僕が日常から脱獄するまで   作:DEKKAマン

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「紗夜~、最近どうなの?」

「どうって……何がですか?」

「も~、そんなの一つしかないでしょ」

 

 練習も終わり、片付けが終わったところで今井さんがそう聞いてくる。

 なんだろう、それは少しにやついている今井さんの顔を見れば嫌にでもわからされた。

 

「……特別変わった事はないですよ」

「ふ~ん……明日は練習休みだけど予定はあるの?」

「家で練習をしようかと思っていますが……どうかしましたか?」

 

 最近ギターの腕が上がったような気がしている。自分のことをこういうのはどうかと思うが、それでもここまで思えているのは始めてだった。

 彼が好きな音に、私のつまらない音に、ようやくだんだんと色がついてきたかのような気がしているのだ。

 彼と付き合い始めて、なんだか安心したかのような気がしてそうなった。だから今は少しでも練習がしたい、彼にもっといい音を届けたいから。

 

「うーん、紗夜はさ、それでいいの?」

「何がですか?」

「悠が今日何してるか知ってる?」

 

 今日? 何かあるのだろうか。昨日一緒に登校していた時には特に何も感じなかったが……一体なんのことだろう。

 暫く考えていると、今井さんは一つため息をつきながら教えてきた。

 

「昨日日菜がね、明日は悠君とお出かけするんだ~って言ってたよ」

 

 そんな事聞いていない、日菜からも、悠さんからも。

 私は悠さんと付き合い始めてから毎日一緒に登校するようになった。それはいい、会える時間が増えるのだ、嬉しくない筈がない。

 でもそれだけなのだ。毎日一緒に登校して、それ以外では会うことはむしろ前より減ってしまった。

 それはなぜか、私がこうして、練習ばかりに目を向けていたから……

 

「だからさ、明日デートにでも誘ってみたら?」

「そんな急に……迷惑に、ならないでしょうか?」

「悠ならちょっと忙しくても紗夜の事優先すると思うよ」

 

 今井さんはそう言った後、ライブハウスから出ていく湊さんの後に付いていった。

 デートに誘う、言うだけなら簡単だ、しかし実行しようとなるとそう簡単にはいかない。

 恥ずかしくて、どこに行けばいいのかわからなくて、向こうがそれで満足するのかわからなくて、何をすれば正しいのかわからない。

 

 ふと取り合った連絡の履歴を確認する。私はどのように彼を誘っていたのか、何処に誘っていたのか。

 誘うのならば彼の好きな所に行った方がいいだろう。ならば……ゲームセンターだろうか? 私はよくわからないが、彼が楽しんでくれるのならばそれでいい。

 どう誘おうかと悩んでいたところで、急に電話がかかってきた。相手は、悠さん。

 

『あー……もしもし』

「……どうかしましたか?」

 

 思いもよらぬことに心臓が跳び跳ねた。何か用なのだろうか、もしかしたらと期待しながら続きを待つ。一秒でさえ、嫌に長く感じられた。

 

『あの……明日って、空いてますか?』

「え、ええ、明日は練習もないので」

『それなら……明日どこか行きませんか?』

 

 ほぼ反射的に了承の言葉が漏れてしまう。それこそまだ残っていた白金さんが驚いてしまうくらいには。

 少し待ってくださいと言ってライブハウスを急いで出る。

 どうして彼から、こんなにも都合よくこんなことを言われるのだろう。今井さんが連絡を入れただけなのかもしれない、それでもやはり、ズルく感じられてしまう。

 

「えっと……何処に行くんですか?」

『だいぶ前に行ったあの犬と触れ合える公園とかどうですか?』

 

 そこでお願いします、そう言ってしまった。悠さんは犬の事が好きなのだろうか、彼は犬にあまり懐かれないというのに。

 次は、次こそは私から、彼の好きな所に行かせて貰おう。そう思うとなんだか明日が待ちどおくて、季節的に冷たい筈の風も、全く気にならなかった。

 

 

 

 服装なんて学生らしくて動きやすければなんでもいい、そう思っていたのはいつまでか。少なくとも彼と出会う前まではそう思っていた。

 勿論そう言った服が好みなのは今でも変わらないし、出来る限りそういう服を選んでいる。

 ただ最近では自分に似合う服、それは自分ではよくわからないが、今井さんに薦められた服を着るようになった。勿論、彼と会う時だけだが。

 

 この前と同じくバスに揺られて一時間強、ワンちゃんと触れ合える公園に着いた。

 あの時のように晴れ渡ってはおらず、空は雲が多い尽くしている。だけど、今日は雨が降る気は全くしない。むしろ、晴れてしまいそう。

 

