「おねーちゃん、今日ファストフードのとこで新商品出るんだって、一緒に行こうよ!」
「今日はRoseliaの練習があるから駄目ね、終わった後も予定もあるし」
えー、と声を漏らすとおねーちゃんから、Pastel✽Palettesは練習はないの? と聞かれた。
今日は練習がないこともないが自主練だから行かなければならないというわけでもない。そも出来るのだから行く必要だってないのだけれど。
ただ今日はイヴちゃんと千聖ちゃん、麻弥ちゃんも仕事だって言っていた。彩ちゃんもバイトがあるって言っていたし暇なのはあたしだけ。
そう説明すればおねーちゃんは仕方ないわねと言ってくれる……わけもなく、また今度ねと言ってそのまま出かけていった。
また今度、おねーちゃんはそう言った。ちょっと前ならありえなかったろうに。
やっぱりおねーちゃんの事は好きで、こうやって仲良くなれていると思わされるのは何度目だとしても嬉しいものがある。
でもそれとこれとは別、新商品が食べたいのは事実だし暇を潰せる何かをしたいのもまた事実。
そういえばおねーちゃんは練習が終わった後も予定があると言っていた。そしてそれは多分……
「もっしもーし、起きてる~?」
『……こんな昼に何?』
「悠君まだ寝てたの?」
「休みだし、昨日は遅くまでゲームしてたから」
昨日もでしょ? そう言うと彼は小さく笑って誤魔化す。新商品食べに行こ、と誘ってみれば長くならなければと返された。
やっぱり、そういうことか。おねーちゃんの予定はきっと悠君と、何をするかは知らないけど、何かしらのことはするのだろう。
それもそうか、二人は付き合ってるのだから。それじゃいつものファストフードでね、そう約束して電話を切ると、不思議とため息が一つ漏れた。
「それでね、おねーちゃん誘ってみたんだけど忙しいって断られちゃってさぁ」
「ひ、日菜ちゃん、お願いだから何か頼んで……」
「お、お待ちのお客様はこちらにどうぞ」
ファストフード店に着いたけど悠君はまだいなかった、珍しい。なので店員をしていた彩ちゃんと話して来るのを待つ。
それにしても彩ちゃんと花音ちゃんはどうしてそんな困ったような顔をしているのだろうか。
やっぱり休日のこういったところ、更に新商品が出た初日となれば人の数も普段とは大違いなのかもしれない。
めんどくさそうだなぁ、そんなことを思いながら視線を入り口に向ける。入ってくる人が気になって仕方ない。また違うのか、ため息を漏らしながら彩ちゃんと話すことにする。
しかしそろそろ来るだろうし、彩ちゃんもお願いだから注文して、と何度も言ってきているので先に頼んじゃおうかな。
そんなことを思いながらこれで最後と思いながら入ってきた人を見て、手を振って呼び寄せた。
「悠君は何頼むの?」
「いつもと一緒の予定だけど」
「じゃあ彩ちゃん、それでお願い」
「いや、流石に僕は並ぶよ」
「え~、わざわざ並ぶ必要なんかないよ」
「僕と日菜はよくても後ろの人はよくないでしょ」
相変わらず悠君は変なところで真面目だ。これが君の普通なのだろうか、あたしには全く理解が出来ない。おねーちゃんは……これも、理解出来るのだろうか。
列を見直してみればそこまで長くない、一番後ろに悠君と一緒に並ぶ。他愛のない話をして待っているこの時間も、君となら価値ある物に、大切な時間になる。
なんか彩ちゃんが叫んでたけど、どうしたのだろう。やっぱり彩ちゃんはよくわかんなくて面白い。
「……ところであの店員の人、日菜の知り合い?」
「パスパレのボーカルやってる彩ちゃんだよ」
「……こんなとこでバイトしてるんだ」
「イヴちゃんだってつぐちゃんのとこでバイトしてるし似たようなもんじゃない?」
「まぁそうだけど」
ようやく順番が回ってきたので商品を頼む。悠君と話していたからそこまでではなかったが、それでもだいぶ待った気はする。
頼んだものを受け取って席に座るが、彼はトイレに行ってしまったので先に食べて待つことにした。
「そういえば悠君は新商品頼んでないんだ」
「金もないし、寝起きだからそこまで腹減ってないしね」
「うーん……それならこれあげる、これくらいなら大丈夫でしょ?」
いや、と断られてしまいそうなので有無を言わさずに渡す。ちょっと困った風な様だったが、それでも残り一欠片、一口で食べきれてしまいそうなくらいならと思ってか、彼はそれを口にする。
これだけ期待させられていた新商品なのだが、期待通りというかなんというか、期待を裏切るものを想像していた身からすると少しばかりがっかりさせられてしまう。
