ハロウィンという行事はなんともおかしなものだ。
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞなどという、いくら選択権がこちらにあるとはいえ、こちら側には損しかない選択肢を押し付けてくる。
カードゲームではそういう類いのカードは評価は低いことが多いがいざ現実となると大変強力、もはやパワハラの域だ。即刻禁止になってほしい。
などと文句を言ってみたが、僕の周りにはそのようなことをしてくるようか奴はいないので気にする必要はない。
というか高校生にもなってそんなことをする奴などいるわけがなく、中学になった頃にはもうやりもしないしやられもしてないはずだ。
そんなことを考えているとインターホンが鳴る。またなんか宅配で届いたのかと思いながら、まだ開けてないお菓子をジャンパーのポケットに入れそれを着る。
こんな時期になってしまったので外は当然寒い。日差しがあるお陰でだいぶましになっているとはいえ、風が強いので実質ノーカンだ。
こんな中お疲れ様ですねと思いながらドアを開けると、そこには宅配の姿はなかった。
「やっほ~」
「……とりあえず上がる?」
「あー、じゃあそうさせてもらおうかな」
突然の日菜の来訪に戸惑いながらも家に上げる。親がいないからというのもあるが、それ以上に日菜の格好が格好だったから。
「それ、どうしたの」
「この前撮影で使ったの借りてきたの! 似合ってるでしょ」
「似合ってるけどさ……」
いかんせん露出が多い。水着姿を見たことはあるし、それに比べれば明らかに少ないのだが……何故だかこちらの方がそう感じさせられる。
恐らく悪魔がモチーフ、どちらかといえば小悪魔か。そんな感じの衣装を日菜は着ていた。
外はあんなにも寒いというのに半袖。上に着るような物は持っていなかったし、恐らくあの格好でここまできたのだろう。
悪目立ちしないのだろうかと思いつつも、そんなこと気にするような性格じゃないよなと納得しながら珈琲を出し、今着てるジャンパーを渡す。
「外寒くなかったの?」
「すっっごく寒かった、触ってみる?」
差し出された手はほんのり赤く、相当寒かったのだということはそれだけでわからされる。
そして触れると、こちらの熱が奪い取られるかのように冷たさが触れたところから襲ってきた。
「何か上着くらい着てきなよ」
「折角のハロウィンだし仮装だよ? 勿体ないじゃん」
そう言って日菜は珈琲の入ったカップに手を当て暖める。
呼んでくれたらこっちから行ったのに、そんなことを思いながら僕も珈琲を飲み、その熱さに舌が少し痛くなった。
「で、今日は何しにきたの?」
「おねーちゃんにお菓子貰いに行こ~って思って誘いにきたの!」
「……紗夜さんそういうの準備してるのかな」
「なかったら悪戯できるからそれはそれでよくない?」
悪戯、いざ言われるとよくわからないものだ。脅かすだとかその程度のものもあれば、教室のドアに黒板消しを挟むなんてのも悪戯の範疇だ。
ただ線引きは曖昧で、何処かの誰かからすればそれは悪戯というレベルを超えてしまうかもしれない。特に紗夜さんなんかそう思いそうだよなと勝手ながら考えてしまう。
まぁ日菜が危ない事をしそうだったら止めればいいか、そう考えながらちょっとだけ熱さの落ち着いた珈琲を飲む。
「……紗夜さん何処にいるかわかってるの?」
「うーんと、確かつぐちゃんのとこに行くって言ってた!」
場所はわからない、ということもないようなので一安心。珈琲をちびちびと飲み干して簡単に洗い外に出る。
ジャンパーは貸してみたものの、先程の発言から考えるにどうせ脱ぐのだろう。そう思っていたのだが、日菜はそれを脱ぐことはなく歩き始めた。
「あれ、脱がないの?」
「悠君は脱いでほしいの?」
「いや、寒いし風邪引かれるとあれだから着ててほしいけど、さっき折角のハロウィンだしって言ってたじゃん」
あー、と日菜は声を漏らす。これは指摘しない方がよかったか? 自分の分は追加で持っておいたので別に構わないのだが。
日菜は袖の中に隠していた手を外に出し、体の後ろで手を組んで笑顔で、僕に向けて言ってきた。
「一番見せたい人には見せれたからもういいかなって」
「……そう」
そう言って手を伸ばされる。それは冷たいけど、それ以上に、暖かかった。
「いらっしゃいませ~」
ハロウィンだからといって仮装をする、なんていうのは身近では起き得ないことだと思っていた。
日菜がやっていたのは予想外、というわけではなかったが、商店街に仮装をした人がそこそこいたことには驚かされた。
