そんなだからか紗夜さんは少しだけ赤くなっていくのが見えた。
「おねーちゃん、だーいすき!」
「ちょ、日菜! 抱きつかないで!」
「よかったね。アタシも行きたかったなぁ~、なんて」
「駄目だよリサちー、あたし達三人で行くんだから」
日菜は紗夜さんから離れると小走りで来た道を戻る。何かと思いそちらを見ていると日菜は振り返って手を振ってくる。
「早く行こうよー!」
「ギターを家に置いてこなくちゃだからまだ行けないわよ」
「じゃあ早くお家戻ろうよ!」
本当に元気だ、笑いながらそう言ってくる彼女を見てるとこっちまで不思議と嬉しくなる。
ふと手に何かが当たる。それが何かはすぐにわかりそれを優しく掴む。この前みたく絡ませられればいいのだろうがまだ恥ずかしい。でもいつかはそうできるようになれるのなら。
「……行きましょうか」
「……はい」
いつも疑問に思っていた。
退屈な日常から逃げ出したいとずっと思っていた。非日常を求めていた訳ではないが、ただただつまらない日常をどうにかしたかった。
なら日常から逃げ出したのなら何が待っているのだろう、それが常に疑問だった。非日常でも待っているものなのかと思っていた。
だが違う。つまらない日常から脱獄したその先もまた日常なんだ、新しい日常が待っているだけなんだ。
「二人とも早く~」
「まだ時間はあるのよ、あなたは急ぎすぎよ」
こんな日常がいつまでも続けばいい、僕はそう思えている。
気が向いたりしたらたまーに後日談みたいな感じで書くかもしれません。
長い間ありがとうございましたv^^v