だが不味いというわけではないし、当然美味しいという部類に入るのは間違いない。悠君は食べてどう思ったのかな、それを聞こうと彼の方を見る。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「え~、気になっちゃうんだけど」
彼はあたしから顔ごと目を背けていた。よく見ればほんのり赤い、一応新商品はスパイシーソースだなんだと言っていたし、彼は辛いのは苦手だったのかもしれない。
でもそこまで辛くなかったと思うんだけど、そう味を思い出すと同時に気づく、あれはあたしの食べかけだったなと。
ほんの少し、本当に少しだけだけど、あたしまでも恥ずかしくなってきた。
このような事、悠君がおねーちゃんと付き合い始めてからすることはなかった。手を繋ぐことでさえ、あの日で最後。
それってしちゃいけないことなのかな、思い出したかのように寂しくなってきた手にスマホを持たせて誤魔化す。
「……ねぇ、悠君この後暇でしょ」
「……まぁ、まだ時間はあるね」
「じゃあどこか遊び行こうよ!」
寂しさを少しでも忘れるために。おねーちゃんが家を出たのもさっきだし、多分まだまだ時間はあるだろう。
何処に行こうとかは一切決めていないけれど、おねーちゃんに買っておこうと言って二人で新商品を一つ買った。
楽しい時間というのはとても早いもの、一人でいたら何して暇を潰そうとか考えながらも暇だ暇だと嘆いているというのに、こういう時間は一瞬のように感じさせられる。
事実既におねーちゃんの練習が終わる時間のようで、彼もそろそろ時間がと言っていた。
もう終わりなのか、とても残念に思ってつい空を見上げてしまったからだろうか、段差に躓いてしまった。
手に持った新商品を入れた袋を落とさないようにしないと、そんなことすら考える余裕はあったけど多分倒れてしまうだろう。
少しだけゆっくりと進む視界の中、急に袋を持っていない方の手を掴まれた。
「危ないからちゃんと前見て」
「あ、ありがとね、悠君」
別に、そう言って彼は歩き出す。その手はあたしと繋いだままで。
引っ張られるようではなく、引っ張るのでもない。至って自然に、これが当然であるかのように二人で歩く。
なんだ、あたしの考えすぎだったのか。彼も似たような事を考えていたかもしれないけども。
もしおねーちゃんが見たら怒っちゃうかもしれない。それでも手は離せなくて、寧ろ握る力は強くなっていた。
「日菜ちゃん!」
次の日、パスパレの練習のために事務所に入り、練習場に入るやいなや、彩ちゃんに詰め寄られた。
なんだろう、今日はそんなに遅れていないし悪戯だって仕掛けていない。もしかしたらこの前の悪戯を根に持ってるのかな? そんな事を考えていたら手を引かれ部屋から連れ出された。
「どうしたの?」
「日菜ちゃんはアイドルなんだよ?」
「そんなのわかってるよ、それで?」
「昨日一緒にいた人と、どんな関係なの?」
「悠君のこと? 別になんでもないよ、ただの……」
知り合い、そうは言えなかった。友達、それも言うことは出来なかった。あたしはその程度だとは思っていない、だけど恋人ではないし答える言葉がない。
多分表すのなら友達が一番なんだろうけど……悠君はあたしのことを今、どう思っているのかな。その程度なのかな。
「……ただの友達だよ、ちょっと仲のいいね」
「……ほんと?」
「ほんとも何も、彩ちゃんにはどう見えたの?」
「え~っと~、その~……」
人差し指を擦り会わせながら言い澱む。目線もあたしからそらして練習場の方に向いている。
言いにくいことなのか、いったいなんなのだろうと考えていたけど全くわからなくて、教えてと迫るとやっと重い口を開いてくれた。
「つ、付き合ってるのかな~って……」
「……彩ちゃんにはそう見えたの?」
「うぅ……ごめんなさい」
あたしと、悠君が、付き合ってるように見えた。嫌な気などするはずもない。詳しく聞こうと更に迫ると彩ちゃんは練習場に向かってしまった。
「付き合ってるように……か」
彩ちゃんだけじゃなくて周りからはそう見えるのだろうか。昨日繋いだ手をまじまじと見る。
指だけで約束をして、昨日は手を繋いだ。次はおねーちゃんみたいに、前みたいに絡ませてみよう。
付き合ってるように、それもいいけれどやっぱりようにではなく、事実として付き合いたい。
おねーちゃんが知ったら怒るだろう、悠君も首を縦に振ってくれないだろう。だからそれは事実としてすることはできない。
でも、それを実現出来ないとしても、少なくともあの時みたいに……近くにいられるようにしたい。
それは現実の距離の話じゃない、心の距離の話。恐れず、普通に、自然に……仲良く、過ごしていきたい。
「ねぇ悠君、来週って空いてる?」
スマホを取り出して電話をかける。次はどうしよう、映画を見ようか、星を見ようか。一緒に、隣で、手を繋いで。