事実店の中にも仮装をした人は見受けられる。日菜と同じように薄着の人が多いので、恐らく寒かったから避難してきたというような感じだろう。
「おね~ちゃん、お菓子ちょうだい!」
席に座っている紗夜さんを見つけると、日菜は飛び出すように近づき同じ席に座り、そう言った。
紗夜さんは仮装をしていない。何をしていたのだろうかと思いつつ、僕も珈琲だけ頼んで紗夜さんと同じ席に座る。
「はぁ、仕方ないわね」
「わ~い、パウンドケーキだ~!」
キラキラと目を輝かせながらそれを受けとるとそれを食べ、頬に手を当て美味しさを表現しつつも不思議そうな表情を浮かべていた。
「あれ、昨日と味が違うような……」
「……やっぱりあなたが食べたのね」
「あ、バレちゃった」
誤魔化すように笑ったあと僕に1つ渡してきた。紗夜さんの方を見ればどうぞと言われたのでそれを口に運ぶ。
文句なしで美味しい、ただ残念ながら何が美味しいのかと答えられるような舌と語彙は持ち合わせていない。
どう伝えようかと迷っていると、日菜は僕から何かを渡されるのを待っているかのように手を差し出してきていた。
「お菓子ちょーだい」
「……そういうのは家出る前に言って欲しいんだけど」
「そしたら悠くんお菓子持ってきちゃうでしょ? それじゃ面白くないじゃん」
「面白いって……」
そんなに悪戯がしたいのか。まるで僕がお菓子を持っていないのをわかっているかのようにニヤニヤとこちらを見てきている。
何かなかったかなとポケットの中を漁っていると、そういえば日菜が来たときにポケットにしまったことを思い出す。
僕がポケットを指差すと、不思議そうな顔をしながらポケットに手を入れて、少し不服そうな顔をしながらお菓子を取り出した。
「ちぇ~、つまんないの」
「日菜、貰ったのにそんな言い方はないでしょ」
「でもさ~、悪戯もしたかったんだもん」
折角るんってくる悪戯考えといたのにな~と日菜は溢す。
そんなにしたがる悪戯とはなんなのだろう。録でもないことというのは簡単にわかるので、数十分前の自分に感謝をしながら運ばれてきた珈琲を飲む。
そんな中入り口のドアが開き新しい客が入ってくると、日菜がその人達の所に向かっていった。知り合いなのだろうか、美竹さんはわかるが残りの三人は誰かわからなかった。
そちらを眺めていると、紗夜さんから話しかけられた。
「そういえばこれなんですけど……」
「えっと……これは?」
「羽沢さんに教わりながら作ってみたものです」
つまりここに来た理由はこれを作るためで、これを作った理由は僕に渡すため。
嬉しくないはずがない、断るわけがない。だが食べるのがなんだか勿体ない気がして、今のところは食べようとは思えなかった。
「日菜が迷惑をおかけします」
「いや、大丈夫ですよ」
「あの上着……悠さんのですよね?」
「ええ、そうですね。仮装で家に来たんですけど流石に寒そうだったので」
何を話しているのだろうか、日菜はなんだか楽しそうだ。
先程のグループには仮装をしている人もいたようだが日菜は上着は脱いでいない。外に比べるとなると暑いくらいだというのに着続けるのは……何か理由でもあるのだろうか。
「悠さん」
「なんですか?」
「期末試験が近いと思いますが……きちんと勉強していますか?」
突然振られたその問いに、僕は頬を掻くことでしか答えることは出来なかった。
忘れていたわけではない、やらなくていいと思っていたわけではない。ただやりたくなかっただけ、本当にそれだけでしかない。
自分でもため息をついてしまいそうになる。変わりたいとは願うもののやはり人間の根幹は簡単には変わらない。近くにこんな頑張っている人がいるのに感化されないのだからそういうことなのだろう。
「……悠さん、お菓子って持ってますか?」
「え……あ、持ってないですね」
「それなら……今度一緒にテスト勉強でもしましょう」
微笑みながら、紗夜さんはそう言った。ああ、なんだそれは、悪戯のつもりなのだろうか。
わかりましたと僕は返す。僕は何一つとして変わっていない。それは先程の通り根強く残ってしまっていて、修正しようにも自分の力ではどうすることも出来ないししようとも思えない。
でも、だからこそ、この人は手を貸してくれる、手伝ってくれる。
それならいつ、どこにしましょうかと早速決めることにした。
いつかは変わりきってしまうのか、それともいつまでもこの性格は変えられないのだろうか。
前者であればそれでいい。そうなりたいと願ったし、今もそう思っているのだから。
では後者は? それはそれで……いいかもしれない。
本当に僕には勿体ないくらいだ、目の前に座る人を見て、いつまでもこうであればいいのにと、強く思った。