 最初はやはりワンちゃんとの触れ合い。ワンちゃんは可愛くて、そう躾られているのか人懐っこい。

 餌をあげて近寄ってきたところで頭を撫でたり、それだけで不思議と癒される。

 しかしそんな犬でも悠さんは何故か懐かれずに吠えられている。やっぱり駄目かと呟く彼は、本当に楽しんでいるのだろうか。

 

「悠さんは……楽しいですか?」

「楽しいですよ、とても」

「……ならいいのですが」

 

 その後は食事をしようということになり、名残惜しさを感じながらもその場を離れた。

 その後は特に何もない。この前と一緒でお土産屋さんに立ち寄ったり、日菜のこと、Roseliaの事を話したりした。

 ただこの前と唯一違うとするならば……手を繋げていたことだろうか。

 

「もしかして、あんまり寝てないんですか?」

「いえ、そんなことはないですけど……どうしてですか?」

「酷く疲れているように見えたので」

「僕は体力がないですから、後は……楽しいことがあると不思議と疲れますから」

 

 時間はあっという間に過ぎてしまい、帰りのバスに乗り込んでそんな会話をする。

 嘘は言ってない、それは疲れた顔を見せながらも小さく笑っている彼を見ればわかる。

 ではワンちゃんには好かれずに、ただ話していただけだというのに、何が楽しかったというのか。それが気になって聞いてしまった。

 

「紗夜さんが楽しそうだと、僕も楽しいですから」

 

 恥ずかしいことをまるで何でもないかのように言ってくれる。多分私は顔が赤くなってしまっていると思う。

 ああ、本当にズルい。それは私もなのに、だけどそれは口に出すことが出来ない。握る手に、つい力が入ってしまった。

 次は、次こそは、逆でありたい。彼の横顔を見て、そう思った。

 

「あれ、悠さん?」

 

 そんな事を考え込んでいると会話が途切れてしまった。何か話さなければと適当な話題を振ってみたが返答はない。

 もしかしてと思って見てみれば、やはり悠さんは眠ってしまっていた。そんなに疲れていたのか、楽しんでくれたのか。起こすのは悪いと思いそのままにすることにした。

 

 ふと笑みが漏れてしまう。最初はまともに顔を見ることが出来なかった。

 二度目は隣で並んで、一緒に眠ってしまう事さえ出来た。

 それなら三度目は……

 

「……いえ、こういうのはあなたが起きている時に」

 

 窓側に倒れこみながら眠っている悠さんを見てそう呟く。

 キスは、したくないわけではない。だけど、私だけ知っているそれは、なんだかズルいかのような気がした。

 あなたとの思い出になるようなことは、共有したいから。

 

「……おやすみなさい」

 

 いい夢を、それを願うことにした。だけど少し寂しくて、彼の顔をこちら側に優しく倒れさせた。

 

 

 

「ここ、覚えてますか?」

「……ええ、覚えてますよ」

 

 帰り道、忘れもしない、悠さんに一度別れを告げた場所。酷いことを言った、それこそ今こんな関係になれていることが奇跡だと思えるような事を。

 あの時はあれだけ嫌だと思っていたのに、もうすっかりと彼の優しさ()に犯されつくしてしまった。でもそれはとても心地よくて、その優しさ()は、私を救ってくれた。

 

「……あなたが初めて名前で呼んでくれたのも、ここでしたね」

「……最後に、なんて言われましたけどね」

 

 最初で最後、そう思っていたのに。いや、今とは違う呼び方だから間違ってはいないかもしれない。

 でもそれは、最後にしたくない。

 

「あの時と同じ呼び方を、してくれませんか?」

「やっぱり恥ずかしいですね……」

 

 彼は頭を軽く掻く。ちょっと恥ずかしそうにしながら、あの時と同じように空白が肌を突き刺してくる。

 

「……紗夜」

 

 ああ、やっぱりこれは不思議だ。いつもより二文字少ないだけなのに全く違うような感じがする。

 でもそれは私だけ……あなたとの思い出は、共有したいから。

 

「……悠」

 

 そう言うと彼は目を見開いた後、顔を赤くされ目をそらされる。

 ああ、恥ずかしい。溶けてしまいそうなくらいには体が熱い。恥ずかしくて嬉しくて、お互いに何度も名前を呼びあってしまう。

 

「……やっぱり呼び方は、まだいつも通りにしましょう」

「……ええ、そうですね」

 

 まだ、そう、まだだ。いつかそうなれればいい。時間がかかろうと、それが自然であるかのようになれればいい。

 空が曇りというのもあるが、時期的なものもありもう真っ暗だ。見失わないように、もう離さないように手を繋ぐ。

 

 あの時切り裂いた闇が今、私達の手を繋いでくれたかのような気がした。

 




紗夜さんが誰かを呼ぶ時は日菜ちゃん以外、断固さんを付けさせる所存
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